美しき神官は戦神の宝珠となる

朏猫(ミカヅキネコ)

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9 憧れの人との手合わせ2

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 将軍が言ったとおり、この日以降呼び出されるたびに手合わせをすることになった。はじめのうちは先に部屋に案内され、少し話をしてから中庭に向かっていたのだが手合わせが気になって話に集中できない。そんな自分に気づいたのか、直接中庭に案内されるようになった。今では手合わせをするのが先で、それから汗を拭いつつあれこれ話をする。

「あの、一つよろしいでしょうか?」
「なんでしょう」

 手合わせが終わり、いつもどおり汗を拭いながらどうしても知りたかったことを尋ねることにした。

「わたしに将軍のような剣技を身につけることは難しいでしょうか」
「わたしのようなとは、大剣を扱いたいということですか?」
「はい」

 剣の鍛錬を始めた頃は、剣であればなんでもいいと思っていた。少し経ってから憧れの人がディエイガーという人物だと知り、さらに大剣を使うと聞いて自分も大剣使いを目指すようになった。ところが自分の腕では一番小振りな大剣でもうまく扱いきれない。だが、将軍に直接教われば扱えるのではと密かに思うようになっていた。

「そうですね。絶対に無理かと言われれば、そうとは言い切れないでしょう」
「では……!」
「ですが武人としての剣技、ということでしたら殿下に大剣は不向きです」
「……そうですか」

 一瞬膨れ上がった期待がパッと弾け飛んだ。やはり体格が劣る自分には将軍のように大剣を扱うことは難しいのだろうか。

「殿下にあんなデカブツを扱うのは無理ですよ。というより、あんな大剣ディオ以外には扱えませんって」

 口を挟んだのは副官エルドだった。手合わせには必ず立ち会うことになっているらしく、エルドいわくお目付役なのだという。

「やはりわたしの体格では難しいか」
「体格もそうですけど、せっかく瞬発力に優れているんですから今の剣技が最適だと思いますよ?」

 将軍の副官を務めるほどの男だから剣筋を見る目は確かに違いない。「そうか」と頷くとニコッと微笑み返された。

(相手が誰でも態度が変わらないのだな)

 初対面のときやけに気さくな人物だと思ったが、その後もエルドの態度が変わることはなかった。自分のことを元王子として過剰に持ち上げることはなく、かといって神官として見ているふうでもない。まるで仲間に対するような態度に最初は戸惑ったものの、今では親しみさえ感じていた。気がつけばこうして気兼ねなく言葉を交わすまでになっている。

「大剣を扱うのが夢だったんだがな」
「人には向き不向きがありますからね。逆にディオには殿下のような剣術は絶対に無理です。なんたってこの巨体ですから」

「なぁ?」と声をかけるエルドに将軍は片眉をひょいと跳ね上げただけで何も言わない。代わりにこちらを見ると「殿下は大剣を持たれたことはありますか?」と口にした。

「はい、一度だけで。ただ、メレキアの大剣は片手剣を二回りほど大きくしたものが主流で、将軍が扱うような本格的な大剣ではありませんでしたが……」
「ディオの愛剣は特注のなかの特注ですからね。アトレテスでもあんな大物を扱う武人はいませんよ」

 エルドを見ることなく将軍が「ふむ」と言って何かを考え始めた。そうかと思えば「少しお待ちください」と言って屋敷の中に戻ってしまう。しばらくすると巨大な剣を持って戻って来た。

「それはまさか……」
「我が愛用の大剣イオニーダです」

 神殿に入ってからも将軍の噂は頻繁に耳に入ってきていた。とくに商人たちはアトレテスと取引があるからか神殿に来るたびに将軍の話をしていた。その中でずっと気になっていたのが背丈ほどの大剣を使っているという話で、どれほどの大きさなのだろうと何度想像しただろう。それが今目の前にある。興奮にうなじがゾクゾクと震えた。

(丘の上で見たときは影でしかなかったが、このような剣だったのか)

 刀身だけでも自分とほぼ同じということは百七十センチ以上はあるだろう。それだけ大きいからか柄も通常のものより大きく、そのため全長は将軍の背丈をも超えていた。刃の中央には血抜きの溝があり、それが滑るように光っている。斬れ味が鋭いように見えないということは、剣自体の重量と将軍の腕力で敵を打ち砕くように使うのだろう。

「持ってみますか?」
「……いいのですか?」
「かまいませんよ」

 まさか将軍の愛剣を手にできる日が来るとは……興奮と緊張に鼓動が激しくなった。
 おそるおそる両手で柄を握った。片手剣よりずっと太い柄を握り締め、下腹に力を入れながら持ち上げる。途端にこれまで経験したことがないほどの重みが全身に襲いかかってきた。これなら二十キロ、いや、それ以上あるかもしれない。

(大きさからしてそれなりの重さだろうとは思っていたが、想像以上だ)

 大剣はもともと両手で扱う剣だが、それにしては群を抜く重さだ。これを将軍は難なく扱っている。聞いた話では片手で振るうこともあるらしい。そのことを思い出したからか、つい「試してみたい」と思ってしまった。

(わたしも武人を目指して鍛錬を積んできたのだ。持ち上げることくらいはできるはず)

 両手で握り締めていた柄から左手を離した。そうしてググゥと下腹に力を入れながら右腕を勢いよく持ち上げる。ところが気合いが入りすぎたのか、剣先がそのまま勢いよく背中側へと倒れた。慌てて踏ん張ったものの勢いが付いていたせいで大剣ごと仰け反った。

(しまった!)

 このままでは背中から倒れてしまう。背中への痛みを予想して両目をギュッと閉じた。本来なら受け身を取らなくてはいけないのに、大剣の重さと予想外の状況に咄嗟に体が動かない。

(いや、それより剣を守らなくては!)

 刃こぼれするとは思えないが剣先を地面に叩きつけるようなことがあっては大変だ。そう思って咄嗟に体を捩ろうとしたところで背中を何かに支えられたのがわかった。同時に右手にあった重さも消える。

「あまり無茶はなさらないでください」

 やけに近いところから聞こえてくる声にそっと目を開けた。

「持つだけならまだしも振り回すのは危ない」

 すぐ目の前に線状の傷痕が見えた。視線を少し上げるとはしばみ色の目が心配そうに自分を見ている。視線を下げると服の上からもわかる鍛え抜かれた胸元が見えた。

「殿下も無茶しますねぇ。イオニーダを片手で振り回そうだなんて俺でも無理ですって」
「嘘をつくな。おまえが振り回しては刃こぼれさせているのは知っているぞ」
「やだな~ディオ、気のせいだって」

 二人の声は聞こえているのにまるで硬直したみたに体が動かない。

(もしかしなくても、わたしは今将軍に抱きかかえられているのか……?)

 そう思った途端に顔がカッと熱くなった。なんてことだと体がブルブルと震える。それに気づいたのか将軍が「殿下?」と言いながらこちらを見た。

「もしやどこか痛めましたか」
「いえっ。だ、大丈夫です」

 慌てて将軍の腕から離れた。それでも跳ね上がった鼓動は収まる気配がない。それどころか将軍の体から目が離せなくなった。

(あの逞しい腕に抱きかかえられたのか)

 それに服の上からでも胸の分厚さは想像以上だった。本物の武人はあのような体つきなのかと触れていた腕をそっと撫でる。

「本当にどこも痛めていませんか? 念のため貼り薬を用意しましょうか?」
「いえ、本当に大丈夫です」

 撫でていた腕から手を離した。それでも腕や背中に残る感触に動悸は忙しくなったままだ。

「今日はここまでにしましょう。殿下、もし痛むようでしたら食事の際に侍女に申しつけてください。貼り薬を用意させますので」
「ありがとうございます」

 そう答えながらも頭の中は触れていた逞しい感触ばかり思い返していた。
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