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5 敗者と勝者の再会
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その日は珍しく昼食後の食器を片付ける侍女と一緒に執事がやって来た。執事が来るのはいつも朝だけで、初日の夜、水回りの説明に来た以外では初めてのことだ。
「主がお会いになりたいと申しております」
「えっ?」
鼓動がドクンと跳ねた。将軍と会える……息を呑んだところでヨシュアがじっとこちらを見ていることに気がついた。慌てて背筋を正しながら「わかった」と答える。
「お部屋までご案内いたします。どうぞこちらへ」
努めてゆっくりと頷き返し、立ち上がりながら「冷静に、冷静に」と何度も心の中で言い聞かせた。それでもやや急ぎ足でヨシュアの前を通り過ぎようとしたところで口元が動いていることに気がついた。一瞬目があったもののすぐに視線を逸らし、執事の背中を追うように廊下に出る。
(わかっている)
声こそ聞こえなかったもののヨシュアの唇は「お忘れなきように」と言っていた。もちろん立場を忘れることはないが、それでも憧れてやまない将軍に会えるのだと思うと気が急いて仕方がない。
早くと焦るような気持ちと「どうしよう」という緊張が絡み合う。廊下を進むにつれてドクドクと鼓動が速くなり手足が痺れてきた。しばらく進むと執事が立派な扉の前で止まった。この先に将軍がいる……そう思うだけで緊張が頂点に達する。
トントン。
扉を叩く音の直後、「入れ」というくぐもった声が聞こえた。間違いない、この声はあの日砦のような屋敷で聞いた声だ。緊張から正面を見ることができず、少し視線を落としたまま部屋に入る。
「お連れいたしました」
「あとは俺がやる」
「承知いたしました」
先導していた執事が部屋を出て行った。扉が閉まる音を聞いてからゆっくりと視線を上げる。
窓際に大きな人影があった。窓から差し込む光に神々しささえ感じながらパチパチと目を瞬かせる。
(……なんて大きいのだろう……)
初めて見たときも驚いたが、大人になってもなお大きく感じる体に呆気にとられた。剣の鍛錬を続けたおかげでそれなりの体格になったと思っていたが、今の自分でも将軍の肩ほどしか背丈がないように見える。
(ということは、将軍は二メートル、いやそれ以上あるということか)
将軍がゆっくりと近づいてくる。影になっていた顔が段々とはっきり見えてきた。
(あぁ、あのとき見た将軍のままだ)
くすんだ銀髪は記憶のままで、しかし二十年前と違い後ろに撫でつけられていた。はしばみ色の瞳は変わらず凛々しいが、左頬に線状の傷痕があることには初めて気がついた。その傷さえも将軍の勲章のように見えて胸が高鳴る。
気がつけば我を忘れたように見惚れていた。記憶の中にある将軍よりずっと美しく見えるのはどうしてだろう。それに二十年経ったとは思えないほど若々しく見える。
「殿下」
低く艶やかな声も耳に心地いい。
「殿下」
再度呼びかけられてハッと我に返った。惚けていたのが恥ずかしくて「は、はい」と慌てて返事をする。
「ソファへどうぞ」
「ありがとう、ございます」
緊張が蘇ったからか返事がぎこちない。そんな自分に気づいたのか、将軍が優しい声で「困ったことはありませんか?」と尋ねてきた。
「い、いいえ」
動悸をうるさく感じながらそう答えると、「それはよかった」と言いながら将軍がポットに手を伸ばした。そのまま蓋を取って中身を確認し、今度はワゴンの上でカップの用意を始める。
「まさか」
つぶやいた声が聞こえたのか将軍が振り返った。
「どうかしましたか?」
「あっ、いえ」
そう答えつつ内心ひどく驚いていた。
(まさか将軍みずからお茶を用意するのか?)
メレキアでは考えられないことだ。王子でなくなった自分にさえ世話係がついていたほどで、メレキアでは王族も貴族も自分でお茶を用意することはない。将軍は公爵位を持つ貴族のはずだが誰かに用意させたりしないのだろうか。
「得意というほどではありませんが、殿下の口を汚すほどではないと自負しております」
そう言いながら将軍がこちらを見た。手にはソーサーに載ったカップがあり、それを自然な仕草でテーブルに置く。
(将軍自ら淹れてくれたお茶……)
漂う華やかな香りは花のような芳しさで、おそらくハーブティーの一種だろう。
(飲んでもいいのだろうか)
緊張して手が震えそうだ。だが、このまま口を付けないのは失礼になる。汗ばんだ手を伸ばし、ゆっくりとカップを口に近づけた。一口飲むと最初に感じたのは華やかな花の香りだった。上品な甘さの奥にかすかだが酸味のようなものも感じる。それが絶妙な具合で、思わず「おいしい」と感想がこぼれていた。
「お口に合ったようで安心しました」
向かい側に座った将軍が微笑んでいる。初めて見る表情に鼓動がトクンと跳ねた。ずっと憧れてきた人が目の前にいる。その人が淹れてくれたお茶を飲んでいる。まるで夢のような出来事に体がふわふわしてきた。
「武人であるわたし自らお茶の用意をするのが不思議ですか?」
不作法なほど見つめていたことに気づき、慌てて「いえ、そういうわけでは」と答えたものの、うまい言葉が見つからなくて言いよどむ。
「わたしのような無骨な男が侍女の真似事など、殿下からしてみれば見苦しいだけでしょう」
「そ、そのようなことは決して……。ただ将軍という立場の方が手ずから、というのは初めてで、その、少し驚いてしまいました」
「殿下は正直でいらっしゃる」
喉を鳴らすように将軍がクックッと笑った。途端に厳しく見える顔が人懐っこく感じられてドキッとする。
(将軍はこうした表情も浮かべるのか)
想像とはまったく違う“実在する将軍”の姿から目が離せない。こうして言葉を交わしていることに興奮している自分を感じながら将軍を見つめた。
「元は平民ですから、身の回りのことは今でも大抵自分でやってしまうのです。おかげで戦場で困ることはありませんが」
平民……? 聞こえてきた言葉に思わず「えっ?」と声を漏らしてしまった。ディエイガー将軍の活躍はメレキアでもよく耳にしたが、その中に平民出身だという話はなかった。
聞こえてくるのは武勇伝ばかりで、たしか母親も将軍を務めるほどの人物だったと聞いている。父親は国王の実弟で、それとは関係なく王の信頼が厚いという話もあった。だから自分もこうして預けられたのだろう。とくに有名なのが大陸一の武人という話で、いずれの国でも戦神の化身と言われ人どころか魔獣さえ敵わないとまで言われていた。
「確かにわたしは公爵位を持ちますが、この爵位は世襲ではありません」
「そうなのですか?」
「はい。我が国には赤旗と呼ばれる武人だけに与えられる身分があります。わたしはその赤旗公爵を与えられた一代限りの公爵なのです」
「せっき……」
「赤い旗と書きますが、その昔、大地に降り立った戦神が敵を打ち払った際に掲げた旗が敵の血に染まって真っ赤になった、という逸話から取ったものです」
まさに武人の国といった話にため息が漏れた。メレキアでは他国に伝わる神々の話までは学ぶことがなく、戦神も荒々しい武人を守護する神という認識しかない。
「それに母も平民の出でしたから、子どもの頃からなんでも自分でやるように言われて育ちました。こうして大きな屋敷に住んでいても根は変わらないということです」
「そうだったのですか」
公爵家の屋敷にしては派手なものが見当たらないのは、そうした生い立ちが関係しているのだろう。この部屋もかなり広いが無駄な調度品は一切なく、テーブルもソファも茶器も公爵家にあるものとしては華やかさが感じられない。
(だが、それがとても心地いい)
神殿での環境に似ているからだろうか。それにどの調度品からも長年大切に使われてきただろうことが感じられる。こうしたところにも将軍の人柄が見て取れた。
(わたしも華美な部屋は苦手だから落ち着く)
神殿ではもっと広い部屋を使うようにと何度も言われたが、自分で管理できる比較的狭い部屋を選んだ。調度品もできるだけ少なくした。本当なら世話係もいらなかったのだが、それは神殿として困ると言われ渋々受け入れた。おそらく元王子をぞんざいに扱っているという噂を立てられたくなかったのだろう。
(将軍はわたしと好みが似ているのかもしれない)
そんなことを思い、気恥ずかしくなった。それでも憧れていた人に近づけた気がして心が弾む。剣の腕はほど遠くても、どこか繋がっているところがあるのだと思うだけで胸がジンとした。
(しかも将軍が住んでいる屋敷で過ごせるなんて……)
そういえば家族はどうしているのだろうか。ここが本邸だとしたら公爵夫人や子どもがいるはずで、自分のような捕虜と同じ屋敷にいることを快く思っていないのではないだろうか。
(尋ねてたほうがよいだろうか)
もし家族が不快に感じているなら別の場所に移してもらったほうがいい。将軍と離れてしまうのは名残惜しいが、こうして直接言葉を交わせただけで十分だ。
「あの、わたしが屋敷にいても大丈夫なのでしょうか?」
「どういう意味です?」
「わたしは捕虜です。そんな男が王命とはいえ屋敷にいるのは公爵夫人にとって不快ではないかと……」
「それならお気になさらず。わたしに妻はおりません」
「えっ?」
「驚かれましたか」
眉尻を下げ、苦笑いを浮かべた将軍が言葉を続けた。
「若い頃から戦場か訓練場にばかりいたせいで、すっかり婚期を逃してしまいました。そもそもこのようにいかつい見た目では若い女性に怖がられてしまいます。それに公爵位と言えども世襲でもない平民出身のわたしに嫁ぎたいと思う女性などいないでしょう」
「そんなこと、」
「気を遣っていただかなくてもいいですよ」
「気を遣おうなどと思っていません。将軍はアトレテスの英雄だと聞いています。その剣技は戦神そのものだと。実際に目にしたことはありませんが、わたしは将軍のようになりたくて剣の鍛錬に励んできました。そんな将軍を敬遠する女性がどこにいるでしょう」
思わず一気にそう口にしていた。自分を見るはしばみ色の目がわずかに見開いていることに気づいてハッとする。
(今のはまるで告白のようではないか)
恥ずかしいことをしてしまった。慌てて視線を逸らすと「殿下にそう言っていただけるとは光栄の極みです」と柔らかい将軍の声が返ってくる。
「しばらく忙しくしていましたが、ようやくすべての処理が終わりました。これからは殿下のお相手をできるだけ務めるようにしましょう」
続いた言葉に慌てて視線を戻した。
「そのために御身お預かりしたのです」
どういう意味だろうか。メレキアとの併合に利用できると考えて捕虜にしたのではないのだろうか。真意がわからずじっと見つめると、「なるほど」とつぶやくように将軍が息を漏らした。
「陛下の判断は正しかったということか」
「それはどういう……?」
「いえ、こちらの話です。毎日副官と過ごすのも飽きてきたのではありませんか? これからはわたしも殿下の話し相手を務めるようにしましょう」
はしばみ色の瞳が微笑むように細くなった。それだけで鼓動がトクンと跳ねる。
「よろしくお願いします」
気がつけばそんな言葉が口から出ていた。
「主がお会いになりたいと申しております」
「えっ?」
鼓動がドクンと跳ねた。将軍と会える……息を呑んだところでヨシュアがじっとこちらを見ていることに気がついた。慌てて背筋を正しながら「わかった」と答える。
「お部屋までご案内いたします。どうぞこちらへ」
努めてゆっくりと頷き返し、立ち上がりながら「冷静に、冷静に」と何度も心の中で言い聞かせた。それでもやや急ぎ足でヨシュアの前を通り過ぎようとしたところで口元が動いていることに気がついた。一瞬目があったもののすぐに視線を逸らし、執事の背中を追うように廊下に出る。
(わかっている)
声こそ聞こえなかったもののヨシュアの唇は「お忘れなきように」と言っていた。もちろん立場を忘れることはないが、それでも憧れてやまない将軍に会えるのだと思うと気が急いて仕方がない。
早くと焦るような気持ちと「どうしよう」という緊張が絡み合う。廊下を進むにつれてドクドクと鼓動が速くなり手足が痺れてきた。しばらく進むと執事が立派な扉の前で止まった。この先に将軍がいる……そう思うだけで緊張が頂点に達する。
トントン。
扉を叩く音の直後、「入れ」というくぐもった声が聞こえた。間違いない、この声はあの日砦のような屋敷で聞いた声だ。緊張から正面を見ることができず、少し視線を落としたまま部屋に入る。
「お連れいたしました」
「あとは俺がやる」
「承知いたしました」
先導していた執事が部屋を出て行った。扉が閉まる音を聞いてからゆっくりと視線を上げる。
窓際に大きな人影があった。窓から差し込む光に神々しささえ感じながらパチパチと目を瞬かせる。
(……なんて大きいのだろう……)
初めて見たときも驚いたが、大人になってもなお大きく感じる体に呆気にとられた。剣の鍛錬を続けたおかげでそれなりの体格になったと思っていたが、今の自分でも将軍の肩ほどしか背丈がないように見える。
(ということは、将軍は二メートル、いやそれ以上あるということか)
将軍がゆっくりと近づいてくる。影になっていた顔が段々とはっきり見えてきた。
(あぁ、あのとき見た将軍のままだ)
くすんだ銀髪は記憶のままで、しかし二十年前と違い後ろに撫でつけられていた。はしばみ色の瞳は変わらず凛々しいが、左頬に線状の傷痕があることには初めて気がついた。その傷さえも将軍の勲章のように見えて胸が高鳴る。
気がつけば我を忘れたように見惚れていた。記憶の中にある将軍よりずっと美しく見えるのはどうしてだろう。それに二十年経ったとは思えないほど若々しく見える。
「殿下」
低く艶やかな声も耳に心地いい。
「殿下」
再度呼びかけられてハッと我に返った。惚けていたのが恥ずかしくて「は、はい」と慌てて返事をする。
「ソファへどうぞ」
「ありがとう、ございます」
緊張が蘇ったからか返事がぎこちない。そんな自分に気づいたのか、将軍が優しい声で「困ったことはありませんか?」と尋ねてきた。
「い、いいえ」
動悸をうるさく感じながらそう答えると、「それはよかった」と言いながら将軍がポットに手を伸ばした。そのまま蓋を取って中身を確認し、今度はワゴンの上でカップの用意を始める。
「まさか」
つぶやいた声が聞こえたのか将軍が振り返った。
「どうかしましたか?」
「あっ、いえ」
そう答えつつ内心ひどく驚いていた。
(まさか将軍みずからお茶を用意するのか?)
メレキアでは考えられないことだ。王子でなくなった自分にさえ世話係がついていたほどで、メレキアでは王族も貴族も自分でお茶を用意することはない。将軍は公爵位を持つ貴族のはずだが誰かに用意させたりしないのだろうか。
「得意というほどではありませんが、殿下の口を汚すほどではないと自負しております」
そう言いながら将軍がこちらを見た。手にはソーサーに載ったカップがあり、それを自然な仕草でテーブルに置く。
(将軍自ら淹れてくれたお茶……)
漂う華やかな香りは花のような芳しさで、おそらくハーブティーの一種だろう。
(飲んでもいいのだろうか)
緊張して手が震えそうだ。だが、このまま口を付けないのは失礼になる。汗ばんだ手を伸ばし、ゆっくりとカップを口に近づけた。一口飲むと最初に感じたのは華やかな花の香りだった。上品な甘さの奥にかすかだが酸味のようなものも感じる。それが絶妙な具合で、思わず「おいしい」と感想がこぼれていた。
「お口に合ったようで安心しました」
向かい側に座った将軍が微笑んでいる。初めて見る表情に鼓動がトクンと跳ねた。ずっと憧れてきた人が目の前にいる。その人が淹れてくれたお茶を飲んでいる。まるで夢のような出来事に体がふわふわしてきた。
「武人であるわたし自らお茶の用意をするのが不思議ですか?」
不作法なほど見つめていたことに気づき、慌てて「いえ、そういうわけでは」と答えたものの、うまい言葉が見つからなくて言いよどむ。
「わたしのような無骨な男が侍女の真似事など、殿下からしてみれば見苦しいだけでしょう」
「そ、そのようなことは決して……。ただ将軍という立場の方が手ずから、というのは初めてで、その、少し驚いてしまいました」
「殿下は正直でいらっしゃる」
喉を鳴らすように将軍がクックッと笑った。途端に厳しく見える顔が人懐っこく感じられてドキッとする。
(将軍はこうした表情も浮かべるのか)
想像とはまったく違う“実在する将軍”の姿から目が離せない。こうして言葉を交わしていることに興奮している自分を感じながら将軍を見つめた。
「元は平民ですから、身の回りのことは今でも大抵自分でやってしまうのです。おかげで戦場で困ることはありませんが」
平民……? 聞こえてきた言葉に思わず「えっ?」と声を漏らしてしまった。ディエイガー将軍の活躍はメレキアでもよく耳にしたが、その中に平民出身だという話はなかった。
聞こえてくるのは武勇伝ばかりで、たしか母親も将軍を務めるほどの人物だったと聞いている。父親は国王の実弟で、それとは関係なく王の信頼が厚いという話もあった。だから自分もこうして預けられたのだろう。とくに有名なのが大陸一の武人という話で、いずれの国でも戦神の化身と言われ人どころか魔獣さえ敵わないとまで言われていた。
「確かにわたしは公爵位を持ちますが、この爵位は世襲ではありません」
「そうなのですか?」
「はい。我が国には赤旗と呼ばれる武人だけに与えられる身分があります。わたしはその赤旗公爵を与えられた一代限りの公爵なのです」
「せっき……」
「赤い旗と書きますが、その昔、大地に降り立った戦神が敵を打ち払った際に掲げた旗が敵の血に染まって真っ赤になった、という逸話から取ったものです」
まさに武人の国といった話にため息が漏れた。メレキアでは他国に伝わる神々の話までは学ぶことがなく、戦神も荒々しい武人を守護する神という認識しかない。
「それに母も平民の出でしたから、子どもの頃からなんでも自分でやるように言われて育ちました。こうして大きな屋敷に住んでいても根は変わらないということです」
「そうだったのですか」
公爵家の屋敷にしては派手なものが見当たらないのは、そうした生い立ちが関係しているのだろう。この部屋もかなり広いが無駄な調度品は一切なく、テーブルもソファも茶器も公爵家にあるものとしては華やかさが感じられない。
(だが、それがとても心地いい)
神殿での環境に似ているからだろうか。それにどの調度品からも長年大切に使われてきただろうことが感じられる。こうしたところにも将軍の人柄が見て取れた。
(わたしも華美な部屋は苦手だから落ち着く)
神殿ではもっと広い部屋を使うようにと何度も言われたが、自分で管理できる比較的狭い部屋を選んだ。調度品もできるだけ少なくした。本当なら世話係もいらなかったのだが、それは神殿として困ると言われ渋々受け入れた。おそらく元王子をぞんざいに扱っているという噂を立てられたくなかったのだろう。
(将軍はわたしと好みが似ているのかもしれない)
そんなことを思い、気恥ずかしくなった。それでも憧れていた人に近づけた気がして心が弾む。剣の腕はほど遠くても、どこか繋がっているところがあるのだと思うだけで胸がジンとした。
(しかも将軍が住んでいる屋敷で過ごせるなんて……)
そういえば家族はどうしているのだろうか。ここが本邸だとしたら公爵夫人や子どもがいるはずで、自分のような捕虜と同じ屋敷にいることを快く思っていないのではないだろうか。
(尋ねてたほうがよいだろうか)
もし家族が不快に感じているなら別の場所に移してもらったほうがいい。将軍と離れてしまうのは名残惜しいが、こうして直接言葉を交わせただけで十分だ。
「あの、わたしが屋敷にいても大丈夫なのでしょうか?」
「どういう意味です?」
「わたしは捕虜です。そんな男が王命とはいえ屋敷にいるのは公爵夫人にとって不快ではないかと……」
「それならお気になさらず。わたしに妻はおりません」
「えっ?」
「驚かれましたか」
眉尻を下げ、苦笑いを浮かべた将軍が言葉を続けた。
「若い頃から戦場か訓練場にばかりいたせいで、すっかり婚期を逃してしまいました。そもそもこのようにいかつい見た目では若い女性に怖がられてしまいます。それに公爵位と言えども世襲でもない平民出身のわたしに嫁ぎたいと思う女性などいないでしょう」
「そんなこと、」
「気を遣っていただかなくてもいいですよ」
「気を遣おうなどと思っていません。将軍はアトレテスの英雄だと聞いています。その剣技は戦神そのものだと。実際に目にしたことはありませんが、わたしは将軍のようになりたくて剣の鍛錬に励んできました。そんな将軍を敬遠する女性がどこにいるでしょう」
思わず一気にそう口にしていた。自分を見るはしばみ色の目がわずかに見開いていることに気づいてハッとする。
(今のはまるで告白のようではないか)
恥ずかしいことをしてしまった。慌てて視線を逸らすと「殿下にそう言っていただけるとは光栄の極みです」と柔らかい将軍の声が返ってくる。
「しばらく忙しくしていましたが、ようやくすべての処理が終わりました。これからは殿下のお相手をできるだけ務めるようにしましょう」
続いた言葉に慌てて視線を戻した。
「そのために御身お預かりしたのです」
どういう意味だろうか。メレキアとの併合に利用できると考えて捕虜にしたのではないのだろうか。真意がわからずじっと見つめると、「なるほど」とつぶやくように将軍が息を漏らした。
「陛下の判断は正しかったということか」
「それはどういう……?」
「いえ、こちらの話です。毎日副官と過ごすのも飽きてきたのではありませんか? これからはわたしも殿下の話し相手を務めるようにしましょう」
はしばみ色の瞳が微笑むように細くなった。それだけで鼓動がトクンと跳ねる。
「よろしくお願いします」
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