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8 憧れの人との手合わせ1
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二日後、将軍と手合わせをすることになった。何度も「まさか」と思いながら、少しずつ気持ちが昂ぶってくる。ヨシュアの前では必死に普段どおりを心がけていたものの、寝室で一人になるとそわそわしてどうしようもなかった。
(少しでも体力を戻さなくては)
たった一日で変わることなど何もないのに、せめてもと道具を使わずできる鍛錬をくり返す。以前よりすぐに息が上がるのを悔しく思いながら、それでもと寝室にこもってひたすら体を動かした。
そうしていよいよ将軍との手合わせのときがやって来た。
「こちらへ」
そう言って将軍がいつもの部屋を出た。促されるまま後を付いていくと、壁のない渡り廊下のような場所に出る。そのまま庭へと連れ出された。
(ここは……中庭か?)
それなりの広さはあるが、周囲を建物にぐるりと囲まれているため屋敷の外を見ることはできない。方向からすると滞在している部屋からは見えない位置だろう。そのことにホッとした。
(ヨシュアに見られるわけにはいかないからな)
手合わせなど見たら、また厳しいことを言われるだろう。ヨシュアの言葉は正しい。わかっていても長年夢見てきたこの時間をどうしても拒めなかった。
「どうぞ」
いつの間に用意したのか将軍の手に細身の片手剣が握られていた。もう片方にはそれより幅の広い片手剣がある。どちらも鍛錬用なのか刃が潰されていた。少し離れたところに小屋のようなものがあるからそこに仕舞ってあったのだろう。
(あの男は誰だろう……?)
小屋の前に男が一人立っていた。服装からして武人に違いない。自分と同じくらいの背丈だろうか。じっと見ていることに気づいたのか、男がにこりと笑いながら右手を軽く上げた。わずかに揺れた髪は金色で、その色が王太子を思い出させたからか思わず視線を逸らしてしまった。
「殿下はこちちらをお使いください」
「本当にいいのですか?」
「かまいませんよ」
いくら刃が潰されているとはいえ武器に違いはなく、そんなものを捕虜に与えていいのだろうか。そう思ったものの欲には勝てなかった。気分が高揚するのを感じながら柄を握る。
見た目はメレキアの片手剣と似ているが、柄はこちらのほうがやや太めだ。グッと握ると懐かしい気持ちがわき上がってくる。
(随分久しぶりのような気がするな)
心地よい剣の重みに悩んでいたことなどあっという間に消え去った。残ったのは将軍との手合わせするのだということだけで、武者震いのような緊張感が全身を駆け巡る。
「遠慮は無用です」
そう言いながら将軍が距離を取った。久しぶりの状況に柄を握る右手に力が入った。
「よろしくお願いします」
すぅっと息を吐き、それからゆっくりと息を吸った。下腹にグッと力を入れながら剣を構える。
(……すごいな)
ただ向かい合っているだけだというのに将軍のすごさをヒシヒシと感じた。自分は剣を構えているが、将軍は構えることなく剣先を下ろしたままでいる。それなのに隙がない。
(将軍相手に隙を狙うほうが間違っているか)
となれば先手を打つしかない。そう考え、ザッと右足を踏み出しながら上半身を屈めた。そうかと思えば一気に将軍の懐へと飛び込むように突進する。しかしさすがは大陸一の武人というべきか難なく躱されてしまった。
(だが、それは織り込み済みだ)
すぐさま左足で地面を蹴り、再び懐深く目がけて剣先を突き出す。
カキン!
速さは十分だった。しかし突き出した剣は呆気なく弾き返されてしまう。
(まだだ!)
受け流された剣先はそのままに体をねじり、反動を使って再び剣先を閃かせた。ところが今度もあっさりと受け流されてしまった。それでも足を止めずに動き続ける。
(力で敵わない相手には速度でたたみかけるしかない)
これまでの経験からそう判断した。もう一度地面を蹴り、身を屈めながら懐へと突っ込む。何度躱されても受け流されてもすぐさま反転して突進し続けた。
(これでも駄目か!)
傍から見れば自分はまるで剣舞を舞っているような状態だろう。しかし剣舞ではなく目の前には相手がいる。それなのに剣先でかすめることすらできない。ヒュンヒュンと音を立てる剣は将軍の体に触れる前にすべて弾かれ、そのたびにカン! キン! と金属音が鳴り響いた。
(かすることすらできないとは……ッ)
気がつけばハァハァと息が上がっていた。鍛錬不足のせいで少しずつ動きが鈍くなっていく。それでもと踏ん張るが相手にすらなっていないのは自分でもわかっていた。
将軍が剣を下ろした。これで手合わせは終わりということだ。情けない気持ちになりながら剣を下ろすが、余計な力が入っていたせいで柄を握る右手が小刻みに震えている。
「剣筋は衰えていらっしゃらないようですね」
「いえ……随分と、なまって、しまいました」
返事をする声も途切れ途切れとは恥ずかしい。
(せっかくの手合わせだというのに……)
長年の夢がようやく叶ったというのに、なんという体たらくだろうか。いまだに震えている右手に悔しい思いがこみ上げた。額に浮かぶ汗を手で拭いながら「こんな機会は二度とないのに」と奥歯を噛み締める。
「寿命が縮むかと思ったぞ、ディオ」
聞こえてきた声に視線を向けると、小屋の前に立っていた男が近づいてくるところだった。
「おまえがそんなヤワなわけないだろう。それより早く寄越せ」
「はいはい」
男が誰かはわからないが、二人の様子から親しい間柄だということはわかった。じっと見ていると男がニコッと笑いながら右手を上げる。随分と気さくな性格らしい。
「紹介が遅くなりました。この男はわたしの副官です」
「初めまして、噂の麗しき神官殿。ディエイガー将軍の副官を務めていますエルド・ヒュッガーです」
「以後、お知りおきを」と伸ばす男の手を邪魔するように将軍が目の前に立った。そうして副官から受け取った手拭いを差し出す。
「汗がそのままでは体を冷やしてしまいます。どうぞお使いください」
「ありがとうございます」
受け取りながら「これも価値ある捕虜への気遣いなのだろうか」と思ってしまい、慌てて打ち消した。手合わせの最中は余計なことを考える隙もなかったのに、終わった途端にあれこれ気になってしまう。
(たとえそうだとしても手合わせまでしてくれたのだ。ここは将軍の気持ちをありがたく受け取るべきだ)
そう自分に言い聞かせながら首筋を流れる汗をやや乱暴に拭い取った。それを将軍は不満の表れだと受け取ったのか、「よい剣筋でした」と褒めるようなことを口にする。
「体力は体を動かすことですぐに取り戻せます。そうすれば以前と同じように動くこともできるでしょう」
「そう、ですね」
たしかにそうかもしれないが、自分はもう鍛錬などできな身だ。久しぶりに剣を持ったからか、抑え込んでいた未練が体の奥底から頭をもたげようとする。
「これからもこうして手合わせすることにしましょう」
「えっ?」
まさかの提案にパッと視線を向けた。同時に「おいおい、ちょっと待て」と副官が口を挟んだ。
「いくらおまえさんでもそんなことをすれば陛下にお咎めを受けるぞ」
「殿下の身に関しては一任されている」
「そりゃ日常でのことだ。剣の鍛錬なんて、ばれたら公爵位を奪われるどころか将軍職も失いかねない。わかってるのか?」
「そのときはそのときだ」
平然とした将軍の態度に副官が「おまえなぁ」と呆れるように眉尻を下げた。
「言っておくが、陛下に知られることになっても将軍職を失うことはない。この国でもっとも強いのはわたしだからな」
自信たっぷりの言葉に副官が「はあぁ」と大きなため息をつく。
「そりゃまぁ、公爵位と将軍職という二重の首輪を付けてまで手元に置きたいってのが陛下の本音ではあるんだろうがな」
「そういうことだ」
副官に向いていたはしばみ色の目がこちらを見た。
「とはいえ、剣を持つのはわたしと一緒のときだけにしてください。さすがのわたしも、この歳で陛下に叱られるのは遠慮したいので」
そう言って微笑むと、副官が「ひえぇぇ」と悲鳴のような声を上げた。
「おいおい、その凶悪顔で笑うな。殿下と俺を殺す気か?」
「何を言っている」
「いやいや、今のでたっぷり一年は寿命が縮んだぞ? ねぇ、殿下もそう思いますよね?」
「え? あ、いえ……」
突然話を振られて戸惑った。こんなふうに親しげに話しかけられたのは初めてで、咄嗟に答えることができない。
「この大きさだけでも恐怖だっていうのに、このいかつい顔でしょう? そのうえ化け物みたいな大剣を振り回すわ、自分の倍以上もある魔獣を一刀両断にするわ、戦神の剣なんてありがたがられてますけど、そんな男の笑顔なんて凶器でしかありませんよ」
副官の言葉から、どうやらアトレテスでは相当恐れられているらしいことがわかった。たしかにメレキアにはいない巨漢だが、だからといって恐ろしいと思ったことはない。厳しい表情を浮かべることもあるだろうが、その下に優しさや繊細な気遣いがあることもわかった。
「たしかに将軍は大柄で厳しい表情をすることもあると思います。ですが、いかつい顔だと思ったことも恐怖を感じたこともありません」
正直にそう答えると、副官がポカンとした顔をした。何かおかしなことを言っただろうかと見つめ返すと、すぐにニヤッと笑いながら「マジか」と将軍を見る。
「いやぁ、さすがはメレキアの至宝だ。ディオを見ても怖がらないなんてすごいですよ」
笑いを含んだような副官の言葉に将軍が顔をしかめた。
「エルド、もういいだろう」
「はいはい。いやぁ、それにしても美人すぎると考え方も常人とは違うんですかねぇ」
「エルド」
やや厳しい将軍の声に副官が「おっと」と降参するように両手を小さく上げた。「訓練場に戻ります」と笑いながら頭を下げたかと思えばくるりと背を向け、右手をヒラヒラと振りながら去って行く。
(あのような人物は初めてだ)
メレキアでは誰もが自分の前では畏まり、そうでなくても下心を浮かべた表情で近づいてくる。友人と呼べる人は一人もいないままこの歳になってしまった。誰よりも身近にいた副官ヨシュアとさえ打ち解けることができない。
(この国でなら、わたしでももっと気楽に生きられたのだろうか)
そんなことを思ってしまった自分が情けなくなった。それにこのままアトレテスで生きられるわけでもない。苦い気持ちが広がるのを感じながら、こめかみを流れ落ちる汗をグイッと拭い取った。
(少しでも体力を戻さなくては)
たった一日で変わることなど何もないのに、せめてもと道具を使わずできる鍛錬をくり返す。以前よりすぐに息が上がるのを悔しく思いながら、それでもと寝室にこもってひたすら体を動かした。
そうしていよいよ将軍との手合わせのときがやって来た。
「こちらへ」
そう言って将軍がいつもの部屋を出た。促されるまま後を付いていくと、壁のない渡り廊下のような場所に出る。そのまま庭へと連れ出された。
(ここは……中庭か?)
それなりの広さはあるが、周囲を建物にぐるりと囲まれているため屋敷の外を見ることはできない。方向からすると滞在している部屋からは見えない位置だろう。そのことにホッとした。
(ヨシュアに見られるわけにはいかないからな)
手合わせなど見たら、また厳しいことを言われるだろう。ヨシュアの言葉は正しい。わかっていても長年夢見てきたこの時間をどうしても拒めなかった。
「どうぞ」
いつの間に用意したのか将軍の手に細身の片手剣が握られていた。もう片方にはそれより幅の広い片手剣がある。どちらも鍛錬用なのか刃が潰されていた。少し離れたところに小屋のようなものがあるからそこに仕舞ってあったのだろう。
(あの男は誰だろう……?)
小屋の前に男が一人立っていた。服装からして武人に違いない。自分と同じくらいの背丈だろうか。じっと見ていることに気づいたのか、男がにこりと笑いながら右手を軽く上げた。わずかに揺れた髪は金色で、その色が王太子を思い出させたからか思わず視線を逸らしてしまった。
「殿下はこちちらをお使いください」
「本当にいいのですか?」
「かまいませんよ」
いくら刃が潰されているとはいえ武器に違いはなく、そんなものを捕虜に与えていいのだろうか。そう思ったものの欲には勝てなかった。気分が高揚するのを感じながら柄を握る。
見た目はメレキアの片手剣と似ているが、柄はこちらのほうがやや太めだ。グッと握ると懐かしい気持ちがわき上がってくる。
(随分久しぶりのような気がするな)
心地よい剣の重みに悩んでいたことなどあっという間に消え去った。残ったのは将軍との手合わせするのだということだけで、武者震いのような緊張感が全身を駆け巡る。
「遠慮は無用です」
そう言いながら将軍が距離を取った。久しぶりの状況に柄を握る右手に力が入った。
「よろしくお願いします」
すぅっと息を吐き、それからゆっくりと息を吸った。下腹にグッと力を入れながら剣を構える。
(……すごいな)
ただ向かい合っているだけだというのに将軍のすごさをヒシヒシと感じた。自分は剣を構えているが、将軍は構えることなく剣先を下ろしたままでいる。それなのに隙がない。
(将軍相手に隙を狙うほうが間違っているか)
となれば先手を打つしかない。そう考え、ザッと右足を踏み出しながら上半身を屈めた。そうかと思えば一気に将軍の懐へと飛び込むように突進する。しかしさすがは大陸一の武人というべきか難なく躱されてしまった。
(だが、それは織り込み済みだ)
すぐさま左足で地面を蹴り、再び懐深く目がけて剣先を突き出す。
カキン!
速さは十分だった。しかし突き出した剣は呆気なく弾き返されてしまう。
(まだだ!)
受け流された剣先はそのままに体をねじり、反動を使って再び剣先を閃かせた。ところが今度もあっさりと受け流されてしまった。それでも足を止めずに動き続ける。
(力で敵わない相手には速度でたたみかけるしかない)
これまでの経験からそう判断した。もう一度地面を蹴り、身を屈めながら懐へと突っ込む。何度躱されても受け流されてもすぐさま反転して突進し続けた。
(これでも駄目か!)
傍から見れば自分はまるで剣舞を舞っているような状態だろう。しかし剣舞ではなく目の前には相手がいる。それなのに剣先でかすめることすらできない。ヒュンヒュンと音を立てる剣は将軍の体に触れる前にすべて弾かれ、そのたびにカン! キン! と金属音が鳴り響いた。
(かすることすらできないとは……ッ)
気がつけばハァハァと息が上がっていた。鍛錬不足のせいで少しずつ動きが鈍くなっていく。それでもと踏ん張るが相手にすらなっていないのは自分でもわかっていた。
将軍が剣を下ろした。これで手合わせは終わりということだ。情けない気持ちになりながら剣を下ろすが、余計な力が入っていたせいで柄を握る右手が小刻みに震えている。
「剣筋は衰えていらっしゃらないようですね」
「いえ……随分と、なまって、しまいました」
返事をする声も途切れ途切れとは恥ずかしい。
(せっかくの手合わせだというのに……)
長年の夢がようやく叶ったというのに、なんという体たらくだろうか。いまだに震えている右手に悔しい思いがこみ上げた。額に浮かぶ汗を手で拭いながら「こんな機会は二度とないのに」と奥歯を噛み締める。
「寿命が縮むかと思ったぞ、ディオ」
聞こえてきた声に視線を向けると、小屋の前に立っていた男が近づいてくるところだった。
「おまえがそんなヤワなわけないだろう。それより早く寄越せ」
「はいはい」
男が誰かはわからないが、二人の様子から親しい間柄だということはわかった。じっと見ていると男がニコッと笑いながら右手を上げる。随分と気さくな性格らしい。
「紹介が遅くなりました。この男はわたしの副官です」
「初めまして、噂の麗しき神官殿。ディエイガー将軍の副官を務めていますエルド・ヒュッガーです」
「以後、お知りおきを」と伸ばす男の手を邪魔するように将軍が目の前に立った。そうして副官から受け取った手拭いを差し出す。
「汗がそのままでは体を冷やしてしまいます。どうぞお使いください」
「ありがとうございます」
受け取りながら「これも価値ある捕虜への気遣いなのだろうか」と思ってしまい、慌てて打ち消した。手合わせの最中は余計なことを考える隙もなかったのに、終わった途端にあれこれ気になってしまう。
(たとえそうだとしても手合わせまでしてくれたのだ。ここは将軍の気持ちをありがたく受け取るべきだ)
そう自分に言い聞かせながら首筋を流れる汗をやや乱暴に拭い取った。それを将軍は不満の表れだと受け取ったのか、「よい剣筋でした」と褒めるようなことを口にする。
「体力は体を動かすことですぐに取り戻せます。そうすれば以前と同じように動くこともできるでしょう」
「そう、ですね」
たしかにそうかもしれないが、自分はもう鍛錬などできな身だ。久しぶりに剣を持ったからか、抑え込んでいた未練が体の奥底から頭をもたげようとする。
「これからもこうして手合わせすることにしましょう」
「えっ?」
まさかの提案にパッと視線を向けた。同時に「おいおい、ちょっと待て」と副官が口を挟んだ。
「いくらおまえさんでもそんなことをすれば陛下にお咎めを受けるぞ」
「殿下の身に関しては一任されている」
「そりゃ日常でのことだ。剣の鍛錬なんて、ばれたら公爵位を奪われるどころか将軍職も失いかねない。わかってるのか?」
「そのときはそのときだ」
平然とした将軍の態度に副官が「おまえなぁ」と呆れるように眉尻を下げた。
「言っておくが、陛下に知られることになっても将軍職を失うことはない。この国でもっとも強いのはわたしだからな」
自信たっぷりの言葉に副官が「はあぁ」と大きなため息をつく。
「そりゃまぁ、公爵位と将軍職という二重の首輪を付けてまで手元に置きたいってのが陛下の本音ではあるんだろうがな」
「そういうことだ」
副官に向いていたはしばみ色の目がこちらを見た。
「とはいえ、剣を持つのはわたしと一緒のときだけにしてください。さすがのわたしも、この歳で陛下に叱られるのは遠慮したいので」
そう言って微笑むと、副官が「ひえぇぇ」と悲鳴のような声を上げた。
「おいおい、その凶悪顔で笑うな。殿下と俺を殺す気か?」
「何を言っている」
「いやいや、今のでたっぷり一年は寿命が縮んだぞ? ねぇ、殿下もそう思いますよね?」
「え? あ、いえ……」
突然話を振られて戸惑った。こんなふうに親しげに話しかけられたのは初めてで、咄嗟に答えることができない。
「この大きさだけでも恐怖だっていうのに、このいかつい顔でしょう? そのうえ化け物みたいな大剣を振り回すわ、自分の倍以上もある魔獣を一刀両断にするわ、戦神の剣なんてありがたがられてますけど、そんな男の笑顔なんて凶器でしかありませんよ」
副官の言葉から、どうやらアトレテスでは相当恐れられているらしいことがわかった。たしかにメレキアにはいない巨漢だが、だからといって恐ろしいと思ったことはない。厳しい表情を浮かべることもあるだろうが、その下に優しさや繊細な気遣いがあることもわかった。
「たしかに将軍は大柄で厳しい表情をすることもあると思います。ですが、いかつい顔だと思ったことも恐怖を感じたこともありません」
正直にそう答えると、副官がポカンとした顔をした。何かおかしなことを言っただろうかと見つめ返すと、すぐにニヤッと笑いながら「マジか」と将軍を見る。
「いやぁ、さすがはメレキアの至宝だ。ディオを見ても怖がらないなんてすごいですよ」
笑いを含んだような副官の言葉に将軍が顔をしかめた。
「エルド、もういいだろう」
「はいはい。いやぁ、それにしても美人すぎると考え方も常人とは違うんですかねぇ」
「エルド」
やや厳しい将軍の声に副官が「おっと」と降参するように両手を小さく上げた。「訓練場に戻ります」と笑いながら頭を下げたかと思えばくるりと背を向け、右手をヒラヒラと振りながら去って行く。
(あのような人物は初めてだ)
メレキアでは誰もが自分の前では畏まり、そうでなくても下心を浮かべた表情で近づいてくる。友人と呼べる人は一人もいないままこの歳になってしまった。誰よりも身近にいた副官ヨシュアとさえ打ち解けることができない。
(この国でなら、わたしでももっと気楽に生きられたのだろうか)
そんなことを思ってしまった自分が情けなくなった。それにこのままアトレテスで生きられるわけでもない。苦い気持ちが広がるのを感じながら、こめかみを流れ落ちる汗をグイッと拭い取った。
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