俺の愛しい狼

朏猫(ミカヅキネコ)

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3 狼と暮らす3

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 覆い被さるように抱きしめられキスをされた。ピチャピチャと音を立てながら何度もキスを交わす。舌をねぶられガジガジと甘噛みされ、あふれそうになる二人分の唾液を嚥下するまで貪られた。
 甘くていやらしいキスの合間に見たジンは、行為に夢中になっている様子だった。それなのに潤んだ目は必死に謝っているように見える。

「ジン、ちょっと待て、」

 キスの合間にストップをかけると、大きな体を大袈裟に震わせてピタリと動きを止めた。

(そういう表情も悪くはないけどさ)

 泣きそうに眉を下げている顔は可愛いと思う。だけど「なんで申し訳なさそうな顔してんだよ」と少しだけイラッとした。

「ジン、なんでそんな顔するんだよ」
「だって……」
「俺もおまえが好きだって言ってんだろ? それでおまえも俺のことが好きなら、何も問題ないだろうが」
「……でも」
「好きあう者同士がキスしたりその先をしたくなるなんて普通のことだ。なのにおまえのその顔、何だよ。謝ってるみたいな顔されたら萎える」

 そう言うと、男らしい顔がますます泣きそうに歪む。

「それとも何か? やっぱり俺とはそういうことはしたくないってことか?」
「違う! そんなこと絶対に思わない!」
「じゃ、何の問題もないだろ?」

 そう言ってもジンの眉はへにゃっとしたままだ。

「なんだよ、何か言いたいことがあるならはっきり言えよ」

 太腿に当たっている硬いモノがジンの正直な気持ちを伝えているのはわかっている。だったらどうして泣きそうな、それにつらそうな顔でキスをするんだとモヤモヤした。

「……俺は狼だから、一度つがいになった相手とは一生添い遂げたい」

 また狼の話か。俺はジンを狼だなんて思っていなかったが、おとなしく話を聞くことにした。

「狼はつがいに対する愛情がとても強いんだ。一生つがいのことしか愛さないし、絶対に離れたりしない。それに何があっても絶対に守る。もしつがいが誰かに何かされたりしたら相手を殺すことだっていとわない。それくらい狼のつがいへの気持ちは強くて深いんだ」

 潤んでいる目が静かに閉じた。そうして再び開いたジンの目は、なぜか灰褐色ではなく琥珀色に見えた。その目がじっと俺を見つめている。

「俺はカグヤのことをつがいだと認識したから、こうして発情した。このまま体を重ねれば俺は間違いなくカグヤをつがいにする。一度つがいになったら……二度と離してやれなくなる」

(つがい)


 聞き慣れない言葉だが、話の内容からして夫婦みたいなものを指しているんだろう。ということは、ジンは恋人をすっ飛ばして夫婦みたいな感情を俺に抱いていると言いたいのだろうか。

(なんて言うか、えらく情熱的な国から流れてきたんだな)

 単純にそう思った。そういう国か地域で生まれ育ったに違いない。
 この世界は見た目や言葉ではその人のルーツがどこなのかわからなくなって久しい。だから人は流れ者にも寛容で、そして誰の祖先でも同じように大事に思う。この島の人たちもそうして生きている。
 そんな世の中でも「自分は狼だ」なんて言う奴はまずいない。だけどジンは心の底からそう思っているらしい。そんなジンが真剣に話してくれたことを馬鹿にしたりはしない。本人がそう信じているならそうなんだろうし、それで悩んでいるなら本人にとっては重要なことに違いないからだ。
 ジンの言っている意味を正確に理解したわけじゃない。それでも一度恋人になったらとことん離さないと言いたいのだろうと理解した。そういう気持ちは重くて嫌われるんじゃないかと気にしているのだと考えた。

(大きな体なのに小さいこと気にしやがって)

 家族のいない俺にとって、そんなことを言ってくれるのはジンくらいだ。そこまで思ってもらえるなんて恋人冥利に尽きるし、むしろドンと来いと受け止めたくなる。ちょっと変わったところはあるものの、そういうところも引っくるめて惹かれた。そのうえここまで情熱的に好かれているなんて、これほど嬉しいことはない。

「奇遇だな、俺も結婚したら死ぬまで添い遂げたいと思う性格なんだ。浮気はしないし浮気されるのも大嫌いだ。それに好きな奴を命を賭けて守りたいって気持ちもよくわかる。俺だって男だからな」

 俺の言葉をジンは微動だにせず聞いていた。まるでひと言も聞き漏らさないようにと全神経を集中させているかのような姿に、やっぱり可愛い奴だなと思う。

「俺のことをそこまで思ってくれるなんて、むしろ嬉しいだけだろ」

 ジンの目が大きく見開かれた。

(何をそんなに驚いてんだか)

 そもそも好意を持っていなければ毎晩キスして抱きしめられながら寝たりはしない。それなのに、ジンは俺の気持ちに微塵も気づいていなかったということだ。そういうところもジンらしいなと思った。

「二度と離してあげられなくなるよ? 俺のそばに縛りつけて、どんなに嫌がっても泣いても、絶対に手放してやらないってことだよ?」
「そんなジンも俺は好きだよ」

 俺の言葉に一瞬泣きそうな顔をしたジンがふわりと笑う。

「ありがとう」

 囁くように告げられた言葉は少し震えていた。そんなジンが愛おしくて包み込むようにギュッと抱きしめる。
 その後、俺たちは何度もキスをした。唇が痺れても息が苦しくなってもキスを続けた。そうしながらジンは俺のパジャマを脱がし、そうして深いところで交わった。最初はゆっくりと優しく、俺を傷つけないように渾身の気力で我慢しながら動いていたんだとわかったのは二度目のときだった。

(普段のジンからは想像できないくらい情熱的だった)

 思わずそんな感想を抱くような行為だった。男となんて初めての俺があんなに快感を感じることができたのも、そのおかげだったに違いない。思わずそんなことを思ってしまうくらい……まぁ、よかったわけだ。

(結局、何回やったのかわかんねぇな)

 四回目、いや五回目までは意識があった気がする。俺がもう何も吐き出せない状態になってもジンはやめなかった。最後は全身を震わせる俺を抱きしめながら、それでもまだ突っ込まれていたような気がする。
 そのまま気絶するように眠った俺は、そのまま本当に気絶していたらしい。目が覚めたのは翌日の夕方で、瞼を開いた俺にジンは泣きそうな顔で「よかった」と声を上げた。

「本当にごめん。発情してる間は自分でもその、いろいろ抑えられないんだ」

 目の前で大きな男が体を小さくしながら謝っている。それに苦笑しながら「いいよ」と返事をするのはもう何度目だろう。
 腰が抜けている俺は、すっかりベッドの住人になっていた。トイレに行くにもジンの手を借りないといけない具合で、そのたびにジンは泣きそうな顔をしながら謝っている。

「ジンだけのせいじゃないだろ? 合意の上だったんだし、それにまぁ、そのなんだ、俺も気持ちよくて止められなかったわけだし」
「カグヤ……!」

 大きな男に覆い被さられて一瞬息が詰まった。

「ちょ、重い、重いって!」
「ご、ごめん」
「頼むから押し潰さないでくれよな。それはそうと……発情ってやつは収まったのか?」

 たしか一週間くらい続くと言っていたはずだが、いまのジンはいつもと変わらないように見える。丸一日シていたとは言え、それで収まったのだろうか。

(まぁ、丸一日やり続けるってのもどうかと思うけど)

 いくら性欲が強いやつだって一日中は無理なはずだ。そう思うと、自分を狼だと言うジンの言葉もあながち嘘じゃないのかもな、なんてことを思いたくなる。

「うん、もう大丈夫。狼はつがいと交わると早く発情が収まるんだ。個体差はあるけど俺の場合は初めての発情だったし、もしかしたら短いほうなのかもしれない」
「そっか」
「カグヤ、ありがとう」
「何がだよ」
「俺を受け入れてくれて、俺とつがいになってくれてありがとう。俺、一生大事にするからね」

 ふわりと笑うジンの様子に胸がじわっと熱くなった。同時に体の奥底が疼くようなおかしな感覚に気づく。そのせいか散々シまくったはずの股間がじわりと熱を帯び始めた。

(あれだけシたってのに、これじゃ性欲旺盛なガキみたいだな)

 自分の現状に思わずそう突っ込んでしまった。
 こうしてにわか雨スコールの日に拾った自称狼のジンと俺は恋人に、いや家族のような関係になった。
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