燕ヶ原レジデンス205号室

風見雛菊

文字の大きさ
52 / 64

十万字の小説と僕の気持ち1

しおりを挟む

 朝の赤坂先生の言葉を何度も繰り返しながら、授業を受ける。

 そっか。あーさんはだから怯えたんだ。

 一応、文化人として名が通っている御園周が同居している養い子の男子高校生に手を出したら、ニュースになるような出来事だもんなあ……。

 今まで、僕はあーさんと僕が暮らす、あの狭い燕ヶ原レジデンス205号室の中で紡がれる世界にしか目を向けてなかった。いかんせん視野が狭い。

 だけど、その外側から見ると僕らの形は歪で、間違いだとしか言いようのないような、形をしているのかもしれない。

 あーさんは自分好みに僕を育てようとしたことが、世間様から見ると、とんでもない罪だってことを自覚していたんだな。

 でもそれが、僕にとってはちゃんと嬉しいことだったんだってこと、どうすれば正しくあーさんに伝わるんだろう。



「ただいま~」

 家に帰るとあーさんはいなかった。
 あれ? どこに行ったんだろう、と思って部屋を見渡すと、リビングの机に「急遽、講演会に出ることになった。実家に帰る。明後日帰宅予定」というメモを見つけた。

 講演会? あーさん、人前に立つの、すっごい苦手な癖に。
 僕は信じられない気持ちになって、眉を顰める。

 小説家になると、図書館や企業、学校から講演をしてくれませんか? と依頼がくることがある。

 あーさんに依頼自体が来ることは稀で、来ても受けるのは稀だ。本当に断りきれない場合だったりしないと講演を受けるなんてことはしないのだ。しかも、急遽ってところもおかしいよなあ。

 普通もっとスケジュールに余裕があるはずだもん。
 ……ってことは、あーさん、僕から逃げたな。

 一人ぼっちのリビングで、はあ……と大きくため息をつく。追い詰めすぎちゃったみたいだ。だからって逃げても何も解決しないのに。

 今日は金曜日。明後日ってことは、今週末は僕、一人ぼっちだ。

 ひとりぼっちの金曜日なんて久しぶりで、何をしていいかわかんなくなる。

 大体、僕とあーさんは金曜日になると、夕食のあと、一緒にリビングで映画をみる。

 金曜ロードショーで何をやるのか確認をして、それがつまんなかったら、アマゾンプライムビデオで好きな感じの映画を二人でピックアップをしてみる。
 あーさんも僕も、アクション映画よりもヒューマンドラマが好きだから、最近話題の映画だとか、フランス映画とかが多い。

 ジャガイモがあれば、皮付きでささっとあげてフライドポテトを作って、コーラやジンジャエール片手にソファに二人並んで腰掛ける。

 準備ができたら、映画を流す。

 そんな日常の一コマが、とてつもなく幸福で、失い難いものだったんだってことを、僕は一人ぼっちになってからやっと気がついた。

 大人は馬鹿だと思っていたけど、僕だって救いようのないくらい馬鹿だ。

 とりあえずいつもみたいに映画でも見ようかと思って、ソファに沈んでみたけれど、隣に感じられた温もりがないだけで、映画そのものが酷く無機質に感じられてしまう。

 つまんない。
 あーさんが帰ってくるまでに、何をしよう。

 そう思った時、あ、小説を書こうと思った。
 僕は今まで、なんとなくの態度で、あーさんに好意を滲ませていたけれど、それは成り行きでそうなったことがほとんどで、どこかでねじ曲がってしまっているものがほとんどだった。

 だから、ちゃんと僕の気持ちがわかるような、僕の全てをまとめる必要があると思ったんだ。
 真っ直ぐに、僕の気持ちが伝わるような。
 ちゃんとあーさんのこと、愛してるんだよってわかる、そんな愛の告白みたいな小説を。



 部屋に篭り、ノートパソコンを開く。
 パソコンの横には、メモ帳を置いて頭の整理をしながら、進める。

 それは宿題で書いた小説よりも遥かに丁寧で、綿密な文章だった。あの宿題は、あの日僕が思っていた瞬間だけを切り抜いた文章だったから、赤坂先生に誤解されてしまうような未熟なものだった。

 だから、今回こそ、わかりやすく書かなくちゃいけない。

 僕はそれを書いている間中、ずっとあーさんのことを考えていた。ずっと紙の上で、あーさんを組み敷いている気分になった。

 ひとりぼっちの週末、僕はまた、ろくに睡眠も取らず、小説を書き進めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

宵にまぎれて兎は回る

宇土為名
BL
高校3年の春、同級生の名取に告白した冬だったが名取にはあっさりと冗談だったことにされてしまう。それを否定することもなく卒業し手以来、冬は親友だった名取とは距離を置こうと一度も連絡を取らなかった。そして8年後、勤めている会社の取引先で転勤してきた名取と8年ぶりに再会を果たす。再会してすぐ名取は自身の結婚式に出席してくれと冬に頼んできた。はじめは断るつもりだった冬だが、名取の願いには弱く結局引き受けてしまう。そして式当日、幸せに溢れた雰囲気に疲れてしまった冬は式場の中庭で避難するように休憩した。いまだに思いを断ち切れていない自分の情けなさを反省していると、そこで別の式に出席している男と出会い…

男の娘と暮らす

守 秀斗
BL
ある日、会社から帰ると男の娘がアパートの前に寝てた。そして、そのまま、一緒に暮らすことになってしまう。でも、俺はその趣味はないし、あっても関係ないんだよなあ。

fall~獣のような男がぼくに歓びを教える

乃木のき
BL
お前は俺だけのものだ__結婚し穏やかな家庭を気づいてきた瑞生だが、元恋人の禄朗と再会してしまう。ダメなのに逢いたい。逢ってしまえばあなたに狂ってしまうだけなのに。 強く結ばれていたはずなのに小さなほころびが2人を引き離し、抗うように惹きつけ合う。 濃厚な情愛の行く先は地獄なのか天国なのか。 ※エブリスタで連載していた作品です

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

ミルクと砂糖は?

もにもに子
BL
瀬川は大学三年生。学費と生活費を稼ぐために始めたカフェのアルバイトは、思いのほか心地よい日々だった。ある日、スーツ姿の男性が来店する。落ち着いた物腰と柔らかな笑顔を見せるその人は、どうやら常連らしい。「アイスコーヒーを」と注文を受け、「ミルクと砂糖は?」と尋ねると、軽く口元を緩め「いつもと同じで」と返ってきた――それが久我との最初の会話だった。これは、カフェで交わした小さなやりとりから始まる、静かで甘い恋の物語。

欠けるほど、光る

七賀ごふん
BL
【俺が知らない四年間は、どれほど長かったんだろう。】 一途な年下×雨が怖い青年

処理中です...