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19 Ωの自覚1
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「それとも、泣けないほどの威嚇のほうがいいか?」
ノアール殿下の低い声が僕の鼓膜をも震え上がらせた。表情は普段と変わらないように見えるが、声色はいつもとまったく違っている。
(だからこそ空恐ろしいというか……)
得体の知れない雰囲気なのに、普段と同じ無表情のままというのが恐ろしい。造形美がすぎると恐怖に繋がるのだと実感したくらいだ。
「やれやれ。まさか本気だったとはな」
「何がだ」
「こちらのΩ王子のことだよ。初めて連れ込んだΩが男だと聞いたときは耳を疑ったものだが、どうやら間違いじゃなかったみたいだな」
ヴィオレッティ殿下が、降参を示すように両手を軽く上げながらノアール殿下を振り返った。それを見たノアール殿下は眉をひそめている。おそらく、妙な笑顔を浮かべているヴィオレッティ殿下を訝しんでいるのだろう。
「どういうことだ?」
「ようやくαらしくなってきたなと思って、うれし涙が出そうだって話だ。あぁ、そういう意味では泣かされたということになるか」
「ふざけるな」
「ふざけてはないさ。おまえのことは気に入らないが、王太子だからな。おまえにはこの国の未来がかかっている。αの王として頂点に君臨してもらわないと、俺としても困るんだ。もっとも優秀なαが絶対的君主としてしっかり立ってくれなきゃ、足元からぐらついて面倒なことが起きてしまうだろう? 俺は面倒事に巻き込まれるのが大嫌いなんでな」
「……」
「それに、おまえだって気づいているはずだ。いい加減、腹をくくったらどうなんだ?」
ヴィオレッティ殿下がいまどういう表情をしているのか、残念ながら僕からは見ることができない。ただ、国を憂う者としてまっとうなことを話しているように聞こえる。
一方、ノアール殿下のほうはますます眉をひそめていた。険しいというほどではないが、何かを考えているといった雰囲気だ。
「それより、本気なんだとしたら、こうも自由にさせておくのはどうかと思うぞ? それに……」
ヴィオレッティ殿下がくるりと僕のほうを見た。そうしてスッと伸ばした指を先ほどのように首筋に近づけてくる。
得体の知れない恐怖を思い出した僕は、慌てて後ろに飛び退いた。このとき初めて体が自由に動くようになっていることに気がついた。
(……さっきまで、動かそうとしても自由にならなかったのに)
もしかして、あの熱風のようなもので体が解凍されたということだろうか。「まるで冷凍された魚か何かになった気分だな」などとどうでもいいことを考えていると、「ヴィオ」という鋭い声が聞こえて肩がブルッと震えた。
「おっと、触れてはいないからな?」
真っ直ぐ伸ばされていたヴィオレッティ殿下の手が離れていく。それにホッとしつつ、二人の様子に目を向けた。
もし揉め事に発展しそうなら、この場を後にしたほうがいい。いくら僕が王太子妃候補だったとしても、大国の内情に関わるような場面に同席するわけにはいかないからだ。元王太子としてそう思いながら様子を窺ってみるが、二人の表情を見る限り揉めているようには見えない。
(いまのいままで、相当険悪な雰囲気だったのにな……)
ノアール殿下の表情は険しいが、現れたときのような威圧感は感じられない。ヴィオレッティ殿下にしても、挑発するような様子は見られなかった。
「そんなに威嚇するくらいなら、首飾りでも贈ってやればいいだろう。いくら男のΩだと言っても、首を晒したままなんてどうかしているぞ」
「おまえに言われなくてもわかっている」
「まぁ、いろいろ慮ってのことなんだろうが、ときにその優しさは命取りになる。すでに接触されていることにも気づいているはずだ」
「……」
「それにな、おまえさんはわかっているとして、……こちらの王子様は何もわかっていないんじゃないか? これじゃあ『噛んでいいですよ』と言ってるようなものだ」
どうやら噛むという行為について話しているようだが、僕には何のことかさっぱり理解できない。それよりも、ノアール殿下の表情が変わったことのほうが気になった。
少し前までヴィオレッティ殿下に向いていた険しい眼差しが、なぜかいまは僕へと向けられている。……もしかしなくても、僕は何かとんでもないことをしでかしているのだろうか。
「さて、俺は退散することにしよう。これでも愛する妃二人の相手をするのに忙しい身だからな」
「それなら僕にちょっかいをかけるな!」と言いたかったが、ノアール殿下の手前、さすがに口にするわけにはいかない。そんな僕に「Ωなんだからもっと気をつけるんだな」と言いながら、ヴィオレッティ殿下がニヤッと笑った。
「俺は優しいからこの程度で済んだが、αが本気を出せばもっとひどい目にあうぞ?」
(それをあなたが言いますか!)
そう思ってキッと睨んだ僕に、再びニヤッと笑ったヴィオレッティ殿下はヒラヒラと手を振りながら部屋を出て行った。「一体なんだったんだ」と思いながらノアール殿下に視線を移すと、眉を寄せながら何か考え込んでいる。
(怒っているようには見えないが……いや、最初はたしかに怒っていた)
その原因であろうヴィオレッティ殿下のことは、油断した僕にも責任がある。早く謝ったほうがいいだろうと思い、殿下に少し近づいてから「ありがとうございました」と謝意を口にした。続けて「申し訳ありません」と頭を下げる。
「……何がだ」
「ヴィオレッティ殿下を近づけさせてしまったのは、僕の落ち度です。今後は気をつけるようにします」
「気をつけたところで、ヴィオレッティが言ったとおりαが本気を出せばΩである貴殿は何もできない」
「たしかに、そうかもしれませんが……」
「αの威嚇に晒されたΩは、αの所有物にされるしかない」
「αの、威嚇……?」
そういえば、先ほどヴィオレッティ殿下も同じことを言っていた。威嚇というのは、もしや獣が行うあの威嚇のことだろうか。「それじゃあ、αのほうが珍獣みたいだな」と思っていた僕に、ノアール殿下が「まさか、威嚇を知らないのか?」と尋ねてきた。
「あの、威嚇とは……?」
僕の問いかけに、ノアール殿下はなぜか大きなため息をついた。
ノアール殿下の低い声が僕の鼓膜をも震え上がらせた。表情は普段と変わらないように見えるが、声色はいつもとまったく違っている。
(だからこそ空恐ろしいというか……)
得体の知れない雰囲気なのに、普段と同じ無表情のままというのが恐ろしい。造形美がすぎると恐怖に繋がるのだと実感したくらいだ。
「やれやれ。まさか本気だったとはな」
「何がだ」
「こちらのΩ王子のことだよ。初めて連れ込んだΩが男だと聞いたときは耳を疑ったものだが、どうやら間違いじゃなかったみたいだな」
ヴィオレッティ殿下が、降参を示すように両手を軽く上げながらノアール殿下を振り返った。それを見たノアール殿下は眉をひそめている。おそらく、妙な笑顔を浮かべているヴィオレッティ殿下を訝しんでいるのだろう。
「どういうことだ?」
「ようやくαらしくなってきたなと思って、うれし涙が出そうだって話だ。あぁ、そういう意味では泣かされたということになるか」
「ふざけるな」
「ふざけてはないさ。おまえのことは気に入らないが、王太子だからな。おまえにはこの国の未来がかかっている。αの王として頂点に君臨してもらわないと、俺としても困るんだ。もっとも優秀なαが絶対的君主としてしっかり立ってくれなきゃ、足元からぐらついて面倒なことが起きてしまうだろう? 俺は面倒事に巻き込まれるのが大嫌いなんでな」
「……」
「それに、おまえだって気づいているはずだ。いい加減、腹をくくったらどうなんだ?」
ヴィオレッティ殿下がいまどういう表情をしているのか、残念ながら僕からは見ることができない。ただ、国を憂う者としてまっとうなことを話しているように聞こえる。
一方、ノアール殿下のほうはますます眉をひそめていた。険しいというほどではないが、何かを考えているといった雰囲気だ。
「それより、本気なんだとしたら、こうも自由にさせておくのはどうかと思うぞ? それに……」
ヴィオレッティ殿下がくるりと僕のほうを見た。そうしてスッと伸ばした指を先ほどのように首筋に近づけてくる。
得体の知れない恐怖を思い出した僕は、慌てて後ろに飛び退いた。このとき初めて体が自由に動くようになっていることに気がついた。
(……さっきまで、動かそうとしても自由にならなかったのに)
もしかして、あの熱風のようなもので体が解凍されたということだろうか。「まるで冷凍された魚か何かになった気分だな」などとどうでもいいことを考えていると、「ヴィオ」という鋭い声が聞こえて肩がブルッと震えた。
「おっと、触れてはいないからな?」
真っ直ぐ伸ばされていたヴィオレッティ殿下の手が離れていく。それにホッとしつつ、二人の様子に目を向けた。
もし揉め事に発展しそうなら、この場を後にしたほうがいい。いくら僕が王太子妃候補だったとしても、大国の内情に関わるような場面に同席するわけにはいかないからだ。元王太子としてそう思いながら様子を窺ってみるが、二人の表情を見る限り揉めているようには見えない。
(いまのいままで、相当険悪な雰囲気だったのにな……)
ノアール殿下の表情は険しいが、現れたときのような威圧感は感じられない。ヴィオレッティ殿下にしても、挑発するような様子は見られなかった。
「そんなに威嚇するくらいなら、首飾りでも贈ってやればいいだろう。いくら男のΩだと言っても、首を晒したままなんてどうかしているぞ」
「おまえに言われなくてもわかっている」
「まぁ、いろいろ慮ってのことなんだろうが、ときにその優しさは命取りになる。すでに接触されていることにも気づいているはずだ」
「……」
「それにな、おまえさんはわかっているとして、……こちらの王子様は何もわかっていないんじゃないか? これじゃあ『噛んでいいですよ』と言ってるようなものだ」
どうやら噛むという行為について話しているようだが、僕には何のことかさっぱり理解できない。それよりも、ノアール殿下の表情が変わったことのほうが気になった。
少し前までヴィオレッティ殿下に向いていた険しい眼差しが、なぜかいまは僕へと向けられている。……もしかしなくても、僕は何かとんでもないことをしでかしているのだろうか。
「さて、俺は退散することにしよう。これでも愛する妃二人の相手をするのに忙しい身だからな」
「それなら僕にちょっかいをかけるな!」と言いたかったが、ノアール殿下の手前、さすがに口にするわけにはいかない。そんな僕に「Ωなんだからもっと気をつけるんだな」と言いながら、ヴィオレッティ殿下がニヤッと笑った。
「俺は優しいからこの程度で済んだが、αが本気を出せばもっとひどい目にあうぞ?」
(それをあなたが言いますか!)
そう思ってキッと睨んだ僕に、再びニヤッと笑ったヴィオレッティ殿下はヒラヒラと手を振りながら部屋を出て行った。「一体なんだったんだ」と思いながらノアール殿下に視線を移すと、眉を寄せながら何か考え込んでいる。
(怒っているようには見えないが……いや、最初はたしかに怒っていた)
その原因であろうヴィオレッティ殿下のことは、油断した僕にも責任がある。早く謝ったほうがいいだろうと思い、殿下に少し近づいてから「ありがとうございました」と謝意を口にした。続けて「申し訳ありません」と頭を下げる。
「……何がだ」
「ヴィオレッティ殿下を近づけさせてしまったのは、僕の落ち度です。今後は気をつけるようにします」
「気をつけたところで、ヴィオレッティが言ったとおりαが本気を出せばΩである貴殿は何もできない」
「たしかに、そうかもしれませんが……」
「αの威嚇に晒されたΩは、αの所有物にされるしかない」
「αの、威嚇……?」
そういえば、先ほどヴィオレッティ殿下も同じことを言っていた。威嚇というのは、もしや獣が行うあの威嚇のことだろうか。「それじゃあ、αのほうが珍獣みたいだな」と思っていた僕に、ノアール殿下が「まさか、威嚇を知らないのか?」と尋ねてきた。
「あの、威嚇とは……?」
僕の問いかけに、ノアール殿下はなぜか大きなため息をついた。
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