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番外編 将軍の妹1
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(エメウス兄上に会うのは久しぶりだな)
以前はそれなりの頻度で呼び出されていたが、正式にメレキア王になってからは初めてだ。エメウスが即位したのは王太子が首をはねられた数日後だった。メレキア王都から即位式を執り行える高位神官を呼んで行ったそうだが、身柄はいまだアトレテス王城内にある。時期を見てメレキアに戻り戴冠式を行うのだと聞いていた。
(もしかしてその話だろうか)
戦争が終結して随分経った。メレキア国内も落ち着いてきたと聞いている。それなのに国王が不在のままというのはよくないだろう。エメウスがメレキアの王宮に入るのは喜ばしいことだが、同時に会うことが難しくなるということだ。そう思うとやはり寂しい気持ちになった。
(我が儘を言ってはいけないな。ようやくの門出なのだから笑顔で見送らなくては)
いつもの部屋に入るとお茶が用意されたテーブルの前にエメウスが座っていた。こうしたこともなくなるのかと思いながら笑顔を浮かべ、向かい側に座る。そうしてしばらく振りの近況を語り合った。
ニコニコと笑顔で自分の話を聞いていたエメウスが一口お茶を飲んだ。カップを戻す表情は穏やかながら引き締まっている。「いよいよか」と背筋を伸ばした。
「先日、エレドルディ陛下にお目にかかってきたよ」
「父上に、ですか?」
一瞬言葉が詰まった。捕虜となってからも国王のことを思い出さないわけではなかったが、どちらかといえば王太子を思い出すことのほうが多かった。だが、こうしてエメウスの口から名前が出ると胸がズキッと痛む。
「アレクィードと同じ時期に幽閉先が変わってね。今はこの王城から少し離れた王都の外れに幽閉されている」
「そうでしたか」
もともとはメレキア王宮に近い場所に幽閉されていたそうだ。それが王太子の一件で国王も場所を移されたとは聞いたが、外れとはいえ王都に移されたことは知らなかった。
(王太子はたしか王城に近い城に幽閉されていたはず)
その昔、反逆の罪で捕らえられた王族を幽閉するときに建てられた城に移され、そこで最期を迎えたのは少し前のことだ。
「思ったより元気でいらっしゃったよ。すっかり年を召された感じは否めないけれど、今はアレクィードの魂を慰める日々を送っていると穏やかな顔をしていらっしゃった」
「そうですか」
メレキア王は神官の頂点に立つ存在だ。年に一度の大祭以外で祈る姿を見せることのない国王だったが、今は神官のように祈りを捧げる毎日なのだろう。
「部屋は別だけど同じ砦には王妃もいらっしゃってね。一応様子伺いをしてはみたんだけれど……まぁ、いつもと変わりなく、という感じだったかな」
詳しく語らなくても苦笑する表情を見ればおおよその検討はつく。おそらく幽閉されても態度を改めるつもりはないのだろう。王宮での苛烈だった様子が頭に浮かんだ。
「王太子のことはご存じなのでしょうか」
「伝えてはいるようだけど、信じているかはわからないな」
「そうですか……」
王妃は王太子がメレキア王になることを誰よりも強く望んでいた。その願いが断たれた今、はたして何を思って生きているのだろう。
「とまぁ、そんなわけで陛下たちの様子も見ることができた。これで憂いを残すことなくメレキアに行くことができるよ」
「いよいよですか」
「メレキアのためというのもあるけれど、これ以上国王不在というのは対外的によくないからね」
エメウスの表情は穏やかで気負っているようには見えない。それにホッとしつつ、やはり寂しい思いは隠しきれなかった。
「イシュー、そんな顔をしないで。わたしもこうして気軽に会えなくなるのは寂しいんだ。もちろん心配もしている。まぁ、将軍がいる限り心配することはまったくないだろうけれど」
「イシェイド殿下のことはわたしがお守りします」
「この世でもっとも強固な盾に守られているんだ、安心してメレキアに戻れる」
「いつ出立されるのですか?」
「準備が整い次第……ということではあるだけれど、まだ奥方様がねぇ」
「マルガレート様がどうかされたんですか?」
エメウスの伴侶マルガレートはディエイガー将軍の異母妹に当たる。熱烈なエメウスの求婚を経て先日婚姻式を行い、正式に伴侶となった。エメウスと違いメレキア王妃の身分は戴冠式を終えてからになったと聞いているが、もしかしてそれが嫌になったのだろうか。
「心残りがある間は出立できないと言ってねぇ」
そう言ってエメウスが苦笑した。チラッと隣を見ると将軍が顔をしかめている。もしかして将軍も理由を知っているのだろうか。
(まさか不仲……なわけはないか)
年は離れているもののマルガレートを気遣うエメウスの噂は、普段屋敷に閉じこもっている自分の耳にも入ってきていた。マルガレートのほうも愛情深い様子を見せているようで、アトレテスの女性たちの間では国を跨ぐ壮大な恋物語になっているのだという。
それなのになぜ出発を拒んでいるのだろうか。理由を尋ねようと口を開きかけたところで勢いよく扉が開いた。
「陛下、ようやく願いを叶えてくださいましたか!」
聞こえてきたのは女性の声だった。女性にしては少し低い声に誰だろうと振り返ろうとしたが、大きなため息が聞こえてきて動きを止める。隣を見ると将軍の眉間に深い皺が寄っていた。
「まったく」
つぶやいた声に苦々しいものを感じる。「もしかして」と振り向くと、男装の麗人かと思うような女性がカツカツと足音を立てながら近づいてくるところだった。
(やっぱり)
慌てて立ち上がった。将軍も立ち上がり傍らに立ったものの表情は渋い。来訪者を見る眼差しは厳しく……いや、呆れているようにも見える。
再び女性に視線を向けた。頭のてっぺんあたりで結んでいる髪は白金色で、女性特有の曲線が目に入らなければ細身の男性だと勘違いしたかもしれない。武人が鍛錬のときに着る服装に剣を腰に下げているということは訓練場からそのまま来たのだろうか。
「マルガレート、まずは入室の許可を取れ。それにその格好はなんだ。おまえはメレキア王妃になるのだぞ」
「あら、お兄様、ご心配なく。エメウス陛下はわたしのこうした格好も素敵だと褒めてくださいますから」
マルガレートの返事に将軍がエメウスを見た。「陛下」と呼びかける声は先ほどより低い。
「まぁまぁ。我が奥方はどんな姿も美しいと言っただけだよ」
再び将軍がため息をついた。マルガレートはそんな将軍に目もくれず目の前に立った。
「はじめまして、イシェイド殿下」
そう言ってにこりと微笑む顔はとても華やかだ。ドレスを着ていればさぞかし注目されることだろう。
(だが、こうした格好もよく似合っている)
ただの鍛錬着だというのに絵物語に出てくる勇者のように見える。それとも美しくも勇ましい精霊だろうか。
(わたしと同じくらいの背丈ということは、女性にしては大柄なほうだな)
この姿なら女性たちにも注目されそうだ。男のようにがっしりした体格ではないが、腕や肩を見ればどれほど剣を振るってきたかはわかる。「ドレスより剣を選ぶような妹だ」とは将軍の言葉だが、おそらく今でも鍛錬を続けているのだろう。将軍と同じはしばみ色の瞳はキリリとしていて凛々しく見えた。
「ご機嫌麗しく存じます、マルガレート様」
少し身をかがめ右手を取った。そうして手の甲に親愛の口づけを送る。自分より少し小さい手だが剣ダコがしっかりあることに気づき感心した。
(これほどの手になるには相当な鍛練を積んだはずだ)
これは侮ってはならないなと気を引き締めた。マルガレートと直接顔を合わせるのはこれが初めてだった。将軍が生家と疎遠ということもあり、伴侶となっても将軍の家族と会う機会はなかった。
気にはなっていたものの会うことはないのだろうと半ば諦めていた。それでもマルガレートには会ってみたいと思っていた。義理の妹だからというより従兄の伴侶がどういった人物かが気になったからだ。それにメレキア王妃になる姫としても気になった。
「本当ならもっと早くにお目にかかれるはずだったのですが」
「え?」
「兄にいくら頼んでも駄目だの一点張りで、それならと陛下にお願いしてようやく叶いました」
「まさか、」
「殿下にお目にかからないうちはメレキアには行かないと申し上げたのです」
そんな理由でと驚いた。
「兄が何を心配していたのかはわかりませんが、わたしは何がなんでも殿下にお目にかかりたかったのです」
美しい顔に笑みが広がった。まるで大輪の薔薇が咲き誇ったかのような姿に感嘆のため息が漏れる。大地の娘と呼ばれる母も美しい人だったが、マルガレートは母とは違う美しさを持っていた。強烈なまでの生命力と気高さ、それに若いがゆえの勢いのようなものを感じる。
もう一度「ほぅ」とため息を漏らすと、瑞々しい唇がニィと笑みを浮かべた。薔薇のような華やかさではなく茎を覆う棘のような鋭さの混じる笑みにハッとする。
「殿下が我が兄にふさわしいお方か、このマルガレートが確かめさせていただきます」
「マギー!」
将軍の声が聞こえるのと同時にすぐさま背後に飛び退いた。本能が危険だと告げるほどの殺気を向けられ、考えるより先に体が動いていた。
(今のは……)
一瞬だったがたしかに殺気だった。だが、目の前のマルガレートは指一本動かしていない。傍から見れば男装の麗人が立っているだけにしか見えないだろう。
(これは殺気……いや、そうではない……?)
今も得体の知れないものをマルガレートから感じた。殺気とは違うが表現しがたい感覚にうなじがぞわっと粟立つ。命の危険は感じていないが、それでも油断するなと本能が告げていた。
(これは……将軍と手合わせしているときに似ている)
手合わせで将軍から殺気を向けられたことは一度もない。はじめは殺気だと思っていたものもそうではなく、エルドいわく剣気の一種だということだった。
それによく似たものをマルガレートから感じた。さすがは兄妹といったところか、まるで将軍を前にしているような気持ちになる。
顎を引き、じっとマルガレートを見た。剣は持っていないが、手合わせと同じくらいの気力で将軍によく似たはしばみ色の目を見つめる。次第にいつも手合わせしている中庭に立っているような気がしてきた。頬を風が撫で、結んだ黒髪が揺れる。その中でただひたすら将軍を感じようと全身全霊で将軍に向かう感覚に包まれる。
不意にマルガレートがニコッと微笑んだ。先ほどまでと違い、可憐な表情に「ふぅ」と小さく息を吐く。
「突然の無礼、お許しください」
そう言ったかと思えば床に片膝をついた。これはアトレテスの武人が行う最大限の礼を示す行為で、慌てて立ち上がるように促す。
「どうか謝らないでください」
「いえ、武人として今の行いは許されるべきことではありません。ですが、どうしても殿下の本心を伺いたかったのです」
「本心、ですか?」
「本能、いえ魂の在り方とでも言いましょうか。兄から殿下はアトレテスの武人と同じだと伺っておりましたので、この方法が手っ取り早いかと思ったのです」
もしかして自分を試した、と言いたいのだろうか。
「マギー、二度とこのようなことはするな」
立ち上がったマルガレートに厳しくそう告げたのは将軍だった。
「たとえメレキア王妃となるおまえでも容赦はしない」
「わかっています、お兄様。これは最初で最後のわたしの我が儘ですわ」
以前はそれなりの頻度で呼び出されていたが、正式にメレキア王になってからは初めてだ。エメウスが即位したのは王太子が首をはねられた数日後だった。メレキア王都から即位式を執り行える高位神官を呼んで行ったそうだが、身柄はいまだアトレテス王城内にある。時期を見てメレキアに戻り戴冠式を行うのだと聞いていた。
(もしかしてその話だろうか)
戦争が終結して随分経った。メレキア国内も落ち着いてきたと聞いている。それなのに国王が不在のままというのはよくないだろう。エメウスがメレキアの王宮に入るのは喜ばしいことだが、同時に会うことが難しくなるということだ。そう思うとやはり寂しい気持ちになった。
(我が儘を言ってはいけないな。ようやくの門出なのだから笑顔で見送らなくては)
いつもの部屋に入るとお茶が用意されたテーブルの前にエメウスが座っていた。こうしたこともなくなるのかと思いながら笑顔を浮かべ、向かい側に座る。そうしてしばらく振りの近況を語り合った。
ニコニコと笑顔で自分の話を聞いていたエメウスが一口お茶を飲んだ。カップを戻す表情は穏やかながら引き締まっている。「いよいよか」と背筋を伸ばした。
「先日、エレドルディ陛下にお目にかかってきたよ」
「父上に、ですか?」
一瞬言葉が詰まった。捕虜となってからも国王のことを思い出さないわけではなかったが、どちらかといえば王太子を思い出すことのほうが多かった。だが、こうしてエメウスの口から名前が出ると胸がズキッと痛む。
「アレクィードと同じ時期に幽閉先が変わってね。今はこの王城から少し離れた王都の外れに幽閉されている」
「そうでしたか」
もともとはメレキア王宮に近い場所に幽閉されていたそうだ。それが王太子の一件で国王も場所を移されたとは聞いたが、外れとはいえ王都に移されたことは知らなかった。
(王太子はたしか王城に近い城に幽閉されていたはず)
その昔、反逆の罪で捕らえられた王族を幽閉するときに建てられた城に移され、そこで最期を迎えたのは少し前のことだ。
「思ったより元気でいらっしゃったよ。すっかり年を召された感じは否めないけれど、今はアレクィードの魂を慰める日々を送っていると穏やかな顔をしていらっしゃった」
「そうですか」
メレキア王は神官の頂点に立つ存在だ。年に一度の大祭以外で祈る姿を見せることのない国王だったが、今は神官のように祈りを捧げる毎日なのだろう。
「部屋は別だけど同じ砦には王妃もいらっしゃってね。一応様子伺いをしてはみたんだけれど……まぁ、いつもと変わりなく、という感じだったかな」
詳しく語らなくても苦笑する表情を見ればおおよその検討はつく。おそらく幽閉されても態度を改めるつもりはないのだろう。王宮での苛烈だった様子が頭に浮かんだ。
「王太子のことはご存じなのでしょうか」
「伝えてはいるようだけど、信じているかはわからないな」
「そうですか……」
王妃は王太子がメレキア王になることを誰よりも強く望んでいた。その願いが断たれた今、はたして何を思って生きているのだろう。
「とまぁ、そんなわけで陛下たちの様子も見ることができた。これで憂いを残すことなくメレキアに行くことができるよ」
「いよいよですか」
「メレキアのためというのもあるけれど、これ以上国王不在というのは対外的によくないからね」
エメウスの表情は穏やかで気負っているようには見えない。それにホッとしつつ、やはり寂しい思いは隠しきれなかった。
「イシュー、そんな顔をしないで。わたしもこうして気軽に会えなくなるのは寂しいんだ。もちろん心配もしている。まぁ、将軍がいる限り心配することはまったくないだろうけれど」
「イシェイド殿下のことはわたしがお守りします」
「この世でもっとも強固な盾に守られているんだ、安心してメレキアに戻れる」
「いつ出立されるのですか?」
「準備が整い次第……ということではあるだけれど、まだ奥方様がねぇ」
「マルガレート様がどうかされたんですか?」
エメウスの伴侶マルガレートはディエイガー将軍の異母妹に当たる。熱烈なエメウスの求婚を経て先日婚姻式を行い、正式に伴侶となった。エメウスと違いメレキア王妃の身分は戴冠式を終えてからになったと聞いているが、もしかしてそれが嫌になったのだろうか。
「心残りがある間は出立できないと言ってねぇ」
そう言ってエメウスが苦笑した。チラッと隣を見ると将軍が顔をしかめている。もしかして将軍も理由を知っているのだろうか。
(まさか不仲……なわけはないか)
年は離れているもののマルガレートを気遣うエメウスの噂は、普段屋敷に閉じこもっている自分の耳にも入ってきていた。マルガレートのほうも愛情深い様子を見せているようで、アトレテスの女性たちの間では国を跨ぐ壮大な恋物語になっているのだという。
それなのになぜ出発を拒んでいるのだろうか。理由を尋ねようと口を開きかけたところで勢いよく扉が開いた。
「陛下、ようやく願いを叶えてくださいましたか!」
聞こえてきたのは女性の声だった。女性にしては少し低い声に誰だろうと振り返ろうとしたが、大きなため息が聞こえてきて動きを止める。隣を見ると将軍の眉間に深い皺が寄っていた。
「まったく」
つぶやいた声に苦々しいものを感じる。「もしかして」と振り向くと、男装の麗人かと思うような女性がカツカツと足音を立てながら近づいてくるところだった。
(やっぱり)
慌てて立ち上がった。将軍も立ち上がり傍らに立ったものの表情は渋い。来訪者を見る眼差しは厳しく……いや、呆れているようにも見える。
再び女性に視線を向けた。頭のてっぺんあたりで結んでいる髪は白金色で、女性特有の曲線が目に入らなければ細身の男性だと勘違いしたかもしれない。武人が鍛錬のときに着る服装に剣を腰に下げているということは訓練場からそのまま来たのだろうか。
「マルガレート、まずは入室の許可を取れ。それにその格好はなんだ。おまえはメレキア王妃になるのだぞ」
「あら、お兄様、ご心配なく。エメウス陛下はわたしのこうした格好も素敵だと褒めてくださいますから」
マルガレートの返事に将軍がエメウスを見た。「陛下」と呼びかける声は先ほどより低い。
「まぁまぁ。我が奥方はどんな姿も美しいと言っただけだよ」
再び将軍がため息をついた。マルガレートはそんな将軍に目もくれず目の前に立った。
「はじめまして、イシェイド殿下」
そう言ってにこりと微笑む顔はとても華やかだ。ドレスを着ていればさぞかし注目されることだろう。
(だが、こうした格好もよく似合っている)
ただの鍛錬着だというのに絵物語に出てくる勇者のように見える。それとも美しくも勇ましい精霊だろうか。
(わたしと同じくらいの背丈ということは、女性にしては大柄なほうだな)
この姿なら女性たちにも注目されそうだ。男のようにがっしりした体格ではないが、腕や肩を見ればどれほど剣を振るってきたかはわかる。「ドレスより剣を選ぶような妹だ」とは将軍の言葉だが、おそらく今でも鍛錬を続けているのだろう。将軍と同じはしばみ色の瞳はキリリとしていて凛々しく見えた。
「ご機嫌麗しく存じます、マルガレート様」
少し身をかがめ右手を取った。そうして手の甲に親愛の口づけを送る。自分より少し小さい手だが剣ダコがしっかりあることに気づき感心した。
(これほどの手になるには相当な鍛練を積んだはずだ)
これは侮ってはならないなと気を引き締めた。マルガレートと直接顔を合わせるのはこれが初めてだった。将軍が生家と疎遠ということもあり、伴侶となっても将軍の家族と会う機会はなかった。
気にはなっていたものの会うことはないのだろうと半ば諦めていた。それでもマルガレートには会ってみたいと思っていた。義理の妹だからというより従兄の伴侶がどういった人物かが気になったからだ。それにメレキア王妃になる姫としても気になった。
「本当ならもっと早くにお目にかかれるはずだったのですが」
「え?」
「兄にいくら頼んでも駄目だの一点張りで、それならと陛下にお願いしてようやく叶いました」
「まさか、」
「殿下にお目にかからないうちはメレキアには行かないと申し上げたのです」
そんな理由でと驚いた。
「兄が何を心配していたのかはわかりませんが、わたしは何がなんでも殿下にお目にかかりたかったのです」
美しい顔に笑みが広がった。まるで大輪の薔薇が咲き誇ったかのような姿に感嘆のため息が漏れる。大地の娘と呼ばれる母も美しい人だったが、マルガレートは母とは違う美しさを持っていた。強烈なまでの生命力と気高さ、それに若いがゆえの勢いのようなものを感じる。
もう一度「ほぅ」とため息を漏らすと、瑞々しい唇がニィと笑みを浮かべた。薔薇のような華やかさではなく茎を覆う棘のような鋭さの混じる笑みにハッとする。
「殿下が我が兄にふさわしいお方か、このマルガレートが確かめさせていただきます」
「マギー!」
将軍の声が聞こえるのと同時にすぐさま背後に飛び退いた。本能が危険だと告げるほどの殺気を向けられ、考えるより先に体が動いていた。
(今のは……)
一瞬だったがたしかに殺気だった。だが、目の前のマルガレートは指一本動かしていない。傍から見れば男装の麗人が立っているだけにしか見えないだろう。
(これは殺気……いや、そうではない……?)
今も得体の知れないものをマルガレートから感じた。殺気とは違うが表現しがたい感覚にうなじがぞわっと粟立つ。命の危険は感じていないが、それでも油断するなと本能が告げていた。
(これは……将軍と手合わせしているときに似ている)
手合わせで将軍から殺気を向けられたことは一度もない。はじめは殺気だと思っていたものもそうではなく、エルドいわく剣気の一種だということだった。
それによく似たものをマルガレートから感じた。さすがは兄妹といったところか、まるで将軍を前にしているような気持ちになる。
顎を引き、じっとマルガレートを見た。剣は持っていないが、手合わせと同じくらいの気力で将軍によく似たはしばみ色の目を見つめる。次第にいつも手合わせしている中庭に立っているような気がしてきた。頬を風が撫で、結んだ黒髪が揺れる。その中でただひたすら将軍を感じようと全身全霊で将軍に向かう感覚に包まれる。
不意にマルガレートがニコッと微笑んだ。先ほどまでと違い、可憐な表情に「ふぅ」と小さく息を吐く。
「突然の無礼、お許しください」
そう言ったかと思えば床に片膝をついた。これはアトレテスの武人が行う最大限の礼を示す行為で、慌てて立ち上がるように促す。
「どうか謝らないでください」
「いえ、武人として今の行いは許されるべきことではありません。ですが、どうしても殿下の本心を伺いたかったのです」
「本心、ですか?」
「本能、いえ魂の在り方とでも言いましょうか。兄から殿下はアトレテスの武人と同じだと伺っておりましたので、この方法が手っ取り早いかと思ったのです」
もしかして自分を試した、と言いたいのだろうか。
「マギー、二度とこのようなことはするな」
立ち上がったマルガレートに厳しくそう告げたのは将軍だった。
「たとえメレキア王妃となるおまえでも容赦はしない」
「わかっています、お兄様。これは最初で最後のわたしの我が儘ですわ」
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