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16 急展開、オペラを救ったのは……?
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神がニッと笑っている。視線を外してもティーカップは的確に口元へと近づいてきた。オペラはこれこそが強制力に違いないと実感した。どんなに抗おうとしても腕を止めることはできず、身をよじることも顔を背けることもできない。
(わたくしは……こんなところで……)
求められ続けてきた王太子妃になることもなく、ほかの誰かに見初められることもなく、いつかはと夢見ていた恋を経験することもなく死を迎えるのだ。
(わたくしは、いったい何のためにがんばってきたの……?)
幼い頃から厳しい教育に耐えてきたのは何のためだったのだろうか。流されるように受け入れることしかできなかったが、完璧な淑女になろうと思ったのは本心だ。
(それなのに、わたくしはこんなところで……)
全身から力が抜けた。一瞬、どうでもいいという諦めにも似た感情に心が覆われる。
(……いいえ、こんなことは認めない)
艶やかな唇をクッと噛み、再び全身に力を込めた。たとえ相手が神であっても簡単に諦めることなどできるはずがない。自分の未来は自分で手に入れてみせる。夢に神が現れたときから悪役令嬢にならない道を歩くのだと固く決意した。それはオペラが初めて自ら望んだ未来だった。
(そうよ、こんなところで人生を終えたりはしない)
神が相手でも最後まで抗ってみせよう、それがオペラ・ガトーオロムだ。黒い瞳はきりりと神を見つめ、この状況でもなお負けてなるものかという強い意志を見せた。その姿に神が「残念だなぁ」とわざとらしくため息をつく。
「それだけの胆力、気概、そういう人物にこそ王太子妃候補の一人でいてほしかったんだけどねぇ。まったくもって残念だ」
残念だと言いながらも赤い目は楽しそうに目尻を下げ、口元はニッと笑っている。オペラは力を振り絞って口を開いた。そうして「諦めないわ」と掠れた声で宣言した。
段々と近づいてくるティーカップに眉をひそめ、なんとか手を止めようと力を込めた。腕は震えるものの、やはり止めることはできない。
「何をしても無駄だよ。しょせんきみは物語の登場人物でボクは神だ。神に逆らえるはずがない」
「それはどうかな」
オペラの手からティーカップが消えた。いや、そうではない。誰かがティーカップを奪い取ったのだ。
「さすがはオペラ嬢だ。相手があれでも諦めないところがすばらしい」
「あれ」と言いながら誰かが神を指さしている。
(この声は……)
なんとか首を動かし隣を見た。視線を上げると……そこにはにこりと微笑む王弟グラニーテ公の顔があった。
「大事なオペラ嬢を勝手に退場させないでくれないかな」
「……またおまえか」
神の顔から笑みが消える。代わりに大きなため息をつきながら右手で額を覆った。そのまま天を向き「ガッデム」と声を上げる。
「そういうオーバーアクションは古いんじゃないかな」
「うるさいな」
手のひらを退けた神が赤い目でギロッとグラニーテ公を睨んだ。
「おまえのせいで何度プログラムを書き直していると思っているんだ。しかも今回は三連チャンの徹夜だぞ。ボクの七十二時間を返せ」
「徹夜なんかするからこういうことになる。睡眠は体にとっても脳にとっても整理と休息の大事な時間だ。学ばなかったのかい?」
「知ったような口を利くな」
「これはあなたの落ち度だよ」
グラニーテ公の微笑みに神が「チッ」と小さく舌打ちをした。
オペラは無言で二人を見た。会話の様子から、どうやら初対面でないらしいことはわかった。しかも笑顔ばかりだった神がしかめ面をしている。つまりグラニーテ公は神にそういう表情をさせることができる人物ということだ。
(いったいどういうことなの?)
どんな状況でも冷静に周囲を観察してきたオペラだが、さすがにこの状況には戸惑い混乱した。
「大丈夫かい、オペラ嬢」
「……ボンボール公、」
「きみがここで退場する必要はない。いや、退場すべきではない」
微笑みかけるグラニーテ公に「おい、勝手に決めるな」と神の苦々しい声が重なる。
「それは僕のセリフだよ。神だなんて言って勝手をされては困る」
「おかしな言い方だな。ボクはこの世界では神で間違いない。勝手をされて困るのはボクのほうだ」
「後からプログラムを追加するだけの存在を神と呼んでいいのか、はなはだ疑問が残るな」
「……口ばっかり達者になりやがって」
「言葉が乱暴になっているよ?」
再び「チッ」と舌打ちした神が手にしていたシルクハットを被り直した。
「邪魔をされたのはこれで四度目だ」
「いいや、五度目だ」
「どっちでもいいよ」
「五度も邪魔をされたんだから、いい加減諦めてくれるとうれしいんだけどね」
「……今回はどのタイミングで介入してきた?」
「初対面のときだ。あなた風に言えばフラグというやつかな。初対面で一つ、このお茶会の前に一つ。本当は社交界デビューのときにもフラグを一つ用意していたんだが、そもそも出会うことができなかった。このあたりはあなたの仕業かな。とはいえフラグという考え方は正解だったようだね」
細くなった赤い目がじっとグラニーテ公を睨んでいる。「情報量が増えた原因はおまえか」と言い、指先で自分のこめかみをトントンと叩いた。
「おまえ、どこまでわかって動いている?」
「わからないことだらけだ。それでもくり返せば気づくこともある。そこを突破口に考えることもできる。今回のオペラ嬢がそうだった、そうだろう? そうやって僕たちは少しずつ変化し、そして僕たち自身の道を歩む」
「勝手なことばかり言うな。それじゃあボクが望む物語にはならない」
「僕たちには関係ない。そもそも、こうなったのはあなたが引っかき回してきたからじゃないのか? わざわざ主要人物の夢に現れ宣言するのはやめたほうがいい。出たがりの神は嫌われるぞ」
「うるさいな。ドラマチックな物語にはああいう演出が必要なんだよ」
「まぁ、おかげで僕やオペラ嬢はプログラムについて考える機会を得ることができたのだから感謝しよう。それに残念がる必要はないよ。タイムループものはあなたも好きだろう?」
「主人公がヒロインならね」
「イケオジで悪かったね」
「そういう言葉をどこで覚えるんだ。……まぁいい。今回はこれでお終いだ。ボクはまた一からプログラムの作り直しだ」
「徹夜はしないほうがいい」
「うるさいな。もうおまえたちには興味ない。あとは勝手にやってくれ」
「言われなくても好きにするさ。この先はイケオジと美しい令嬢とのラブロマンスだ。五度目にしてようやく念願が叶う。諦めずにチャレンジし続けたご褒美かな」
「あぁ、そうですか」
興味がないと言わんばかりに冷たい声で答えた神が、ひょいとテーブルの上に乗った。そうして神が民を見下ろすようにオペラたち二人を見る。
「たしかにボクが思い描いていた物語にはならなかった。でも悪役令嬢がこの先生まれないとは限らない。現に王太子妃はまだ決まっていないからね」
神が真っ白なシルクハットを手に取った。それを胸に当て、ニッと笑いながら優雅にお辞儀をする。
「一度インストールしたプログラムは削除しない限り動き続ける。そしてボクはプログラムをアンインストールするつもりはない」
まるで大衆演劇の役者のように声高に宣言した男は、青色の髪をなびかせながらくるりと宙を舞った。そのままポンと音を立てて消えた。
神が消えるのと同時にお茶会のにぎわいが戻った。誰も神の姿に気づいていないのか、声を上げる者も囁く者もいない。神がいた間の時が止まっていたかのように周囲の誰も神の存在に気づいていなかった。
しばらく呆けていたオペラだが、ハッと気づき慌ててグラニーテ公を見た。
「ボンボール公は、神のことをご存知だったのですか?」
やや声を潜めながらそう尋ねる。するとグラニーテ公が「まぁ、少しだけね」と苦笑するような表情で答えた。
「……何もかもご存知だったのですね」
「すべてを知っていたわけじゃない。僕もきみと同じような立場だからね」
「わたくしと同じ……?」
「そう、ただの登場人物だ。ただし、きみと同じようにプログラムに定められた道を歩まされるのが嫌でね。どうにか隙を突けないかあれこれ考えてきた。そういう意味では僕たちは同志とも言える」
「同志……」
「オペラ嬢は悪役令嬢になる道を拒みプログラムに抗った。僕は愛する人を手に入れるために抗ってきた。本来なら僕たちはもっと前に出会えたはずなのに、そうできなかったのは今回のプログラムのせいだろう。まったく、神とはとんでもない存在だ」
話を聞きながらもオペラは混乱していた。どんな状況でも冷静に観察し考えられるようにと教育を受けてきたはずなのに頭がうまく動かない。グラニーテ公と神との会話も気になったが、以前から神を知っているようなグラニーテ公の口振りも気になった。
尋ねたいことは山ほどあるのに言葉が出てこない。冷静になれと言い聞かせるオペラだが、神への畏怖や混乱のせいか感情が千々に乱れていく。
「不安そうな表情のオペラ嬢は初めて見るな」
「え……?」
「これまできみは四度とも最後まで完璧な淑女だった。そうしたきみもすばらしいとは思うが、これはこれでたまらない」
「あの……?」
にこりと微笑みながらグラニーテ公が右手を差し出した。そうしてオペラの胸の高さあたりで止める。オペラは無意識のまま右手をグラニーテ公の手に載せていた。
「今度こそ僕は想いを遂げることができそうだ」
そう言って少し腰を屈めたグラニーテ公が、同時にゆっくりとオペラの右手を持ち上げた。
「オペラ嬢、どうか僕の妻になってほしい」
そう言ってオペラの指先に口づけた。その瞬間、周囲からワッと歓声が上がった。あちこちから拍手が聞こえ、中には「ほぅ」と感嘆するようなため息も混じっている。
「邪魔が入らないということは、どうやらプログラムは沈黙したようだね。今度こそ僕の勝利だ」
グラニーテ公がニヤリと笑った。気品の中に野性味のようなものが混じるその笑みはオペラの心を騒がせ、同時にどうしようもない既視感を抱かせた。
オペラが王弟グラニーテ・サントノレアに求婚された話は瞬く間に社交界に広がり、誰もが祝福の言葉を口にした。それまで悪い噂にしかならなかった二人の関係は好意的に受け止められ、王太子妃候補だったオペラは王弟の許嫁と肩書きを変えることになった。
(わたくしは……こんなところで……)
求められ続けてきた王太子妃になることもなく、ほかの誰かに見初められることもなく、いつかはと夢見ていた恋を経験することもなく死を迎えるのだ。
(わたくしは、いったい何のためにがんばってきたの……?)
幼い頃から厳しい教育に耐えてきたのは何のためだったのだろうか。流されるように受け入れることしかできなかったが、完璧な淑女になろうと思ったのは本心だ。
(それなのに、わたくしはこんなところで……)
全身から力が抜けた。一瞬、どうでもいいという諦めにも似た感情に心が覆われる。
(……いいえ、こんなことは認めない)
艶やかな唇をクッと噛み、再び全身に力を込めた。たとえ相手が神であっても簡単に諦めることなどできるはずがない。自分の未来は自分で手に入れてみせる。夢に神が現れたときから悪役令嬢にならない道を歩くのだと固く決意した。それはオペラが初めて自ら望んだ未来だった。
(そうよ、こんなところで人生を終えたりはしない)
神が相手でも最後まで抗ってみせよう、それがオペラ・ガトーオロムだ。黒い瞳はきりりと神を見つめ、この状況でもなお負けてなるものかという強い意志を見せた。その姿に神が「残念だなぁ」とわざとらしくため息をつく。
「それだけの胆力、気概、そういう人物にこそ王太子妃候補の一人でいてほしかったんだけどねぇ。まったくもって残念だ」
残念だと言いながらも赤い目は楽しそうに目尻を下げ、口元はニッと笑っている。オペラは力を振り絞って口を開いた。そうして「諦めないわ」と掠れた声で宣言した。
段々と近づいてくるティーカップに眉をひそめ、なんとか手を止めようと力を込めた。腕は震えるものの、やはり止めることはできない。
「何をしても無駄だよ。しょせんきみは物語の登場人物でボクは神だ。神に逆らえるはずがない」
「それはどうかな」
オペラの手からティーカップが消えた。いや、そうではない。誰かがティーカップを奪い取ったのだ。
「さすがはオペラ嬢だ。相手があれでも諦めないところがすばらしい」
「あれ」と言いながら誰かが神を指さしている。
(この声は……)
なんとか首を動かし隣を見た。視線を上げると……そこにはにこりと微笑む王弟グラニーテ公の顔があった。
「大事なオペラ嬢を勝手に退場させないでくれないかな」
「……またおまえか」
神の顔から笑みが消える。代わりに大きなため息をつきながら右手で額を覆った。そのまま天を向き「ガッデム」と声を上げる。
「そういうオーバーアクションは古いんじゃないかな」
「うるさいな」
手のひらを退けた神が赤い目でギロッとグラニーテ公を睨んだ。
「おまえのせいで何度プログラムを書き直していると思っているんだ。しかも今回は三連チャンの徹夜だぞ。ボクの七十二時間を返せ」
「徹夜なんかするからこういうことになる。睡眠は体にとっても脳にとっても整理と休息の大事な時間だ。学ばなかったのかい?」
「知ったような口を利くな」
「これはあなたの落ち度だよ」
グラニーテ公の微笑みに神が「チッ」と小さく舌打ちをした。
オペラは無言で二人を見た。会話の様子から、どうやら初対面でないらしいことはわかった。しかも笑顔ばかりだった神がしかめ面をしている。つまりグラニーテ公は神にそういう表情をさせることができる人物ということだ。
(いったいどういうことなの?)
どんな状況でも冷静に周囲を観察してきたオペラだが、さすがにこの状況には戸惑い混乱した。
「大丈夫かい、オペラ嬢」
「……ボンボール公、」
「きみがここで退場する必要はない。いや、退場すべきではない」
微笑みかけるグラニーテ公に「おい、勝手に決めるな」と神の苦々しい声が重なる。
「それは僕のセリフだよ。神だなんて言って勝手をされては困る」
「おかしな言い方だな。ボクはこの世界では神で間違いない。勝手をされて困るのはボクのほうだ」
「後からプログラムを追加するだけの存在を神と呼んでいいのか、はなはだ疑問が残るな」
「……口ばっかり達者になりやがって」
「言葉が乱暴になっているよ?」
再び「チッ」と舌打ちした神が手にしていたシルクハットを被り直した。
「邪魔をされたのはこれで四度目だ」
「いいや、五度目だ」
「どっちでもいいよ」
「五度も邪魔をされたんだから、いい加減諦めてくれるとうれしいんだけどね」
「……今回はどのタイミングで介入してきた?」
「初対面のときだ。あなた風に言えばフラグというやつかな。初対面で一つ、このお茶会の前に一つ。本当は社交界デビューのときにもフラグを一つ用意していたんだが、そもそも出会うことができなかった。このあたりはあなたの仕業かな。とはいえフラグという考え方は正解だったようだね」
細くなった赤い目がじっとグラニーテ公を睨んでいる。「情報量が増えた原因はおまえか」と言い、指先で自分のこめかみをトントンと叩いた。
「おまえ、どこまでわかって動いている?」
「わからないことだらけだ。それでもくり返せば気づくこともある。そこを突破口に考えることもできる。今回のオペラ嬢がそうだった、そうだろう? そうやって僕たちは少しずつ変化し、そして僕たち自身の道を歩む」
「勝手なことばかり言うな。それじゃあボクが望む物語にはならない」
「僕たちには関係ない。そもそも、こうなったのはあなたが引っかき回してきたからじゃないのか? わざわざ主要人物の夢に現れ宣言するのはやめたほうがいい。出たがりの神は嫌われるぞ」
「うるさいな。ドラマチックな物語にはああいう演出が必要なんだよ」
「まぁ、おかげで僕やオペラ嬢はプログラムについて考える機会を得ることができたのだから感謝しよう。それに残念がる必要はないよ。タイムループものはあなたも好きだろう?」
「主人公がヒロインならね」
「イケオジで悪かったね」
「そういう言葉をどこで覚えるんだ。……まぁいい。今回はこれでお終いだ。ボクはまた一からプログラムの作り直しだ」
「徹夜はしないほうがいい」
「うるさいな。もうおまえたちには興味ない。あとは勝手にやってくれ」
「言われなくても好きにするさ。この先はイケオジと美しい令嬢とのラブロマンスだ。五度目にしてようやく念願が叶う。諦めずにチャレンジし続けたご褒美かな」
「あぁ、そうですか」
興味がないと言わんばかりに冷たい声で答えた神が、ひょいとテーブルの上に乗った。そうして神が民を見下ろすようにオペラたち二人を見る。
「たしかにボクが思い描いていた物語にはならなかった。でも悪役令嬢がこの先生まれないとは限らない。現に王太子妃はまだ決まっていないからね」
神が真っ白なシルクハットを手に取った。それを胸に当て、ニッと笑いながら優雅にお辞儀をする。
「一度インストールしたプログラムは削除しない限り動き続ける。そしてボクはプログラムをアンインストールするつもりはない」
まるで大衆演劇の役者のように声高に宣言した男は、青色の髪をなびかせながらくるりと宙を舞った。そのままポンと音を立てて消えた。
神が消えるのと同時にお茶会のにぎわいが戻った。誰も神の姿に気づいていないのか、声を上げる者も囁く者もいない。神がいた間の時が止まっていたかのように周囲の誰も神の存在に気づいていなかった。
しばらく呆けていたオペラだが、ハッと気づき慌ててグラニーテ公を見た。
「ボンボール公は、神のことをご存知だったのですか?」
やや声を潜めながらそう尋ねる。するとグラニーテ公が「まぁ、少しだけね」と苦笑するような表情で答えた。
「……何もかもご存知だったのですね」
「すべてを知っていたわけじゃない。僕もきみと同じような立場だからね」
「わたくしと同じ……?」
「そう、ただの登場人物だ。ただし、きみと同じようにプログラムに定められた道を歩まされるのが嫌でね。どうにか隙を突けないかあれこれ考えてきた。そういう意味では僕たちは同志とも言える」
「同志……」
「オペラ嬢は悪役令嬢になる道を拒みプログラムに抗った。僕は愛する人を手に入れるために抗ってきた。本来なら僕たちはもっと前に出会えたはずなのに、そうできなかったのは今回のプログラムのせいだろう。まったく、神とはとんでもない存在だ」
話を聞きながらもオペラは混乱していた。どんな状況でも冷静に観察し考えられるようにと教育を受けてきたはずなのに頭がうまく動かない。グラニーテ公と神との会話も気になったが、以前から神を知っているようなグラニーテ公の口振りも気になった。
尋ねたいことは山ほどあるのに言葉が出てこない。冷静になれと言い聞かせるオペラだが、神への畏怖や混乱のせいか感情が千々に乱れていく。
「不安そうな表情のオペラ嬢は初めて見るな」
「え……?」
「これまできみは四度とも最後まで完璧な淑女だった。そうしたきみもすばらしいとは思うが、これはこれでたまらない」
「あの……?」
にこりと微笑みながらグラニーテ公が右手を差し出した。そうしてオペラの胸の高さあたりで止める。オペラは無意識のまま右手をグラニーテ公の手に載せていた。
「今度こそ僕は想いを遂げることができそうだ」
そう言って少し腰を屈めたグラニーテ公が、同時にゆっくりとオペラの右手を持ち上げた。
「オペラ嬢、どうか僕の妻になってほしい」
そう言ってオペラの指先に口づけた。その瞬間、周囲からワッと歓声が上がった。あちこちから拍手が聞こえ、中には「ほぅ」と感嘆するようなため息も混じっている。
「邪魔が入らないということは、どうやらプログラムは沈黙したようだね。今度こそ僕の勝利だ」
グラニーテ公がニヤリと笑った。気品の中に野性味のようなものが混じるその笑みはオペラの心を騒がせ、同時にどうしようもない既視感を抱かせた。
オペラが王弟グラニーテ・サントノレアに求婚された話は瞬く間に社交界に広がり、誰もが祝福の言葉を口にした。それまで悪い噂にしかならなかった二人の関係は好意的に受け止められ、王太子妃候補だったオペラは王弟の許嫁と肩書きを変えることになった。
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