平凡な男娼は厳つい軍人に恋をする

朏猫(ミカヅキネコ)

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本編

15 好きだから触りたい

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 アララギ少将のお屋敷に到着してから驚くことがいくつもあった。
 まず「新しい生活のために引っ越した」と聞いたお屋敷は、想像していたよりずっと大きかった。僕がいた高級娼館のほうが大きいけど、それは大勢の娼婦や男娼、下働きたちが住んでいたからだ。少将のお屋敷には少将と僕、ほかには数人の使用人しかいないと聞いていたのに、その何倍もの人が住めそうなくらい大きい。
 次に驚いたのが、お城で働いたことがある料理専門の使用人がいたことだ。そんなすごい使用人を雇えるなんて、やっぱり少将は特権階級なんだなとしみじみ思った。
 さらに驚いたのは、少将自身が料理をすることだった。お休みの日には、僕と二人分の食事を少将が作ってくれる。どの料理もおいしかったけど、とくに田舎で食べていたのと似た味付けのスープは絶品だった。おいしくて懐かしくて、三杯もおかわりをしてしまった。

(いつか僕も料理をしてみたいなぁ)

 そう思っているけど、不器用な僕にできるだろうか。でも、いつか僕が作った料理を食べてほしい。好きな人に手料理を振る舞う恋愛本を読んだばかりだからかもしれないけど、せっかくならやってみたいと思った。
 身請けされてから僕の欲はどんどん膨らんでいる。あまりに多くて、この間紙に書き出したら十個以上もあった。それを見た少将は「可愛いものばかりだな」と笑って、一番目に書いた「お見送りのキスをする」を実行してくれた。

「行ってくる」
「いってらっしゃい」

 そのとき以来、少将が仕事に行くときにはこうして必ずお見送りをするようになった。もちろんキスもする。

(毎日のように見てるのに、今日もかっこいいなぁ)

 娼館では私服姿しか見たことがなかったからか、毎日軍服姿が見られるのも嬉しい。それに、腰に差した短刀の柄の碧玉を見るたびに口がもにょっとして胸がくすぐったくなった。

(やっぱり碧玉のこと、話してよかった)

 碧玉のことをいつ言おうかとても悩んだ。言うのは照れくさいけど、やっぱりお揃いのものを身につけたい。こういうことは早く言ったほうがいいと思った僕は、モゴモゴしながらもお屋敷に到着した日の夜に話をした。
 僕の話を聞きながら碧玉を見た少将は、柄に付けることを了承してくれた。僕の分はどうしようかと思っていると、「これは首飾りにしよう」と少将が提案してくれて二つとも少将に預けることにした。
 そして今日、その首飾りが出来上がると聞いている。

(どんな首飾りか楽しみだなぁ)

 門を出る少将の馬車を見送りながら、僕は早く夕方にならないか楽しみで仕方がなかった。

 夕方、いつもより少し早く帰ってきた少将が、綺麗な箱を差し出した。中には見たことのない形のものが入っている。
 首飾りのはずだけど、僕が想像していたものとは少し違っていた。本体は金属や編み紐ではなく、黒く艶のある幅広の布だった。真ん中に小さな飾り枠がついていて、そこにあの碧玉が入っている。少将が着けてくれたけど、首にぴったりくっつく形だからか首輪っぽい不思議な感じがした。

「苦しいか?」
「大丈夫です。変わった首飾りですね」
「そうか? 俺の故郷ではよく見かけるんだが」
「僕は見たことなかったです」

 少将の故郷は僕の故郷とは反対側にあって、王都からも遠い場所だと聞いている。だから見たことがないのかもしれない。

(変わった形だけど肌触りはすごくいいな)

 黒く艶々している部分は布ではなく革だった。それなのにしっとりしていて、すべすべしているからすごく気持ちいい。

「ありがとうございます」
「よく似合っている」
「首輪みたいな形だから音もしないし、どこかに引っ掛けてしまうこともないだろうから安心して着けていられますね」

 首飾りを触りながら「えへへ」と笑ったら、少将がハッとしたように目を見開いた。それからすぅっと視線を逸らして「首輪……たしかに……」とか何とか言っている。そうして少し赤くなった目元で、なぜかチラチラと僕を見ては何かをつぶやき始めた。

「どうかしましたか?」
「……ツバキは、もう腹が減ったか?」
「いえ、お昼もちゃんと食べたから大丈夫です」

 どうしたんだろうと首を傾げると、急に体を持ち上げられて驚いた。

「しょ、少将?」
「夕飯は後にしよう。先にやりたいことができた」
「それは大丈夫ですけど、やりたいことって?」
「ツバキを愛でたい」
「めでたい?」

 めでたい……ことなんて何かあっただろうか。昇進祝いはやったし少将の誕生日でもない。

(もしかして、仕事で何かいいことがあったとか?)

 そう思って少将の顔を見たけど、いつもと変わらない表情で特別喜んでいるようには見えなかった。

「少将、めでたいって何か、ひゃっ!?」

 今度は大きなベッドにぽふ、と寝かされた。急に視界が回ったからびっくりしてしまった。

「たしかに、首輪に見えなくもないか」
「え? ……あ、首輪なんて言ってごめんなさい。あの、悪い意味じゃなくて、」
「わかっている。大丈夫だ、あながち首輪で間違いじゃない」
「へ?」
「さすがに鎖に繋いだりはしないが……いや、それはそれで……」

(鎖……繋ぐ……ちょっと待って。もしかして少将ってば、そんな趣味があったの?)

 娼館で何度も肌を重ねたけど、そんな話は一度もしなかった。もしかして遠慮していたんだろうか。

(首輪をして、鎖で繋がれる)

 想像したら後ろがキュンとした。服を着たまま繋がれて、あちこち破かれながら抱かれるのもいいかもしれない。裸に首輪と鎖だけというのも興奮しそうだ。いっそ手首にも鎖をつけて動けなくするとか、吊り下げられて片足だけ持ち上げられて突っ込まれるのも興奮しそうだ。

(どうしよう、ちょっとやってみたくなってきた)

 ほんの少し期待しながら少将を見つめたら、少将が「んんっ」と咳払いして視線を逸らした。

(しまった、そんな変態なことを思ったのは僕だけだったんだ)

 少将いわく、僕は案外顔に出やすいらしい。とくにいやらしいことはすぐに出ると言われた。だから僕が変なことを想像したのも気づかれたに違いない。
 急に恥ずかしくなって視線を逸らすと、「おかしな扉を開きそうだ」とつぶやいた少将が僕の服を剥ぎ取った。そうしてベッドに膝立ちをした少将も軍服を脱ぎ始める。

(かっこいい……)

 もう何度も見ている体なのに、いつ見てもため息しか出ない。腕も胸もお腹もがっしりしていてムキムキだ。首も太めで、臍のすぐ下から広がる金色の下生えがすごくいやらしかった。

(まだ何もしてないのに、後ろがキュンキュンしてきた)

 そんな僕の太ももを少将の大きな手が掴み、グイッと押し広げた。そうしてじっと股間を見ている。

(もしかして……後ろが気になる、とか)

 勃起した性器もだけど、みっともないくらいひくついている後ろも見えているはずだ。ということは、玄人ベテランらしからぬ孔の状態に気づいたのかもしれない。
 そう思ったら、見られるのが急に恥ずかしくなった。いまさらな気がしないでもないけど、両手をそっと伸ばして後ろの孔を隠すように手で覆う。

「……あの、あまり見ないでください」
「どうしてだ?」
「だって、男娼歴長いのに、後ろ、丸いままだし」
「……は?」
「抱かれる側の男娼のココは、玄人ベテランになると縦になるじゃないですか。でも僕、お客様が少なかったからか、その、丸いままで恥ずかしいっていうか」

 売れっ子男娼の孔は、まるで女の人のアソコのように縦になる。見たことはないけど、下働きのときから聞く話だから本当なんだろう。縦になった孔は縁がふっくらと赤くなって、それを見たお客さんは我慢できなくなるらしい。もちろん具合もいいそうだから、そうなって初めて玄人ベテランの、人気者の男娼になったということになる。

(でも、僕はお客さんが少なかったから)

 一晩中突っ込まれることはあっても、そのくらいじゃ少し縦に伸び始めたかな、くらいにしかならなかった。男娼としての価値が低いと言われているような状態を見られるのは情けなくて恥ずかしくなる。だから隠したのに、少将はギラギラした目でますます食い入るように股間を見ていた。

「少将?」
「…………興奮しすぎて、我を見失いそうになった」
「へ?」

 よく聞き取れなくて首を傾げたら、少将の顔がグンと股間に近づいた。慌てて「駄目です!」と言いかけて、グッと唇を噛みながら我慢する。

(舐められるのは、もう、平気だし)

 本当は少しだけ怖い。でも舐めているのが少将だと思えば怖くなくなる。怖くて体が固まるのは最初だけだ。

「んっ、ん……っ」

 ジュボジュボと性器をしゃぶられて、あっという間に射精してしまった。元男娼なのに早すぎる自分が情けなくなる。息を荒くしたままそんなことを考えていると、太ももをグイッと押し上げられてハッとした。

「ま、待って!」
「待たない」

 みっともないくらいひくつく孔を見られるのはかまわない。でも、すぐそばに少将の顔があるのが怖かった。

「待っ、やっ、ァアン!」

 思ったとおり少将が後ろをベロリと舐めた。それどころか孔のナカに舌先が入り始める。

「ひ、ひぃ!」

 とんでもない状況に情けない声が出た。お客さんにねだられて舐めたことはあるけど、僕がされるのは初めてだ。ただでさえ奉仕されるのが怖いのに、こんなことまでされたらわけがわからなくなる。

「や、やだぁ……ッ! やめ、ヒィッ!」

 チュプチュプという音が聞こえるたびに気持ちがよくて、でも怖くて体が震えた。泣きそうになった目をギュッと瞑って敷布を思い切り掴む。

「まだ慣れないか」

 身請けされてから、少将は必ずといっていいほど僕を気持ちよくしようとした。一緒に気持ちよくなるならかまわないけど、先に僕をトロトロにしようとするのだ。
 だから少しずつ慣れてきたと思っていた。でも、本当はまだ怖い。僕だけ気持ちよくなるのは間違っていると思って、そのせいで少将に嫌われるんじゃないかと思うと怖くて仕方なかった。

「されるのは、間違ってるから」

 声が少し震えてしまった。そんな自分の声が情けなくて涙が出そうになる。

「泣かないでくれ。嫌がる涙を見たいわけじゃない」
「な、泣いてないです」

 そう言いながらもグスッと鼻を鳴らしてしまった。

「……俺は駄目だな。少しずつだとわかっているのに、つい欲張って先を求めてしまう。そのせいでツバキを怖がらせてばかりだ」

 寂しそうな声に、慌てて「そんなことありません!」と否定した。

「少将は、いつも僕を気持ちよくしてくれます。僕がしたいこともさせてくれるし、怖いなんて思ってません」
「でも、こうして触れられるのは怖いのだろう?」
「そ、れは……でも、前をしゃぶられるのは、もう平気です」
「一瞬体が強張ることには気づいている」

 さすがは軍人さんだ。ほんの少し体が動くだけなのに気づかれていた。
 僕は何も言えなくなった。怖くないのは本当なのに体が勝手に怖がってしまう。それとも怖くないと思い込もうとしているだけなんだろうか。
 静かになったベッドの上で、少将が上半身を起こした。

「俺はツバキの全部が好きだが、こうして触れたり抱きしめたりできるのは体だけだ。心は形がないから触れられないし抱きしめることもできない。だから、その分こうして体に触れたいと思っている」
「……っ」

 少将の太い指が孔の縁をぐるりと撫でる。

「触れればはっきり感じることができる。そうすれば、俺がどれだけツバキを好きなのか教えられる。同じくらい、気持ちよくしてやりたいとも思っている。俺の手で乱れるツバキを見るだけで、ツバキが俺のことを好きなんだと実感できて嬉しいんだ」
「しょう、しょう」
「それに、ツバキが前後不覚になるくらい乱れると俺の自尊心も満たされるしな」
「っ!」

 グイッと入ってきた指は、たぶん二本だ。その指が入り口付近でグニグニと動いている。それだけで感じやすい僕は気持ちよくなって、射精したはずの性器もゆるく勃ち上がってしまった。

「おまけに性的興奮も得られる。見てみろ」

 言われて視線を自分の股の間に向けた。金色の下生えから隆々とした逞しい逸物がグンと伸びている。少し濡れているように見えるのは垂れた先走りのせいだろうか。
 とんでもないくらい理想的な逸物に、僕は「触りたい」と思った。触って気持ちよくしてあげたい。見るだけで気持ちよくなっているんだと教えたい。僕と同じくらい気持ちよくなってほしい。

(もしかして、少将も同じことを思ってるってこと?)

 そう思ったら、ナカで動いている指をギュッと締めつけていた。

「俺はツバキが好きだから触りたい。ツバキが好きだから触ってほしい。ツバキはどうだ?」
「……僕も、大好きってわかってほしいから……触りたい、です」
「俺も触っていていいか?」

 僕は、ゆっくりと頷いた。まだ少し怖いけど、いまは少将と触りあいたい。そう思って「触っても、平気です」と答えたら、少将がふわりと笑ってくれた。
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