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23 新たな立場と決意
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――メレキア王国イシェイド王子をグレモンティ公爵の伴侶とすることを許可する。
正式にそう決まったのは将軍に話を聞いてから二十日あまりが経ってからだった。アトレテス王の許しは得ていたものの貴族たちの反発は強く、彼らを納得させるのに一悶着あったと聞いている。
それでも将軍は伴侶にという考えを撤回しなかった。それどころか反対する貴族たちを一刀両断にしたとエルドが笑いながら口にした。
「イシェイド殿下のこと以外でメレキアに興味などない。わたしが自らの意志でメレキアに関わることもない」
それを聞いた貴族たちはようやく納得したのだという。
「まったく、それぐらいで振り上げた拳を下ろすなんて貴族連中は腑抜けばかりですよ」
辛辣な言葉に「貴族と武人は仲がよくないのか?」と尋ねると、にやりと笑い返された。
「我が国では政治は貴族が仕切るというのが昔からのやり方です。ですがディオのような一代限りの爵位持ちも貴族は貴族、世襲貴族は自分たちの権力を武人に奪われるのが嫌なんですよ」
「なるほど」
祖国のことが脳裏をよぎった。神殿が政治に関わることはなかったが、メレキア王国を実際に動かしていたのは神殿だ。民の心は王宮ではなく神殿に集まり、貴族も神殿の助力を得ようとあの手この手ですり寄る。だからこそ国王は黒髪の実子を欲しがった。なんとしても女神の愛し子を手に入れ、神殿の力を自分の支配下に置きたかったのだろう。
(もしわたしが黒髪でなかったら、さらに母上に子を生ませていたのだろうか)
そう考えるとゾッとした。母が子を生んですぐさま神殿に戻ったのも納得できる。
「とくにディオは大陸一の武人、我が国では陛下に次いで、いや陛下を凌ぐほどの人気者です。そんなディオにメレキアのことで口を出されてはたまらないと世襲貴族たちは考えたのでしょう」
「だから“メレキアに関わることはない”か」
「そうなんですけどね、その言葉に騙されちゃあいけません」
「どういうことだ?」
「ディオはあくまで“自らの意志で”と言っただけです。誰かの意志に従って関わる可能性までは否定していません」
まさかと将軍を見た。
「殿下が望むならディオはメレキア王家復興にも手を貸すでしょう。メレキアが欲しいとおっしゃるなら手に入れるために率先して動くでしょうね」
「わたしはそんなことを望んだりしない。ただ民たちが平穏に暮らせるように願っているだけだ」
「わかってますって。ですが、この先メレキアがどうなるかによっては殿下のお心が変わるかもしれません。メレキアへの対応に不満があれば殿下はディオを通して口出し、いや手出しできるというわけです」
そんなことをしては将軍の立場が悪くなる。「そんなことは絶対にしない」と反論するが、エルドは「そうとは言い切れないでしょう」と話を続けた。
「たとえばメレキア王家を復興したいと考える輩が殿下に近づかないとは限りません。殿下を担ぎ上げようと考える輩がいないとも言い切れない。もし涙ながらに助けてほしいと縋りつかれても断れますか?」
「わたしにそんな力はない」
「権力の有無は関係ありません。殿下はそこにいるだけでいいのです。その美しい姿と肩書きだけでメレキアの民の心を動かすことができます。それがわかっている輩はなんとしても殿下を手に入れたいと考えるでしょうね」
「そんなこと……」
「ま、そのあたりも踏まえての婚姻というわけです。さすがにグレモンティ公爵夫人を略奪しようなんてことは恐ろしくて誰も考えないでしょうから」
「わたしは自分が望まないことに屈したりはしない。これまで流されるまま生きてきた自分とは決別すると決めている」
「まぁまぁ、たとえばの話ですよ。ですが殿下はお優しい。祖国のためにと泣いて乞われれば受け入れる可能性がないとは言い切れません」
「……それは……」
反論できなかった。もし長年同じ神殿で過ごしてきた神官たちに乞われても拒絶できるだろうか。大勢の民たちに乞われて背を向けられるだろうか。
「殿下が願えばディオは間違いなくその願いを叶えるでしょう。我が国を捨て、殿下を抱いてメレキアに行くことなどこの男にとっては造作もないことです。そういう意味でも殿下にはディオの伴侶になっていただきたいのです。このアトレテスで、おとなしく」
笑っていたエルドの目がギラリと光った。
「ディオは戦神の剣と呼ばれていますが、こいつ自身が戦神のようなものです。そんな男を殿下は手に入れたのです。以前も申しましたが、殿下は戦神にとっての宝珠、宝珠を守るためなら戦神はなんだってやります。殿下はそれだけの力を手に入れたということをくれぐれもお忘れなきように」
見えない何かが体にのし掛かったような気がした。憧れ続け、いつしか恋い焦がれるようになり、想いが通じたのだと浮かれていた自分が情けなくなる。浅はかな自分に恐怖さえ感じた。
「エルド、もういいだろう」
「はいはい。ま、たまには副官らしいことをしないといけないからな。なんたって俺はおまえさんのお目付役なわけだし」
そう言ってエルドがいつもの笑顔を浮かべた。それでも笑い返すことはできず、己の立場をもっと深く考えなくてはと痛感する。
(わたしの言動一つで将軍の立場を悪くしてしまうかもしれない)
将軍の身を危うくしてしまうかもしれない。それどころか意図せず戦争を招いてしまう可能性もある。
「殿下」
自分を見る将軍はいつもと変わらない。だが、将軍のそばにいるということは高位神官になることより、いや、メレキア王になるより重いことなのかもしれない。
「殿下が心配されることは何もありません。さて、しばらく登城する必要もありませんので時間がたっぷりあります。以前のように手合わせなどいたしましょうか」
「あの、……いえ、お願いします」
これ以上この話題に触れるなということなのだろう。
(わたしは将軍に守られている)
それが明確にわかった。エルドは立場の危うさを指摘したが、だからこそすべてを包み込むように将軍が動いているのだと言いたかったに違いない。自覚した立場の重さより将軍の想いに胸が熱くなった。
自分は将軍からこんなにも多くのものをもらっている。それに対して自分はどれだけのものを返せるだろうか。この手は将軍に何を与えられるだろうか。これでは将軍と対等な伴侶にはなれない。そんな自分が歯がゆくて仕方がなかった。
「ところで殿下、婚姻の誓いを大地の女神の前で行うとディオから聞いたんですが本当ですか?」
「えっ? あ、あぁ」
物思いに耽っていたからかエルドの質問を聞き逃すところだった。
「わたしはアトレテスのやり方でよいと言ったのだが」
「女神の愛し子を伴侶にするのですから女神の赦しを乞うのが道理です」
おそらくそれだけではないはずだ。心をも守るという約束を守ろうとしてくれているに違いない。
「そんなことを言って、本心は殿下を見せ物にしたくないだけじゃないのか?」
「見せ物?」
どういう意味だろうか。首を傾げるとエルドが肩をすくめながら将軍を見た。
「ディオは殿下を誰にも見せたくないんですよ。もしアトレテス流のやり方にするなら盛大なお披露目パーティが必要になりますからね。これでもディオは公爵ですから一晩ではなく二晩、いや三晩はパーティを開くことになるでしょう。その間、殿下の姿を大勢の目にさらすことになる。それが嫌なんですよ」
「当然だろう」
「はいはい。まぁ、そのほうが俺もいいと思いますけどね。殿下の美しさに翻弄されて人生を台無しにする輩が出ても困ります。ほら、伝承にもあるじゃないですか。美しき傾国の女神の話が」
「何を大仰なことを言っているんだ。そもそもわたしを見たくらいでそんなことが起きるわけないだろう」
歴史書には、かつて大陸全土を混乱に招いた傾国の女神と呼ばれる存在がいたと記されている。かの女神は大地の女神の双子の妹という説もあるそうだが、あくまでも言い伝えだ。そもそも男の自分がそのような存在になりえるわけがない。
エルドがぴたりと動きを止めた。将軍もじっとこちらを見ている。
「おいディオ、もしかしなくても殿下はご自分に頓着がないのか? それとも今のは冗談か? そういう冗談をおっしゃるようには見えないが」
「本心でおっしゃっているのだろう」
「マジか」
エルドが大きなため息をついた。
「なるほどなぁ。こりゃあおまえさんが伴侶になって大正解だな。下手したら国の一つや二つ滅びかねないぞ。それにしても、こんな認識でよくこれまで無事でいらしたもんだ」
「それに関しては女神の加護としか言いようがない」
「たしかに。メレキアの神官でよかったと言うべきか」
納得するように二人が頷き合っている。
「たしかにメレキアではわたしに近づこうとする者たちが大勢いた。だが、それはわたしが女神の愛し子と呼ばれていたからだ。女神への信仰が強くないアトレテスで同じことは起こり得ない」
メレキアの貴族たちが美辞麗句を並べ立ててすり寄っていたのはこの黒髪と肩書きのせいだ。だが、アトレテスでは女神の愛し子という呼び名も女神の左手という肩書きも意味をなさない。
「そもそもこんな顔、剣の道には必要ない」
この顔でなければ、黒髪でなければと思い悩んだ苦い思い出が蘇る。
「マジか」
そうつぶやいたエルドが、まるで堪えきれないというように笑い出した。将軍の表情は変わらないが苦笑を浮かべているように見えなくもない。
「何かおかしなことでも言ったか?」
「いえいえ、どうか殿下はそのままでいてください」
「エルド、笑いすぎだ。殿下、どうかお気になさらないように」
注意されてもエルドの笑い声は止まらなかった。ひとしきり笑うと「いやぁ、これから大変だな、ディオ」と涙を拭いながら将軍を見る。それにひょいと片眉を上げただけで将軍が返事をすることはなかった。
(できればこうした日々が続いてほしい)
気兼ねなく言葉を交わし、時に笑い、そうした日々を将軍のそばで過ごしたいと願わずにはいられなかった。
(そのためにもわたしは変わらなくてはいけない)
これまでのように流されるままの自分ではいられない。守られるだけの存在でいいはずがない。改めてそう決意し、少し冷めたハーブティーをごくりと飲んだ。
正式にそう決まったのは将軍に話を聞いてから二十日あまりが経ってからだった。アトレテス王の許しは得ていたものの貴族たちの反発は強く、彼らを納得させるのに一悶着あったと聞いている。
それでも将軍は伴侶にという考えを撤回しなかった。それどころか反対する貴族たちを一刀両断にしたとエルドが笑いながら口にした。
「イシェイド殿下のこと以外でメレキアに興味などない。わたしが自らの意志でメレキアに関わることもない」
それを聞いた貴族たちはようやく納得したのだという。
「まったく、それぐらいで振り上げた拳を下ろすなんて貴族連中は腑抜けばかりですよ」
辛辣な言葉に「貴族と武人は仲がよくないのか?」と尋ねると、にやりと笑い返された。
「我が国では政治は貴族が仕切るというのが昔からのやり方です。ですがディオのような一代限りの爵位持ちも貴族は貴族、世襲貴族は自分たちの権力を武人に奪われるのが嫌なんですよ」
「なるほど」
祖国のことが脳裏をよぎった。神殿が政治に関わることはなかったが、メレキア王国を実際に動かしていたのは神殿だ。民の心は王宮ではなく神殿に集まり、貴族も神殿の助力を得ようとあの手この手ですり寄る。だからこそ国王は黒髪の実子を欲しがった。なんとしても女神の愛し子を手に入れ、神殿の力を自分の支配下に置きたかったのだろう。
(もしわたしが黒髪でなかったら、さらに母上に子を生ませていたのだろうか)
そう考えるとゾッとした。母が子を生んですぐさま神殿に戻ったのも納得できる。
「とくにディオは大陸一の武人、我が国では陛下に次いで、いや陛下を凌ぐほどの人気者です。そんなディオにメレキアのことで口を出されてはたまらないと世襲貴族たちは考えたのでしょう」
「だから“メレキアに関わることはない”か」
「そうなんですけどね、その言葉に騙されちゃあいけません」
「どういうことだ?」
「ディオはあくまで“自らの意志で”と言っただけです。誰かの意志に従って関わる可能性までは否定していません」
まさかと将軍を見た。
「殿下が望むならディオはメレキア王家復興にも手を貸すでしょう。メレキアが欲しいとおっしゃるなら手に入れるために率先して動くでしょうね」
「わたしはそんなことを望んだりしない。ただ民たちが平穏に暮らせるように願っているだけだ」
「わかってますって。ですが、この先メレキアがどうなるかによっては殿下のお心が変わるかもしれません。メレキアへの対応に不満があれば殿下はディオを通して口出し、いや手出しできるというわけです」
そんなことをしては将軍の立場が悪くなる。「そんなことは絶対にしない」と反論するが、エルドは「そうとは言い切れないでしょう」と話を続けた。
「たとえばメレキア王家を復興したいと考える輩が殿下に近づかないとは限りません。殿下を担ぎ上げようと考える輩がいないとも言い切れない。もし涙ながらに助けてほしいと縋りつかれても断れますか?」
「わたしにそんな力はない」
「権力の有無は関係ありません。殿下はそこにいるだけでいいのです。その美しい姿と肩書きだけでメレキアの民の心を動かすことができます。それがわかっている輩はなんとしても殿下を手に入れたいと考えるでしょうね」
「そんなこと……」
「ま、そのあたりも踏まえての婚姻というわけです。さすがにグレモンティ公爵夫人を略奪しようなんてことは恐ろしくて誰も考えないでしょうから」
「わたしは自分が望まないことに屈したりはしない。これまで流されるまま生きてきた自分とは決別すると決めている」
「まぁまぁ、たとえばの話ですよ。ですが殿下はお優しい。祖国のためにと泣いて乞われれば受け入れる可能性がないとは言い切れません」
「……それは……」
反論できなかった。もし長年同じ神殿で過ごしてきた神官たちに乞われても拒絶できるだろうか。大勢の民たちに乞われて背を向けられるだろうか。
「殿下が願えばディオは間違いなくその願いを叶えるでしょう。我が国を捨て、殿下を抱いてメレキアに行くことなどこの男にとっては造作もないことです。そういう意味でも殿下にはディオの伴侶になっていただきたいのです。このアトレテスで、おとなしく」
笑っていたエルドの目がギラリと光った。
「ディオは戦神の剣と呼ばれていますが、こいつ自身が戦神のようなものです。そんな男を殿下は手に入れたのです。以前も申しましたが、殿下は戦神にとっての宝珠、宝珠を守るためなら戦神はなんだってやります。殿下はそれだけの力を手に入れたということをくれぐれもお忘れなきように」
見えない何かが体にのし掛かったような気がした。憧れ続け、いつしか恋い焦がれるようになり、想いが通じたのだと浮かれていた自分が情けなくなる。浅はかな自分に恐怖さえ感じた。
「エルド、もういいだろう」
「はいはい。ま、たまには副官らしいことをしないといけないからな。なんたって俺はおまえさんのお目付役なわけだし」
そう言ってエルドがいつもの笑顔を浮かべた。それでも笑い返すことはできず、己の立場をもっと深く考えなくてはと痛感する。
(わたしの言動一つで将軍の立場を悪くしてしまうかもしれない)
将軍の身を危うくしてしまうかもしれない。それどころか意図せず戦争を招いてしまう可能性もある。
「殿下」
自分を見る将軍はいつもと変わらない。だが、将軍のそばにいるということは高位神官になることより、いや、メレキア王になるより重いことなのかもしれない。
「殿下が心配されることは何もありません。さて、しばらく登城する必要もありませんので時間がたっぷりあります。以前のように手合わせなどいたしましょうか」
「あの、……いえ、お願いします」
これ以上この話題に触れるなということなのだろう。
(わたしは将軍に守られている)
それが明確にわかった。エルドは立場の危うさを指摘したが、だからこそすべてを包み込むように将軍が動いているのだと言いたかったに違いない。自覚した立場の重さより将軍の想いに胸が熱くなった。
自分は将軍からこんなにも多くのものをもらっている。それに対して自分はどれだけのものを返せるだろうか。この手は将軍に何を与えられるだろうか。これでは将軍と対等な伴侶にはなれない。そんな自分が歯がゆくて仕方がなかった。
「ところで殿下、婚姻の誓いを大地の女神の前で行うとディオから聞いたんですが本当ですか?」
「えっ? あ、あぁ」
物思いに耽っていたからかエルドの質問を聞き逃すところだった。
「わたしはアトレテスのやり方でよいと言ったのだが」
「女神の愛し子を伴侶にするのですから女神の赦しを乞うのが道理です」
おそらくそれだけではないはずだ。心をも守るという約束を守ろうとしてくれているに違いない。
「そんなことを言って、本心は殿下を見せ物にしたくないだけじゃないのか?」
「見せ物?」
どういう意味だろうか。首を傾げるとエルドが肩をすくめながら将軍を見た。
「ディオは殿下を誰にも見せたくないんですよ。もしアトレテス流のやり方にするなら盛大なお披露目パーティが必要になりますからね。これでもディオは公爵ですから一晩ではなく二晩、いや三晩はパーティを開くことになるでしょう。その間、殿下の姿を大勢の目にさらすことになる。それが嫌なんですよ」
「当然だろう」
「はいはい。まぁ、そのほうが俺もいいと思いますけどね。殿下の美しさに翻弄されて人生を台無しにする輩が出ても困ります。ほら、伝承にもあるじゃないですか。美しき傾国の女神の話が」
「何を大仰なことを言っているんだ。そもそもわたしを見たくらいでそんなことが起きるわけないだろう」
歴史書には、かつて大陸全土を混乱に招いた傾国の女神と呼ばれる存在がいたと記されている。かの女神は大地の女神の双子の妹という説もあるそうだが、あくまでも言い伝えだ。そもそも男の自分がそのような存在になりえるわけがない。
エルドがぴたりと動きを止めた。将軍もじっとこちらを見ている。
「おいディオ、もしかしなくても殿下はご自分に頓着がないのか? それとも今のは冗談か? そういう冗談をおっしゃるようには見えないが」
「本心でおっしゃっているのだろう」
「マジか」
エルドが大きなため息をついた。
「なるほどなぁ。こりゃあおまえさんが伴侶になって大正解だな。下手したら国の一つや二つ滅びかねないぞ。それにしても、こんな認識でよくこれまで無事でいらしたもんだ」
「それに関しては女神の加護としか言いようがない」
「たしかに。メレキアの神官でよかったと言うべきか」
納得するように二人が頷き合っている。
「たしかにメレキアではわたしに近づこうとする者たちが大勢いた。だが、それはわたしが女神の愛し子と呼ばれていたからだ。女神への信仰が強くないアトレテスで同じことは起こり得ない」
メレキアの貴族たちが美辞麗句を並べ立ててすり寄っていたのはこの黒髪と肩書きのせいだ。だが、アトレテスでは女神の愛し子という呼び名も女神の左手という肩書きも意味をなさない。
「そもそもこんな顔、剣の道には必要ない」
この顔でなければ、黒髪でなければと思い悩んだ苦い思い出が蘇る。
「マジか」
そうつぶやいたエルドが、まるで堪えきれないというように笑い出した。将軍の表情は変わらないが苦笑を浮かべているように見えなくもない。
「何かおかしなことでも言ったか?」
「いえいえ、どうか殿下はそのままでいてください」
「エルド、笑いすぎだ。殿下、どうかお気になさらないように」
注意されてもエルドの笑い声は止まらなかった。ひとしきり笑うと「いやぁ、これから大変だな、ディオ」と涙を拭いながら将軍を見る。それにひょいと片眉を上げただけで将軍が返事をすることはなかった。
(できればこうした日々が続いてほしい)
気兼ねなく言葉を交わし、時に笑い、そうした日々を将軍のそばで過ごしたいと願わずにはいられなかった。
(そのためにもわたしは変わらなくてはいけない)
これまでのように流されるままの自分ではいられない。守られるだけの存在でいいはずがない。改めてそう決意し、少し冷めたハーブティーをごくりと飲んだ。
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