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10 募る想い1
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将軍の愛剣を手にした日は、感動よりも抱きしめられたときのことが蘇って落ち着かなかった。支えてくれた逞しい腕や分厚い胸の感触を思い出しては何度も顔が熱くなる。翌日になっても、ふとした瞬間にそのことを思い出してはそわそわした。思い出さなければいいのに、女神に祈りを捧げている最中でさえ頭に浮かんでは胸が高鳴ってしまう。
(これでは本当に恋をする乙女のようじゃないか)
馬鹿げた言葉に笑い飛ばそうとした。だが、できなかった。もう自分の気持ちを誤魔化すことはできない。見て見ぬ振りを続けるには想いが強くなりすぎていた。
(わたしは将軍が好きだ。そういう意味で慕っている)
今でも武人として憧れる気持ちが一番強い。だが、それと同じくらい別の想いも強くなっていた。憧れとは明らかに違う、それなのに同じくらい抑えがたい衝動に胸が苦しくなることさえある。
「ははっ、まさか囚われの身になってからこんな気持ちを抱くことになるとはな」
漏れた声は掠れていて力がない。どんなに慕っても叶わぬ相手だというのに何をやっているのかと苦い笑みが浮かんだ。
(しかもいずれ自分の首をはねる相手だぞ?)
そうだ、だからこそ将軍にこの気持ちを悟られるわけにはいかない。知られれば将軍に負担をかけてしまうことになる。
(優しい人だからわたしの気持ちに気づけば気を遣うだろう)
そんなことをされても虚しくなるだけだ。初めての恋情がこんなにも重苦しいものになるとは……目を瞑りため息をついたものの気持ちが薄まることはなかった。
将軍に会えばつらくなる。わかっていても呼ばれれば会わずにはいられない。苦しい胸の内をグッとこらえながら、今日も将軍に会いたくて中庭へと向かった。
「それにしても、まさか手ほどきまで始めるとはなぁ」
「それにはわたしも驚いている」
そう答えながら将軍が消えた小屋に視線を向けた。今日も中庭に着くと会話もそこそこに手合わせを始めた。本当は話したい気持ちもあるが、言葉を交わせば想いを知られてしまうかもしれない。そう思って自ら話を中断した。それに剣を交えている間は余計なことを考えなくて済む。
ところがいつもより随分早い時間で将軍が剣を下ろしてしまった。まさか何か気づいたのだろうか。一瞬身構えたものの、将軍の口から出てきたのは「手ほどきもしましょうか」という言葉だった。
そうして小屋に入ったのだが、先ほどから何かが落ちる音が何度も聞こえてくる。
「やれやれ、また何か落としやがったな。ったく、後で片付ける身にもなれっていうんだ」
小屋を見ながらエルドが大きなため息をついた。そうした態度にはすっかり慣れてきたが、上官に対するものとしてはやはりかけ離れている。気さくな人物とはいえ将軍が許しているのはなぜだろうか。そう思ったからか、つい「副官らしくないな」と口にしてしまった。
「やっぱりそう思います?」
「少なくともわたしの周りにはいなかった」
「ははっ、でしょうね。俺とディオは将軍と副官という立場ではありますが、その前に幼馴染みなんで、つい昔の口調が出てしまうんですよねぇ」
「幼馴染み?」
「子どもの頃からの腐れ縁ってやつですよ。もう三十年近くの付き合いになりますか。あぁでも、公のときはちゃんと立場をわきまえていますんでご心配なく」
「三十年とはすごいな。わたしなんてまだ生まれてもいない」
「赤ん坊だったんで当時の記憶はありませんが、たまにディオが子守をしてくれてたらしいんです。そうか、ってことは幼馴染みというより兄弟のほうが近いか」
エルドは三十二だと言っていた。ディエイガー将軍の母親とエルドの父親が同じ時期に同じ場所で鍛錬していた間柄だったらしく、その縁もあって生まれたときから近くにいたのだと続ける。
(うらやましいな)
ついそんなふうに思ってしまった自分に驚いた。今のは間違いなく嫉妬だ。まさかそんな感情を抱くことになるとは思わず、戸惑いながらエルドから視線を外す。すると小屋から一際大きな音が聞こえてきた。
「まったく、だから俺が探すって言ったんだ」
将軍が探しているのは片手剣より刀身が細い細剣だ。手ほどきをするなら使い慣れた細剣のほうがいいだろうと言ったのは将軍だった。
「殿下、こう言っちゃあなんですがディオは細剣の扱いはそれほどでもないですよ。手合わせならまだしも手ほどきなんてできるとは思えませんがね」
「そんなことはないだろう。それに将軍に指南してもらえるだけでもわたしにとっては夢のような話だ」
「夢ねぇ。いやぁ、まったくもって殿下は熱心でいらっしゃる」
「熱心というほどではないと思うが……」
「では情熱的と言ったほうがよろしかったでしょうか?」
からかうような言い方に視線を向けると、何かを言いたそうな眼差しでこちらを見ていることに気づいた。まさか将軍への気持ちに気づかれたのだろうか。将軍本人もだが副官であるエルドに気づかれるのも困る。
「殿下ほど熱心な人は我が軍にもいませんよ」
「そんなことはないだろう」
「いえいえ、ディオに手ほどきを受けようなんて命がいくつあっても足りません。それにディオは訓練であっても容赦ないですからね。そんなやつに望んで手ほどきを受けようなんて殿下は随分熱心でいらっしゃる。憧れていたとは聞きましたが、それ以上の気持ちがあるように見えますよ」
いつもようにニヤッと笑っているが目は笑っていない。思わず言葉を詰まらせていると「いい加減にしろ」という声が聞こえてきた。
「いくら殿下が寛容だとしてもおまえの態度は無礼だぞ」
将軍の声にホッとした。ようやく見つけたのか手には二本の細剣が握られているが、一本はメレキアでは見たことがない長さをしている。
「それともおまえにも手ほどきしてやろうか」
「滅相もない。俺は十分です」
近づいてきた将軍にそう答えたエルドが慌てて離れた。呆れたようにため息をついた将軍が「あいつの言うことは気にされませんように」と言いながら小振りなほうの細剣を差し出す。
「殿下の体つきなら、このくらいがよいのではと思ったのですが」
手にすると懐かしい重さに思わず頬が緩んだ。何度か柄を握り締めてみるが太さも手触りもしっくりくる。
「扱いにくくありませんか?」
「大丈夫です」
「では始めましょうか」
「よろしくお願いします」
そう口にすると将軍の表情が少しだけ変わった。手合わせのときもだが、こうして武人らしい表情の将軍は惚れ惚れするほど凛々しく胸が高鳴る。そんなふうに感じる自分に気づき、慌てて「余計なことは考えるな」と叱りながら剣を構えた。
(やはり使い慣れた細剣のほうがしっくりくるな)
同時に初めて細剣を手にしたときの気持ちが蘇った。将軍直々の指南だと思うと自然と気持ちが昂ぶる。
「殿下、そう力んでは体が動きませんよ」
「そうですね……つい力が入ってしまいました」
深呼吸をすると、「もう少し剣を下げて」と大きな手が二の腕に触れた。それだけで鼓動が跳ねてしまい、思わず「しっかりしろ」と自分に言い聞かせる。
(手ほどきはこれが最初で最後に違いない。しっかり学ばなくては)
そう思うたびに力んでしまい自分が情けなくなった。せっかくの手ほどきだというのにそんなことのくり返しばかりで、あっという間に終わってしまった。
(もったいないことをしてしまった)
後悔してもしきれない。情けない気持ちに思わず俯くと「悪くない剣筋ですよ」と気遣ってくれる。
「ですが、できれば少し手癖を直されたほうがいいでしょう。そうですね……次回からは手合わせ半分、手ほどき半分にしましょうか」
思ってもみなかった提案にパッと顔を上げた。
「それは、また手ほどきしてもらえるということですか?」
「殿下が嫌でなければ」
「嫌などと、わたしのほうから頼みたいくらいです」
「では、そのように」
将軍の微笑む顔に胸が熱くなった。興奮から細剣を持つ手がブルッと震える。
(もしかして将軍はわたしを武人として認めてくれたのだろうか)
だから手ほどきをしてくれているのではないだろうか。将軍の本心はわからない。尋ねれば教えてくれるかもしれないが、武人ではないと否定されるのが怖くて口にすることはできなかった。
(わたしの勝手な思い込みだとしても、少なくとも手ほどきしようと思ってくれているということだ)
最後に大きな女神の祝福を与えられた気がした。たとえこの想いが伝わることはなくても武人として見てもらえているだけで嬉しい。
(女神よ、感謝します)
将軍の話を聞きながら女神に祈らずにはいられなかった。
(これでは本当に恋をする乙女のようじゃないか)
馬鹿げた言葉に笑い飛ばそうとした。だが、できなかった。もう自分の気持ちを誤魔化すことはできない。見て見ぬ振りを続けるには想いが強くなりすぎていた。
(わたしは将軍が好きだ。そういう意味で慕っている)
今でも武人として憧れる気持ちが一番強い。だが、それと同じくらい別の想いも強くなっていた。憧れとは明らかに違う、それなのに同じくらい抑えがたい衝動に胸が苦しくなることさえある。
「ははっ、まさか囚われの身になってからこんな気持ちを抱くことになるとはな」
漏れた声は掠れていて力がない。どんなに慕っても叶わぬ相手だというのに何をやっているのかと苦い笑みが浮かんだ。
(しかもいずれ自分の首をはねる相手だぞ?)
そうだ、だからこそ将軍にこの気持ちを悟られるわけにはいかない。知られれば将軍に負担をかけてしまうことになる。
(優しい人だからわたしの気持ちに気づけば気を遣うだろう)
そんなことをされても虚しくなるだけだ。初めての恋情がこんなにも重苦しいものになるとは……目を瞑りため息をついたものの気持ちが薄まることはなかった。
将軍に会えばつらくなる。わかっていても呼ばれれば会わずにはいられない。苦しい胸の内をグッとこらえながら、今日も将軍に会いたくて中庭へと向かった。
「それにしても、まさか手ほどきまで始めるとはなぁ」
「それにはわたしも驚いている」
そう答えながら将軍が消えた小屋に視線を向けた。今日も中庭に着くと会話もそこそこに手合わせを始めた。本当は話したい気持ちもあるが、言葉を交わせば想いを知られてしまうかもしれない。そう思って自ら話を中断した。それに剣を交えている間は余計なことを考えなくて済む。
ところがいつもより随分早い時間で将軍が剣を下ろしてしまった。まさか何か気づいたのだろうか。一瞬身構えたものの、将軍の口から出てきたのは「手ほどきもしましょうか」という言葉だった。
そうして小屋に入ったのだが、先ほどから何かが落ちる音が何度も聞こえてくる。
「やれやれ、また何か落としやがったな。ったく、後で片付ける身にもなれっていうんだ」
小屋を見ながらエルドが大きなため息をついた。そうした態度にはすっかり慣れてきたが、上官に対するものとしてはやはりかけ離れている。気さくな人物とはいえ将軍が許しているのはなぜだろうか。そう思ったからか、つい「副官らしくないな」と口にしてしまった。
「やっぱりそう思います?」
「少なくともわたしの周りにはいなかった」
「ははっ、でしょうね。俺とディオは将軍と副官という立場ではありますが、その前に幼馴染みなんで、つい昔の口調が出てしまうんですよねぇ」
「幼馴染み?」
「子どもの頃からの腐れ縁ってやつですよ。もう三十年近くの付き合いになりますか。あぁでも、公のときはちゃんと立場をわきまえていますんでご心配なく」
「三十年とはすごいな。わたしなんてまだ生まれてもいない」
「赤ん坊だったんで当時の記憶はありませんが、たまにディオが子守をしてくれてたらしいんです。そうか、ってことは幼馴染みというより兄弟のほうが近いか」
エルドは三十二だと言っていた。ディエイガー将軍の母親とエルドの父親が同じ時期に同じ場所で鍛錬していた間柄だったらしく、その縁もあって生まれたときから近くにいたのだと続ける。
(うらやましいな)
ついそんなふうに思ってしまった自分に驚いた。今のは間違いなく嫉妬だ。まさかそんな感情を抱くことになるとは思わず、戸惑いながらエルドから視線を外す。すると小屋から一際大きな音が聞こえてきた。
「まったく、だから俺が探すって言ったんだ」
将軍が探しているのは片手剣より刀身が細い細剣だ。手ほどきをするなら使い慣れた細剣のほうがいいだろうと言ったのは将軍だった。
「殿下、こう言っちゃあなんですがディオは細剣の扱いはそれほどでもないですよ。手合わせならまだしも手ほどきなんてできるとは思えませんがね」
「そんなことはないだろう。それに将軍に指南してもらえるだけでもわたしにとっては夢のような話だ」
「夢ねぇ。いやぁ、まったくもって殿下は熱心でいらっしゃる」
「熱心というほどではないと思うが……」
「では情熱的と言ったほうがよろしかったでしょうか?」
からかうような言い方に視線を向けると、何かを言いたそうな眼差しでこちらを見ていることに気づいた。まさか将軍への気持ちに気づかれたのだろうか。将軍本人もだが副官であるエルドに気づかれるのも困る。
「殿下ほど熱心な人は我が軍にもいませんよ」
「そんなことはないだろう」
「いえいえ、ディオに手ほどきを受けようなんて命がいくつあっても足りません。それにディオは訓練であっても容赦ないですからね。そんなやつに望んで手ほどきを受けようなんて殿下は随分熱心でいらっしゃる。憧れていたとは聞きましたが、それ以上の気持ちがあるように見えますよ」
いつもようにニヤッと笑っているが目は笑っていない。思わず言葉を詰まらせていると「いい加減にしろ」という声が聞こえてきた。
「いくら殿下が寛容だとしてもおまえの態度は無礼だぞ」
将軍の声にホッとした。ようやく見つけたのか手には二本の細剣が握られているが、一本はメレキアでは見たことがない長さをしている。
「それともおまえにも手ほどきしてやろうか」
「滅相もない。俺は十分です」
近づいてきた将軍にそう答えたエルドが慌てて離れた。呆れたようにため息をついた将軍が「あいつの言うことは気にされませんように」と言いながら小振りなほうの細剣を差し出す。
「殿下の体つきなら、このくらいがよいのではと思ったのですが」
手にすると懐かしい重さに思わず頬が緩んだ。何度か柄を握り締めてみるが太さも手触りもしっくりくる。
「扱いにくくありませんか?」
「大丈夫です」
「では始めましょうか」
「よろしくお願いします」
そう口にすると将軍の表情が少しだけ変わった。手合わせのときもだが、こうして武人らしい表情の将軍は惚れ惚れするほど凛々しく胸が高鳴る。そんなふうに感じる自分に気づき、慌てて「余計なことは考えるな」と叱りながら剣を構えた。
(やはり使い慣れた細剣のほうがしっくりくるな)
同時に初めて細剣を手にしたときの気持ちが蘇った。将軍直々の指南だと思うと自然と気持ちが昂ぶる。
「殿下、そう力んでは体が動きませんよ」
「そうですね……つい力が入ってしまいました」
深呼吸をすると、「もう少し剣を下げて」と大きな手が二の腕に触れた。それだけで鼓動が跳ねてしまい、思わず「しっかりしろ」と自分に言い聞かせる。
(手ほどきはこれが最初で最後に違いない。しっかり学ばなくては)
そう思うたびに力んでしまい自分が情けなくなった。せっかくの手ほどきだというのにそんなことのくり返しばかりで、あっという間に終わってしまった。
(もったいないことをしてしまった)
後悔してもしきれない。情けない気持ちに思わず俯くと「悪くない剣筋ですよ」と気遣ってくれる。
「ですが、できれば少し手癖を直されたほうがいいでしょう。そうですね……次回からは手合わせ半分、手ほどき半分にしましょうか」
思ってもみなかった提案にパッと顔を上げた。
「それは、また手ほどきしてもらえるということですか?」
「殿下が嫌でなければ」
「嫌などと、わたしのほうから頼みたいくらいです」
「では、そのように」
将軍の微笑む顔に胸が熱くなった。興奮から細剣を持つ手がブルッと震える。
(もしかして将軍はわたしを武人として認めてくれたのだろうか)
だから手ほどきをしてくれているのではないだろうか。将軍の本心はわからない。尋ねれば教えてくれるかもしれないが、武人ではないと否定されるのが怖くて口にすることはできなかった。
(わたしの勝手な思い込みだとしても、少なくとも手ほどきしようと思ってくれているということだ)
最後に大きな女神の祝福を与えられた気がした。たとえこの想いが伝わることはなくても武人として見てもらえているだけで嬉しい。
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