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17 覚悟
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久しぶりに将軍と顔を合わせたからか、その日は一日中気持ちが落ち着かなかった。夜になってもそれは変わらず、ベッドに入ってからも将軍のことばかり思い浮かべてしまう。
はじめは王太子の命令が蘇って重苦しい気持ちにもなった。しかし時間が経つにつれて浮かぶのは逞しい腕に抱きしめられたことばかりで、気がつけば淫らな熱に身悶えてしまうほどになっている。
(わたしは何をやっているんだ)
情けなく思っているのに熱く昂ぶる股間に手を伸ばさずにはいられなかった。駄目だとわかっていても頭に浮かぶのは将軍の逞しい腕の感触で、草原のような香りまで思い出したからか下腹部にますます熱が集まる。
「んっ、」
下穿きの中に手を入れると先端はすでにしっとりと濡れていて驚くほど熱く硬くなっていた。
「っ、っ、っ」
手を動かすたびに息が漏れた。しんと静まりかえった部屋に熱く濡れた吐息とクチュクチュという淫らな音が響く。その音がますます興奮させ下肢を熱くした。
「ぅん、んっ、んんっ」
扱く右手が濡れてきた。思い浮かべるのは将軍の顔や体温で、抱きしめられたときの逞しさを何度も思い返しては必死に手を動かす。段々と息が上がってきた。「ハッ、ハッ」と荒い息を漏らしながら「ディエイガー将軍」と名前を呼んだときだった。
「んぅ……!」
下腹部がブルブルと震えた。尻たぶにグッと力が入り、だらしなく開いていた両足の爪先がぎゅうっと丸まる。濡れた指先で先端をグリグリといじった直後、パッと快感が弾け飛んだ。握り締めた屹立からピュクッと欲望が噴き出し、それが下穿きをじわりと濡らす。
(わたしはこんなにも……)
将軍への想いを断ち切ることなどできるはずがない。そのことを痛感しながら、なおも火照る体を慰めるように右手を動かした。
翌日、侍女たちが朝食の片付けを終えてからもヨシュアは寝室に戻らなかった。言いたいことがあるのか、ソファに座った自分をじっと見ている。「言いたいことがあるなら言えばいい」と思いながら視線を向けると無言で近づいてきた。
「お心は決まりましたか?」
昨日の今日でその言葉とは……ヨシュアが一瞬だけ王太子に見えた。髪も目もまったく違う色だというのに、冷たい眼差しが子どもの頃に何度も見た異母兄を思い起こさせる。
「わたしに将軍の命を奪うことはできない」
はっきりとそう告げるとヨシュアが眉を跳ね上げた。すぐに不快そうに眉間に皺を寄せる。
「王太子殿下の命令には従えないということですか?」
「そうじゃない。そもそもわたしの腕では将軍に傷一つつけることすらできない。手合わせを見ていたのならわかるはずだ」
「さて、それはどうでしょう」
そう言って見下ろすようにさらに一歩近づいてきた。
「戦神の化身と言われるグレモンティ将軍といえど所詮は男。殿下の美しさの前では剣の腕も鈍るのでは?」
「将軍に対し無礼だぞ」
「仇相手に無礼もないでしょう。それに殿下の様子を見にわざわざ捕虜の部屋までやって来るほどです。すっかり骨抜きになっているのではありませんか?」
「そのようなことはない。昨日来たのもアトレテス王から預かっている責任を果たそうとしただけだろう」
冷たい茶色の目をじっと見つめ返しながら言葉を続けた。
「将軍に隙はない。それはおまえにもわかるはずだ」
剣を持たない副官だったとしても将軍を見て何も感じないはずがない。ヨシュアが小さくため息をついた。やれやれと言わんばかりの態度で顔を覗き込むように上半身を屈める。
「さて、困りましたね」
相変わらず何を考えているかわからない表情だが、先ほどまでとは何かが変わった気がした。見た目も声もヨシュアで間違いないのに、なぜか別人のように見える。
「手紙にあった命令は殿下への温情だったというのに」
「温情?」
「ただ囚われているだけで何もできない殿下への、心優しき王太子殿下からの温情だと申し上げたのです。本来なら命を絶って謝罪すべきところを、半分とはいえ血を分けた兄弟。敵将の首をはねれば以前と同じように神官として、いえ、最後まで戦った将軍として迎え入れるおつもりだったのです」
ヨシュアが口の端をクッと持ち上げた。王太子そっくりの表情に背中がゾクッと震える。
「ですが、将軍の命を奪えないとおっしゃるなら殿下がここで生きている意味はありません。王太子殿下からの手紙にもそのように書かれていたはずですが」
「……わかっている」
手紙の最後には将軍の命を奪うこと、それができないなら己の手で自分を処分するようにと書いてあった。処分、つまり命を絶てということだ。
(兄上の本当の目的はそちらだったのかもな)
もし本当に将軍の命を奪えるならよし、無理でも煙たい自分を消す理由になる。むしろメレキアのためには女神の愛し子がいつまでもアトレテスのもとにいるほうが問題だ。どちらに転んでも王太子にとってはよかったに違いない。
(こうしたことに巻き込まれるから神殿から出てはいけないと言っていたのか)
もう随分と顔を見ていない従兄からの手紙を思い出した。難しい立場にあった従兄は王太子の性格を早くに悟り、だから国を離れた後も自分のことを心配してくれていたのだろう。
「王太子の命令はわかっている。だが、将軍の命を奪うことはできない」
「では殿下は自死を選ばれた、そう王太子殿下にお返事申し上げてもかまいませんね?」
「かまわない。だが、自死はできない」
ソファから立ち上がりヨシュアの前に立つ。
「神官であるこの身は自死が許されていない。だからおまえに最後を頼みたい」
「冗談じゃありませんよ」
言葉を遮るようにヨシュアが声を上げた。
「なぜわたしが手伝いをしなくてはいけなのです?」
「しかし……」
「そもそもわたしも女神に仕える神官の身。同じ神官である殿下のお命を奪うことは許されません。仇であるアトレテスの武人ならまだしも、同じ神官を手にかけたとなれば我が国に帰ったときにどんなそしりを受けることか」
なんという勝手な言い分だろうか。だが、ヨシュアの言葉は女神の教えでありそれを否定することはできなかった。
「いいですか。あなたは神官ではありますが元は第二王子、それに神官軍の将軍でもあります。たしかに神官軍は女神に仕える軍ではありますが、将軍は必ずしも神官である必要はありません。そのように聖典にも記されています」
「もちろん知っている。だが、わたしは神官だ」
「いいえ、あなたは神官としてではなく第二王子として将軍になったのです」
「なんだと……?」
「神殿の記録もそのようになっていると王太子殿下から伺っております」
自分を将軍に推挙したのは王太子だ。つまりあのときからいずれは自死させるつもりだったということだ。
「そこまでわたしのことを……」
「そもそも捕らえられた段階で自死を選んでいればよかったのです。あなたは武人として生きたかったのでしょう? 武人ならなおのこと生き恥をさらすことを選ぶべきではなかったのでは?」
武人への道を許さなかったのは神殿ではないか。生まれて初めて燃えるような憎悪を感じた。王妃や王太子に何度理不尽なことをされてもこれまで憎しみを抱くことはなかった。自分が黒髪で生まれたせいで二人はそうなってしまったのだと受け止め続けた。
(そんな思いなど王太子には必要なかったのだ)
目の前が真っ赤になった。最後の最後で神官にあるまじき感情が嵐のように渦巻く。
「それに他殺となれば真っ先にわたしが疑われます。そんな目にわたしが遭ってもよいとおっしゃるのですか?」
奥歯をギリと噛み締めた。今口を開けば女神の耳には入れられない言葉ばかりが噴き出してしまうだろう。
「わたしは今後も王太子殿下の役に立たねばなりません。あなたの我が儘に付き合うことなどご免です。ご自身の手で始末をなさってください」
吐き捨てるようにそれだけ言うと寝室へと姿を消した。これまで見たことがないヨシュアの態度に「そういうことか」と天井を仰いだ。
(ヨシュアは王太子派だったのか)
王宮には今でも自分を次の国王にと推す勢力があるのは知っていた。そうした勢力を国王はうまく利用して力を自分に集中させてきた。だが、王太子にとっては心休まらない状況だっただろう。いずれ自分を排除するために神殿に自らの派閥を拡げていたに違いない。
(監視されているように感じたのもそういうことか)
いくら歩み寄ろうとしても壁を感じていたのも納得がいく。「ははは」と渇いた笑い声が漏れた。
国王の思惑のために生み落とされ、そのせいで生母にも王妃にも異母兄にさえ疎まれてきた。王族としての地位は早々に取り上げられ、神殿に入れられてからは道具として祭り上げられた。それでも神官として生きてきたが、最後は武人として自ら果てよという。
「わたしはなんのために生きてきたのだ」
力が抜けたような気がした。何もかもがどうでもよくなる。なんとか立ち上がり、フラフラとした足取りで寝室に入った。
(ただ流されるばかりのわたしに女神もお怒りなのだろうな)
将軍との再会は女神の祝福だと思っていた。だが、すべてが残酷な結末への道筋でしかなかったのだ。項垂れるように俯いたまま椅子に腰かける。
トントン。
まだ言い足りないことでもあるのだろうか。ヨシュアだと思い「入れ」と答えるが、「失礼します」と聞こえてきた声にパッと顔を上げた。
「将軍」
部屋に入ってきたのはディエイガー将軍だった。「どうして」と声にならないつぶやきを漏らすと、それが聞こえたのか「お時間をくださいと申し上げたはずですが」と言われて前日のやり取りを思い出す。
おかげで将軍に抱きしめられたことまで蘇った。そのせいで昨夜は散々体を熱くしたというのに、今はただ苦しくて顔を見ることができない。ほんの少し視線を逸らしたが、それを許さないとばかりに目の前に将軍が立った。
「わたしに何か隠していらっしゃいませんか?」
ドクンと鼓動が跳ねた。もしかして王太子からの手紙に気づいたのだろうか。いや、あの手紙は読んですぐにヨシュアが燃やした。それにもし内容を知っているのであればとっくに自分は拘束されているはずだ。
「何もありません」
答える声が少し震えている。それでも何もないのだと信じてもらうために将軍を見上げた。
(あぁ、やはり見るべきではなかった)
将軍はなんと眩しいのだろう。撫で上げた銀の髪もはしばみ色の目も、左頬に残る傷痕さえも何もかもが愛おしい。
(愛おしい、か)
そう思うのもこれが最後だ。愚かな自分を蔑むように口元が歪む。
すると将軍が床に片膝をついた。まさかそんなことをするとは思わず、慌てて「将軍」と声をかけるが立ち上がろうとしない。
「昨日も申し上げましたが、御身はわたしが必ずお守りします。しかし隠し事をされていては守れるものも守れなくなってしまいます」
真摯な眼差しに心が震えた。喜びに目元が熱くなる。それでも答えることはできない。
「隠し事などしていません」
どうか最後まで誤魔化されてほしい……そう思い、無理やり微笑みを作った。
「本当に何も隠してなどいません。ですが、お気遣い感謝します」
「本当ですか?」
「はい。食事には気をつけます。これ以上将軍の手を煩わせるようなことはしませんのでご心配なく」
返事はない。息苦しいまでの空気に微笑む頬がひくりと震える。
「何をお考えですか?」
「え……?」
「そのような表情は初めて拝見します」
「そのような、とは」
「泣きたいのではありませんか?」
探るような眼差しに唇をきゅっと引き締めた。視線に耐えられず、逞しい肩のあたりを見る。
「意味がわかりかねます」
そう口にすると将軍の手が動いた。その手が自分向かっていることに気づきギョッとするが、椅子に座っているため避けることができない。
大きな手が頬に触れた。そっと触れ、一度離れた手が今度は包み込むように触れる。そうかと思えば親指が目尻を撫でるように動いた。
「何を苦しんでおられるのです?」
「な、にも」
「手合わせしていたときは輝いていた瞳が今はこうも暗く沈んでいらっしゃる。殿下を苦しめているものはなんですか?」
「何も、何もありません」
「わたしは殿下の心を苦しめているものからも守りたいのです」
抑え込んでいた感情があふれ出しそうになった。目頭が熱くなるのがわかり、急いで顎を引いて顔を隠すように俯く。
「何も隠してなどいません」
そう答えてから小さく息を吸った。大丈夫、そう自分に言い聞かせながら顔を上げる。
「昨日も言いましたが、どうかもう気遣わないでください。このままでは将軍の立場を危うくしかねません」
「わたしのことはお気になさいませんように」
「いいえ、わたしのせいで将軍に何かあっては自分が許せなくなります」
はしばみ色の目がじっと自分を見つめている。それを見つめ返しながら、不思議と心が凪いでくるのを感じた。
(わたしは将軍を守りたい)
自分の命は将軍を守ることに使いたい。心は決まった。しっかりと将軍を見つめながら「わたしは大丈夫です」と告げる。
片膝をついていた将軍が立ち上がった。最後にこの目に焼きつけようと、爪先から順に視線を上げて最後に愛しい顔を見つめる。
「城に呼ばれたため明日の午後まで不在にします。戻りましたらまたお伺いします」
それだけ口にすると将軍が背を向けた。広い背中を見るのもこれが最後かと思うと切ない気持ちがわき上がってくる。
(だが、悔いはない)
逞しい後ろ姿を見つめながら決意するように唇を真一文字に引き締めた。
はじめは王太子の命令が蘇って重苦しい気持ちにもなった。しかし時間が経つにつれて浮かぶのは逞しい腕に抱きしめられたことばかりで、気がつけば淫らな熱に身悶えてしまうほどになっている。
(わたしは何をやっているんだ)
情けなく思っているのに熱く昂ぶる股間に手を伸ばさずにはいられなかった。駄目だとわかっていても頭に浮かぶのは将軍の逞しい腕の感触で、草原のような香りまで思い出したからか下腹部にますます熱が集まる。
「んっ、」
下穿きの中に手を入れると先端はすでにしっとりと濡れていて驚くほど熱く硬くなっていた。
「っ、っ、っ」
手を動かすたびに息が漏れた。しんと静まりかえった部屋に熱く濡れた吐息とクチュクチュという淫らな音が響く。その音がますます興奮させ下肢を熱くした。
「ぅん、んっ、んんっ」
扱く右手が濡れてきた。思い浮かべるのは将軍の顔や体温で、抱きしめられたときの逞しさを何度も思い返しては必死に手を動かす。段々と息が上がってきた。「ハッ、ハッ」と荒い息を漏らしながら「ディエイガー将軍」と名前を呼んだときだった。
「んぅ……!」
下腹部がブルブルと震えた。尻たぶにグッと力が入り、だらしなく開いていた両足の爪先がぎゅうっと丸まる。濡れた指先で先端をグリグリといじった直後、パッと快感が弾け飛んだ。握り締めた屹立からピュクッと欲望が噴き出し、それが下穿きをじわりと濡らす。
(わたしはこんなにも……)
将軍への想いを断ち切ることなどできるはずがない。そのことを痛感しながら、なおも火照る体を慰めるように右手を動かした。
翌日、侍女たちが朝食の片付けを終えてからもヨシュアは寝室に戻らなかった。言いたいことがあるのか、ソファに座った自分をじっと見ている。「言いたいことがあるなら言えばいい」と思いながら視線を向けると無言で近づいてきた。
「お心は決まりましたか?」
昨日の今日でその言葉とは……ヨシュアが一瞬だけ王太子に見えた。髪も目もまったく違う色だというのに、冷たい眼差しが子どもの頃に何度も見た異母兄を思い起こさせる。
「わたしに将軍の命を奪うことはできない」
はっきりとそう告げるとヨシュアが眉を跳ね上げた。すぐに不快そうに眉間に皺を寄せる。
「王太子殿下の命令には従えないということですか?」
「そうじゃない。そもそもわたしの腕では将軍に傷一つつけることすらできない。手合わせを見ていたのならわかるはずだ」
「さて、それはどうでしょう」
そう言って見下ろすようにさらに一歩近づいてきた。
「戦神の化身と言われるグレモンティ将軍といえど所詮は男。殿下の美しさの前では剣の腕も鈍るのでは?」
「将軍に対し無礼だぞ」
「仇相手に無礼もないでしょう。それに殿下の様子を見にわざわざ捕虜の部屋までやって来るほどです。すっかり骨抜きになっているのではありませんか?」
「そのようなことはない。昨日来たのもアトレテス王から預かっている責任を果たそうとしただけだろう」
冷たい茶色の目をじっと見つめ返しながら言葉を続けた。
「将軍に隙はない。それはおまえにもわかるはずだ」
剣を持たない副官だったとしても将軍を見て何も感じないはずがない。ヨシュアが小さくため息をついた。やれやれと言わんばかりの態度で顔を覗き込むように上半身を屈める。
「さて、困りましたね」
相変わらず何を考えているかわからない表情だが、先ほどまでとは何かが変わった気がした。見た目も声もヨシュアで間違いないのに、なぜか別人のように見える。
「手紙にあった命令は殿下への温情だったというのに」
「温情?」
「ただ囚われているだけで何もできない殿下への、心優しき王太子殿下からの温情だと申し上げたのです。本来なら命を絶って謝罪すべきところを、半分とはいえ血を分けた兄弟。敵将の首をはねれば以前と同じように神官として、いえ、最後まで戦った将軍として迎え入れるおつもりだったのです」
ヨシュアが口の端をクッと持ち上げた。王太子そっくりの表情に背中がゾクッと震える。
「ですが、将軍の命を奪えないとおっしゃるなら殿下がここで生きている意味はありません。王太子殿下からの手紙にもそのように書かれていたはずですが」
「……わかっている」
手紙の最後には将軍の命を奪うこと、それができないなら己の手で自分を処分するようにと書いてあった。処分、つまり命を絶てということだ。
(兄上の本当の目的はそちらだったのかもな)
もし本当に将軍の命を奪えるならよし、無理でも煙たい自分を消す理由になる。むしろメレキアのためには女神の愛し子がいつまでもアトレテスのもとにいるほうが問題だ。どちらに転んでも王太子にとってはよかったに違いない。
(こうしたことに巻き込まれるから神殿から出てはいけないと言っていたのか)
もう随分と顔を見ていない従兄からの手紙を思い出した。難しい立場にあった従兄は王太子の性格を早くに悟り、だから国を離れた後も自分のことを心配してくれていたのだろう。
「王太子の命令はわかっている。だが、将軍の命を奪うことはできない」
「では殿下は自死を選ばれた、そう王太子殿下にお返事申し上げてもかまいませんね?」
「かまわない。だが、自死はできない」
ソファから立ち上がりヨシュアの前に立つ。
「神官であるこの身は自死が許されていない。だからおまえに最後を頼みたい」
「冗談じゃありませんよ」
言葉を遮るようにヨシュアが声を上げた。
「なぜわたしが手伝いをしなくてはいけなのです?」
「しかし……」
「そもそもわたしも女神に仕える神官の身。同じ神官である殿下のお命を奪うことは許されません。仇であるアトレテスの武人ならまだしも、同じ神官を手にかけたとなれば我が国に帰ったときにどんなそしりを受けることか」
なんという勝手な言い分だろうか。だが、ヨシュアの言葉は女神の教えでありそれを否定することはできなかった。
「いいですか。あなたは神官ではありますが元は第二王子、それに神官軍の将軍でもあります。たしかに神官軍は女神に仕える軍ではありますが、将軍は必ずしも神官である必要はありません。そのように聖典にも記されています」
「もちろん知っている。だが、わたしは神官だ」
「いいえ、あなたは神官としてではなく第二王子として将軍になったのです」
「なんだと……?」
「神殿の記録もそのようになっていると王太子殿下から伺っております」
自分を将軍に推挙したのは王太子だ。つまりあのときからいずれは自死させるつもりだったということだ。
「そこまでわたしのことを……」
「そもそも捕らえられた段階で自死を選んでいればよかったのです。あなたは武人として生きたかったのでしょう? 武人ならなおのこと生き恥をさらすことを選ぶべきではなかったのでは?」
武人への道を許さなかったのは神殿ではないか。生まれて初めて燃えるような憎悪を感じた。王妃や王太子に何度理不尽なことをされてもこれまで憎しみを抱くことはなかった。自分が黒髪で生まれたせいで二人はそうなってしまったのだと受け止め続けた。
(そんな思いなど王太子には必要なかったのだ)
目の前が真っ赤になった。最後の最後で神官にあるまじき感情が嵐のように渦巻く。
「それに他殺となれば真っ先にわたしが疑われます。そんな目にわたしが遭ってもよいとおっしゃるのですか?」
奥歯をギリと噛み締めた。今口を開けば女神の耳には入れられない言葉ばかりが噴き出してしまうだろう。
「わたしは今後も王太子殿下の役に立たねばなりません。あなたの我が儘に付き合うことなどご免です。ご自身の手で始末をなさってください」
吐き捨てるようにそれだけ言うと寝室へと姿を消した。これまで見たことがないヨシュアの態度に「そういうことか」と天井を仰いだ。
(ヨシュアは王太子派だったのか)
王宮には今でも自分を次の国王にと推す勢力があるのは知っていた。そうした勢力を国王はうまく利用して力を自分に集中させてきた。だが、王太子にとっては心休まらない状況だっただろう。いずれ自分を排除するために神殿に自らの派閥を拡げていたに違いない。
(監視されているように感じたのもそういうことか)
いくら歩み寄ろうとしても壁を感じていたのも納得がいく。「ははは」と渇いた笑い声が漏れた。
国王の思惑のために生み落とされ、そのせいで生母にも王妃にも異母兄にさえ疎まれてきた。王族としての地位は早々に取り上げられ、神殿に入れられてからは道具として祭り上げられた。それでも神官として生きてきたが、最後は武人として自ら果てよという。
「わたしはなんのために生きてきたのだ」
力が抜けたような気がした。何もかもがどうでもよくなる。なんとか立ち上がり、フラフラとした足取りで寝室に入った。
(ただ流されるばかりのわたしに女神もお怒りなのだろうな)
将軍との再会は女神の祝福だと思っていた。だが、すべてが残酷な結末への道筋でしかなかったのだ。項垂れるように俯いたまま椅子に腰かける。
トントン。
まだ言い足りないことでもあるのだろうか。ヨシュアだと思い「入れ」と答えるが、「失礼します」と聞こえてきた声にパッと顔を上げた。
「将軍」
部屋に入ってきたのはディエイガー将軍だった。「どうして」と声にならないつぶやきを漏らすと、それが聞こえたのか「お時間をくださいと申し上げたはずですが」と言われて前日のやり取りを思い出す。
おかげで将軍に抱きしめられたことまで蘇った。そのせいで昨夜は散々体を熱くしたというのに、今はただ苦しくて顔を見ることができない。ほんの少し視線を逸らしたが、それを許さないとばかりに目の前に将軍が立った。
「わたしに何か隠していらっしゃいませんか?」
ドクンと鼓動が跳ねた。もしかして王太子からの手紙に気づいたのだろうか。いや、あの手紙は読んですぐにヨシュアが燃やした。それにもし内容を知っているのであればとっくに自分は拘束されているはずだ。
「何もありません」
答える声が少し震えている。それでも何もないのだと信じてもらうために将軍を見上げた。
(あぁ、やはり見るべきではなかった)
将軍はなんと眩しいのだろう。撫で上げた銀の髪もはしばみ色の目も、左頬に残る傷痕さえも何もかもが愛おしい。
(愛おしい、か)
そう思うのもこれが最後だ。愚かな自分を蔑むように口元が歪む。
すると将軍が床に片膝をついた。まさかそんなことをするとは思わず、慌てて「将軍」と声をかけるが立ち上がろうとしない。
「昨日も申し上げましたが、御身はわたしが必ずお守りします。しかし隠し事をされていては守れるものも守れなくなってしまいます」
真摯な眼差しに心が震えた。喜びに目元が熱くなる。それでも答えることはできない。
「隠し事などしていません」
どうか最後まで誤魔化されてほしい……そう思い、無理やり微笑みを作った。
「本当に何も隠してなどいません。ですが、お気遣い感謝します」
「本当ですか?」
「はい。食事には気をつけます。これ以上将軍の手を煩わせるようなことはしませんのでご心配なく」
返事はない。息苦しいまでの空気に微笑む頬がひくりと震える。
「何をお考えですか?」
「え……?」
「そのような表情は初めて拝見します」
「そのような、とは」
「泣きたいのではありませんか?」
探るような眼差しに唇をきゅっと引き締めた。視線に耐えられず、逞しい肩のあたりを見る。
「意味がわかりかねます」
そう口にすると将軍の手が動いた。その手が自分向かっていることに気づきギョッとするが、椅子に座っているため避けることができない。
大きな手が頬に触れた。そっと触れ、一度離れた手が今度は包み込むように触れる。そうかと思えば親指が目尻を撫でるように動いた。
「何を苦しんでおられるのです?」
「な、にも」
「手合わせしていたときは輝いていた瞳が今はこうも暗く沈んでいらっしゃる。殿下を苦しめているものはなんですか?」
「何も、何もありません」
「わたしは殿下の心を苦しめているものからも守りたいのです」
抑え込んでいた感情があふれ出しそうになった。目頭が熱くなるのがわかり、急いで顎を引いて顔を隠すように俯く。
「何も隠してなどいません」
そう答えてから小さく息を吸った。大丈夫、そう自分に言い聞かせながら顔を上げる。
「昨日も言いましたが、どうかもう気遣わないでください。このままでは将軍の立場を危うくしかねません」
「わたしのことはお気になさいませんように」
「いいえ、わたしのせいで将軍に何かあっては自分が許せなくなります」
はしばみ色の目がじっと自分を見つめている。それを見つめ返しながら、不思議と心が凪いでくるのを感じた。
(わたしは将軍を守りたい)
自分の命は将軍を守ることに使いたい。心は決まった。しっかりと将軍を見つめながら「わたしは大丈夫です」と告げる。
片膝をついていた将軍が立ち上がった。最後にこの目に焼きつけようと、爪先から順に視線を上げて最後に愛しい顔を見つめる。
「城に呼ばれたため明日の午後まで不在にします。戻りましたらまたお伺いします」
それだけ口にすると将軍が背を向けた。広い背中を見るのもこれが最後かと思うと切ない気持ちがわき上がってくる。
(だが、悔いはない)
逞しい後ろ姿を見つめながら決意するように唇を真一文字に引き締めた。
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● 彼の性格
• 極めて面倒見がよく、観察力が高い
• 感情を声高に表に出さないが、内側は情に厚い
• 責任を引き受けることを当然のように思っている
• 自分が誰かに寄りかかることだけは、少し苦手
どこか「自分は脇役でいい」と思っている節があり、それが彼の誠実さと同時に、不器用さでもあった。
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■ 過去と喪失 ――愛したオーク
ガスパールはかつて、平民出身のオーク男性と結ばれていた。
家柄も立場も違う相手だったが、
彼はその伴侶の、
不器用な優しさ
朝食を焦がしてしまうところ
眠る前に必ず手を探してくる癖
を、何よりも大切にしていた。
しかし、その伴侶はすでにこの世を去っている。
現在ガスパールが暮らしているのは、
貴族街から少し離れた、二階建ての小さな屋敷。
華美ではないが、掃除が行き届き、静かな温もりのある家だ。
彼は今も毎日のように墓参りを欠かさない。
それは悲嘆というより、対話に近い行為だった。
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■ 現在の生活
ガスパールは現在、
街の流通を取り仕切る代表的な役職に就いている。
多忙な職務の合間にも、
洗濯、掃除、料理
帳簿の整理
屋敷の修繕
をすべて自分でこなす。
仕事、家事、墓参り。
規則正しく、静かな日々。
――あなたが現れるまでは。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
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たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
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