美しき神官は戦神の宝珠となる

朏猫(ミカヅキネコ)

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11 募る想い2

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 その後も将軍の言葉どおり手ほどきは続いた。はじめのうちはどうしても力んでいたが、それも少しずつなくなってきている。なにより将軍の真剣な姿に毎回違う意味で気合いが入った。

(将軍自身も細剣は得意ではないと言っていたが、やはりそんなことはまったくなかった)

 たしかに体が大きいぶん瞬発力はないが、ぶれのない突きと無駄のない動きはさすがだと感服した。天性の才能を持つ武人とは将軍のことを指すための言葉に違いない。

「殿下、足に力が入りすぎています。だから次の一手がわずかに遅れてしまう。まずは腰を少し落とし、重心を前にということを意識してください」
「はい……!」

 将軍の指摘はいずれも的確で「なるほど」と何度も納得させられた。一人での鍛錬ではどうにもならなかった癖さえあっという間に直っていく。「もっと早くに手ほどきを受けることができていれば」と思うこともあったが、平和なときでは将軍と言葉を交わす日が来ることはなかっただろうと複雑な気持ちになった。

「時間が経つと剣先がどうしても落ちてしまいますね」
「すみま、せん」

 手合わせに比べれば激しい動きをしないにも関わらず、どうしても息が上がってしまう。そんな自分が情けなくて、荒い呼吸を続ける口元を隠すように左手で頬を流れる汗を拭った。

「体力と筋力のいずれを強化すべきか悩ましいところですが……いえ、やはり殿下は速度を重視するほうがいいでしょう。そのためには体力をつけるのが一番です。あとは剣の扱い方でしょうか。次はこのくらいの位置で構えてみてください」

 そう言いながら柄を持つ右手に大きな手が重なった。途端に鼓動がドクンと大きく跳ねる。自分の手も決して小さくはないはずだが、それを覆い隠すほどの大きな手を思わず凝視してしまった。

(大きさもだが、手のひらの分厚さもまったく違う)

 それだけ長く剣を握ってきたということだ。それにしてもなんて温かい手だろうか。手の甲に感じる将軍の体温に鼓動がドクドクと速まるのを感じた。このままでは余計なことばかり考えてしまう。そう思い、改めて柄をギュッと握り締める。

「殿下、必要以上に力を入れてはすぐにばててしまいますよ。それに動きも鈍ってしまいます」
「っ」

 顔を近づけてきた将軍の気配に目元がカッと熱くなった。指摘された内容よりすぐそばにある顔が気になって返事ができない。

「腕に無駄な力が入ると動きが制限されます。かといって力を抜いては威力が落ちてしまう。そのあたりの力加減はすぐにわかるようになるはずです」
「は、はい」
「見ていてください」

 体を離した将軍が手本を示すように大振りの細剣を動かした。将軍が手にしている剣は細剣にしては大きいからか、刀身を振るたびにヒュンと音がする。それよりも服越しにわかる筋肉の動きに目も心も奪われた。

(なんて美しいのだろう)

 これまで大勢の武人や見習いを見てきたが美しいと思ったことは一度もなかった。そもそも鍛えることに夢中で他人の体つきを気にしたことがない。それなのに将軍の体は惚れ惚れするほど美しく目を離すことができなかった。

(やはり将軍こそが戦神に違いない)

 将軍は戦神の剣ではなく神そのものだ。そう感じるからか初めて見たときの衝撃が蘇った。大地の女神エレツィーアに祈るときよりも魂が歓喜に震えるのを感じる。

(いつまでもこうして手合わせや手ほどきを受けたい)

 叶わぬ願いだというのに願わずにはいられなかった。思慕や恋情と呼ぶには強すぎる気持ちに心も体も燃えるように熱くなる。

「では、殿下もご一緒に」

 促されて剣を構えた。将軍の動きを傍らに感じながら、頭には先ほどまで食い入るように見ていた将軍の姿がまざまざと蘇る。そのせいで顔どころか首まで熱くなってきた。激しい動きはないというのに息まで荒くなってくる。

「今日はこのくらいにしておきましょう」

 聞こえてきた声にゆっくりと剣を下ろした。鍛錬だけではない昂ぶりに「ふぅ」と息を吐くと、「どうぞ」と将軍が手拭いを差し出した。額を流れる汗を拭いながら将軍を見る。汗を拭っているだけだというのに、そうした姿にさえ胸が高鳴った。

(将軍への想いを誤魔化しきれるだろうか)

 いつ最期を迎えることになるのかわからないが、こうして手合わせや鍛錬ができるということはアトレテス王に呼ばれるのはまだ先だということだろう。その間、抱えた想いを悟られないように将軍のそばにいることができるだろうか。

(……いや、やらなくては)

 同じようなことを子どものときにも考えていたことが蘇った。
 まだ王宮にいた頃、周囲にいる同じような歳の子どもたちが頻繁に入れ替わるのを不思議に思っていた。しかも親しくなった者たちから消えていく。しばらくして、それが異母兄の仕業だということがわかった。
 おそらく自分が誰かと仲良くするのが許せなかったのだろう。それとも将来の取り巻き候補を作らせないようにと思ったのだろうか。
 神殿に入ってからは極力親しい人を作らないように気をつけるようにしてきた。子どもの頃は寂しく思うこともあったが、下心を持つ相手も多かったためそれが最善だと今では思っている。

「殿下、汗が」
「っ!」

 突然首筋を拭われて体が跳ねた。咄嗟に仰け反ると、手拭いを手にした将軍が眉尻を下げながら「申し訳ありません」と口にする。

「流れる汗が気になって、つい」
「いえ、お気遣いいただき、……っ」

 再び首筋に手拭いが触れて言葉が詰まった。「あの、自分でできるので」と言っても将軍の手は止まらない。

「将軍、」
「あぁ、うなじの汗もひどい。長い後ろ髪のせいでこんなにも汗をかいていらっしゃる」
「これは幼い頃から汗かきだったせいかと、」
「それでも毎回こんなふうでは大変でしょう。次回までに髪を結うものを用意しておきます」
「あ、りがとう、ございます」

 会話を続けながらも手拭いはうなじから顎へと移り、そのまま耳あたりまで拭い始めた。

「おいおいディオ、それじゃあ世話係みたいだぞ」

 エルドの声にようやく将軍の手が止まった。すっかり忘れていたエルドの存在に視線を向けると、なぜか満面の笑みを浮かべている。将軍もちらりとエルドを見たが、すぐに視線を戻した。

「部屋に戻られたら着替えたほうがよろしいでしょう。随分暖かくなったとはいえ風邪を召されては大変ですから」
「そういうところが世話係みたいだって言うんだよ。ま、おまえさんがそうしたい気持ちもわからんではないけどな」
「うるさいぞ」
「おーっ怖っ。はいはい、お目付役は黙っておきますよ」

 そう言いながらもエルドの顔は笑ったままだ。その笑顔に恥ずかしい気持ちがわき上がってきた。

(こうして世話を焼かれるのは慣れているはずなのに……)

 相手が将軍だと思うと気恥ずかしくて仕方がない。

「いろいろ気遣っていただいてありがとうございます」

 ただの感謝の言葉だというのに声が上ずってしまった。誤魔化すように汗で張りついた髪を乱暴にまとめ、左肩に寄せてから手拭いで耳の下あたりを拭う。ふと、首筋にチリチリとしたものを感じた。傍らにちろっと視線を向けると、はしばみ色の目がじっと自分を見ている。

(どうかしたのだろうか)

 見てはいるものの何か言うことはない。そのせいか視線が気になって収まっていたはずの鼓動が再びうるさくなってきた。

(落ち着け、落ち着け……。この気持ちは最期まで隠しとおさなくてはいけないのだから)

 そうしなければ手合わせすらできなくなってしまう。手拭いを持つ手に力が入った。自分のことばかり考えていることに気づいて情けなくなる。

(毎日祖国のため、民のために祈りを捧げているが、そろそろ女神にお叱りを受けそうだ)

 わかっていても渦巻く想いをどうすることもできない。二十五にもなってなんというざまだろうか。汗を拭いながら小さなため息が漏れた。
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