平凡な男娼は厳つい軍人に恋をする

朏猫(ミカヅキネコ)

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本編

3 また僕なのはどうしてですか?

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 軍人さんがいつ部屋を出て行ったのかまったく気がつかなかった。いままでにないくらい喉の奥に先端を捻じ込まれ射精された僕は、そのまま気を失ってしまっていたらしい。目が覚めたときには軍人さんの姿はなく、口からちょっとだけ精液をこぼしながらベッドに横たわっていた。

「うわー……」

 こんな気絶の仕方は初めてだ。しかもそのまま眠ってしまっていた。涙も鼻水も大量に出ていたはずなのにその感触がないということは、あの軍人さんが拭ってくれたってことだ。

「意外と優しい人なのかな」

 顎はまだ少しカクカクしている。あれだけ立派な逸物を延々と咥えていたのに、この程度で済んだのなら御の字だ。起き上がると服を着たままなことに気づき、突っ込まれていないことはすぐにわかった。

「えぇー……」

 挿れられる前に気を失うなんて、男娼としてどうなんだろう。ベッドの上でガクッとうな垂れる。

「しかも自分はちゃっかり出しちゃってるし」

 下着の中が気持ち悪い。喉の奥を突かれて、奥の奥で精液を感じただけでイッちゃったということだ。

「変態もここまでくると、自分でもどうかなって思うよ」

 それ以前に、高級娼館の男娼としての役目をきちんと果たせていない。これじゃボッタクリだと言われても仕方がない状況だった。
 きっと軍人さんから苦情が来るに違いないと覚悟した僕は、その日一日ビクビクしながら過ごした。しかし主人から呼び出されることはなく注意されることもないまま、二日、三日と時間が経つ。変だなぁと思いながらもお客さんに指名されたりして、軍人さんのことはすっかり忘れてしまっていた。
 それからしばらくして、また軍人さんの指名が入ったと主人に呼び出された。

「アララギ、中佐?」
「ひと月くらい前にも指名されただろう?」

 ひと月くらい前に指名した軍人さん……と考えたところで、アッと思い出した。口淫だけで僕が気絶してしまい、結局最後まで致さなかったあの軍人さんだ。そういえば名前を聞かないままだった気がする。

「えーと、そのアララギ中佐が、僕を指名したんですか?」
「あぁ」
「……本当に?」
「なんだ、指名されて困るようなことでもしたのか?」
「え!? あ、いや、そんなことはないですけど……」

 主人の鋭い視線に冷や汗が出た。口淫で気絶して最後まで致しませんでした、なんて報告しようものなら「男娼としての自覚が足りない」と説教されるのがオチだ。主人の説教はぐうの音も出ないくらい厳しくて、自分が本当に情けないと痛感させられるから苦手だった。

(そもそも主人の説教が平気って人は見たことないけどね)

 玄人ベテランの姐さんたちでさえ怖がるくらいだから、主人の説教は娼館街一に違いない。主人は見た目がものすごく綺麗だから、それに騙されると後が怖いことも娼館街では有名だった。

「ツバキ、聞いてるのか?」
「へ? あ、はい! 大丈夫です!」

 しまった、うっかり違うことを考えていた。僕はニコニコと笑顔を浮かべながら「じゃ、準備してきまぁす」と言って主人の部屋からいそいそと逃げ出した。
 軍人さん、じゃなかった、アララギ中佐がどうしてまた僕を指名してくれたのかはわからない。だけど今度こそ最後までするつもりだろうし、それならきちんと準備しておかないと大変なことになる。
 部屋に戻った僕は、さっそく湯を浴びながら体中を磨いて念入りに後ろの準備をした。念のためにお酒とお茶の用意をして、いつやって来てもいいように準備万端待ち構える。
 日が暮れた頃、前回と同じように私服姿のアララギ中佐がやって来た。相変わらず気難しい表情で、高級娼館に来ているお客さんとは思えない雰囲気だ。

(えぇー……なんでまたそんな厳しい顔してるんだよ)

「今日こそは!」と意気込んでいた僕の気持ちが一瞬にして萎えかける。「いやいや、ここは男娼として頑張らないと!」と自分を励まし、意識して笑顔を浮かべるようにした。それなのにアララギ中佐は無表情のままだ。

(……ちょっと泣きそうなんだけど)

 大きな体に厳つい顔の軍人さんを前にしても何も感じないほど僕の精神は強くない。軍人さんが少し苦手な僕は、それだけで尻込みしそうになる。
 そもそもここに来るお客さんたちはそういう行為を求めているわけで、大体が柔らかい表情や雰囲気をしていた。なかには引くくらいいやらしい顔をしたお客さんもいるけど、そこは場所柄当然だと思っている。
 それなのに中佐は場違いなくらいの無表情で、一体何をしに高級娼館に来たんだろうと疑問に思うくらいだった。

「えぇと、ご指名、ありがとうございます」
「……」
「……あの、お酒、飲まれます? あ、お茶もありますけど」

 僕の問いかけに、中佐は前と同じように首を横に振った。途端に部屋の中が静かになる。居たたまれなくなった僕は、先に前回のことを謝ることにした。

「あの、この前は申し訳ありませんでした」

 そう言ってからしっかりを頭を下げた。
 ここは娼館だから、お客さんは最後までの行為を前提に訪れる。だから口淫だけで気絶して終わらせるなんて本来あってはならない。お客さんから「口だけでいい」と注文されたのならまだしも、そうじゃないならなおさらだ。
 苦情は来なかったけど、中佐もきっと怒っているはず。そう思って頭を下げたけど、うんともすんとも言わない。あまりに反応がないのが気になった僕は、そうっと頭を上げて中佐を窺った。そこには、少し眉を寄せて顔をしかめている強面の顔があった。

(もしかして、逆に不機嫌になったとか……?)

 まさか謝ったことで不機嫌になられるとは思わなかった。もしくは前回のことを思い出して不愉快になったのだろうか。
 まずいと思った僕は、どうすれば機嫌を直してもらえるか必死に考えた。いいお酒……はいらないと言われたし、お茶も駄目だ。それなら何か気が紛れるような会話を……って、中佐が話に乗ってくれるとは思えない。「それでも何とかしないと」と考えれば考えるほど焦ってしまい、余計に何も思い浮かばなかった。
 いよいよ主人かヤナギさんを呼ぶべきかと考えていたとき、「いや」という低い声が聞こえてきた。おそるおそる中佐に視線を向けると、ムッとしたような顔のまま僕を見ている。

「別に、謝ることは何もない」
「でも、最後までできなかったのは僕のせいですし」
「最初から期待はしていなかった」
「え……?」

「期待はしていなかった」という言葉にハッとした。もしかして「おまえには無理だとわかっていた」ということだろうか。それとも「おまえを必要とはしていない」ということだろうか。

(どっちにしても、男娼としての僕に不満だったということだ)

 主人に「自覚と自負を持て」と育てられたけど、それがボロボロと崩れていくような気がした。僕には男娼としての僕しかない。それを否定されるということは、僕自身を否定されたということだ。

「……重ね重ね、申し訳ありません」

 ただ謝ることしかできなかった。不甲斐ない男娼で涙が出そうになり、慌てて俯く。

(泣いたら駄目だ)

 男娼が行為以外で涙を見せるのは御法度だ。これ以上男娼としてみっともない姿を見せるわけにはいかない。僕はさりげなく目元を指で擦り、肩まである金髪を耳にかけることで誤魔化すことにした。

「すまない」

 突然聞こえて来た中佐の言葉に驚いた。慌てて顔を上げると、ムッとしたような顔はそのままに少しだけ眉尻が下がっているように見える。

「勘違いさせてしまったようで、すまない」
「あの……?」
「期待していなかったという表現は適切ではなかった。きみを傷つけるつもりはなかったんだ。すまなかった」
「そんな、お客様に謝っていただくことは何もありませんから」

 そう答えると、難しい顔に戻ったアララギ中佐が「んん」と喉の奥で声を詰まらせた。どうしたのだろうと見ていたら、「ちょっと話してもいいか?」と言われたので「はい」と頷いてから椅子を勧めた。

「きみにはすでに見られているからわかると思うんだが……俺のはその、なんと言うか……凶悪、なんだそうだ」
「……へ?」

 アララギ中佐が何を話しているのかわからずマヌケな声を出してしまった。すると、中佐の視線があからさまに逸らされた。よく見ると目元が少し赤くなっているような気がする。

(……凶悪……あ、)

 アララギ中佐が言わんとしたことが、ようやく僕にもわかった。

(まぁたしかに、ちょっと見ないくらい立派なモノだったよな)

 体の大きさからすると十分想像できる大きさだとは思う。それでも普通の人が見たら“凶悪”なのかもしれない。

(僕にとっては理想的だけど)

 カリ高なところも長さも硬さも最高だと思った。そう思うのは僕が受け入れる側の男娼だからだろう。

「そのせいで、大抵の女性には怖がられる。何度か娼館にも通ったが、きつすぎて気持ちがいいという感じはあまりなかった」
「あー……そう、かもしれないですね」

 僕にはそれしか言えなかった。というか、それ以外に何て言えばいいのかわからない。

「同僚に、大柄な男娼なら大丈夫なんじゃないかと言われてここを紹介された。そのとき教えてもらったきみを指名したんだが、気絶させるつもりはなかったんだ」
「なるほど。それで苦情がなかったんですね」
「苦情?」
「ええと、最後までできなかったのは、お客様からすればボッタクリのようなものですから、主人に苦情が来てもおかしくないと言いますか」
「苦情なんて何もない。……こう言っていいのかわからないが、口であそこまで気持ちがいいと思ったのは、初めてだった」

 目元を赤くしたままの中佐の言葉に、なぜか僕の後ろがキュンとした。眉は寄ったままで強面の表情だけど、すごく可愛く見える。前回何も喋らなかったのは中佐なりに緊張していたからかもしれない。そう思うとますます可愛く思えてきて、お腹の奥までキュンとしてきた。

(顔は怖いし体も大きいのに、なんだか可愛いなぁ)

 さっきまで少し怖いと思っていたのが嘘みたいに怖くなくなった。それに僕を指名してくれた理由もわかった。中佐にとって結構な悩みなのかもしれないと思うと俄然やる気が出てくる。

(ここは男娼である僕の出番だ。むしろ僕にしかできないと思う)

 こうなったら何が何でも最後まで致したい。もちろん中佐には気持ちよくなってもらいたいし、僕も滅多にお目にかかれない逸物を味わえるチャンスだ。まずは、あの立派すぎる逸物がどこまで挿入はいるか確かめたい。それから動きや体位を考えよう。

「じゃあ、今日は最後までしましょうか」

 そう言いながらニッコリ笑いかけたら、中佐がギョッとしたような顔をした。

「いや、そこまでは求めていない。その、口でもギリギリだったのはわかっている。きみを傷つけたいわけでも、無理をしてほしいわけでもない」
「でもまた来たってことは、そういうことをしたいってことですよね?」
「……」

 今度は頬まで赤くなった。どうしよう、どんどん可愛くなっていく。まるで大きなワンコみたいだ。いや、ワンコ相手にムラムラなんてしないけど、そのくらい可愛く思えてくる。

「大丈夫ですよ。僕、こう見えて男娼歴は長いですし」

 伊達に何年も受け入れる側の男娼をやっているわけじゃない。それなりの技術は身につけているし、もし全部挿入はいらなかったとしても気持ちよくできる自信はある。なんだか段々と筆下ろしの気分になってきた。

「それに中佐のは理想的だと思います。カリ高だし硬さも長さも申し分ないし、あれがナカに挿入はいってきたらと思うと、それだけでゾクゾクします」

 うっとりしながらそう言うと、今度は真っ赤になったままムッとしたような顔になった。

(なるほど、困ったときや照れているときも険しい表情になるんだ)

 不愉快になったわけじゃないなら問題ない。僕は照れているらしい中佐の手を取って、ベッドへと誘った。そうしてベッド脇に立たせてズボンと下着を脱がし始める。

「……湯は使わなくていいのか?」
「へ? 僕ならもう準備万端ですから大丈夫ですよ?」
「いや、そうではなくて……」
「あ、中佐は、する前に湯を使いたい人ですか?」
「娼館では大抵がそうだった。てっきり、そういうものだと思っていたんだが」
「姐さんたちにはそういった人が多いかもですねぇ。僕は気にしませんけど」
「そうなのか?」
「はい。男娼もいろいろですけど、僕は全然平気です」

 そう言って下着を引き下ろし、現れた濃い金色の茂みに鼻先を埋めてクンと鼻を鳴らした。それに驚いたのか、中佐の見事な腹筋がビクン! と震える。慌てて僕の頭を遠ざけようとした手を無視して、立派な逸物の根元からカリに向かってベロリと舐め上げた。それだけで中佐が「くっ」と息を呑むのがわかり、僕のモノまでグンとそそり勃った。

「ね? 僕は大丈夫ですから。むしろこの匂いに興奮するくらいなんです」

 濃い雄の匂いを嗅ぐだけでたまらない気持ちになる。こんな男娼は嫌だろうかと一瞬思ったけど、目の前の逸物がビクビクと反応しているということは大丈夫だろう。
 お客さんの中には娼婦や男娼が性癖を暴露するのを嫌う人もいる。逆に偏った性癖を持っていることに興奮するお客さんもいて、そういったことを見極めるのも僕たちの仕事のうちだ。
 それで言うと、中佐は僕の性癖に嫌悪感を抱いていないように感じる。前回の口淫にも興奮していたようだし、もしかしなくても相性がいいのかもしれない。

(うわー、なんか興奮してきた!)

 性癖全開とまではいかなくても、久しぶりにとことん楽しめるお客さんかもしれない。そう思うだけで前はビン! と勃ち上がり、準備済みの後ろは潤滑油がこぼれ落ちそうなくらいヒクヒクしてきた。
 このときの僕は「怖そうだったのになんだか可愛い軍人さん」を手練手管で気持ちよくしてやろうと思っていた。僕の体で初めての気持ちよさを教えてやろうと意気込んでもいた。
 ところが結果はまったく違ったもので、このときの僕はそんなことになるなんて微塵も思っていなかった。
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