悪役令嬢断罪プログラム

朏猫(ミカヅキネコ)

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18 これから始まる二人の物語②馬車の中で始まる回顧

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 迎えの馬車の前で立って待っていたのはグラニーテ公だった。迎えに来るという連絡はもらったが、まさか馬車の外で待っているとは思わずオペラが目を見張る。「お待たせして申し訳ありません」と急ぎ足で近づくと、グラニーテ公が「愛しい人を待つのは苦にならないよ」と微笑んだ。その笑顔にオペラは何度目かの既視感を覚えた。
 グラニーテ公に手を添えられ馬車に乗る。今日向かうのはグラニーテ公が新しく貴族街に用意した屋敷だ。王城の片隅に部屋を間借りしたままでは情けないから、とは手紙に書いてあった文面で、結婚後、オペラはこれから向かう屋敷に住まいを移すことになっている。その後、ボンボール領に行くかはまだ決まっていない。

(ボンボール領は遠いわ)

 ボンボール領は南西にあるガトーオロム公爵家の領地よりさらに南側にあった。馬車でも五日はかかるだろう。自治領を持っている貴族や王族が領地に住むことは珍しく、ガトーオロム公爵家も王都に住みながら領地は使用人たちに任せていた。しかしグラニーテ公は王都を去り領地に住んでいる。妃となればオペラも領地に行くことになるかもしれない。
 物思いに耽るオペラに「待たせてしまって申し訳なかったね」とグラニーテ公が謝った。

「え……?」
「十日間も待たせた僕に拗ねているのかと思ったのだが、違ったかな?」

 そう言って微笑む顔にオペラは気遣われているのだと悟った。「そんなことはありませんわ」と答え、「それにあちこちで絞られていらっしゃると兄から聞いております」と続ける。その言葉にグラニーテ公は眉尻を下げながら「まったく、さすがの僕もまいったよ」と苦笑した。

「人生でこれほど叱られたのは初めてだ。この年で大勢の大人たちに叱られることになるとは思わなかったな」

「まいった」と口では言いながら、顔はニヤリと笑っている。そうした笑顔はほかの貴族にはないグラニーテ公の魅力で、オペラの胸がとくんと鳴った。「やはりわたくしはボンボール公に恋をしているのだ」と思いながら、同時に「どうしてだろう」と疑問がわく。それを確かめるべく口を開いた。

「大変な思いをされることはボンボール公もおわかりだったはず。それなのになぜわたくしに求婚をなさったのですか?」

 グラニーテ公は権力も財力もガトーオロム公爵家を凌いでいた。立場的には公爵家と同等ながら、オペラに求婚してまで公爵家に近づく必要はない。しかもオペラは「可愛い甥っ子だ」とまで言う王太子の妃候補だ。ほかの貴族令嬢に求婚するより面倒なことになるのはわかっていたはずだ。

「どうしてだと思う?」
「ガトーオロム家の後ろ盾がほしいと思っていらっしゃらないことはわかっていますわ」
「たしかに、僕には公爵家の影響力も財力も必要ない。それ以上のものをすでに持っているからね」
「それなのに、なぜ面倒なことを推してまでわたくしに求婚をなさったのでしょう?」
「それだけ自分に魅力と価値があると考えないのはどうしてかな」
「ボンボール公がそういうことに振り回される方ではないと存じ上げておりますわ」

 オペラの答えに「そこまで高く評価してもらえているとは思わなかった」と微笑み、「しかし僕もただの男だよ」と返す。

「それに、いまでも僕の武勇伝は社交界で語り継がれているはずだ」
「もちろん存じ上げておりますわ。ですが、あえてそうなさっていたのではありませんの?」

 こうして直接顔を合わせるのは今日で四回目だが、噂で聞いていたほど女性にだらしないようには見えなかった。女性の扱いに手慣れているのは間違いないが、あえてそうしているように思えて仕方がない。そう思う確信めいたものがオペラの中にはあった。ただ、どうして確信できるのかはわからないままだ。

「やはりオペラ嬢はすばらしい女性だ」

 緑眼を細めながらじっとオペラを見つめる。

「きみは王太子妃候補になるほどの令嬢だ。家柄も才能も容姿もすべて兼ね備えてる。完璧な淑女と言われるのも納得できる。それほどの女性だからこそ僕が求婚したとは考えないところも以前と変わらない」

 向かい側に座るグラニーテ公が少し身を乗り出しオペラの手を取った。そうして「僕は何度でもきみに求婚するよ。そのくらいオペラ嬢は魅力的だ」と告げた。熱い眼差しを向けるグラニーテ公をしばらく見つめ返したオペラは、ゆっくりと手を引くと両手を膝に乗せた。そうして背筋をピンと伸ばし許嫁を見る。

「わたくしへの求婚は、神様に五度目だとお答えになったことが関係していると考えてもよろしいのでしょうか」

 馬車の中に静寂が流れた。整えられた道を歩く馬の蹄と、時々欠けた石畳にぶつかるのか車輪が立てるゴトンという音が響く。

「きみは何度巡り会ってもすばらしい女性だね」
「何度とおっしゃるのは……わたくしはこれまでに五度、ボンボール公にお目にかかった、そう考えてもよろしいのでしょうか」

 実際に顔を合わせたのは今回で四回目だが、そういう次元の話ではないに違いない。何かしらが五度目を迎え、だからこそ神はあのような表情を浮かべた。そしてグラニーテ公は神を相手にしているとは思えない態度を見せた。

(お二人はまるで旧知の仲といった様子だったわ)

 そう見えるほどの関係性ということだ。

「きみはどのときも聡く、そして強い女性だ。そんなきみには何度も惹かれ、きみを想う気持ちも再会するたびに強くなる」
「……どういうことか、お聞かせくださいますわね」

 グラニーテ公が「そうだね」とつぶやき、わずかに遠い目をした。

「一度目のとき、僕ときみはいまと同じ婚約者だったんだよ」
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