後宮に繋がれしは魔石を孕む御子

朏猫(ミカヅキネコ)

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後宮に繋がれしは魔石を孕む御子

5 後宮にいるという意味1

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 帝国に来て、さらにひと月ほどが経った。
 その日の朝、帝国人のお付きの人から「今宵、陛下がお渡りになられます」と告げられた。黄玉宮に来てから初めて聞く言葉だった。

(お渡りなんて……どうしてそんな言い方をするんだろう)

 塔に閉じ込められていた僕でも“お渡り”の意味は知っている。もし僕が本物の妃なら正しい言い方だと思う。でも僕は軍帝の妃ではないし見せしめの人質だ。もし用事があるなら呼び出せば済むはずなのに、なぜ後宮に“お渡り”という形でやって来るのだろうか。

(……そうだった。僕は後宮ここに閉じ込められているんだった)

 黄玉宮から一歩も出られない囚われの王子。亡国から連れられてきた人質。そして、決して外界に出てはいけない“魔純の御子”。塔の外に出たからか、ここが塔と同じだということを忘れかけていた。

(ここは塔と同じなんだ)

 あの国で僕が存在してよかったのは小さな塔の中だけだった。僕が誰かに攫われるのを恐れ、僕が生み出す魔石がほかの誰かに奪われることを恐れた父上様は、僕を閉じ込めるための小さな塔を建てた。
 僕はその塔の中で高純度の魔石を生み出し続けることを命じられた。それが“魔血”であり“魔純の御子”である僕の役割で、そうすることでしか生きる価値のない存在だった。

(……そういえば軍帝は何も命じない)

 魔石を生み出すために帝国ここに連れて来られたのだとばかり思っていたのに、帝国に来てから一度も「魔石を生み出せ」と言われていない。僕の価値は魔石を生み出すことだけなのにどうしてだろう。

(もしかして僕の魔石が必要ないくらい帝国には魔石があるというこだろうか……?)

 いいや、そんなはずはない。たとえいま潤沢にあったとしても、使い続けた魔石はいずれ魔力を失ってしまう。だからどの国も魔石をたくさんほしがるのだ。それにあの大きな兵器は高純度の魔石がなくては動かせない。そういう魔石は簡単には手に入らず、おそらく世界中を探しても僕が生み出すものでしか動かせないはずだ。だから僕を閉じ込めているのだとばかり思っていた。

(もしかして軍帝自ら、そのことを命じるために来るのかもしれない)

 ほかの誰かが僕の生み出した魔石をくすねるかもしれないと考えているのかもしれない。父上様と同じように、僕が自分以外に利用されるのを恐れているのだろう。僕は決して逃れられない自分の運命を思い、小さく息を吐いた。
 その日の夕方、お付きの人が告げたとおり軍帝がやって来た。

三月みつきも経てば多少なりと血色がよくなるかと思っていたが……」

 部屋に現れるなり僕の顎を掴んだ軍帝は、そう口にしながら僕の顔をじっと見た。軍帝は僕よりずっと背丈が大きい。だから顎を持ち上げられたままの姿勢はつらい。息が苦しくなって眉をひそめると、ようやく軍帝の手が離れた。
 ホッとしたのも束の間、今度は右手を取られて袖をまくり上げられた。そうして手のひらや腕をじろじろと見られる。それから「後ろを向け」と言われ、さらに「横を向け」と命じられた。
 軍帝が僕の全身を観察していることに気がついた。気づいたけれど、どうしてそんなことをするのかわからない。僕は言われるがままにゆっくりと体を動かした。

「細いのも小さいのも三月みつきくらいじゃそう変わんねぇか」

 皇帝らしからぬ言葉遣いに、そろりと視線を向ける。真っ黒な軍服姿の軍帝しか見たことがなかったけれど、今日は淡い生成りの開襟シャツを着ている。しかもボタンを半分ほど外して素肌をさらすという、およそ皇帝という立場にある人とは思えない姿をしていた。こげ茶色のズボンも皇帝が身につけるものにしては違和感がある。ゆるく後ろに流しただけの黒髪も粗雑な感じがした。権力の頂点に立つ人の姿とは思えないのに、それがとても似合っているのが不思議だった。
 ふと、軍帝の真っ赤な瞳に目が留まった。魔術士の中には赤い瞳の者もいるけれど、これほど深い赤色の眼は初めて見る。まるで宝石のように輝いている様が美しくて、気がつけばじっと見つめてしまっていた。

「何だ、どうかしたか?」
「いえ、あの……申し訳ありません」

 軍帝に不躾な視線を向けるなんて不作法すぎる。咎められると思い、慌てて頭を下げようとした。ところが下げる前に顎を掴まれ、またもやグイッと持ち上げられた。

(……やっぱり美しい人だ)

 初めて見たときも美しい人だと思った。美しいだけじゃなく力強さも感じる。シャツから覗く胸元は鍛錬などしたことがない僕が見てもわかるほど逞しく見えた。帝国軍の頂点に立つくらいだから、きっと誰よりも強いのだろう。騎士や軍人のことには詳しくないけれど、きっとそうだろうと思わせる雰囲気が軍帝にはあった。

三月みつきも待ったんだ、そろそろいいだろ」

 軍帝がにやりと笑った。ゾッとするような笑顔なのに、それさえも美しく見えて目を奪われる。自分とは違う生命力に満ちあふれた姿に目眩がした。

「一応、環境に慣れるまでは何もしねぇと約束したからな。健やかに過ごしていると毎日報告を受けて三月みつきが経った。もう十分だろ」

 もしかして僕が落ち着くまで魔石を生み出すことを待っていた、ということだろうか。お付きの人たちから僕の様子を聞き、もう生み出せると判断したのかもしれない。

(僕はまた魔石を生み出す日々に戻るのか)

 体の奥が凍えるような気がした。

(……待って。僕一人では魔石を生み出すことなんてできない)

 ひと月前にそのことを実感したばかりだ。導き手がいなくては魔石はただの残骸にしかならない。でも、ここには導き手はいない。もしかして軍帝はそのことを知らないのではないだろうか。

(どうしよう、そのことを言わないと……)

 でも、それを言えば兄上様ではない導き手がきっとやって来る。父上様が選んだ導き手を思い出し、ゾッとした。

(軍帝に隠し事をしてはいけない……でも、魔石を生み出すのは嫌だ)

 ここでも僕は“魔血”であり“魔純の御子”として生きるしかないのだ。そう思うとどうしようもない絶望感がわき上がってきた。せっかくルリ兄上様が導いてくれたのに、やっぱり僕は幸せになることはできない。
 顎を掴む軍帝の手が離れた。その手が次に掴んだのは僕の腕で、グイッと引っ張られたかと思うと生成りのシャツに額がぶつかった。

(え……?)

 温かい感触に、軍帝に抱きしめられているのだということに気がついた。状況はわかったけれど、なぜ抱きしめられているのかわからなくて困惑する。

「あの、」

 少しだけ身じろぐと「おとなしくしてろ」と低い声で言われて体が強張った。どうしていいのかわからず、息を止めるようにじっとする。

「おまえ、いくつになった?」

 なぜ年齢なんて聞くのだろう。理由はわからないものの答えないわけにはいかない。

「十八になりました」

 国が滅んだ日、僕はまだ十七歳だった。帝国に連れて来られ、先月十八歳の誕生日を迎えた。

(そういえば、十七の誕生日には兄上様から飴をもらった)

 誕生日の日の午後、兄上様がお祝いだと言って可愛い鳥の形をしたべっこう飴を持ってきてくれた。あまりにも可愛らしい贈り物に「僕はもう子どもじゃありません」と口を尖らせてしまったけれど、あれは幼い頃から誕生日によい思い出がない僕への気遣いだったに違いない。

「は? それで十八?」

 思い出に耽っていた僕の耳に、軍帝の驚いたような声が聞こえてきた。
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