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本編
7 気持ちいいけれど怖いんです
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アララギ中佐は僕の上客中の上客になった。十日に一度指名してくれるだけでもありがたかったのに、いまでは五、六日に一度はやって来る。
中佐というのは上級士官と呼ばれる特権階級の人が就く地位で、高級娼館のお客さんの中でもかなりの上客だ。いままで僕を指名してくれていたお客さんたちも貴族でお金持ちだったけど、おそらく一桁くらいは金額が違ってくるはず。
お客さんの格が上がると用意するお酒やお茶、使う寝具が高級品に一新される。指名されたときに僕が着る服も高級品になり、使う石鹸や潤滑油も高いものに変わった。中佐が訪れる頻度が増えたとき、普段あまり笑顔を見せない主人が「よかったな」と言ってニヤリと笑ったのがすべてを物語っている。
もちろん僕にとっても万々歳な状況だ。お客さんが娼館に高いお金を払うということは僕に入ってくる給金もその分上がる。それに中佐との行為はものすごく気持ちがいいから、その点でも願ったり叶ったりだ。
「お金を貯めることもできるしいい思いもできるし、万々歳のはずなんだけどなぁ」
手を叩いて喜びたいくらいの状況なのに、僕は中佐に指名されるのが怖くなった。痛いことやひどいことをされるわけじゃないのに怖いと思ってしまう。
「気持ちいいと後が怖くなるっていうか」
濃密で激しい行為が終わり、中佐の逸物がナカから出て行くとき少しだけ寂しくなる。火照った肌が落ち着いたとき、胸がギュウッと痛くなることもあった。
最初は気のせいだと思っていた。気持ちよすぎる反動だと思った。だけど最近、寂しく感じる回数が増えたような気がする。気持ちいいと思えば思うほど胸が痛くなることも増えてきた。
「僕、病気なのかなぁ」
これまで病気らしい病気をしたことがない僕は、この痛みが病気なのかどうかわからない。主人に聞けばいいんだろうけど、もし病気だったら男娼を辞めなければいけなくなる。
「それじゃ、居場所がなくなってしまう」
高級娼館以外に僕がいられる場所はない。僕を必要としてくれる場所にいられなくなるくらいなら、病気かどうかわからなくてもいい。そう思ったら主人に聞くことなんてできなかった。
そうして今日も「変だな」と思いながらアララギ中佐を受け入れている。
「ぁ……ァ……」
逞しすぎる逸物が僕のナカでブルッと震えた。中佐しか届かない深いところにビュルビュルと精液が当たっている。そんな僕のお腹を、後ろから抱きかかえた中佐の右手が労るように優しく撫でていた。
いつものように後背位で始まった行為は、気がつけば背面座位になっていた。力の抜けた僕の足の間では、勃起したままの性器から精液なのか先走りなのかわからない液体がトロトロと流れている。
「ツバキ」
囁かれた低い声に反応するかのように、僕の体がビクン! と跳ねた。
(名前、呼ばれただけなのに)
いつの間にか中佐は僕のことをツバキと呼ぶようになっていた。ほかのお客さんだって同じように呼ぶのに、僕の体は中佐に呼ばれるときだけ驚くくらい反応してしまう。
(やっぱり病気なのかな)
射精が落ち着いたからか、下腹を撫でていた中佐の手が胸を揉み始めた。そうして尖りきった乳首を摘むようにいじり出す。太い指で両方の乳首をつねられた僕は、後頭部を中佐の肩に押しつけながら胸を突き出していた。
「あぁ、ん、んァ」
「すっかりトロトロだな」
中佐が言うとおり、僕の体はどこもかしこもトロトロになっていた。もっと触ってほしくて焦れったくなる。
「ぁん、んっ」
出したばかりでも十分に硬い逸物にナカを擦られて声が出た。ツプツプと小刻みに揺らされているだけなのに信じられないくらい気持ちがいい。乳首とナカを同時にいじられるのがこんなに気持ちいいなんて、中佐にされて初めて知った。
「ツバキは可愛いな」
「ん……っ」
低い声に囁かれて耳がゾクゾクする。むずがるように頭を振る様子を笑った中佐が、僕の太ももを下からグッと掴み上げた。
「や、だ、」
「こういう恥ずかしい格好も好きだろう?」
「好き、だけど……ンッ」
まるで小さい子どもがおしっこをするときみたいな格好に、ものすごく興奮した。中佐に恥ずかしい格好を見られていると思うだけでドキドキして顔が熱くなる。
「ほら、ツバキ」
グッと掴んだ太ももを持ち上げられ、すぐにストンと落とされた。それだけで何度も突かれている奥に鋭い快感が走って、萎えていた僕の性器までもピクンと震えた。
「前をいじらなくても、上手にイケるようになったな」
「や、んッ、んぁっ」
トントンと奥を潰されるたびに性器がペチペチ跳ねる。大股開きのそこに中佐の視線を感じてますます興奮した。
「んぁァ!」
奥をグゥッと押された瞬間、半勃ちだった僕の性器からピュウッと透明なものが吹き出した。
(後ろだけじゃ、うまくイケなかったはずなのに)
いまではナカを擦られるだけで射精できるようになった。こうして潮だって簡単に出る。
(これも、中佐とするとき、だけなんだろう、な……)
そんなことを思いながら、僕の意識は真っ暗な中にストンと落ちていった。
「もしかして体がキツイんじゃないか?」
「へ?」
「毎回気絶させているだろう? さすがに体によくないのではないかと思ったんだが」
たしかに途中で意識が飛ぶのが普通になってきた気がする。
(そっか。だから抜かずの二発になったのか)
体を心配してくれていたんだと思ったら胸がこそばゆくなった。それでも僕は男娼だからお客さんに気遣ってもらうのはよくない。
「平気ですよ。一晩寝れば元気になりますし、最近は中佐以外のお客様がいないんで、いつものんびり体を休めてますから」
「……それならいいんだが」
中佐の口元がへにょりと動いた。一瞬笑ったように見えたけど、すぐにいつもどおりの強面な表情に戻る。
「それに僕、気持ちいいことが大好きですから」
「そうだな。いつもツバキはグチャグチャに乱れる」
「……中佐って、たまに意地悪ですよね」
「そうか? 気持ちよさそうなツバキを見ると、俺も気持ちがいいんだ」
「中佐が気持ちよくなってくれるのは嬉しいですけど」
そもそも、それが男娼である僕の仕事だ。それを抜きにしても、中佐が僕で気持ちよくなってくれるのは嬉しい。
「蕩けたツバキの顔を見ているだけで出そうになるし、淫らに喘ぐのを見るだけで何度でも挿れたくなる。孔の皺が消えるほど必死に俺のを咥えているのを見るのも興奮するし、奥を突くたびに潮が漏れてしまうのもたまらない」
「……中佐って、けっこうエロいですよね」
「普通だろう?」
(普通かもしれないけど、中佐ってそういう感じじゃないっていうか)
そのせいか、ほかのお客さんから言われても平気な内容なのに恥ずかしくなる。体のあちこちがむず痒くなって、素面ではちょっと聞いていられない。
(最初はあんなに無口だったのになぁ)
最近ではびっくりするくらい饒舌になった。もちろん話してくれるほうが嬉しいけど、こういう話はドキドキするから困ってしまう。
(だからって聞きたくないわけじゃないんだけど)
恥ずかしいけど聞きたい。もっと僕のことを話してほしい。こんなことを思ったのは初めてだ。そう思った自分が恥ずかしい気がして、顔を隠すように目の前の大きな胸にすり寄る。そうしてもぞもぞしていると「次なんだが……」と声がした。
「十日後、いや、もう少し間が空くかもしれない」
次の約束をしないのは初めてだ。珍しいなと思って中佐の顔を見る。
「忙しいんですか?」
「やらなくてはいけないことがいろいろあって、それが落ち着くまで来られなくなりそうなんだ」
「そう、ですか」
思っていたよりもしょんぼりした声で返事をしてしまった。そんな僕に気づいたのか、中佐が「すまない」と申し訳なさそうに謝る。お客さんに気を遣わせるなんてとんでもないと、僕は慌てて笑顔を浮かべた。
「謝らないでください。軍人さんが忙しいのは知ってますし、こうして頻繁に指名してくれるだけで、僕は十分ありがたいと思ってるんですから」
「本当は毎日でも指名したいくらいなんだがな」
「そう言ってもらえるだけで嬉しいです」
「嘘じゃない、本心だ」
「……ありがとう、ございます」
真剣に見える眼差しにドキッとした。嘘だったとしても、そう言ってもらえるのはやっぱり嬉しい。「僕なんかを何度も指名してくれるだけでありがたいのに」と思ったら、胸がきゅうっと苦しくなった。
そうだ、中佐はお客さんだ。お客さんとの駆け引きは手ほどきより前に習う初歩中の初歩なのに、僕は何を舞い上がっているんだろう。
「次の約束はできないが、必ずまた来るから待っていてほしい」
これだって娼館では日常茶飯事の会話なのに、ドキドキして胸が苦しくなる。本心だったらいいのに、なんて夢みたいなことを思ってしまった。
(何を考えているんだ)
これじゃ男娼失格だ。男娼として生きていけなくなったら、僕がいてもいい世界がなくなってしまう。それは死ぬより怖いことだ。
(そっか、中佐とばかり会ってるから変なことを考えてしまうんだ)
一人のお客さんに何度も指名されたことがなかった僕は、初めての経験に混乱してるに違いない。
(じゃあ、中佐と会う回数を減らせばいい)
もちろん上客である中佐の指名を断ることはできない。でも、少しだけ回数を減らすのはいい考えのような気がした。そうしていつもの僕に戻り、これまでよりももっと中佐を気持ちよくしたい。
「僕のことなら気にしないでください。上級士官の軍人さんが忙しいのはわかっていますし、中佐は中佐の大事なお仕事を頑張ってください。僕なら大丈夫ですから。僕もほかのお客様にもまた指名してもらえるように頑張ります。中佐のお仕事が落ち着いたら、また指名してくださいね!」
いつもどおりの笑顔で「指名、お待ちしています」と締めくくったら、なぜか中佐が変な顔をした。眉がギュッと寄り口もムスッとして、なんだか困ったような、それでいて怒っているようにも見える。
(もしかして、何かまずいことでも言ったかな)
いや、男娼として変なことは言っていない。それなのにお客さんにこんな顔をさせるなんて、男娼としての技術が落ちてきている証拠だ。
(やっぱり中佐だけがお客さんだと駄目なんだ)
中佐の表情は気になったけど、僕が不甲斐ないせいだと思って忘れることにした。
その日以降、アララギ中佐は言葉どおり高級娼館に姿を見せることがなくなり、僕を指名することもなくなった。
中佐というのは上級士官と呼ばれる特権階級の人が就く地位で、高級娼館のお客さんの中でもかなりの上客だ。いままで僕を指名してくれていたお客さんたちも貴族でお金持ちだったけど、おそらく一桁くらいは金額が違ってくるはず。
お客さんの格が上がると用意するお酒やお茶、使う寝具が高級品に一新される。指名されたときに僕が着る服も高級品になり、使う石鹸や潤滑油も高いものに変わった。中佐が訪れる頻度が増えたとき、普段あまり笑顔を見せない主人が「よかったな」と言ってニヤリと笑ったのがすべてを物語っている。
もちろん僕にとっても万々歳な状況だ。お客さんが娼館に高いお金を払うということは僕に入ってくる給金もその分上がる。それに中佐との行為はものすごく気持ちがいいから、その点でも願ったり叶ったりだ。
「お金を貯めることもできるしいい思いもできるし、万々歳のはずなんだけどなぁ」
手を叩いて喜びたいくらいの状況なのに、僕は中佐に指名されるのが怖くなった。痛いことやひどいことをされるわけじゃないのに怖いと思ってしまう。
「気持ちいいと後が怖くなるっていうか」
濃密で激しい行為が終わり、中佐の逸物がナカから出て行くとき少しだけ寂しくなる。火照った肌が落ち着いたとき、胸がギュウッと痛くなることもあった。
最初は気のせいだと思っていた。気持ちよすぎる反動だと思った。だけど最近、寂しく感じる回数が増えたような気がする。気持ちいいと思えば思うほど胸が痛くなることも増えてきた。
「僕、病気なのかなぁ」
これまで病気らしい病気をしたことがない僕は、この痛みが病気なのかどうかわからない。主人に聞けばいいんだろうけど、もし病気だったら男娼を辞めなければいけなくなる。
「それじゃ、居場所がなくなってしまう」
高級娼館以外に僕がいられる場所はない。僕を必要としてくれる場所にいられなくなるくらいなら、病気かどうかわからなくてもいい。そう思ったら主人に聞くことなんてできなかった。
そうして今日も「変だな」と思いながらアララギ中佐を受け入れている。
「ぁ……ァ……」
逞しすぎる逸物が僕のナカでブルッと震えた。中佐しか届かない深いところにビュルビュルと精液が当たっている。そんな僕のお腹を、後ろから抱きかかえた中佐の右手が労るように優しく撫でていた。
いつものように後背位で始まった行為は、気がつけば背面座位になっていた。力の抜けた僕の足の間では、勃起したままの性器から精液なのか先走りなのかわからない液体がトロトロと流れている。
「ツバキ」
囁かれた低い声に反応するかのように、僕の体がビクン! と跳ねた。
(名前、呼ばれただけなのに)
いつの間にか中佐は僕のことをツバキと呼ぶようになっていた。ほかのお客さんだって同じように呼ぶのに、僕の体は中佐に呼ばれるときだけ驚くくらい反応してしまう。
(やっぱり病気なのかな)
射精が落ち着いたからか、下腹を撫でていた中佐の手が胸を揉み始めた。そうして尖りきった乳首を摘むようにいじり出す。太い指で両方の乳首をつねられた僕は、後頭部を中佐の肩に押しつけながら胸を突き出していた。
「あぁ、ん、んァ」
「すっかりトロトロだな」
中佐が言うとおり、僕の体はどこもかしこもトロトロになっていた。もっと触ってほしくて焦れったくなる。
「ぁん、んっ」
出したばかりでも十分に硬い逸物にナカを擦られて声が出た。ツプツプと小刻みに揺らされているだけなのに信じられないくらい気持ちがいい。乳首とナカを同時にいじられるのがこんなに気持ちいいなんて、中佐にされて初めて知った。
「ツバキは可愛いな」
「ん……っ」
低い声に囁かれて耳がゾクゾクする。むずがるように頭を振る様子を笑った中佐が、僕の太ももを下からグッと掴み上げた。
「や、だ、」
「こういう恥ずかしい格好も好きだろう?」
「好き、だけど……ンッ」
まるで小さい子どもがおしっこをするときみたいな格好に、ものすごく興奮した。中佐に恥ずかしい格好を見られていると思うだけでドキドキして顔が熱くなる。
「ほら、ツバキ」
グッと掴んだ太ももを持ち上げられ、すぐにストンと落とされた。それだけで何度も突かれている奥に鋭い快感が走って、萎えていた僕の性器までもピクンと震えた。
「前をいじらなくても、上手にイケるようになったな」
「や、んッ、んぁっ」
トントンと奥を潰されるたびに性器がペチペチ跳ねる。大股開きのそこに中佐の視線を感じてますます興奮した。
「んぁァ!」
奥をグゥッと押された瞬間、半勃ちだった僕の性器からピュウッと透明なものが吹き出した。
(後ろだけじゃ、うまくイケなかったはずなのに)
いまではナカを擦られるだけで射精できるようになった。こうして潮だって簡単に出る。
(これも、中佐とするとき、だけなんだろう、な……)
そんなことを思いながら、僕の意識は真っ暗な中にストンと落ちていった。
「もしかして体がキツイんじゃないか?」
「へ?」
「毎回気絶させているだろう? さすがに体によくないのではないかと思ったんだが」
たしかに途中で意識が飛ぶのが普通になってきた気がする。
(そっか。だから抜かずの二発になったのか)
体を心配してくれていたんだと思ったら胸がこそばゆくなった。それでも僕は男娼だからお客さんに気遣ってもらうのはよくない。
「平気ですよ。一晩寝れば元気になりますし、最近は中佐以外のお客様がいないんで、いつものんびり体を休めてますから」
「……それならいいんだが」
中佐の口元がへにょりと動いた。一瞬笑ったように見えたけど、すぐにいつもどおりの強面な表情に戻る。
「それに僕、気持ちいいことが大好きですから」
「そうだな。いつもツバキはグチャグチャに乱れる」
「……中佐って、たまに意地悪ですよね」
「そうか? 気持ちよさそうなツバキを見ると、俺も気持ちがいいんだ」
「中佐が気持ちよくなってくれるのは嬉しいですけど」
そもそも、それが男娼である僕の仕事だ。それを抜きにしても、中佐が僕で気持ちよくなってくれるのは嬉しい。
「蕩けたツバキの顔を見ているだけで出そうになるし、淫らに喘ぐのを見るだけで何度でも挿れたくなる。孔の皺が消えるほど必死に俺のを咥えているのを見るのも興奮するし、奥を突くたびに潮が漏れてしまうのもたまらない」
「……中佐って、けっこうエロいですよね」
「普通だろう?」
(普通かもしれないけど、中佐ってそういう感じじゃないっていうか)
そのせいか、ほかのお客さんから言われても平気な内容なのに恥ずかしくなる。体のあちこちがむず痒くなって、素面ではちょっと聞いていられない。
(最初はあんなに無口だったのになぁ)
最近ではびっくりするくらい饒舌になった。もちろん話してくれるほうが嬉しいけど、こういう話はドキドキするから困ってしまう。
(だからって聞きたくないわけじゃないんだけど)
恥ずかしいけど聞きたい。もっと僕のことを話してほしい。こんなことを思ったのは初めてだ。そう思った自分が恥ずかしい気がして、顔を隠すように目の前の大きな胸にすり寄る。そうしてもぞもぞしていると「次なんだが……」と声がした。
「十日後、いや、もう少し間が空くかもしれない」
次の約束をしないのは初めてだ。珍しいなと思って中佐の顔を見る。
「忙しいんですか?」
「やらなくてはいけないことがいろいろあって、それが落ち着くまで来られなくなりそうなんだ」
「そう、ですか」
思っていたよりもしょんぼりした声で返事をしてしまった。そんな僕に気づいたのか、中佐が「すまない」と申し訳なさそうに謝る。お客さんに気を遣わせるなんてとんでもないと、僕は慌てて笑顔を浮かべた。
「謝らないでください。軍人さんが忙しいのは知ってますし、こうして頻繁に指名してくれるだけで、僕は十分ありがたいと思ってるんですから」
「本当は毎日でも指名したいくらいなんだがな」
「そう言ってもらえるだけで嬉しいです」
「嘘じゃない、本心だ」
「……ありがとう、ございます」
真剣に見える眼差しにドキッとした。嘘だったとしても、そう言ってもらえるのはやっぱり嬉しい。「僕なんかを何度も指名してくれるだけでありがたいのに」と思ったら、胸がきゅうっと苦しくなった。
そうだ、中佐はお客さんだ。お客さんとの駆け引きは手ほどきより前に習う初歩中の初歩なのに、僕は何を舞い上がっているんだろう。
「次の約束はできないが、必ずまた来るから待っていてほしい」
これだって娼館では日常茶飯事の会話なのに、ドキドキして胸が苦しくなる。本心だったらいいのに、なんて夢みたいなことを思ってしまった。
(何を考えているんだ)
これじゃ男娼失格だ。男娼として生きていけなくなったら、僕がいてもいい世界がなくなってしまう。それは死ぬより怖いことだ。
(そっか、中佐とばかり会ってるから変なことを考えてしまうんだ)
一人のお客さんに何度も指名されたことがなかった僕は、初めての経験に混乱してるに違いない。
(じゃあ、中佐と会う回数を減らせばいい)
もちろん上客である中佐の指名を断ることはできない。でも、少しだけ回数を減らすのはいい考えのような気がした。そうしていつもの僕に戻り、これまでよりももっと中佐を気持ちよくしたい。
「僕のことなら気にしないでください。上級士官の軍人さんが忙しいのはわかっていますし、中佐は中佐の大事なお仕事を頑張ってください。僕なら大丈夫ですから。僕もほかのお客様にもまた指名してもらえるように頑張ります。中佐のお仕事が落ち着いたら、また指名してくださいね!」
いつもどおりの笑顔で「指名、お待ちしています」と締めくくったら、なぜか中佐が変な顔をした。眉がギュッと寄り口もムスッとして、なんだか困ったような、それでいて怒っているようにも見える。
(もしかして、何かまずいことでも言ったかな)
いや、男娼として変なことは言っていない。それなのにお客さんにこんな顔をさせるなんて、男娼としての技術が落ちてきている証拠だ。
(やっぱり中佐だけがお客さんだと駄目なんだ)
中佐の表情は気になったけど、僕が不甲斐ないせいだと思って忘れることにした。
その日以降、アララギ中佐は言葉どおり高級娼館に姿を見せることがなくなり、僕を指名することもなくなった。
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