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「ヤスタカさまはとても優秀な人です。αとしても、人としても優秀です」
僕もそう思っている。それなのにオリヴァー様の言葉に頷くことができない。
「わたしはヤスタカさまが好きです」
凜とした声に心臓が止まった気がした。そうかと思えばオリヴァー様に聞こえるのではないかというくらいドクンドクンと大きな音を立て始める。
「あのようなジェントルマンは我が国にもいません。わたしは心からヤスタカさまをした……したい、したう、そう、慕っています」
琴祢さんがつぶやいた「敵情視察」という言葉を思い出した。きっと琴祢さんはオリヴァー様の気持ちに気づいていたのだろう。それで直接僕に会って康孝さんにふさわしいか見極めようとしているのではと思ったに違いない。
(僕だって康孝さんのことを慕っている。この気持ちは誰にも負けない。だけど……)
康孝さんの隣に立つのがふさわしいかと考えると、途端に不安になった。康孝さんはこんな僕を好きだと言ってくれている。だからといって康孝さんにふさわしい証拠にはならない。この国には康孝さんにふさわしいΩがたくさんいるだろうし、オリヴァー様のように外国にはもっといるはずだ。
(それに僕は家柄としてもふさわしくない)
鳴宮の家にあるのはお金だけという成り上がりの新華族でしかない。由緒正しい不動家に嫁ぐ者として、優秀なαである康孝さんの隣に立つ者として僕ではあまりに不釣り合いだ。
「お待たせいたしました」
ボーイの声とともにテーブルにプリンが現れた。続けてカップが二つ並べられ、ティーポットの紅茶が注がれる。とてもよい紅茶の香りがしているけれど、僕の気持ちは香りのように華やぐことはない。
「プディングとアイスクリーム! オレンジとストロベリー! この国のプディングはおもしろいですね」
オリヴァー様の声に、銀色の器に盛られたプリンを見た。ぷるんとしたおいしそうなプリンの隣には同じ大きさのアイスクリームが並んでいる。アイスクリームは華族でも人気が高く、わざわざ屋敷に届けさせる家もあるくらいだ。プリンの横に添えてあるオレンジや苺は外国から輸入した果物で、そういえばもともとこの国にあった苺と輸入した苺を掛け合わせて新しい品種を作り出すことに成功したという話を思い出した。
(たしか帝室用の……御苑苺もそうだ)
帝室の方々が口にされる特別な苺があるのだと教えてくれたのは康孝さんだ。兄たちも輸入の果物が好きで、パーラーでは“フルーツポンチ”というものを食べるのだと言っていた。
「知っていますか? プディングは我が国で生まれたお菓子です」
「はい、聞いたことがあります」
「この店にはポンチ酒に似たメニューがあると聞きました」
「ええと、もしかしてフルーツポンチですか?」
「はい、それです。ポンチ酒も我が国の飲み物です」
そう言いながらプリンを一口食べたオリヴァー様が「んんっ」と声を詰まらせた。そうして碧い瞳をキラキラと輝かせながら「おいしいです」と微笑む。
「わたしたちとこの国の人たちは好きなものが似ています。プディングもポンチ酒も紅茶も好きでしょう?」
「はい」
「だからヤスタカさまとわたしは仲良くなれました。そしてもっと仲良くなれます」
微笑んでいた碧い瞳が再びじっと僕を見た。
「わたしはヤスタカさまの隣に立ちたいです」
オリヴァー様の言葉が僕の胸を深く抉る。おそらく「わたしこそが康孝様の伴侶にふさわしい」と言いたいのだろう。
(たしかに僕よりオリヴァー様のほうがふさわしいと思う)
美しい康孝さんの隣に立つのは目の前にいるような綺麗なΩのほうがいい。見た目だけじゃない。男爵家を継ぐような気品も自信もある優秀なΩのほうがお似合いなのは誰が見ても明白だ。
(そんなことはわかってる。……だけど、それでも僕は……)
膝の上で握っていた拳に力が入った。心臓が壊れそうなくらいドクドクと音を立てている。頭に血が上って目眩がしそうだ。それでもとごくりと唾を飲み込み、真っ直ぐにオリヴァー様を見た。
「康孝さんの隣を譲る気はありません」
声が少し震えてしまったけれどしっかり言い切ることができた。一度小さく息を吐いてからさらに言葉を続ける。
「僕が康孝さんの隣にふさわしいとは思っていません。オリヴァー様のほうがよいということはわかります。それでも康孝さんが選んだのは僕です。こんな僕でもいいと言ってくれました」
オリヴァー様は何も言わない。碧い瞳はじっと僕を見つめたままだ。
「僕は康孝さんにふさわしいΩになりたいと思っています。まだ未熟ですが、語学やピアノ、それ以外の勉強も始めました。遅いかもしれませんが、それでも僕は諦めたくない。心から慕っている康孝さんの伴侶にふさわしくなりたいと思っています。この世界で一番強くそう願っているのは僕です」
深く息を吸い、しっかりと前を向く。
「世界で一番康孝さんを慕っているのは僕です。これだけは誰にも負けません」
はっきりとそう言い切った後、少し考えてから「I am the one who loves him the most」とつけ加えた。
しばらく無言が続いた。オリヴァー様はまるで彫像のようにじっと僕を見つめ、僕も視線を外すことなくオリヴァー様を見つめ返す。離れた席からヒソヒソと囁く声が聞こえたけれど不思議なくらい気にならなかった。パーティ会場では気になってすぐにレストルームに行くくらいだったのに、今は何が聞こえても心が凪いだままで言葉として入ってこない。
「I love him the most……ふふっ、まさか手紙に書いてあったことが本当だとは思っていませんでした」
そう言うとオリヴァー様がにこりと微笑んだ。美しい笑顔に本でしか見たことがない“天使”という言葉が頭に浮かぶ。そう思ったのは僕だけではなかったようで、あちこちから感嘆のため息が上がるのが聞こえた。
「この国のΩは自分の気持ちをはっきり言わないと聞きました」
「そう……ですね」
「それがΩの生き方だと」
「Ωも女性もそうした生き方を望まれます」
「ヤスタカさまも同じことを言っていました」
オリヴァー様が紅茶の入ったカップを手にした。「いい香りです」と微笑んでから一口飲む。
「そんなΩにヤスタカさまの隣はふさわしくありません。外国人と親しくつき合うヤスタカさまに恥をかかせることになります」
「……そうかもしれません」
「でも、タマキさまは違いました」
「え……?」
予想外の言葉に目を見開いた。
「ヤスタカさまは渡さないとわたしにはっきり言いました。先ほどの言葉はそう聞こえました」
たしかにそういう気持ちで言ったけれど、改めて指摘されるとなんて大胆なことを口にしたのだろうと今さらながら恥ずかしくなる。それでも誤魔化そうとも否定しようとも思わない。いつもの僕なら視線を外しつつ「ええと」と口ごもっていただろうけれど、オリヴァー様に曖昧な態度は通用しないとわかったからだ。
「はい。僕は康孝さんと結婚します。オリヴァー様に譲る気持ちはありません」
小声ながらはっきりそう告げると碧い瞳がにこりと微笑んだ。そうして「よかった」と言って紅茶をまた一口飲む。
(今のはどういう意味だろう?)
康孝さんと僕を別れさせたかったんじゃないのだろうか。窺うように見ていると、カップを置いたオリヴァー様が僕を見た。
「タマキさまはこの国のΩとは違います。だからよかったと言ったのです」
「申し訳ありません、意味がよくわからないのですが……」
「あなたははっきりと言いました。ヤスタカさまと結婚する、わたしには渡さない。そう言えるΩでよかったと言っているのです」
まるで僕を褒めるような言葉に眉をひそめた。オリヴァー様は康孝さんと結婚したいのではなかったのだろうか。だから僕と二人きりで会ってそれを伝え、僕が康孝さんのそばから離れるのを願ったのだと思ったのだけれど違ったのだろうか。
「わたしはヤスタカさまが好きです。すばらしいヤスタカさまの隣には、すばらしいΩが立つべきだと思っています。だけどこの国のΩはいけません。自由に考え、自由に話すことができない。αに従うべきだと皆思っている。そうした風潮もよくありません」
「そう、ですね」
言いたいことはわかるけれど僕にはどうしようもできない。それどころか僕自身がそうしたΩの代表みたいなものだ。
「ですが、あなたはそうではありません」
「そんなことは……ないと思います」
「いいえ、違います。わたしにはっきり言ったじゃないですか」
「それは……」
「あなたは外国人のわたしにはっきり言いました。外国人であり、貴族であり、男爵家を継ぐわたしにはっきりと。この国のΩでそれができる人がどのくらいいるでしょう?」
オリヴァー様の言葉にハッとした。そうだ、目の前にいるのは僕なんかが意見できる人じゃない。それなのにとんでもないことを言ってしまった。慌てて謝ろうと口を開きかけたものの、そのまま何も言うことなく口を閉じる。
「それが正しいです。あなたは自分の言葉を否定してはいけない。否定すれば自分の気持ちを否定したことになる。ヤスタカさまの気持ちを否定したことになる。それはよくありません」
「ですが、……いえ、そのとおりだと思います」
少しだけ視線を落とした僕にオリヴァー様が小さく笑ったのがわかった。
「婚約したという手紙を読んだときは“そんなΩがかの国にいるわけがない”と思いました。ヤスタカさまにもそう返事をしました。だけど、ヤスタカさまの言葉は本当でした」
いったい手紙にはどんなことが書かれていたのだろう。そして僕は康孝さんが書いたとおりの人物であっただろうか。
「大丈夫です。あなたは自信を持ってください。ヤスタカさまがうなじを噛んだのです。あのヤスタカさまが噛んだ、それだけですばらしいのですから」
「あの、それはどういう……?」
「久しぶりに会ったヤスタカさまは心から笑っていました。それはあなたに出会ったからです。ヤスタカさまを変えることができたタマキさまはすばらしいΩです。間違いありません」
あまりに褒められすぎて顔が熱くなる。いろいろ気になる言葉はあったけれど、美しく笑うオリヴァー様の顔を見ているとこれ以上尋ねることはできなかった。
「さぁ、プディングを食べましょう。アイスクリームが溶けてしまいます。紅茶も冷めてしまいます」
「は、はい」
アイスクリームを口に運んだオリヴァー様がパァッと満面の笑みを浮かべた。「おいしいです」と言ってパクパクとアイスクリームを食べている。鳴宮の家で口うるさく言われてきた「しとやかに」という言葉とは違う様子だというのに、そうした仕草が似合うどころかますます美しく見えた。
「タマキさま、Ωはαの所有物ではありません。Ωがいてこそのαなのです。タマキさまがいてこその今のヤスタカさまだということがよくわかりました」
にこりと微笑んだオリヴァー様がフォークに刺した苺をぱくりと食べた。先生も同じような話をしていたことを思い出し、胸の奥で小さく熱いものがじわっと広がる。少し溶けたアイスクリームをスプーンでそっとすくいながら、僕の中にあった何かが同じように少し溶けたような気がした。
僕もそう思っている。それなのにオリヴァー様の言葉に頷くことができない。
「わたしはヤスタカさまが好きです」
凜とした声に心臓が止まった気がした。そうかと思えばオリヴァー様に聞こえるのではないかというくらいドクンドクンと大きな音を立て始める。
「あのようなジェントルマンは我が国にもいません。わたしは心からヤスタカさまをした……したい、したう、そう、慕っています」
琴祢さんがつぶやいた「敵情視察」という言葉を思い出した。きっと琴祢さんはオリヴァー様の気持ちに気づいていたのだろう。それで直接僕に会って康孝さんにふさわしいか見極めようとしているのではと思ったに違いない。
(僕だって康孝さんのことを慕っている。この気持ちは誰にも負けない。だけど……)
康孝さんの隣に立つのがふさわしいかと考えると、途端に不安になった。康孝さんはこんな僕を好きだと言ってくれている。だからといって康孝さんにふさわしい証拠にはならない。この国には康孝さんにふさわしいΩがたくさんいるだろうし、オリヴァー様のように外国にはもっといるはずだ。
(それに僕は家柄としてもふさわしくない)
鳴宮の家にあるのはお金だけという成り上がりの新華族でしかない。由緒正しい不動家に嫁ぐ者として、優秀なαである康孝さんの隣に立つ者として僕ではあまりに不釣り合いだ。
「お待たせいたしました」
ボーイの声とともにテーブルにプリンが現れた。続けてカップが二つ並べられ、ティーポットの紅茶が注がれる。とてもよい紅茶の香りがしているけれど、僕の気持ちは香りのように華やぐことはない。
「プディングとアイスクリーム! オレンジとストロベリー! この国のプディングはおもしろいですね」
オリヴァー様の声に、銀色の器に盛られたプリンを見た。ぷるんとしたおいしそうなプリンの隣には同じ大きさのアイスクリームが並んでいる。アイスクリームは華族でも人気が高く、わざわざ屋敷に届けさせる家もあるくらいだ。プリンの横に添えてあるオレンジや苺は外国から輸入した果物で、そういえばもともとこの国にあった苺と輸入した苺を掛け合わせて新しい品種を作り出すことに成功したという話を思い出した。
(たしか帝室用の……御苑苺もそうだ)
帝室の方々が口にされる特別な苺があるのだと教えてくれたのは康孝さんだ。兄たちも輸入の果物が好きで、パーラーでは“フルーツポンチ”というものを食べるのだと言っていた。
「知っていますか? プディングは我が国で生まれたお菓子です」
「はい、聞いたことがあります」
「この店にはポンチ酒に似たメニューがあると聞きました」
「ええと、もしかしてフルーツポンチですか?」
「はい、それです。ポンチ酒も我が国の飲み物です」
そう言いながらプリンを一口食べたオリヴァー様が「んんっ」と声を詰まらせた。そうして碧い瞳をキラキラと輝かせながら「おいしいです」と微笑む。
「わたしたちとこの国の人たちは好きなものが似ています。プディングもポンチ酒も紅茶も好きでしょう?」
「はい」
「だからヤスタカさまとわたしは仲良くなれました。そしてもっと仲良くなれます」
微笑んでいた碧い瞳が再びじっと僕を見た。
「わたしはヤスタカさまの隣に立ちたいです」
オリヴァー様の言葉が僕の胸を深く抉る。おそらく「わたしこそが康孝様の伴侶にふさわしい」と言いたいのだろう。
(たしかに僕よりオリヴァー様のほうがふさわしいと思う)
美しい康孝さんの隣に立つのは目の前にいるような綺麗なΩのほうがいい。見た目だけじゃない。男爵家を継ぐような気品も自信もある優秀なΩのほうがお似合いなのは誰が見ても明白だ。
(そんなことはわかってる。……だけど、それでも僕は……)
膝の上で握っていた拳に力が入った。心臓が壊れそうなくらいドクドクと音を立てている。頭に血が上って目眩がしそうだ。それでもとごくりと唾を飲み込み、真っ直ぐにオリヴァー様を見た。
「康孝さんの隣を譲る気はありません」
声が少し震えてしまったけれどしっかり言い切ることができた。一度小さく息を吐いてからさらに言葉を続ける。
「僕が康孝さんの隣にふさわしいとは思っていません。オリヴァー様のほうがよいということはわかります。それでも康孝さんが選んだのは僕です。こんな僕でもいいと言ってくれました」
オリヴァー様は何も言わない。碧い瞳はじっと僕を見つめたままだ。
「僕は康孝さんにふさわしいΩになりたいと思っています。まだ未熟ですが、語学やピアノ、それ以外の勉強も始めました。遅いかもしれませんが、それでも僕は諦めたくない。心から慕っている康孝さんの伴侶にふさわしくなりたいと思っています。この世界で一番強くそう願っているのは僕です」
深く息を吸い、しっかりと前を向く。
「世界で一番康孝さんを慕っているのは僕です。これだけは誰にも負けません」
はっきりとそう言い切った後、少し考えてから「I am the one who loves him the most」とつけ加えた。
しばらく無言が続いた。オリヴァー様はまるで彫像のようにじっと僕を見つめ、僕も視線を外すことなくオリヴァー様を見つめ返す。離れた席からヒソヒソと囁く声が聞こえたけれど不思議なくらい気にならなかった。パーティ会場では気になってすぐにレストルームに行くくらいだったのに、今は何が聞こえても心が凪いだままで言葉として入ってこない。
「I love him the most……ふふっ、まさか手紙に書いてあったことが本当だとは思っていませんでした」
そう言うとオリヴァー様がにこりと微笑んだ。美しい笑顔に本でしか見たことがない“天使”という言葉が頭に浮かぶ。そう思ったのは僕だけではなかったようで、あちこちから感嘆のため息が上がるのが聞こえた。
「この国のΩは自分の気持ちをはっきり言わないと聞きました」
「そう……ですね」
「それがΩの生き方だと」
「Ωも女性もそうした生き方を望まれます」
「ヤスタカさまも同じことを言っていました」
オリヴァー様が紅茶の入ったカップを手にした。「いい香りです」と微笑んでから一口飲む。
「そんなΩにヤスタカさまの隣はふさわしくありません。外国人と親しくつき合うヤスタカさまに恥をかかせることになります」
「……そうかもしれません」
「でも、タマキさまは違いました」
「え……?」
予想外の言葉に目を見開いた。
「ヤスタカさまは渡さないとわたしにはっきり言いました。先ほどの言葉はそう聞こえました」
たしかにそういう気持ちで言ったけれど、改めて指摘されるとなんて大胆なことを口にしたのだろうと今さらながら恥ずかしくなる。それでも誤魔化そうとも否定しようとも思わない。いつもの僕なら視線を外しつつ「ええと」と口ごもっていただろうけれど、オリヴァー様に曖昧な態度は通用しないとわかったからだ。
「はい。僕は康孝さんと結婚します。オリヴァー様に譲る気持ちはありません」
小声ながらはっきりそう告げると碧い瞳がにこりと微笑んだ。そうして「よかった」と言って紅茶をまた一口飲む。
(今のはどういう意味だろう?)
康孝さんと僕を別れさせたかったんじゃないのだろうか。窺うように見ていると、カップを置いたオリヴァー様が僕を見た。
「タマキさまはこの国のΩとは違います。だからよかったと言ったのです」
「申し訳ありません、意味がよくわからないのですが……」
「あなたははっきりと言いました。ヤスタカさまと結婚する、わたしには渡さない。そう言えるΩでよかったと言っているのです」
まるで僕を褒めるような言葉に眉をひそめた。オリヴァー様は康孝さんと結婚したいのではなかったのだろうか。だから僕と二人きりで会ってそれを伝え、僕が康孝さんのそばから離れるのを願ったのだと思ったのだけれど違ったのだろうか。
「わたしはヤスタカさまが好きです。すばらしいヤスタカさまの隣には、すばらしいΩが立つべきだと思っています。だけどこの国のΩはいけません。自由に考え、自由に話すことができない。αに従うべきだと皆思っている。そうした風潮もよくありません」
「そう、ですね」
言いたいことはわかるけれど僕にはどうしようもできない。それどころか僕自身がそうしたΩの代表みたいなものだ。
「ですが、あなたはそうではありません」
「そんなことは……ないと思います」
「いいえ、違います。わたしにはっきり言ったじゃないですか」
「それは……」
「あなたは外国人のわたしにはっきり言いました。外国人であり、貴族であり、男爵家を継ぐわたしにはっきりと。この国のΩでそれができる人がどのくらいいるでしょう?」
オリヴァー様の言葉にハッとした。そうだ、目の前にいるのは僕なんかが意見できる人じゃない。それなのにとんでもないことを言ってしまった。慌てて謝ろうと口を開きかけたものの、そのまま何も言うことなく口を閉じる。
「それが正しいです。あなたは自分の言葉を否定してはいけない。否定すれば自分の気持ちを否定したことになる。ヤスタカさまの気持ちを否定したことになる。それはよくありません」
「ですが、……いえ、そのとおりだと思います」
少しだけ視線を落とした僕にオリヴァー様が小さく笑ったのがわかった。
「婚約したという手紙を読んだときは“そんなΩがかの国にいるわけがない”と思いました。ヤスタカさまにもそう返事をしました。だけど、ヤスタカさまの言葉は本当でした」
いったい手紙にはどんなことが書かれていたのだろう。そして僕は康孝さんが書いたとおりの人物であっただろうか。
「大丈夫です。あなたは自信を持ってください。ヤスタカさまがうなじを噛んだのです。あのヤスタカさまが噛んだ、それだけですばらしいのですから」
「あの、それはどういう……?」
「久しぶりに会ったヤスタカさまは心から笑っていました。それはあなたに出会ったからです。ヤスタカさまを変えることができたタマキさまはすばらしいΩです。間違いありません」
あまりに褒められすぎて顔が熱くなる。いろいろ気になる言葉はあったけれど、美しく笑うオリヴァー様の顔を見ているとこれ以上尋ねることはできなかった。
「さぁ、プディングを食べましょう。アイスクリームが溶けてしまいます。紅茶も冷めてしまいます」
「は、はい」
アイスクリームを口に運んだオリヴァー様がパァッと満面の笑みを浮かべた。「おいしいです」と言ってパクパクとアイスクリームを食べている。鳴宮の家で口うるさく言われてきた「しとやかに」という言葉とは違う様子だというのに、そうした仕草が似合うどころかますます美しく見えた。
「タマキさま、Ωはαの所有物ではありません。Ωがいてこそのαなのです。タマキさまがいてこその今のヤスタカさまだということがよくわかりました」
にこりと微笑んだオリヴァー様がフォークに刺した苺をぱくりと食べた。先生も同じような話をしていたことを思い出し、胸の奥で小さく熱いものがじわっと広がる。少し溶けたアイスクリームをスプーンでそっとすくいながら、僕の中にあった何かが同じように少し溶けたような気がした。
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