僕が結婚を延ばす理由

朏猫(ミカヅキネコ)

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「発情はひと月以上先だと聞いていたけど、違ったようだね」
「わか、な、くて、」

 自分でもどうなっているのかわからないと言いたいのに、唇が震えてうまく伝えることができない。もどかしさとせり上がってくる快感、それに抑えがたい衝動に涙がぽろぽろとこぼれた。そのせいで大好きな康孝さんの顔が滲んで見えなくなる。

「珠希くん、落ち着いて。琴祢にすぐ帰って来いと言われて驚いただけだよ。それにこの香り……これが珠希くんの発情の香りか。こんなに広がっているのに甘さは控えめで、まるで珠希くんそのものだ。あぁ、でも少しずつ濃い香りも混じってきたかな。こんなふうに誘われたら止められなくなりそうだ」
「んふ」

 頬を撫でられただけだけなのに気持ちがよくて高い声が漏れてしまった。こんな媚びるような声を出してしまうなんて恥ずかしくてたまらない。そう思っているのに、もっと触ってほしい気持ちが勝って大きな手に自分から頬を押しつけてしまった。
 いつの間にか両手で握っていた昂ぶりがふるりと震えるのがわかった。何度いじっても吐き出せなかったのにお腹の奥から熱が集まってくる。「康孝さんに触れてもらえる」とわかったからか、とぷっとあふれた粘液が僕の手を濡らした。

「それにこんな扇情的な姿を見せられて我慢できるはずがない」
「んっ」

 頬を撫でながら、もう片方の手が僕の手ごと昂ぶりを包み込んだ。そのまま何度かクチュクチュと擦るだけで簡単に吐精してしまう。あれだけ吐き出せなかったのに今度はトロトロとしたたり落ちるのが止まらなくなった。それがふぐりだけじゃなく後ろまでぐっしょり濡らしていく。

(こっちも触ってほしい)

 淫らな気持ちのまま腰を揺らしたけれど、康孝さんの手は呆気なく僕から離れてしまった。

「やす、た、さん、」

 強請るように名前を呼ぶと、頬を撫でていた康孝さんの手が少しだけ震えたのがわかった。滲む目を向けると小さく唸るような声が返ってくる。

「やす、たか、さん……?」
「緊張して手が震えてしまうな」

 僕の頬に手を添えたまま指先で耳たぶを撫でた。それだけでうなじがぞくりとして「ふぁ」と声が漏れる。

「珠希くんの香りも声もたまらない。もう何度も肌を重ねているというのに……発情だというだけでここまで興奮するとは思わなかった」

 康孝さんの手が汗に濡れている前髪を掻き分け、何かを確かめるように額を撫でた。それだけで背中がブルッと震えて熱い吐息が漏れる。熱く大きな手が目尻を拭ったかと思えば、そのまま輪郭をたどるように顎へとすべっていく。

「んっ」

 声を漏らすたびに体が熱くなった。これ以上熱くなるのが怖くて無意識のうちに唇をグッと噛み締める。

「唇を噛んでは傷がついてしまうよ」
「で、も……んっ」
「声も我慢しなくていい。もっとその声を聞かせてほしい」
「ふぁ」

 耳元で囁かれて目眩がした。肌が粟立ち心が震える。

「いつもはほのかに漂う珠希くんの香りが今は……あぁ、こんなにも濃く甘い。まるでわたしを覆い尽くそうとしているかのようだ。いつもの奥ゆかしい香りも好きだけど、発情したときの香りはまるで百合の花のようだね」
「はつ、じょ、て、」
「珠希くんは今間違いなく発情している」
「まだ、さき、なのに」
「時期がずれることもある。……あぁ、なんていい香りだろう。これはたまらないな」

 首筋をクンと嗅がれて顔が熱くなった。

「Ωの香りが一気に花開いたようだ」

 康孝さんの色っぽい声に、体の内側から熱いものがぶわっと膨れ上がった。それがパンと弾けて体の外へと飛び散っていく。

(あぁ、僕はついに康孝さんと一つになれるんだ)

 心や体だけでなく、もっと根本的なところで一つになれるのだとわかった。そうなれば、もう誰にも分かたれることはない。僕が康孝さんのものになるのと同時に、康孝さんも僕のものになる。そう思うだけで歓喜に身も心も震え、気がつけば康孝さんを捕まえようとするかのようにしがみついていた。口からは「はやく」と掠れた声ばかりが漏れる。

「次に発情したときにうなじを噛む、そう決めたことは覚えているかい?」

 何を言われたのかよくわからないまま、それでも「はやく」とうわごとのように口にした。

「すっかり発情に呑み込まれてしまったようだね。きっとわたしの声もよく聞こえていないんだろう。それでも確認しておきたいんだ。珠希くん、ここを噛んでもいいかい?」

 首飾りの上からうなじを撫でられて「ひぁ」と声が漏れた。静電気のようなビリビリしたものが背中を駆け上がって体のあちこちがビクビク震える。お腹の奥はますます熱くなり、後ろからとぷっと蜜のようなものがこぼれ落ちるのを感じた。

「……たかさ、が、ほし……」

 康孝さんがほしくてたまらない。逞しい体にしがみつきながら必死に香りを嗅いだ。この香りで体の隅々まで満たしてほしい。それだけじゃない。体の奥を康孝さんの熱で埋めてほしくて仕方がなかった。そうして誰にも触れさせたことがない僕のうなじを思い切り噛んでほしい。

「うな、じ……か、んで」

 首筋に鼻を埋めている康孝さんの頬に自分の頬をすり寄せた。早く、早くと急く気持ちのまま「噛んで」と乞い願う。

「もちろんだ。わたしのほうから噛ませてほしいとひざまずきたいくらいだ」

 耳たぶを甘噛みされて腰が震えた。太ももを擦り合わせながら、気がつけば康孝さんの体に勃ち上がった昂ぶりを擦りつけてしまっている。それだけで気持ちがよくて精なのか違うものなのかわからないものがあふれ出た。後ろも切ないほど痺れ、尻たぶの隙間をとろりとしたものが流れ落ちる。

「本当は式に関係なく噛みたくて仕方がなかった。それなのに年長者振って強がって、無意味にジェントルマンでいようなんてわたしは愚かだな。……あぁ、でも今回は駄目だ。我慢できるはずがない。愛しいΩに誘われて断れるαはいない。ようやく、ようやく珠希くんをわたしだけのΩにできる」

 耳や頬に触れる熱い吐息に魂が震えるのを感じながら、康孝さんの背中をめいっぱい抱きしめた。

「これから珠希くんの深いところまで入ってうなじを噛む。もちろんスキンはしないし、すべて珠希くんの中に注ぎ込む。珠希くん、それでもかまわないかい?」

 そう囁かれてうなじが粟立つ。

「うれし、です」
「ありがとう」

 康孝さんの声が微笑んでいるように聞こえた。涙で滲む目を瞬かせ、愛しい綺麗な顔を必死に見つめる。そこには微笑んでいるような、それでいて泣いているようにも見える康孝さんの顔があった。

「さぁ、二人の本当の初夜を始めよう」

 うやうやしく僕に口づけた康孝さんは、一度ベッドを下りると服を脱ぎ去った。
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