美しき神官は戦神の宝珠となる

朏猫(ミカヅキネコ)

文字の大きさ
21 / 39

21 今後の道筋1

しおりを挟む
 数日後、メレキア国内の砦に幽閉されていた王太子の身柄がアトレテス国内に移されたと聞いた。行き先はアトレテス内でもっとも堅牢な砦の一つと呼ばれている場所だと教えてくれたのは将軍で、移送中に一騒ぎあったことを口にしたのはエルドだった。

「そりゃあもう大変だったみたいですよ」
「何があったんだ?」
「ぶっちゃけて言えば最後の悪あがきってやつですかね。相当見苦しかったみたいですけど」

 自分が知る王太子からは想像できない言葉だ。

「砦から引っ張り出すときが一番大変だったみたいですよ。『イシェイドが裏切ったのだろう!』なんて何度も喚き散らしたとか」

 移送中の馬車の中でも似たようなことを叫び続け、途中からはブツブツと何かをずっとつぶやいていたのだそうだ。それは今も変わらないらしく、「ま、脱走計画を立てられるよりかはマシですけど」とエルドがため息をつく。

「その話はもういいだろう」
「おっと、嫉妬か?」
「誰に対してだ?」
「おまえさんがあんな小者に嫉妬するわけないよな。はいはい、わかってるよ」

 将軍が淹れてくれたハーブティーを一口飲み、カップをテーブルに戻した。

「それで、わたしはどうなるのでしょうか」
「殿下ですか? どうにもなりませんよ?」

 答えたのはエルドだった。「あり得ないだろう」と指摘するが「いえいえ、殿下はこのままディオの屋敷に住み続けることになります」と返される。

「そんなはずはないだろう。今回の件には少なからずわたしも関わっている」
「巻き込まれただけですけどね」
「だが、」
「殿下にはこのまま当屋敷に、わたしの手元にいていただきます」

 将軍の言葉にも「しかし」と反論した。

「それでは示しがつかないのではありませんか?」
「問題ありません」

 そんなはずがない。自らの意志で事を起こすことはないとしても自分が危険な存在だということはわかったはずだ。アトレテスに刃向かう者たちを一掃したという話だが、アトレテスの手が及ばないところに逃れた王太子派もいるはず。王太子の気持ちを汲んで再び自分を巻き込もうと企てる者もいるだろう。いくら拒絶しても拒みきれない可能性は否定できなかった。

「わたしがいては将軍に害を与えることになるかもしれません」
「そんなことはありません」
「……もしや誓いを立てたから保護し続けるということですか?」

 将軍が小さくため息をついた。

「では、わたしを慕っているという殿下のお言葉は偽りだったということですか?」
「そんなことはありません! ですがわたしは捕虜の身。将軍の身を案じているのです」
「以前も申し上げたとおり、御身も我が身もこの手で守ります。そもそも伴侶をそばに置くことになんの問題がありましょうか」

 そう口にした将軍がカップを持ち上げた。表情一つ変えずハーブティーを飲んでいるが、今とんでもないことを口にしなかっただろうか。ポカンとしていると、将軍の傍らに立つエルドがプッと吹き出した。

「まったく、どんなときも仲がよろしいことで」

 そう言ったかと思えば再び吹き出した。副官の様子が気にならないのか将軍は視線を向けることなくカップを傾けている。

「あの、どういう意味でしょうか」

 そう将軍に尋ねると「言葉どおりですよ」と返ってくる。

「伴侶というのは、わたしのことですか?」
「はい」
「……あの、どなたの伴侶に……」
「わたしですが」

 今度こそ目を見開いた。数日前、たしかに将軍とは想いを交わした。しかし自分が伴侶になれるはずはなく、そもそもアトレテスは同性婚を認めているのだろうか。

(それ以前にわたしは捕虜の身だ。利用価値がなくなればいずれ……)

 唇をキュッと噛み締めた。夢のような告白に見て見ぬ振りをしてきたが、自分の立場は今も危ういままで将軍との未来があるとは思えない。

「ディオ、ちゃんと説明して差し上げないとわからないだろ」

 しかし将軍はカップを傾けるばかりだ。「やれやれ」とため息をついたエルドが苦笑しながらこちらを見た。

「殿下の身柄は引き続きディオが監視することになったんですがね。こいつ、手元に置くなら奥方としてもらい受けたい、なんて言い出しまして」
「奥方……そんなことを言えば将軍の立場が悪くなります」
「殿下もそう思いますよね? 貴族たちもそりゃもう大騒ぎしましてね。殿下が危うかったあの日もそれで城に呼び出されていたんですよ。ところが全部放り投げて屋敷に戻ってしまったというわけです」

「陛下から二重に叱られましたよ」と言ってエルドが笑った。

「それでもディオの気持ちは変わらなかった。それどころかこのいかつい顔で威圧しまくるんで、ついには陛下も折れたというわけです。ということで、殿下は捕虜ではなく公爵夫人という立場になります。あぁでも殿下は王族ですから、夫人ではなく殿下のままですかね」

 話を聞きながら目眩がした。生涯守るというあの言葉は婚姻が前提にあったということだ。

「わたしとの婚姻は望まれませんか?」
「そんなことはありません! 叶うならわたしのほうこそ……ですが、そんなことをしては」
「では問題ありませんね」
「将軍!」
「おいおい、ディオ。殿下が気にされているのはそこじゃないっておまえさんもわかってるだろ? それでも黙ってるつもりか?」

 将軍からの返事はない。「まったく手のかかるやつだな」と言いながらエルドが金髪をグシャッと掻いた。

「ええとですね、王太子がアトレテスの砦に移されたと知ったメレキア国内は、今大混乱の真っ直中にあります。王太子を奪還するんだと声を上げる様子はありませんが、かといってこのまま何も起きないとは限りません。そんなメレキアを力で抑え込んだとしても意味がありません」

 力ずくでどうにかしたとしても問題を先送りするだけになる。下手をすれば各地で反乱が起き、再び民たちは戦渦に巻き込まれることになるだろう。

「そこで殿下に白羽の矢が立ったというわけです」
「わたしに……?」
「はい。有り体に言えば殿下を使い倒そうって話です」

 つまり「アトレテスのためにメレキアを静かにさせろ」ということだ。自分の言葉にどれほどの力が残っているかはわからないが、混乱しているのであれば“女神の愛し子”の言葉はそれなりに効果があるかもしれない。

「その顔はとっくに覚悟ができていたって感じですね」
「目的がなければ生きたまま捕虜にするはずがない」
「ま、普通はそうですよね。ですが、ディオにはそれが我慢ならなかった」

 エルドの言葉に「当然だろう」と将軍が口を挟んだ。まさか、そのことだけで伴侶にと言い出したのだろうか。

「そこまで気遣っていただく必要はありません。利用されるために囚われたのだと最初からわかっています。ですから、どうか立場が悪くなるようなことはしないでください」
「この程度で立場が危うくなることはありませんよ」
「ですが快く思わない人たちはいるはずです。覚悟はできています。たとえ道具として扱われようともメレキアのためになるなら本望です。むしろ今のわたしにはそれくらいしかできることがない。できることで祖国の役に立つことがわたしに残された役目だと思っています」
「贖罪というわけですか」
「……いいえ、贖罪にすらならないとわかっています」

 都合のいい考えかもしれないが、たとえアトレテスに協力することになってもそれでメレキアが平和になるならいいと思っている。恨まれようとも蔑まされようとも、この戦争を止めることができなかった自分にできることはそれしかない。

「なるほどなぁ。おまえさんの見立てどおりのお方ってわけか」
「だから言っただろう」
「はいはい、それだけおまえさんの気持ちが本物だってこともよ~くわかりました」

 将軍は渋い顔をし、それを見るエルドは苦笑していた。

「殿下、誤解のないように申し上げますが、ディオは殿下を最大限守るために伴侶の話を出したのですよ」
「どうしてそうなる? 将軍の立場を悪くするだけではないか」
「まぁまぁ落ち着いてください。まず、ディオの伴侶になれば殿下はグレモンティ公爵夫人という立場を手に入れることになります。さすがに王命を拒めるほどの力はありませんが、ただの道具としていいように使われることはありません。ディオの伴侶というのはそれだけの立場だということです」

 まさか、道具にしないために伴侶にと考えたのだろうか。

「次に、公爵夫人になれば我が国のために働かなくてはいけなくなりますが、メレキアがアトレテスの一部になればメレキアのために動ける、ということにもなります。しかも公爵夫人ですから、それなりの影響力を持って口も手も出せる。程度にもよりますが、殿下の思いをメレキアに反映させることが可能だということです」

 思わず将軍を凝視した。そこまで考えて伴侶にと言ったのだとしたら……体の奥から熱いものが沸々とわき上がってくる。

「申し上げたはずです。生涯をかけて殿下をお守りすると。御身もそうですが心もお守りするとお約束しました。そのためには伴侶となるのがもっともよいと判断したまでです」
「おいおい、それだけじゃないだろう」
「余計なことまで言わなくていい」
「余計なことじゃないだろうが。小さな隠し事も後でばれれば大事になることがある。夫婦ってのは些細なことから崩れるもんだって昔から言うだろ?」
「結婚していないおまえに何がわかる」
「おっと、これは痛いところを突かれた」

 あははと笑ったエルドだが、すぐににやりと不敵な笑みを浮かべた。

「大切な上官であり大事な幼馴染みに夫婦生活を失敗してほしくないですからね。お節介ついでに言いますが、ディオが今の話を殿下にしたくなかった理由はほかにあります」
「おい」
「別に隠すようなことじゃないだろう?」

 将軍が大きなため息をついた。それに肩をすくめたエルドだが、口を閉じるつもりはないらしくこちらを見る。

「こいつは殿下の心を自分以外のもので埋められたくないんですよ。それもあっての伴侶ってわけです」
「え……?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

別れたはずの元彼に口説かれています

水無月にいち
BL
 高三の佐倉天は一歳下の松橋和馬に一目惚れをして告白をする。お世話をするという条件の元、付き合えることになった。  なにかと世話を焼いていたが、和馬と距離が縮まらないことに焦っている。  キスを強請った以降和馬とギクシャクしてしまい、別れを告げる。  だが別れたのに和馬は何度も会いに来てーー?  「やっぱりアレがだめだった?」    アレってなに?  別れてから始まる二人の物語。

氷の公爵様と身代わりパティシエ~「味覚なし」の旦那様が、僕のお菓子でトロトロに溶かされています!?~

水凪しおん
BL
【2月14日はバレンタインデー】 「お前の菓子だけが、私の心を溶かすのだ」 実家で「魔力なしの役立たず」と虐げられてきたオメガのリウ。 義弟の身代わりとして、北の果てに住む恐ろしい「氷血公爵」ジークハルトのもとへ嫁ぐことになる。 冷酷無慈悲と噂される公爵だったが、リウが作ったカカオのお菓子を食べた途端、その態度は激変!? リウの持つ「祝福のパティシエ」の力が、公爵の凍りついた呪いを溶かしていき――。 拾ったもふもふ聖獣と一緒に、甘いお菓子で冷たい旦那様を餌付け(?)する、身代わり花嫁のシンデレラストーリー!

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました! 最終17位でした!応援ありがとうございます! あらすじ 魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

僕の、しあわせ辺境暮らし

  *  ゆるゆ
BL
雪のなか3歳の僕を、ひろってくれたのは、やさしい16歳の男の子でした。 ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります! ぽて と むーちゃんの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

紳士オークの保護的な溺愛

flour7g
BL
■ 世界と舞台の概要 ここはオークの国「トールキン」。 魔法、冒険者、ギルド、ダンジョン、獣人やドラゴンが存在する、いわゆる“典型的な異世界”だが、この国の特徴はオークが長命で、理知的な文明社会を築いていることにある。 トールキンのオークたちは、 灰色がかった緑や青の肌 鋭く澄んだ眼差し 鍛え上げられた筋骨隆々の体躯 を持ち、外見こそ威圧的だが、礼節と合理性を重んじる国民性をしている。 異世界から来る存在は非常に珍しい。 しかしオークは千年を生きる種族ゆえ、**長い歴史の中で「時折起こる出来事」**として、記録にも記憶にも残されてきた。 ⸻ ■ ガスパールというオーク ガスパールは、この国でも名の知れた貴族家系の三男として生まれた。 薄く灰を帯びた緑の肌、 赤い虹彩に金色の瞳孔という、どこか神話的な目。 分厚い肩と胸板、鍛え抜かれた腹筋は鎧に覆われずとも堅牢で、 銀色に輝く胸当てと腰当てには、代々受け継がれてきた宝石が嵌め込まれている。 ざらついた低音の声だが、語調は穏やかで、 貴族らしい品と、年齢を重ねた余裕がにじむ話し方をする。 ● 彼の性格 • 極めて面倒見がよく、観察力が高い • 感情を声高に表に出さないが、内側は情に厚い • 責任を引き受けることを当然のように思っている • 自分が誰かに寄りかかることだけは、少し苦手 どこか「自分は脇役でいい」と思っている節があり、それが彼の誠実さと同時に、不器用さでもあった。 ⸻ ■ 過去と喪失 ――愛したオーク ガスパールはかつて、平民出身のオーク男性と結ばれていた。 家柄も立場も違う相手だったが、 彼はその伴侶の、 不器用な優しさ 朝食を焦がしてしまうところ 眠る前に必ず手を探してくる癖 を、何よりも大切にしていた。 しかし、その伴侶はすでにこの世を去っている。 現在ガスパールが暮らしているのは、 貴族街から少し離れた、二階建ての小さな屋敷。 華美ではないが、掃除が行き届き、静かな温もりのある家だ。 彼は今も毎日のように墓参りを欠かさない。 それは悲嘆というより、対話に近い行為だった。 ⸻ ■ 現在の生活 ガスパールは現在、 街の流通を取り仕切る代表的な役職に就いている。 多忙な職務の合間にも、 洗濯、掃除、料理 帳簿の整理 屋敷の修繕 をすべて自分でこなす。 仕事、家事、墓参り。 規則正しく、静かな日々。 ――あなたが現れるまでは。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

処理中です...