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十万字の小説と僕の気持ち1
しおりを挟む朝の赤坂先生の言葉を何度も繰り返しながら、授業を受ける。
そっか。あーさんはだから怯えたんだ。
一応、文化人として名が通っている御園周が同居している養い子の男子高校生に手を出したら、ニュースになるような出来事だもんなあ……。
今まで、僕はあーさんと僕が暮らす、あの狭い燕ヶ原レジデンス205号室の中で紡がれる世界にしか目を向けてなかった。いかんせん視野が狭い。
だけど、その外側から見ると僕らの形は歪で、間違いだとしか言いようのないような、形をしているのかもしれない。
あーさんは自分好みに僕を育てようとしたことが、世間様から見ると、とんでもない罪だってことを自覚していたんだな。
でもそれが、僕にとってはちゃんと嬉しいことだったんだってこと、どうすれば正しくあーさんに伝わるんだろう。
*
「ただいま~」
家に帰るとあーさんはいなかった。
あれ? どこに行ったんだろう、と思って部屋を見渡すと、リビングの机に「急遽、講演会に出ることになった。実家に帰る。明後日帰宅予定」というメモを見つけた。
講演会? あーさん、人前に立つの、すっごい苦手な癖に。
僕は信じられない気持ちになって、眉を顰める。
小説家になると、図書館や企業、学校から講演をしてくれませんか? と依頼がくることがある。
あーさんに依頼自体が来ることは稀で、来ても受けるのは稀だ。本当に断りきれない場合だったりしないと講演を受けるなんてことはしないのだ。しかも、急遽ってところもおかしいよなあ。
普通もっとスケジュールに余裕があるはずだもん。
……ってことは、あーさん、僕から逃げたな。
一人ぼっちのリビングで、はあ……と大きくため息をつく。追い詰めすぎちゃったみたいだ。だからって逃げても何も解決しないのに。
今日は金曜日。明後日ってことは、今週末は僕、一人ぼっちだ。
ひとりぼっちの金曜日なんて久しぶりで、何をしていいかわかんなくなる。
大体、僕とあーさんは金曜日になると、夕食のあと、一緒にリビングで映画をみる。
金曜ロードショーで何をやるのか確認をして、それがつまんなかったら、アマゾンプライムビデオで好きな感じの映画を二人でピックアップをしてみる。
あーさんも僕も、アクション映画よりもヒューマンドラマが好きだから、最近話題の映画だとか、フランス映画とかが多い。
ジャガイモがあれば、皮付きでささっとあげてフライドポテトを作って、コーラやジンジャエール片手にソファに二人並んで腰掛ける。
準備ができたら、映画を流す。
そんな日常の一コマが、とてつもなく幸福で、失い難いものだったんだってことを、僕は一人ぼっちになってからやっと気がついた。
大人は馬鹿だと思っていたけど、僕だって救いようのないくらい馬鹿だ。
とりあえずいつもみたいに映画でも見ようかと思って、ソファに沈んでみたけれど、隣に感じられた温もりがないだけで、映画そのものが酷く無機質に感じられてしまう。
つまんない。
あーさんが帰ってくるまでに、何をしよう。
そう思った時、あ、小説を書こうと思った。
僕は今まで、なんとなくの態度で、あーさんに好意を滲ませていたけれど、それは成り行きでそうなったことがほとんどで、どこかでねじ曲がってしまっているものがほとんどだった。
だから、ちゃんと僕の気持ちがわかるような、僕の全てをまとめる必要があると思ったんだ。
真っ直ぐに、僕の気持ちが伝わるような。
ちゃんとあーさんのこと、愛してるんだよってわかる、そんな愛の告白みたいな小説を。
*
部屋に篭り、ノートパソコンを開く。
パソコンの横には、メモ帳を置いて頭の整理をしながら、進める。
それは宿題で書いた小説よりも遥かに丁寧で、綿密な文章だった。あの宿題は、あの日僕が思っていた瞬間だけを切り抜いた文章だったから、赤坂先生に誤解されてしまうような未熟なものだった。
だから、今回こそ、わかりやすく書かなくちゃいけない。
僕はそれを書いている間中、ずっとあーさんのことを考えていた。ずっと紙の上で、あーさんを組み敷いている気分になった。
ひとりぼっちの週末、僕はまた、ろくに睡眠も取らず、小説を書き進めた。
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