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十万字の小説と僕の気持ち2
しおりを挟むあーさんが帰ってきたのは、メモの通り明後日——日曜日の夕方だった。
「ただいま~」
あーさんは両手に紙袋をたくさん抱えながら帰ってきた。
そこにはあーさんの地元の特産品らしきものがたくさん持たれていたから、本当に実家に帰っていたらしいことがわかる。
「……おかえり」
「いや~悪かったな、急に家、開けて」
「ほんとだよ。都合悪くなると講演会なんて嘘ついて逃げちゃってさ」
「はあ?」
あーさんは眉間に皺を寄せていた。
「逃げたじゃんっ! 僕とあんなことになったからって!」
僕は声を荒らげてしまった。あーさんは呆れた様子で僕の顔を見ている。
「逃げてねえよ。今回のは……本当に講演会があったんだ。もともと同郷の大御所作家さんがやるはずだった地元の講演会があったんだけど、その先生が盲腸になって緊急入院したから、そのピンチヒッターしなくちゃいけなくて断れなくて……やりたくなかったけど……」
頭をぐしゃぐしゃ掻きむしっているあーさん。今回のことが相当苦痛だったらしい。
僕は自分の部屋から、さっきできたばっかりの推敲もしてない、文章が書かれたをあーさんに読ませるべく、ノートパソコンから、iPadへエアドロップで飛ばしてから持ってくる。
そうして、そのままそれを、あーさんに手渡した。
「はい。これ、読んで」
「何これ?」
「私小説」
「そんな恥ずかしいもの書いたの、お前」
「どっかでえらい小説家の先生が、全ての純文学は私小説だって言ってたよ」
そういうと、あーさんは露骨にため息をついた。
「俺、お前に官能小説書けって言わなかったっけ?」
「言ったよ? だから、俺があーさんと暮らしていてどんなことを思ってたかとか、これからどんなことをしたいかを官能小説を書いたってわけ……。自分の気持ちを行動に表しても、あーさんはそれを真っ直ぐに受け取ってくれないみたいだから。もう! つべこべ言わずにさっさと読んでよ」
んっ、と不機嫌な顔を作って押し付けると、あーさんはやっとそれを受け取った。荷物は部屋に持っていかず、ソファの横に置いてそのまま腰を深く沈めて。
そして、僕の書いた文章を検品するみたいに眺めた。
僕はその様子を少し離れたところから——キッチンのダイニングテーブルのところにある椅子に座りながら恐る恐る見ていた。
否定されるのは怖かった。
そこには僕の今までが全て書かれていたから。
嘘なんかひとつもつかずに、心の中を丸ごと描くみたいに書いてしまった。
引き取られた時、あーさんが神様みたいに見えたこと。
初めての失恋をした日に、あーさんを好きになったこと。
あーさんが気安く接してくるたびに、あーさんにエロいことをしたくてたまらなかったこと。
あの日のキスだけじゃ足りなくって、本当は身体中溶けちゃいそうなくらい混じり合いたかったこと。
全部全部、書いてそこに詰め込んだ。
*
あーさんがページをスクロールしていくたびに、僕は裁きを受けている気分になった。僕のラブレターみたいな小説を、あーさんは淡々と読み進めていく。
全てを読み終わって、トントンと用紙を揃えたあーさんがこちらを向いて口を開いた。
「お前、俺にこんなことさせたかったわけ?」
一言で僕の顔はかあっと赤くなる。恥ずかしい。恥ずかしいけど、もう僕はどうにでもなれと言う気持ちでいっぱだった。
「うん」
素直に頷くと、頬杖をついたあーさんは妖艶に微笑む。
「へえ?」
顔に添えられた、長くて白い指が酷く美しく見える。そんな小さなことで官能的な気分になってしまう僕は、多分変態なんだと思う。
「ここの中にも書いてあるけど、俺がお前に触れるたびに、お前、そういう気持ちになるわけ?」
「そうだよ」
「へえ、めちゃくちゃ変態」
詰られるのさえ、嬉しく思ってしまうのはなんでなんだろう。
「で? なんで、俺がやられる側なわけ?」
俺が抱くっていう選択をするだけの想像力はないわけ? とあーさんは悪態をつきながら笑う。
「僕があーさんを抱きたかったから」
本当は、これは推測だった。
でもあっていると思う。多分、あーさんってされる側だよなって、そんな気がしていた。だって、うちのお父さん、絶対される側じゃないし。
恥ずかしげもなく言うと、あーさんは顔を顰めた。
「一丁前なこと言いやがって。童貞のクセに」
ニヒルな笑いを浮かべながらそう言われてしまうと、顔が熱くなる。
「まあ……。月曜あたりからなんか書いてると思ったら、ご立派にちゃんとかけてるじゃねえか」
「月曜に書いてたのは、赤坂先生から出された宿題で出された短編小説だよ? これはあーさんが出かけてつまんなかった時に書いたの」
「ヒト、三日で十万文字も書いたのか?」
あーさんは「げえっ……若いって怖え」と顔を歪めながらいう。
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