悪役令嬢断罪プログラム

朏猫(ミカヅキネコ)

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14 新作戦①続行……のはずが意外な人物、現る

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 オペラは朝から珍しく憂鬱だった。同時に胸がざわついて仕方がなかった。
 今日の午後、グラニーテ公主催のお茶会が開かれる。場所は王城内にある天使の花園で、フレイズ男爵だけでなくミルフィ嬢も参加すると聞いた。ホワイトやマログラッセ伯爵子爵ビスケティも参加すると聞いている。

(そしてわたくしも参加する……つまり、王太子妃候補の三人が揃うということね)

 様々な催しがあったにも関わらず、王太子妃候補の三人が勢揃いすることはこれまでなかった。

(初めて三人が揃う……何かが起きてもおかしくないわ)

 これも“ぷろぐらむ”の力だろうか。悪役令嬢から逃れるために動いているつもりが“ぷろぐらむ”が望む道を歩かされているのではないだろうか。美しく整えられたオペラの眉が寄る。

(たとえそうだったとしても“ぷろぐらむ”が用意した道を大人しく歩き続けたりはしない)

 ホワイトとビスケティの噂は流れ続けている。「もしや婚約するのでは?」という噂が囁かれ始めたのは数日前からで、ホワイトは「悪い方ではありませんでしたわ」とはにかむ笑顔を見せていた。つまり二人の仲はうまく進んでいるということだ。そのことにホッとしつつ、同時に焦った。
 ホワイトたちに合わせてオペラ自身も王太子妃候補を辞する方向に向かわなくてはいけない。王太子妃候補がオペラとミルフィ嬢の二人になれば“ぷろぐらむ”が再び正常に動き出すかもしれないからだ。「そのためにもボンボール公にもっと接近しなくては」と考えているものの、二人きりのお茶会でのことを思い出すと複雑な気持ちになった。

(どうしてあんなにも積極的でいらっしゃるのかしら)

 あのときは雰囲気に流されてしまったが、よくよく考えるとおかしな状況だ。グラニーテ公にとって王太子は可愛い甥で、オペラはその妃候補だ。しかも十二歳も年下で、経験豊富なグラニーテ公からすれば小娘に等しい。

(そんなわたくしに惹かれたりするかしら)

 いくら恋多き人物だとしても、やはりあり得ない。

(でも、これは好機だわ)

 今日のお茶会でも似たようなことが起きれば瞬く間に噂は広がり、オペラが王弟に見初められたとまことしやかに囁かれるだろう。

(……いいえ、やはり不自然な気がする)

 これも“ぷろぐらむ”の影響なのだろうか。考えをまとめるために紙に書き出したものの、結局考えることはバラバラのままだ。
 オペラはこの四日間、ずっと考えていた。それなのに答えが出ない。これまでどんなことでも優秀な成績を収めてきたオペラだが、知識を総動員しても答えを導き出すことができなかった。

(どうするのが最適かはわからない。それでも立ち止まるわけにはいかないわ。わたくしもホワイトも、それにミルフィ嬢も悪役令嬢にならない道は、きっとこれしかないのだから)

 時間をかければほかの方法を見つけられるかもしれない。しかしホワイトが王太子妃候補でなくなるのは時間の問題だ。どのくらい猶予があるかはわからないが、できるだけそれに近い時期に自分も候補から降りなくてはいけない。
 きらりと光る黒い瞳が窓の外を見た。すでに季節は夏になり外は朝からどんどん暑くなっている。それが神の興奮を示しているように感じたオペラは「わたくしは負けるわけにはいかないの」と改めて決意した。

 王弟グラニーテ公主催のお茶会が開かれる天使の花園は夏の間も比較的涼しい。そのため午後から開かれる今回のお茶会の会場として選ばれたのだろう。招待状に書かれていた時間の十分後に庭園に到着したオペラは、ゆっくりと全体を見渡した。

(思っていたよりも参加者が多いわね)

 それだけグラニーテ公が力を持っているということだ。ガトーオロム家からはオペラだけが参加するものの、ほかの公爵家や伯爵家、中には商人らしき姿もちらほら見える。ほとんどは挨拶が目的で、いずれもこの機会にグラニーテ公とお近づきになりたいと考えているのだろう。
 貴族令嬢の数が多いのも気になった。社交界で花婿候補を捜している令嬢たちの親たちもいる。グラニーテ公が独身だということで娘を嫁がせたいと考える親がそれなりにいるのかもしれない。

(こうした方々とわたくしは競い合わなくてはいけない)

 それもなるべく早く見初められたと噂にならなくてはいけない。王太子妃候補を外れた後にグラニーテ公にどう説明するか考えておかなければと思っていたが、もはやその余裕はなかった。いまはとにかく噂になるような行動を取るしかない。
 オペラが姿を現すと、それに気づいた大勢がにこやかな笑顔を向けてきた。同時に視界の端でひそひそと囁く人影が見える。「ボンボール公との噂はやっぱり」という声に、オペラはこのお茶会が最終手段だと改めて考えた。

(ここでボンボール公との噂を一気に広めなくては、きっと間に合わないわ)

 決意しながら一歩踏み出したところで、庭の中ほどにホワイトの姿を見つけた。隣にはビスケティもいる。着飾ったホワイトは「永遠の天使」にふさわしい可憐さで、二人は遠目に見ても楽しそうな様子だ。そんな二人を見る周囲の雰囲気はあまりよくないようだが、それも気にならないのだろう。

(それにビスケティ様がホワイトをかばっているようにも見えるわ)

 余計な視線にさらされないようにと気遣っているに違いない。ビスケティはまだ二十歳と社交界では若年ではあるものの、愛する人を守ろうとする気概のようなものが漂っている。

(あの様子ならきっと大丈夫ね)

 ホッとしながら二人のもとに行こうとしたオペラだったが、真っ赤なドレス姿の人物が現れ足を止めた。

「ご機嫌よう、ガトーオロム公爵令嬢オペラ様」

 勝ち気な眼差しはホワイトより少し濃い碧眼で、金色の髪は光を反射しているからか薄紅色が混じっているように見える。

「ご機嫌よう、ミルフィ様」

 オペラの前を塞ぐように現れたのは三人目の王太子妃候補、フレイズ男爵令嬢ミルフィだった。行く手を阻まれたことを咎めるでもなく挨拶を返すオペラに、周囲が「ほう」と感嘆のため息を漏らす。続けて何かが起きるに違いないという好奇の眼差しを向けた。

「もっと早くにご挨拶したかったのですけれど、いずれの社交界でもお目にかかることができなくて残念に思っておりましたの」

 そう言って眉尻を下げながらも碧眼はぎらりとオペラを見つめていた。

「あたくし、王太子妃候補になってまだ日が浅いのでわからないことも多いのですわ。オペラ様はお小さい頃からいずれは王太子妃と言われてきた方、どうぞ妹と思ってお導きくださいませね」

 ミルフィ嬢の言葉には棘が多く、男爵家の令嬢が公爵家令嬢に向ける挨拶としては無礼極まりない。それでも口にしたということは、自分は何をしても誰にも咎められないのだという自信があるのだろう。

(お母さまの男爵夫人が、ひいては陛下が守ってくださると思っていらっしゃるのね)

 そう思うのも無理はなかった。男爵夫人が愛人と噂されるようになってすでに五年が経つ。これほど長い間愛人であった夫人は珍しく、男爵夫人も自信に満ちあふれているに違いない。そうした男爵夫人を王妃が表立って非難することはなかった。表立って騒ぐのは負けを認めるようなもので、王妃として、貴族の娘としての自尊心が許さないからだ。
 しかし裏ではどんなことが行われているかはわからない。王女たちも黙ってはいないはずだ。それでも愛人で居続けるということはそれだけ肝が据わっているということで、そうした母親の背中を見てきたミルフィ嬢ならオペラに喧嘩を売ることもためらわないだろう。

「どちらが王太子妃になられるのかしら」
「それは当然ガトーオロム公爵令嬢だろう」
「しかし陛下は男爵夫人の言いなりだと聞くぞ?」
「それに公爵令嬢を選ぶなら、もっと早くに決まっていてもおかしくないだろう」
「王太子妃候補の選出前から名前が挙がっていたからな」
「そうなると……」
「まさかのどんでん返しもあり得るか」

 ひそひそと囁かれる言葉はオペラの耳にも届いていた。それらを聞いてもオペラが表情を変えることはない。持ち上げられても貶められても表情を変えず、部屋を一歩出たら常に凜と前を見るのだと小さい頃から叩き込まれてきた成果だった。

(そもそもわたくしは王太子妃になりたいとは思っていない。ただ悪役令嬢になりたくないだけ)

 ミルフィ嬢が王太子妃になりたいのなら、そうすればいい。ただし自分が王太子妃候補を降りてからだ。オペラはにこりと微笑みながらミルフィ嬢の胸元を飾る豪華なレースに手を伸ばした。

「わたくしでよろしければ、いつでもお教えしますわ」

 両手でレースの形を整え、襟元を整え、肩から胸にかけてを覆っている金髪の巻き毛の位置を整える。そうして最後に頬に触れていた金髪を耳にかけ直してやった。その際、指先で頬をするりと撫で「お可愛らしい方ね」と微笑むのも忘れない。
 気高く美しいオペラの姿に周囲は「ほぅ」と何度目かわからないため息を漏らした。ミルフィ嬢も顔を真っ赤にし、まるで見惚れるようにオペラを見つめている。その様子に、さらににこりと微笑んだオペラは「失礼しますわ」と挨拶をし、その場を去った。
 それを見ていた誰もが「やはり王太子妃には公爵令嬢がふさわしい」と考えた。それでも半分ほどは「いや、一発逆転があるかもしれない」と想像する。しかしオペラが王太子妃になりたいと思っているか気にする者は一人もおらず、そのことをオペラがいちいち気にすることもない。

(ミルフィ様も可愛らしいとは思うけれど、やはり妹にするならホワイトが一番だわ)

 二日前にも秘密のお茶会を開いたが、せっかくだから今日も可愛い妹を愛でておこう。そう思いながら数歩進んだところで再び足をぴたりと止めた。

(いまのは……)

 視界の端を真っ白なシルクハットが通り過ぎた。ゆっくりと視線を向けると全身真っ白な服を着た男性が立っている。

(……まさか)

 少し離れたところで優雅にティーカップを傾けていたのは、オペラとホワイトの夢に現れた自称神の男だった。
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