平凡な男娼は厳つい軍人に恋をする

朏猫(ミカヅキネコ)

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番外編

剣技大会3

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 第一王子様は、僕が想像していたとおりの王子様だった。キラキラした濃い金髪と濃い碧眼は眩しいくらいかっこよくて、どこからどう見ても「王子様だぞ!」という雰囲気をしている。話し方も柔らかいけれど王子様っぽくって、兄弟なのに第二王子様とは全然違うなぁ、なんてちょっと失礼なことを思ってしまった。

「久しぶりにアララギの剣技を見せてもらったけれど、さすがだね」
「光栄です」
「まさかヒイラギが相手をするとは思わなかったけれど、モクランの差し金かな?」
「殿下たってのご希望と伺っています」
「そうか。うん、いいものを見せてもらった。陛下も満足されていたようだし、わたしからも礼を言うよ」
「もったいないお言葉です」

(ほわぁぁぁ、本物の王子様だぁ)

 思わず呆けて見ていたら、第一王子様が僕を見てニッコリ笑いかけてきた。

(おおおお王子様に笑っていただいちゃったよ……!)

 まさか笑い返すわけにもいかないし、どうしたらいいんだろうとオロオロしてしまう。

「二人の剣技が見られたのは、間違いなく奥方の功績だろうね。礼を言う」
「ひぇっ! お、お礼とか、そんな、僕なんかにもったいないです! あの、僕、少将が見たいって我が儘を言ってしまっただけで、そんな、滅相もないです!」

 まさか、王子様にお礼を言われるなんて思ってもみなかった。焦ったまま返事をしてアワアワしながら頭を下げたけれど、大丈夫だったかなと不安になる。
 頭を下げたままそんな心配をしていると、ものすごい音を立てながら扉が開く音がした。「何だろう?」と頭を上げた瞬間、ガシッとすごい力で両手をつかまれた。

「あなたがツバキさんね!」
「へっ?」

 目の前には、僕よりずっと若くてきれいな女の子が立っている。その女の子が、どうしてかキラキラした目で僕を見ながら、さらに両手をぎゅうっと握りしめてきた。

(……あれ? この女の子、どこかで見たような……)

 そんなことを思っている僕の両手を握りしめたまま、女の子が隣に立つ少将を見上げながら話し出した。

「やっとお会いできたわ! 早く会わせてってあんなにお願いしていたのに、アララギ兄様ったらもったいぶって連れて来てくれないんだから!」
「妃殿下、少々お行儀がよろしくないかと思います。それに、兄様というのはやめていただきたいと申し上げたはずですが」
「あら、わたくしも、妃殿下になっても兄様って呼ぶわよってお話したでしょう?」

 そう言いながら、女の子が僕の手をブンブンと小さく振っている。

(……少将と仲がよさそうな……仲がいい女の子……あれ? このドレスと髪型って、どこかで……)

 改めて女の子の姿を見た。ピンク色のドレスは華やかでいてすごく上品だ。髪の毛はきれいに結ってあって、必死に少将を見上げている様子にも見覚えがある。

(……あ、もしかして、噴水のところで見た……)

 あのときのご令嬢で間違いない。……ということは。

「そんなことより、わたくし、ずっとずーっと楽しみにしていたのよ? なのに、わたくしより先にモクラン殿下とお会いになるなんて、兄様はひどいわ」

 少将を「兄様」と呼ぶ、王子様の妃殿下……ということは……。

「ひえぇ……っ!」

 思わず「ひえぇぇぇ!」と叫びそうになって、慌てて唇を噛んだ。本当は手で口を押さえたいところだけれど、妃殿下がぎゅっと握りしめたままだから塞ぐことができない。
 僕は必死に叫び声を我慢しながら、大慌てで少将を見上げた。きっと僕の顔はビックリしすぎておかしな状態になっていたに違いない。

「妃殿下、我が妻が驚いて気を失いかけています。どうか手を離してください」

 僕の状態に気づいてくれた少将が、そう言いながら妃殿下からそっと両手を取り返してくれた。

「あら、わたくしったら気が急いてしまって。ツバキさん、ごめんなさいね?」
「あの、その、謝っていただくなんて、あの、恐れ多いというか、あの、大丈夫、です」

 自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。とにかく想像もしていなかった出来事に、さっきから僕はアワアワしっぱなしだ。

「そうそう、ちゃんと結婚したのよね? おめでとう! わたくし、ずっと気になっていたの。だって、王城門の巨石なんて言われていた兄様が、初めて好きな人ができたなんて言い出すものだから本当に心配だったのよ? でもちゃんと身請けできて、こうして結婚もできて、本当によかったわ」

 少将が取り返してくれた両手が、また妃殿下に握りしめられてしまった。さすがに僕自身で取り戻すなんてことはできなくて、キラキラした妃殿下をただじっと見つめる。そんな僕の視線に気づいたのか、妃殿下が僕を見てニコッと微笑んだ。

(……ししししまった。恐れ多くも妃殿下を見つめてしまった……!)

 僕は妃殿下をじっと見下ろしていたことに気がついた。気づいた途端にサァーッと血の気が引く。貴族でもない僕が妃殿下にこうして触っているだけでも大変なことなのに、じっと見下ろしてしまうなんて、とんでもないことをしてしまった。
 こんなこと、無礼以外の何ものでもない。きっと叱られる……少将にも迷惑をかけてしまう。

(ど、どうしよう……)

 僕から視線を外していいのかすらわからなくて、泣きそうな気分になりながらも妃殿下をじっと見つめ続けた。すると、またニコッと笑った妃殿下が僕の体を見て、それから少将を見上げて口を開いた。

「ね、兄様、やっぱり金色でよかったでしょう? お話で聞いていたツバキさんの印象なら、絶対に金色だと思ったの。銀色では絶対に見劣りしたと思うわ」

 両手をさらにぎゅっと握りしめながら「ね? そう思うでしょう?」と僕にも同意を求めてくる。僕は泣きそうになりながら、何のことだろうと小さく首を傾げた。

(金色……少将から聞いた……って、そういえば……)

 噴水のところで見かけたとき、少将は買い物に付き合ってもらっていたと話していた。それはつまり、僕の乳首に付いている金色の輪っかを買っていたということだ。

(そうだ……妃殿下は、僕の乳首のことを……し、知っているんだった……!)

 青ざめていた顔が、一気に真っ赤になった。顔だけじゃなく全身が真っ赤になったと思う。こんな偉い人に、それも想像していたよりもずっと年下にしか見えない女の子に乳首のことを知られているなんて、顔から火が出るくらい恥ずかしい。
 僕は真っ赤になった顔を隠したくて必死に下を向いた。

「ズイカ、手を離してあげなさい。困っているよ」
「まぁ、わたくしったら、本当にごめんなさい」

 優しい王子様の声が聞こえてたあと、妃殿下の手がそっと僕の両手から離れた。
 僕は離してもらった両手をお腹の前でぎゅうっと握りしめた。恥ずかしくて恥ずかしくて両手が震えそうになる。本当は俯いたままなんてダメだとわかっている。だって、偉い人の前でこんな格好は失礼だ。
 でも、あまりにも恥ずかしくて顔を上げられない。少将の奥さんとしてここにいるのに、こんなんじゃダメだとどんどん情けなくなってくる。
 隣にいる少将を見ることもできなくて、俯いたまま「どうしよう、どうしよう」と焦った。そんな僕の耳に、王子様の小さな笑い声が聞こえてきた。

(どうしよう、僕のせいで笑われてしまった……)

 きっと少将も困っているはず。そう思ったら、ますます顔を上げることなんてできなかった。

「モクランから聞いていたけれど、たしかにアララギの奥方は可愛らしいね」

(……へ?)

「よい妻を迎えたと自負しております」

 少将の返事にギョッとした。ビックリしすぎて、思わず顔を上げて少将を見上げた。「よい妻を」なんて、そんなことあるわけがない。少将にそう思ってもらえるのは嬉しいけれど、笑った王子様はそんなこと思っていないはずだ。
 そう思って「そんなことを言ったらダメです」と言おうとしたけれど、少しだけ笑っている少将の顔を見たらダメだと言えなくなってしまった。

(だって、可愛い少将にダメなんて、言えないよぅ……)

 でも、「よい妻だ」なんて王子様に言ってはいけない気がする。僕は「あ」とか「う」とかつぶやきながら、両手で少将の袖をつかみながらオロオロした。

「たしかにそのようだ」

 そう言った王子様が、また小さく笑っている。

(ひょえぇっ。また笑われてしまった……!)

「ズイカもすっかり気に入ったようだしね」
「えぇ、わたくしから見ても、とても可愛らしい方だと思いますわ。なにより相思相愛だなんて、とっても素敵なことですもの! ツバキさんが兄様を好きになってくれて、本当によかった。次はモクラン殿下とヒイラギ中将の番ね。あのお二人も相思相愛なんだから、さっさと結婚なさればよろしいのに。見ているほうが焦れったくなるわ」

 いま、また「可愛らしい」って……って、ヒイラギ中将の番? それはどういうことだろう。「お二人も相思相愛なんだから」というのは、好き同士ということだから……つまり……。

「ぇぇええっ!? 王子様とヒイラギ中将って、恋人だったんですか!?」

 自分の叫び声にビックリした。慌てて口を塞いだけれど、いまの声は間違いなく王子様たちにも聞こえてしまった。

「まぁ、ツバキさんったら、本当に素直な方なのね」

 少しだけ目を見開いていた妃殿下が、クスクスと笑っている。

「すすすすみません! ちょっとビックリして、あの、お二人が恋人なんて知らなくて、も、申し訳ありませんっ」
「あら、謝らないで? ツバキさんのそんなところも、わたくし素敵だと思うの。貴族の方々は裏表が激しくて嫌になるけれど、ツバキさんみたいに素直な方は見ていて心が安まるわ。兄様も、そういうところが可愛らしいと思っているんじゃなくて?」
「はい。天真爛漫な心も、当然この姿も愛らしいと思っています」
「うふふふふ。兄様ったら、本当に溺愛なさっているのね」
「当然です。この気持ちを余すことなく伝えるために、日々、丹念に愛でているところです」
「うふふふふふふふ、嫌だわ、兄様ったら」

 妃殿下のキラキラした目が、さっきからずっと僕を見つめている。そうして、小さく手招きをし始めた。

(……ええと、しゃがめばいいのかな……)

 僕は妃殿下より頭二つ分は背が高い。もしかして見上げるのがつらかったんだろうかと思った僕は、そっと腰をかがめた。

「これからは、わたくしとも仲良くしてね?」

 そう言ってニッコリ笑った妃殿下の顔が近づいてきて……チュッと音を立てて頬に温かなものが触れた。

(……へ?)

 いまのはもしかしなくても、妃殿下のキス、では……。突然のことに呆然としていると、「こら、ズイカ」と妃殿下をたしなめるような王子様の声がした。呆然としたまま、いつのまにか目の前に来ていた王子様に視線を向ける。

「いろいろと驚かせてしまったようだね。迷惑でないなら、わたしとも仲良くしてもらえると嬉しい」

 そう言いながら、今度は王子様の顔が近づいてきた。呆然としたまま動けずにいると、ふわりと動いた王子様の両腕に抱きしめられていた。抱きしめられているというより、柔らかくて温かな体に包む込まれているような感じだ。それにふわっといい香りがするからか、一瞬夢見心地になってしまった。

「……きみなら大丈夫そうだ」

(……ふぇ?)

 何か囁かれたような気がしたけれど、頭がふわふわしてよく聞こえなかった。王子様の腕が離れてもふわふわは続いていて、なんだか足元が覚束なくなっている気もする。
 そう思った途端に体がグラッと揺れたけれど、少将が背中を支えてくれて倒れることはなかった。

(危なかった……)

 これ以上みっともないことはできない。ホッと息を吐きながらお礼の意味も込めて少将を見上げたら……なんだか難しい顔をしている。これは、そこそこ機嫌が悪いときの表情だ。

(……っていうか、そこそこよりもっと機嫌が悪いような……?)

 僕をチラッと見下ろした少将の目は、見たことがない雰囲気をしていた。

(……やっぱり、僕がいろいろ失敗したことを怒ってるんじゃ……)

「そうだ。ツバキさん、今度ぜひお茶を飲みにいらっしゃって」
「せっかくのお言葉ですが、ツバキは貴族の作法になれていませんので遠慮させていただきます」

 僕が答える前に少将が答えてしまった。気のせいでなければ、返事をした声も少し怒っているように聞こえる。

「まぁ。うふふ、ふふふふふふふふ」

 妃殿下は楽しそうに笑っているけれど、僕は心の底からどうしようと焦っていた。チラチラ見る少将は、やっぱり厳しい顔をしたままだ。

 こうして緊張とオロオロしっぱなしだった王子様たちとの対面は終わり、ようやくお屋敷に帰ることができた。けれど、お城を出るまでの間も馬車に乗ってからも、少将の顔はずっと難しいままだった。お屋敷に帰ってからも厳しいままで、夕飯の間もお風呂を使っている間も気になって仕方がなかった。

「……少将、すごく怒ってるのかもしれない……」

 そう思ったら、ますますしょんぼりした。やっぱり僕が奥さんなんて無理なんだ。それに王子様の前でたくさん失敗もした。あれじゃあ少将が怒っても仕方がない。もしかしたら、呆れてしまったのかもしれない。

(……どうしよう……どうしよう……)

 そんなことを思いながら寝室に行くと、やっぱり厳しい顔をした少将が立っていた。

「……あの、少将……」

 おそるおそる声をかけた僕に、少将が厳しい顔をしたまま僕を見た。

「今夜はお仕置きから始めるか」
「…………へ?」

 いま、もしかして、もしかしなくても、「お仕置き」って言ったでしょうか……。
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