後宮に繋がれしは魔石を孕む御子

朏猫(ミカヅキネコ)

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後宮に繋がれしは魔石を孕む御子

6 後宮にいるという意味2

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「この小ささで十八? 嘘だろ? あぁいや聞いてた話どおりじゃあるが、どこからどう見ても十四、五くらいにしか見えねぇぞ。つーか、何を食えばこんな小さく育つんだ?」

 軍帝の驚いたような声に僕のほうが驚いた。僕はそんなに小さいのだろうか。同じ年くらいの人に会ったことがないからよくわからない。

(もしかして、体が小さいと魔石を生み出せないと思っているんじゃ……)

 魔石を生み出すのに体の大きさや年齢は関係ないのだということを軍帝は知らないのかもしれない。僕が初めて魔石を生み出したのは十二歳のときで、兄上様は十歳のときだと聞いている。僕たち“魔血”にとって年齢と魔石を生み出すこととは何の関係もない。重要なのは“魔血”の血筋であり、どれだけ純度の高い魔石を生み出せるかということだけだ。

(……伝えたほうがいいのかな)

 もし知らないのなら説明するべきだろう。秘密にしていたと後で露見すれば、きっと罰を与えられる。その罰は僕だけでなく兄上様にも及ぶかもしれな。

(僕のせいで兄上様に罰が下されるのは絶対に駄目だ)

 そう思い、説明しようと顔を上げたときだった。

「ま、どっちにしても俺には関係ねぇけどな」

 つぶやきとともに軍帝の美しい顔がグッと近づいてきた。驚いている間にも赤い眼が迫ってくる。そうして視界がぼやけるほどの距離になった直後、頬に温かいものが触れて驚いた。

(え……?)

 一瞬、何をされたのかわからなかった。ぽかんとしていると、柔らかなものが鼻の頭や反対側の頬にも触れる。驚く僕の前髪をすくい上げたのは軍帝の手だった。顕わになった額にも柔らかいものが触れた。そうして最後に触れたのは僕の唇だった。
 僕はようやく口づけられたのだと理解した。軍帝の唇が何度も触れては離れ、また触れる。

(どうして……?)

 なぜ軍帝が僕に口づけるのかわからなかった。軍帝が何をしたいのかもわからない。

(やめて……僕に触れないで)

 理由がない接触は怖い。たったこれだけの接触でも僕の体はすぐに火照ってしまう。そうなることが「おまえは“魔血”なのだ」と言われているような気がしてゾッとした。
 やめてほしくて軍帝の胸をドンと叩いた。ところが軍帝の腕はますます僕を強く抱き締める。唇も塞がれたままで、段々と息が苦しくなってきた僕は夢中でドンドンと何度も胸を叩いた。

「やれやれ、我が妃は機嫌が悪いと見える」

 ようやく離してくれた軍帝が、ため息をつくようにそんな言葉を口にした。

(わがきさき……妃?)

 何を言っているのだろうか。もしかして「妃」というのは僕のことだろうか。
 腕を掴んだままの軍帝を見上げると、僕を見下ろしていた赤い眼と視線がぶつかった。冷たく光る赤い眼は何を考えているのかわからない。それでも怒っているようには見えず、そう感じたからか、つい「妃とは誰のことでしょうか」と口にしてしまった。
 僕の言葉に一瞬無言になった軍帝は、すぐに「ははっ」と小さく笑った。

「おまえのことだろ。なんだ、わかってなかったのか」

 続けて「俺の後宮で三月みつきも過ごしてるっていうのに呑気なこった」と言いながら再び笑い出す。

(そんな……てっきり魔石のためにここにいるんだと思っていた)

 僕の価値はそれだけだ。第五王子というのは生まれた場所と立場を示すだけのものでしかなく、“魔純の御子”として生きるしか価値のない存在だ。

「そもそもここは俺の後宮だぞ? そこにいるということは俺の妃になったということだろうが」

 言われてみれば……そうなんだろうか。だけど僕は男で、それに“魔純の御子”だ。

「僕が“魔純の御子”だからここに連れて来られたのだと思っていました」
「あぁ、魔石のことか。そんなもんはどうでもいい」

 鼻で笑った軍帝の様子に驚いた。誰もが僕の魔石をほしがっているのに、どうでもいいというのはどういうことだろう。

「魔術士の国に生まれた魔血の第五王子、この世でただ一人高純度の魔石を生み出すことができる魔純の御子カナリヤ王子。そんな肩書きなんざどうでもいい。俺にとってそんなものは何の価値もない。俺にとって、おまえがおまえであることに価値がある」

 軍帝の手が再び僕の顎を掴んだ。そうして親指で唇を撫でる。

「おまえは俺の妃だ。だからこうして俺の後宮に住まわせている」
「妃……」
「そう、妃だ。軍帝唯一の妃だ、カナ」

「カナ」と呼ばれた瞬間、背中がぞわりとした。うなじが粟立つような感覚は恐怖に似ているけれど、それとは少し違う。それでも恐怖によく似た何かが何度も背中を撫で上げた。

「おまえだけが妃だ、カナ。忘れるな」

 低い声で「カナ」と呼ばれると、なぜか背中がゾクゾクした。

(父上様も、死んだ母上様でさえ「魔純の御子」と呼んでいたのに、どうして……)

 僕を「カナ」と呼んでいたのは兄上様だけだ。

(どうして……なぜそんな声で僕を呼ぶの……?)

 軍帝の低い声の中に兄上様に似た柔らかい何かを感じる。それでも妃にはなれない。

「僕は男です。だから妃にはなれません」

 赤い眼を見ながらそう答えた。そんな僕に、再び軍帝が「ははっ」と笑う。

「男だから妃になれないなんてことはねぇな」
「でも、そんな話は聞いたことが、」
「よその国のことなんかどうでもいいんだよ。ここは俺の国だ。そして俺が皇帝だ。俺が妃だと言えばおまえは妃だ」

 たしかに軍帝がそう望めばそうなのかもしれない。

「それに男同士でも十分にまぐわえる。おまえだって知ってるだろ?」

 続く軍帝の言葉に血の気がスッと引いた。

(この人は知っているんだ)

 軍帝は“魔血”がどうやって魔石を生み出しているのか知っている。卑しいその方法を知っていて、それを僕にしようとしているのだ。

(だから妃だと言ったんだ)

“魔血”が魔石を生むことは広く知られている。けれど採取方法は王族と導き手しか知らない。万が一“魔血”が攫われても魔石まで奪われないようにするためだ。魔石を生み出すのが男性だということも、本来男性がされることのない方法で採取されることも“秘術”として隠されてきた。

(それなのに軍帝はその方法を知っている)

 あの国では導き手は魔術士しかなれなかった。それも魔石の生み出し方を秘術として外に漏らさないための方法でしかない。方法さえ知っていれば魔術士ではない軍帝でも魔石を採取することができる。僕の体にそういうことをすれば、きっと僕は魔石を生み出してしまうだろう。
 背中がブルッと震えた。手足が段々と冷たくなっていく。

「勘違いするなよ。俺は魔石がほしいわけじゃない」

 軍帝の言葉に、心の中で「嘘だ」とつぶやいた。魔石がほしいから秘術のことを口にしたに違いない。魔石をどうやって生み出すのかわかっているからこそ、軍帝自らが導き手としてやって来たのだ。
 僕は逃れられない運命に心の底から絶望した。これがあの国での出来事なら諦めることもできただろう。導き手が兄上様なら耐えることもできた。しかしここに兄上様はいない。導き手は軍帝で、帝国軍が持つ恐ろしい兵器のために魔石を生み出すことになる。
 あの兵器で次はどの国を滅ぼすのだろうか。そのために僕はいくつ魔石を生み出さなくてはいけないのだろうか。この先どれほど卑しい行為を受け入れなくてはいけないのだろうか。
 震える体を押し留めようと手を握り締めた。恐怖を堪えるように拳を握る僕を見る赤い眼がほんの少し細くなる。

「おまえは俺の妃だ。魔石なんか関係ねぇ。よけいなことは考えるな」

 何を言っているんだろう。僕には魔石を生み出すこと以外の価値はない。赤い眼を見つめながら絶望の渦に落ちていく気がした。

「おまえは俺の妃だ。だから抱く、それだけだ」

 そう言った軍帝の顔が近づいたかと思うと噛みつくように口づけられた。驚いた僕は慌てて逃れようと身をよじった。当然そんなことが許されるはずもなく、後頭部を掴まれてますます深く口づけられる。

(あぁ、そういうことか)

 魔石を生み出す行為に口づけは必要ない。それなのに軍帝は何度も口づけをする。そのことに気づき、僕はようやく軍帝の言葉の意味を理解した。理解し、ゾッとした。
 魔石を生み出すことは恐ろしい。それよりも生み出すための行為のほうが恐ろしかった。あんなことを魔石を生み出すという目的もなしにするなんて僕にはできない。これ以上卑しくなることはしたくない。

「今夜は様子を見に来ただけだ。初夜は三日後だ」

 そう言って軍帝が部屋から出て行った。残された僕は、三日後に処刑される罪人のような気持ちになった。
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