悪役令嬢断罪プログラム

１２ オペラ、新たな決意

　ホワイトに尋ねられたことが頭から離れない……オペラは珍しく考え込んでいた。紙に書き出した「王太子妃候補」と「悪役令嬢」の文字を見ながらさらに考える。

（わたくしとホワイトの両方が同時に候補者から降りれば、どちらも悪役令嬢にはならなくて済むはず）

　オペラはそう予想していた。しかも自ら願い出るのではなく、二人とも王太子以外に見初められる形で候補者でなくなる。そうした展開は神も想定していないはずで、それなら強制力に邪魔されることはないはずだ。
　神の考えにない展開は“ぷろぐらむ”の動きに不具合を起こす。不具合は強制力をおかしくさせ、おそらく神が思い描く結末には向かわない。悪役令嬢として断罪される令嬢は生まれないことになる。

（でも、そうなるためにはわたくしもどなたかに見初められなくてはいけない）

　ホワイトがビスケティに見初められたように……。そう考えたとき、頭に浮かんだのはグラニーテ公だった。
　それでも当初は相手候補から外していた。さすがに王弟を相手にするのは危険すぎる。万が一不興を買えば公爵家自体が大変なことになってしまう。しかし二人の仲はすでに社交界で注目を浴びていて、これほど最適な相手がほかにいないのもたしかだった。そもそも新しい相手とグラニーテ公以上の噂になるのは注目度合いからいっても難しい。

（それなら……）

　オペラはホワイトにとってのビスケティをグラニーテ公に担ってもらおうと考えた。王弟という身分は気になるものの、グラニーテ公は経験豊富なうえに十二歳も年上、オペラを相手に本気になるとは到底思えない。それに火遊び程度と考えてくれる相手のほうが都合がよかった。そのほうがすべてが終わったときに別れるのも難しくない。
　それでも胸がざわつくのは申し訳ないという気持ちがあるからだ。それに前回の楽しかった時間を思い出すと残念な気持ちにもなる。

（グラニーテ公はよい方だわ。そんな方を騙すなんて……）

　それ以前に問題もあった。オペラは王太子妃候補で、王太子はグラニーテ公の可愛い甥だ。甥の妃候補の誘いに乗るだろうか。

（いいえ、もはやこの方法しかないの。やり遂げるしかないわ）

　秘密のお茶会から数日経つが、社交界での悪い噂は日に日に膨らんでいる。これが“ぷろぐらむ”の不具合から起きていることなら、この先ますますひどくなるかもしれない。
　このままでは三人とも悪役令嬢にされてしまうのではないかとオペラは考えていた。不具合とは得てしてそういうもので、もともと起こり得ないことが起きてもおかしくない。その前に自分も神が想定していない方法で候補から降りなくては三人揃って最悪なことになってしまう。

（そのためにもわたくしはボンボール公に見初められなくてはいけない）

　すでに噂になっているということは、もう一押しすればホワイトとビスケティのようになるはずだ。グラニーテ公に“見初められた”と噂にさえなればよく、あとは尾ひれをつけた話は勝手に広がってくれる。そうなれば王太子妃を降りることになるのは間違いなく、その後恋多きグラニーテ公と破局しても「やっぱり」と噂されるだけで済むだろう。

「“ぷろぐらむ”には負けないわ」

　艶やかな唇をキュッと引き締めながら、紙の中央に書いた「ぷろぐらむ」という文字を見つめた。見つめながら何度も「王弟殿下は、本当にそういう方ではありませんの？」というホワイトの言葉が蘇り、そのたびにオペラは胸の奥がちりりとするのを感じた。

　王弟グラニーテ公からオペラの元にお茶会への招待状が届いたのは、王城で遭遇してから二十日後のことだった。あのとき口にしたとおりフレイズ男爵を招待するためのお茶会なのだろう。同時に久しぶりに王城に戻ってきた王弟に貴族たちが挨拶する場になるに違いない。
　招待状を見た兄フリューは顔をしかめたが駄目だとは口にしなかった。相手が王弟でも公爵家なら立場的に断ることができる。しかし王太子が慕っている相手を不快にさせるわけにはいかないと判断したのか、渋々ながら「行ってこい」と口にした。父は最初から「王弟殿下に覚えめでたければガトーオロム家にとってぜひもない！」と大喜びしている。
　一方、オペラは一緒に届いたもう一つの招待状のほうが気になっていた。そこにはお茶会の前にお目にかかりたいと書かれており、フリューは「おまえの好きにすればいい」と投げやりになっている。

（悪い噂のお相手からの個人的なお誘いともなれば、お兄様の態度も当然でしょうけれど……）

　行くなとは言わないものの、フリューは終始「困ったことばかりだ」と不満を口にした。
　正直、オペラも困っていた。まさか自分が仕掛ける前に相手から誘われるとは思っていなかったからだ。それに大きなお茶会ならまだしも、二人きりのお茶会となると具合が違ってくる。十歳以上も年上で聡い王弟を本気にさせない程度にうまく惑わすことができるだろうか。

（できるだろうか、ではないわね。そうしなくてはわたくしの未来は悪役令嬢になってしまうのだから）

　ホワイトとビスケティはいずれ本当に恋仲になるだろう。それは同時にホワイトが王太子妃候補から外れるということになる。残る王太子妃候補はオペラとミルフィ嬢の二人で、それは神が望む展開に進むということだ。

（ミルフィ嬢なら、どんな手を使ってもわたくしを王太子妃候補から外そうとするでしょうし）

　それが結果的にオペラを悪役令嬢に追いやることに繋がる。「相手の隙を突いて、蹴落として、最後に生き残ったほうがすべてを手に入れる」と楽しそうに口にしていた神を思い出した。

（冗談じゃないわ）

　オペラの艶やかな唇がキュッと真一文字を結んだ。そうしてきりりと窓の外を見る。
　晴れ渡った青空はどこまでも広がり、夏前だというのに気温は日々上昇傾向だ。まるで神が物語の展開に興奮して暑くなっているような気さえしてくる。全身真っ白な燕尾服姿の神を思い出し、オペラは二通届いた招待状のうち個人的なほうを開いた。

（わたくしは悪役令嬢にはならない）

　だからといって王太子妃になりたいわけでもない。王太子妃にならず、悪役令嬢にもならないためにはホワイトと同じ道を手に入れるしかなかった。

「こうした駆け引きをすることになるとは思わなかったわ」

　オペラはそうつぶやきながら手紙をしたため、グラニーテ公に二通の返事を出した。