平凡な男娼は厳つい軍人に恋をする

朏猫(ミカヅキネコ)

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本編

8 なんだか変なんです

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 アララギ中佐が来なくなって二十日が経った。こんなに長く中佐の顔を見なかったのは最初の頃以来だからか変な感じがする。
 そのせいか、最近中佐の顔を頻繁に思い出すようになった。とくに最後に見た顔が忘れられない。困っているように見えたけど、あれはやっぱり怒っていたんじゃないだろうか。

「僕が何か言ったんだろうなぁ」

 昔に比べたら変なことは言わなくなったと思う。それでも「もしかして」と不安になる。

「今度指名してくれたときに謝ろう」

 でも、もし指名してくれなかったら? それどころか二度と来なかったら……そう思ったら胸がギュッと苦しくなった。こうやって痛みを感じる日が増えてきた。しかもアララギ中佐のことを考えるときに限って痛くなる。

「それもこれも毎日暇にしているせいだ」

 中佐が来なくなってからも僕を指名してくれるお客さんは一人もいない。男娼としてあるまじき状況だけど、主人からは「おまえにはたっぷり金を落としてもらっているから問題ない」と言われて首を傾げた。

「指名されないのに問題ないなんて、そんなわけないのに」

 かといって余計なことを言えば説教されるに決まっている。だから毎日こうしてぼんやり過ごす時間ばかりが増えていた。

「……やっぱり駄目だ!」

 ただぼんやりしているだけなんて、僕の性に合わない。
 五歳でここに来たときは下働きとして、十歳からは下働きに加えて先輩たちの雑用係もこなしてきた。お客さんを取るようになってからは男娼の仕事しかしていないけど、部屋の掃除や片付けなんかは下働きに任せないで自分でやっている。
 それなのに、中佐が来なくなっただけで何もやる気にならないなんて駄目だ。なにより時間があると中佐のことばかり考えてしまう自分が怖い。

「よし、仕事を探しに行こう」

 男娼の僕は下働きをする必要はないけど、何かやれることがないか主人に聞いてみよう。そう思って部屋を出た。

「やぁ、ツバキじゃないか」

 主人の部屋に行く前に、娼館の玄関で懐かしい人に声をかけられた。

「あ、…………モモハ様」
「あれ? もしかして僕の名前、忘れちゃってた?」
「そんなことあるわけないじゃないですかぁ」

「あはは」と笑いながら、本当はそうだったことに冷や汗をかいた。
 モモハ様は僕が男娼になった頃に指名してくれていたお客さんだ。間隔は空いていたけど、珍しく三度指名してくれたから名前を思い出すことができた。
 そういえば、モモハ様は結構な家柄の貴族だと聞いた気がする。当時ほとんど指名されなかった僕にとっては貴重なお客さんで、服や腕輪をもらったりもした。本人は「三男坊だから自由気ままなんだ」と言っていたけど、こうして昼間から高級娼館にいるということは、いまも自由気ままに暮らしているに違いない。

「そうだ。ツバキってお客取るのやめたの?」
「いいえ、そんなことないですよ?」
「え? そうなの?」
「?」

 不思議そうなモモハ様の顔に、僕のほうが首を傾げた。こうして僕がここにいられるのは現役の男娼だからだ。もしお客さんを取らなくなるとしたら、男娼を廃業してここを出て行くときだ。

「僕はまだこうして働いてますし、お客様の指名は大歓迎ですよ?」
「ふふ、ツバキは昔から気持ちいいことが大好きだったもんね~。じゃあ、あの噂は間違いだったってことか」
「噂ですか?」
「うん。ここ二、三カ月くらいだけど、ツバキの指名ができないって話だったから、てっきり引退するのかと思ってた」
「えぇー。引退する予定なんてありませんし、お客様を断ったりもしませんけど」
「だよね~」

 まさかそんな噂が流れていたとは思わなかった。だから誰も僕を指名してくれなくて、こうして暇になったというわけか。
 理由はわかったけど、どうしてそんなことになったのかがわからない。意地悪で噂を流した人がいたとしても、主人が知ったら激怒するはずだ。それなのに主人が怒っているような様子はなかった。僕がウンウン考えていると、モモハ様に「じゃあさ」と声をかけられた。

「僕が指名したら、相手してくれる?」
「え? あ、はい、もちろんです」

 指名してもらえるのはありがたい。そう思って頷いたら、にこりと笑ったモモハ様が受付を兼ねた応接間に入っていった。
 その日の陽暮れ前に、僕は難しい顔をした主人に呼ばれた。そこでモモハ様に指名されたことを聞いた。

「なるほど、今回の指名の件はわかった」

 指名された経緯を話すと、なぜか主人が厳しい顔になった。

「もしかして僕、何かしましたか……?」
「いいや、男娼が直接客から約束を取るのは間違いじゃない。そういう意味では、おまえは何もやらかしてない」

「やらかしていない」という言葉にビクッとしつつも、それならどうしてそんな怖い顔をしているんだろうと思った。主人の綺麗な形の眉はググッと中央に寄っている。目つきだっていつもより鋭い。口元はもちろん笑っていないし、超絶美人が怒った姿は震えるくらい怖かった。

「まぁ、ここは娼館だからな。男娼が客を取らなくなったらお終いではある」
「あの」
「上客との約束は大事だが絶対ではない。それは彼方あちらさんも理解していることだ」
「あのぅ」
「なにより本人が取りつけた指名だ。俺がどうこう言うことでもないだろうし」
「あの~」

 主人には僕の声がまったく聞こえていないのか、そっと声をかけても視線すら向けてもらえなかった。かといって大声で呼ぶのも怖いしと困っていると、ヤナギさんが部屋に入ってきた。
 ヤナギさんは主人の片腕で、高級娼館で働く人たちを取り仕切っている。僕の手ほどきをしてくれた人ということもあって、これまでにも何かと相談に乗ってもらっている頼れる人だ。

「あれ? ツバキ、どうしたの?」
「ヤナギさぁん」

 僕の情けない声に主人を見たヤナギさんは、「あらら」と言って苦笑した。

「ジュッテン、呼び出した相手を放置して考え事に耽るなって、いつも言ってるだろう?」
「ん? あぁ、ヤナギか」
「ヤナギか、じゃないよ? ツバキが困ってる」
「あぁ、そうだった。すまなかったな」
「別にいいですけど」
「あはは。困った顔のツバキも可愛いなぁ」
「ヤナギさん! 可愛いって、僕もうすぐ二十五になるんですけど」

 ちょっとむくれながらそう言うと、「そうかそうか、もう二十五か」なんて言いながらヤナギさんが僕の頭を撫でた。僕より少ししか背が高くないヤナギさんに頭を撫でられるのは微妙な感じがするけど、ここに来た頃のことを思い出すからか少しだけ嬉しくなる。

「何歳になっても、ツバキは僕にとっては可愛い弟みたいなものだからね」

 そう言って目を細めて笑うヤナギさんのほうこそ、いつまでも若いと思う。

(っていうか、実際何歳なんだろう)

 僕が五歳でここに来たときにはもう仕切りの仕事をしていたから、それほど若くないはずだ。それなのにヤナギさんはいつまで経っても見た目が変わらなくてかっこいい。姐さんたちにも男娼たちにもすごく人気があって、ヤナギさんに手ほどきされた僕はいつも羨ましがられていた。

「で、ジュッテンは何をそんなに難しい顔してたんだ?」
「あぁいや、ツバキに指名が入ったんだ」
「……なるほど。まぁ男娼のままだから、仕方ないことではあるね」

 ヤナギさんまで難しい顔になった。もしかして僕がお客さんに指名されるのはまずいことだったんだろうか。でも僕は男娼だ。お客さんに指名されないことのほうがまずい。それなのに、どうして二人とも困った顔をしているんだろう。

「それとなく噂を流しておいたけど、やっぱり限界だったな。彼方あちらさんに連絡する?」
「いや、その辺も納得のうえでの約束だからな。今回のことで何か言われたりはしないだろう」
「なるほど。じゃあ、何がそんなに気になるの?」
「いや、この段階でというのがな」
「うーん、たしかになぁ」

 今度は二人そろって僕を見ている。

「ツバキは、まだ男娼としてお客様に指名されたい?」

 ヤナギさんの言葉に僕は大きく頷いた。

「僕は男娼ですから、やめるまではお客様が指名してくれないと困ります」
「なるほど、それはもっともだ。じゃあ、モモハ様の指名を受けてもいいんだね?」
「はい、僕は大丈夫ですけど……。もしかして、何か問題があるんですか?」
「まぁ大丈夫だとは思うけど」
「ツバキが自分で決めたことだ。彼方あちらさんの件は、また別だろう」
「そうだね。まぁ、これも仕方ないか」

 またよくわからない話に戻ってしまった。結局、最後まで主人とヤナギさんが何に困っているのかはわからなかった。
 そうして僕は次の日の夜、久しぶりにお客さんを迎えることになった。

「うぅ~、緊張するなぁ」

 中佐以外のお客さんは久しぶりだからか妙に緊張する。そのせいか、無意味に何度もお酒やお茶の確認をしてしまった。

「そういや中佐、お酒にもお茶にも関心がないみたいだったなぁ」

 しまった、また中佐のことを思い出してしまった。途端にギュッと胸が痛くなる。こんなことじゃ駄目だとわかっているのに、一度思い出すと次々にいろんなことが頭に浮かんだ。
 最初は怖かった中佐の強面も、思い出すときは可愛い表情しか出て来ない。ほんの少し碧眼が笑うのも可愛いけど、へにょりと口が歪むときが一番可愛かった。
 それに大きな体も可愛いと思う。ゴツゴツした手は僕の頭を覆うくらい大きくて、全身を撫でられるとすごく気持ちがいい。もちろんあの手に腰を掴まれて、立派すぎる逸物がググッと挿入はいり込むのはとんでもない気持ちよさで……。

「って、何やってんだよ僕は」

 これからお客さんが来るのに、別のお客さんのことを思い出すなんて初めてだ。
 慌てて頭を振って気持ちを切り替えたけど、モモハ様との行為の最中もアララギ中佐のことばかり思い出すことになってしまった。

「はぁ……相変わらずツバキのココ、締まりがすごくて気持ちいいなぁ」
「んっ、ぁ、ぁん!」
「ふふっ、ここ、好きだったよね……っと!」
「ひんっ!」

 モモハ様の先端が、グリグリと前立腺を押し潰しながら奥に挿入はいってきた。たしかに気持ちよかったけど、なぜかちょっとだけ物足りなく感じてしまう。

(中佐のだったら、もっと力強く擦ってくれて……もっとナカをめいっぱい広げてるって感じ、なのに……)

「はぁ、も、イキそ……。前、いじってあげる」
「ひゃうっ!?」
「はは、すごいビッショリだね。は、はぁ、は、は……っ」
「ひぅっ、あ、あっ、あっ、ぁあっ!」

 ガンガン腰をぶつけながら、モモハ様の手が僕の性器を握ったことに驚いた。

(中佐のときは、前、触んなくても、出ちゃうから……ぁあんっ!)

 グチュグチュ音を立てて性器を擦り上げられるのは気持ちいいのに、どうしてか変な感じがした。こうして前を擦らないとイケなかったのが嘘のように、擦られるほうがうまくイケなくなっている。

「あ、あ、あぁ! 出ちゃ、出ちゃ、うぅ……!」

 久しぶりに勢いよく射精した気がした。いつもはトロトロ押し出されるように出るからか、まるで粗相をしてしまった気がして落ち着かない。
 それでも射精に合わせるように後ろがギュッと締まって、それを突き破るようにモモハ様の逸物が動いた。そうして最後にドクン! と弾けた。ドクドクと吐き出される精液が僕の奥を濡らしている。それなのに、やっぱり物足りない気がした。

(中佐のは、奥の壁にぶつかって、そこをたくさん突いてくれて、それが死ぬほど気持ちがいいから、かなぁ)

 残念ながらモモハ様の逸物は、中佐の逸物ほど奥には届かない。それに僕の意識も最後まではっきりしている。中佐とだったら、一度目の絶頂ですでに軽く飛んでいるはずだ。

「はぁっ、気持ちよかった。あぁ、ツバキの泣き顔、やっぱりいいなぁ」
「モモハさま」
「体はこんなに立派になったのに、泣き顔はまるで子どもみたいだ。それがすごくやらしくて癖になるんだよね。そういう客は意外といるんだけど、ここの主人は客選びが厳しいからなぁ」

 よくわからないけど、モモハ様も僕の泣き顔が好きだったんだと初めて知った。「やっぱり男娼としてどうなんだろう」と思いはしたものの、それで指名してくれたんだから文句はない。
 怠いながらも動く体をずらして、モモハ様の腕に身を寄せる。モモハ様とは同じくらいの体格だから、くっつくと寄り添うような感じになった。

(すっぽり抱きしめてくれる中佐って、やっぱり大きいんだなぁ)

 それに中佐は一回だけで終わったりはしない。
 結局僕は、最後までアララギ中佐のことを思い出してばかりだった。モモハ様との行為も十分気持ちよかったはずなのに、どこか物足りなくて体の奥が燻り続ける。

(中佐、いつ来てくれるかなぁ)

 モモハ様の体温を感じながら、また中佐を思い出した。強面の顔を思い浮かべるだけで胸がキュウッと苦しくなって、それに気づかない振りをしながら目を閉じた。
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