後宮に繋がれしは魔石を孕む御子

朏猫(ミカヅキネコ)

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後宮に繋がれし王子と新たな妃

9 後宮に繋がれし王子と新たな妃1

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 しばらくして、ツアル姫が第二都市の軍施設に連れて行かれたと聞いた。連れて行くように命令したのは軍帝だ。

「あそこは女に飢えている軍人ばかりだから、望みどおり思う存分可愛がってもらえるだろうよ」

 そう口にした軍帝は楽しそうに笑っていた。ほかにも後宮問題でうるさく進言していた貴族や軍人たちが何人も粛清されたと聞いている。「大掃除ができてすっきりした」と軍帝は笑っていたけれど、きっと後宮のことだけでそういうことをしたわけではないのだろう。表の世界に疎い僕でもそうしたことはなんとなくわかる。
 あの日から数日伏せってしまった僕は、様子を見に来てくれた兄上様といろいろな話をした。ほとんどは第二都市に向かう道中で見たことや第二都市の様子、それに兄上様がいま研究している魔具人形の話だ。本当はツアル姫やあの軍人たちがどうなったか気になっていたけれど、聞いてはいけないことのように感じて尋ねることはできなかった。
 ようやく寝台から起き上がれるようになった翌日、部屋に軍帝がやって来た。昼食を取ってすぐの早い時間に現れた軍帝に驚いたのは僕だけで、お付きの人たちは予定に組み込まれていたかのようにすぐにお酒の用意を始めた。

「もう体は平気か?」

 そう口にしながらソファに座った軍帝が、「ここに座れ」と言うように足の間をポンポンと叩いている。一瞬ためらったものの、恥ずかしさよりもそばにいたい気持ちが勝って足の間に腰掛けた。

「もう大丈夫です」
「そりゃよかった」

 顔は見えないけれど、声の様子から機嫌がいいことはわかった。その証拠にお付きの人たちが用意したお酒をグイッと一気にあおり、空になったグラスをテーブルに戻す。そこに新たなお酒が注がれないのはお付きの人たち全員が部屋を出て行ったからだ。
 僕が注いだほうがいいんだろうか。ちらりとグラスに視線を向けると「伸びたな」と言って軍帝の指が僕の髪を摘んだ。その髪を持ち上げたかと思うとチュッと音を立てるように口づける。それだけで頬が少しだけ熱くなった。

「そうだ、ついでだからあの温室でおまえ専用の香油の原料を育ててみるか」
「原料……?」
「どのくらいの大きさにするか考えていたんだが、いっそ馬鹿でかい温室にするのもアリだな」

 軍帝が言う温室とは、ツアル姫が暮らしていた藍玉宮の跡に作る庭園のことに違いない。すでに藍玉宮の半分は取り壊されていて、残り半分も数日のうちには撤去されるという話だ。その跡に庭園を造るとは聞いていたけれど温室も作ることになったのだろうか。

「温室ならいろんな花を植えられるぞ?」

 いろんな花……塔で読んだ花の本を思い出した。本には南の国で咲く綺麗な花の絵が載っていた。ああいう花も温室なら咲くことができるのだろうか。

「温室ならこの辺りじゃ見られない花も咲かせることができる。甘い果実やお茶に使う花もだ。そういやオオルリがおまえは花のお茶が好きだと言ってたが、そうなのか?」
「はい」

 きっと兄上様が用意してくれていたあのお茶のことだろう。一瞬ツアル姫の顔が浮かんだけれど、もう顔の造作はほとんど思い出せない。金髪に碧眼だったことはなんとなく覚えている。

「じゃあお茶用の花も植えさせるか。ほかにも……」

 軍帝の口から本でしか見たことがない花や果物の名前が次々と出てきた。僕は記憶の中の絵を思い起こしながら軍帝の話に耳を傾けた。

「なんだ、そういう顔もできるんじゃねぇか」
「え……?」

 軍帝の言葉に振り返ると、赤い眼が楽しそうに僕を見ている。

「顔、ですか?」
「楽しそうな顔してるぞ?」
「楽しそう……」

 楽しそうな顔というのはどういう顔だろう。これまで楽しいと意識したことがないからよくわからない。

「おまえは相変わらず可愛いな」
「可愛いですか?」
「可愛いだろ? 俺が何か言えばそのことばかり気にする。俺の話を楽しそうに聞く。可愛すぎてどうしてくれようかといつも思ってる」

「いまもな」と耳元で囁く声がくすぐったくて、思わず首をすくめた。そんな僕に喉を鳴らすように笑った軍帝が耳たぶにかぷりと噛みつく。つい「んっ」と声が漏れたのは、そうされるとうなじのあたりがゾクゾクするからだ。

「腰にクるような声も出せるようになったじゃねぇか」
「陛下、」
「こら、逃げんな」
「でも、」
「逃げれば逃げるほど俺を楽しませるだけだぞ?」

 赤い眼がにやりと笑っている。そのままジリジリと攻め寄られ、気がつけば大きなソファの隅に追い詰められていた。

(こういうことが嫌というわけじゃないけれど……)

 明るい部屋で赤くなった顔を見られるのは少し恥ずかしい。まるで期待しているような僕の顔を見て、軍帝は卑しいやつだと思わないだろうか。
 ちらりと軍帝を見た。初めて見たときから美しい人だと思っていたけれど、いまはそれだけじゃない。美しくて強くて、そして誰よりも……。

(僕が愛している人)

 浮かんだ言葉に頬が熱くなった。僕を見る軍帝の顔はますます笑っている。きっと頬が赤くなっていることに気づいたのだろう。

「本当におまえは可愛いなぁ」
「っ」

 耳を摘まれて声が出そうになった。唇を噛み締めると「ははっ、可愛いことしやがって」と言いながら首筋を撫でる。その手が肩を撫でて、それから胸の上をツツツと指先で撫でた。

「あっ」

 いつの間に尖っていたのか、胸の先端を指で擦られて声が出てしまった。自分の高い声を聞くと卑しくなったような気がして不安になる。僕はやっぱり卑しいままの“魔血”じゃないかと思い、そういう僕は美しくて強い軍帝にはふさわしくないんじゃないかと思ってしまう。

(ツアル姫もあの軍人たちも、きっとそう思っていたんだ)

 一瞬、僕を見て笑っていたツアル姫の顔が浮かんだ。嫌な笑みを浮かべていた軍人たちの顔がよぎる。思わず体を強張らせた僕に、軍帝が「余計なことは考えるな」と囁いた。
 軍帝の手が前髪をすくい上げた。あらわになった額に口づけると、今度は目尻のあたりに口づけられる。慌てて目を閉じると瞼の上にも口づけられた。そのまま軍帝の唇は僕の頬に口づけ、顎に口づけ、最後に唇に吸いついた。

「ん……ぅ」

 下唇を吸われたと思ったら口に中に軍帝の舌が入ってきた。熱くて肉厚なそれが僕の口の中を縦横無尽に動き回る。頬の内側を舐められると頬の外側まで熱くなった。上顎を舐められると頭がぼうっとする。お酒の香りがするからか僕まで酔ってしまったような気分だ。

「随分といい反応するようになってきたな」
「いい、反応……?」

 目を開けると笑っている軍帝の顔がすぐ近くにあってドキッとした。

「俺の妃らしくなってきたってことだよ」
「妃らしく……」
「言っただろ? おまえだけが俺の妃で俺の唯一だ。死ぬまでそばに置いて、死ぬまで可愛がってやる」

 耳元でそう囁いた軍帝が、また耳たぶをかぷりと囓った。

「いいか、よく覚えておけ。俺の唯一はおまえだけだ。おまえ以外はいらねぇ。忘れるな」
「は、はい」

 耳元で響く低い声に体がぶるりと震えた。怖いわけじゃないのに胸がドキドキして体の奥がそわそわする。

「ったく、何度もおまえだけだって言ってるってのになぁ。どうしてあんな虫ケラの戯言たわごとを信じるんだかな」
「陛、」

 陛下と言い終わる前に耳の中を舐められて「んぅ」と別の声が漏れてしまった。

「俺の言葉以外を信じた罰を与えないとなぁ?」

 そうっと軍帝の顔を見る。ギラギラした赤い眼にドキッとし、にやりと笑う美しい顔にお腹の奥がぞくっと震えた。

「明日は久しぶりの休日だ。一日中愛してやるよ」

 軍帝の言葉に僕の体は卑しくも一瞬にして熱くなり、後ろがヒクヒクと動くのを感じた。この後、僕は意識を飛ばしてもなお軍帝に愛され続けることになった。
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