美しき神官は戦神の宝珠となる

朏猫(ミカヅキネコ)

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番外編 好み

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「殿下の母君は、たしか大地の女神エレツィーアの高位神官でしたよね?」
「あぁ。今も王都にある神殿にいるはずだが……」

 一瞬、嫌な予感がした。高位神官でも特殊な立場にある母は今回の戦争にはまったく関わっておらず、そのため今も王都の神殿にいると聞いている。だからといって絶対に安心だという保証はない。縁の薄い母子ではあるが、それでも母の身を案じないわけではなかった。

「ご安心を。母君に何かあったわけではありませんので」

 エルドの笑顔にホッとした。では、どうして急に母の話を始めたのだろうか。

「いえね、じつは先日ハクマイアに行っていた友人から土産をもらったんですよ。そのときとんでもない美人の神官がいたって興奮していたんです。場所が場所だけにもしやと思いまして」
「ハクマイアでもっとも大きな神殿で見かけたのなら、おそらく母だと思います」

「そっか~、やっぱりねぇ」と頷くエルドから視線を外し、出立のときに見た王都の様子を思い浮かべた。
 メレキアの王都ハクマイアは緑豊かな美しい場所で東方一の都と謳われていた。戦争でどんなふうに変わってしまったかわからないが、王都のほぼ中央にある巨大な神殿の奥に高位神官である母はいるはずだ。滅多に表に出ないが、アトレテスの影響下に置かれたことでいろいろ変わったのかもしれない。
 自分もその神殿に送られた。だが母と直接顔を合わせることはなく、年に一度の大祭でも母が姿を見せることはなかった。大祭とは別に神殿独自で行う大礼祭には大地の娘として姿を見せるものの、そのときも遠くからわずかに姿を望むだけだった。

「友人の興奮具合が尋常じゃなくてですねぇ。『あれこそ大地に降り立った女神だ!』だの『あの姿を見れば百年は生きられる!』だの、そりゃあもうすごいんですよ。で、よくよく聞けばどうも殿下と顔がそっくりなような気がしまして」
「小さいときから母によく似ていると言われていましたので」

 容姿のことを言われるたびに嫌な思いをした。こんな顔でなければと鏡を拳で殴ったこともある。貴族たちの下心が滲む眼差しに気づいては「女々しい顔が悪いのだ」と思ったこともあった。

(だからこそ、だったのだろうか)

 神殿に入ってから、より一層剣を持つことに憧れるようになった気がする。髪に色粉を付けてまで訓練所に潜り込んだのも「体だけでも男らしく」という気持ちがなかったわけではない。

「殿下はそのままでいいと思いますよ」
「エルドもこの顔が好みなのか?」
「いえいえ。もちろん女神様のような顔には見惚れますけどね。そうじゃなくて、とんでもない美人がとんでもない剣の腕だってのは最高じゃないですか。しかもあのディオそっくりの剣気ですよ? それに美しさと恐ろしさは紙一重だとも言いますし」

 よくわからないがエルドなりに気遣ってくれているのだろう。

「ところで殿下、ディオはどっちに似ていると思います?」
「どっちとは、父と母のどちらに似ているかということか?」
「はい」

 エルドがにやりと笑っている。何かあるのだろうかと思いながら将軍に聞いた話を思い返した。
 将軍の父親はアトレテス王の弟であり将軍だった。体つきは並外れて大きかったそうで、そうしたところは将軍も似ているのだろう。母親は平民出身ながら人外の強さを持つ女将軍で、今は南方の森で魔獣狩りに勤しんでいるという話だ。

(母君もイオニーダのような大剣を扱っていたという話だし、どちらの血も濃く受け継いだのだろう)

 容姿については詳しく聞いたことがない。名前もだ。将軍が話さないことを聞き出すのもどうかと思い、たまに語られる内容から想像するだけにとどめている。

「顔かたちについてはわからないが、将軍がなんでも器用にこなすのは母君の教えによるものだろう」
「そのあたりはそうですね。昔から料理も掃除も叩き込まれていましたから」
「両親共に将軍を務めていたのなら、体つきも両方から受け継いだのではないのか?」
「たしかに二人ともそりゃもう立派すぎる体をお持ちでしたねぇ。ほかには?」
「ほかにと言われても……。そういえば将軍もマルガレート様も目の色がそっくりだったな」
「あの目の色はアトレテス王家の特徴ですよ。ちなみにディオの弟もそっくりの色です。髪は母親似ですかね。ツェーラヴェート様もディオによく似た鈍い銀髪でしたから」
「ツェーラヴェート様?」
「ディオの母親の名前で……って、もしかして名前、聞いてませんでした?」
「話に出てきたことはないな」
「あ~、まぁ今じゃあ名前を口にすることすら恐怖って人間が多いですからねぇ」
「そうなのか」

 それでも名前すら教えてもらえなかったのかと思うと寂しい気持ちになる。

「殿下のことを思って詳しく話すのをやめたんじゃないですかね」
「わたしを思って?」
「殿下は母君に対してあまりよい印象を抱いていないんじゃないですか? 父君のことも然り、だからディオも両親のことを詳しく話さないんだと思いますよ?」

 エルドの指摘に胸がじわりと温かくなった。そういえば将軍が両親のことを詳しく話したのは手合わせをするようになった頃だけで、その後はあまり口にしない気がする。話題に上っても簡単な話ばかりですぐに別の話になった。

「そうか」
「愛されてますねぇ」

 ニヤニヤと笑うエルドに「もしや」と思った。将軍の両親の話をすることで母に似ていることなど気にする必要はないのだと言いたかったのだろうか。

「そういやツェーラヴェート様は殿下と同じくらいの背丈じゃないですかね」
「そうなのか? いや、それではイオニーダのような大剣を扱うには難しいだろう?」
「いやいや、それがとんでもない人でして。ディオのような巨漢ってわけでもないのに大剣をブンブンを振り回すんですよ」

 そう言いながら、真似のつもりなのか皿にあったナイフをクルクルと頭の上で回し始めた。前に一度だけイオニーダを持ったことがあるが、あの大きさでは振り回すどころか片手で持ち上げることさえ無理だった。そんな剣を女性が本当に扱えるのだろうか。

「あっ、その目は疑ってますね? ところがどっこい、本当なんですよ。だからこそ今でも恐将軍きょうしょうぐんなんて呼ばれているんです」
「それは……なんというかすごい人だったんだな」
「歴代将軍の中でも最強じゃないですかね。そんな女傑ですけど、これがまたとんでもない美人でしてねぇ。“我こそは!”と思う男たちがそれなりにいたみたいですけど、言い寄る者はことごとく放り投げられたようで」

 遠くを見るようなエルドの表情には懐かしさだけでないものが混じっている。おそらく子どものときに見た光景を思い出しているのだろう。「いったいどんな女傑だったのだろうな」とエルドの様子を見ていると扉が開いた。

「前々から思っていたんだが、おまえはどうして休日前になると我が屋敷に来るんだ?」
「よっ、先にやってますよ」

 先ほどとは違う笑顔を浮かべたエルドが酒の入ったグラスを持ち上げる。

「おまえというやつは……」
「まぁまぁ。それより今、懐かしい人の話をしていましてね」
「懐かしい人?」
「ツェーラヴェート様ですよ」

 エルドが名前を口にした途端に将軍の顔が渋い表情に変わった。両親の話題には触れたくないのだろうかと将軍を窺う。

「肴にするには酒の味が悪くなる話題だな」
「そうか? あんなおもしろい人は滅多にいないと思うけどなぁ」
「素手で魔獣の顔面を握り潰すような人だぞ? あれでよく父は握り潰されなかったものだと逆に感心する」

 何を、とは言わなかったが何のことかは予想がつく。自分のことではないのに下半身がゾクッと震えた。

「ははは! そういやツェーラヴェート様はよく手が出る人だったなぁ。そういうところは似てないな」
「なんの話だ?」
「おまえさんが父親と母親のどちらに似ているかって話だよ」
「どちらに似ているか、なぁ」

 顔をしかめながら将軍が隣に座った。ほのかに石鹸の香りがするのは訓練場で湯を使ってきたからだろう。今朝、今日は一日隊の訓練だと言っていたからか横顔が少し疲れているように見える。「それにしては……」とエルドを見るとニコッと笑い返された。

「どちらか一方に似ているとは思わないが、しいていうなら母親の影響のほうが強いだろうな」
「やっぱりそうかー」
「やっぱりとはなんだ」
「いや、だっておまえさん、ノアンディーラ殿下とは一緒に暮らしたことなかっただろ?」

 エルドの指摘にドキッとした。ノアンディーラ殿下・・ということは将軍の父親の名に違いない。どんな人物かは将軍に聞いたためおおよそ知っている。将軍でありながら王弟としての爵位を持ち、そのバクディード公爵という世襲公爵位は今、異母弟が継いでいると言っていた。

(本当は一緒に暮らしたかったのではないだろうか?)

 将軍が父親をどう思っていたかはわからない。だが、仲が悪かったようには思えなかった。もし不仲ならマルガレートがあれほど将軍を慕うことはないだろう。チラッと隣を見るが表情からは何を思っているかわからない。

「それにしても殿下はよくツェーラヴェート様に手を出そうなんて思ったよな。俺なら絶対に無理だ」

 そう言いながらエルドが首を横に振った。そうしながら自分の手で両腕を抱き、ブルブルと震えるような仕草を見せる。

「あの人が何を思って母に手を出したのかはわからん。本人は自分より強い女を組み敷きたかったと言っていたが、それが本心か確かめたこともない」
「もし本心だったとしたら、とんでもない心臓の持ち主だな」
「一度ならず三度もそうしたのだから鋼の心臓を持っていたのだろう」
「えっ? マジで?」
「一発でそう簡単に子ができるか。まぁ、わたしが腹にいるとわかったとき、父は笑顔の母に半殺しにされたそうだが」
「うわー……」
「ちょうど大きな戦争の前だったそうだからな。さすがの恐将軍も腹に子がいるのに戦場へ赴くわけにはいかないと思い、代わりに父を殴ったのだろう」

 将軍が手酌で酒をあおった。空になった将軍のグラスに酒を注ぎながら「すさまじいな」とエルドが笑っている。

(もしかして母君は子ができたことを恨んでそうしたのではないのか?)

 そう思えて胸が苦しくなった。それが表情に出てしまったのか、将軍が「考えていらっしゃるようなことではありませんよ」と口にした。

「母はわたしを身ごもったことを厭ったことは一度もないと言っていました。父を殴ったのも覚悟を決める前に戦場に立てなくなった腹いせだと言っていました。それもどうかと思いますが、わたしが幼い頃は戦場に赴くことはなく、それなりに愛情を注いでくれる人でした」
「それならよいのですが……」

 だが、結果的に正妻には疎まれ異母弟には嫌われてしまった。マルガレートに慕われているのは救いかもしれないが、ところどころが自分と重なるからか気分が重くなる。

「殿下は優しくていらっしゃる。ですがわたしのことで気に病むことはありません。わたしが生まれたことで余所余所しかった父と正妻の間に二人も子が生まれたのですからね。感謝してほしいとはまったく思いませんが、弟妹が生まれるきっかけになったのならよかったと思うことはあります」

 そう言って微笑む将軍に「笑うな! 鼓動が止まる!」とエルドが悲鳴を上げる。

「そういやディオが生まれてからも二人は親友のままだったよな? なんだかんだ言って仲がよいお二人だったってことか」
「十代から共に剣の腕を磨いてきた仲だと聞いている。わたしのことで一悶着あったのは単に父が母の好みじゃなかったからだ」
「へぇ! っていうか、恐将軍の好みってどんな人だ? まさか魔獣のような男が好みってわけじゃないよな?」
「逆だ」
「逆?」
「自分が守りたくなるような男を組み伏せたいと言っていたことがある」
「マジで?」
「実際、そうした男を見てはうっとりしていたな」

 ポカンとしたエルドが、すぐに腹を抱えて笑い出した。「あのツェーラヴェート様が、マジか!」と目尻に涙まで溜めている。

「いや~、人は自分にないものを相手に求めるのかもなぁ」
「そうか? わたしから見れば父も母も似た者同士だと思うが」
「まっ、ある意味そうかもな。そういえばマルガレートもおまえさんと似たようなことを言ってたっけ」
「似たようなこと?」
「ほら、いつだったか好きなやつはいないのかって話になったことがあっただろ?」
「あぁ、そういえば何か言っていたな」
「“自分が認めた者としか添い遂げるつもりはない”って拳を握ってたよな」

 将軍をチラッと見た。つまり将軍も「自分が認めた者としか添い遂げるつもりはない」ということなのだろうか。

「あれは子どものときの話だ」
「案外そうとは言えないんじゃないか? そもそもあのマルガレートが自分より弱い男になびくとは思えないしな。ということはエメウス陛下は実はとんでもない剣の腕前だってことか。殿下、どうなんです?」
「どう……だろうか。わたしが知っているエメウス兄上は二十年も昔の兄上だ。旅に出てから随分変わられたから、その間に剣の腕を磨いたのかもしれない」
「なるほどなぁ。どちらにしてもマルガレートが気に入るほどってことか。見た目や雰囲気ではわからないもんだなぁ」

 感心したように頷くエルドを横目に、頭の中はひたすら“将軍の好み”について考えていた。

(わたしは将軍に認められるほどの男に近づけているだろうか)

 武人としての腕前はそれなりになってきた自覚はある。だが、将軍と比べればまだまだだ。そもそも自分は完全なアトレテス人にはなれない。今も毎朝大地の女神エレツィーアに祈りを捧げているが、神官らしい行動を将軍は内心どう思っているのだろうかと気になってきた。

「殿下は間違いなくわたしが認める唯一の方ですよ」
「っ」

 囁かれた言葉にドクンと鼓動が跳ねた。いつの間にか将軍の顔が近くにあり、触れる吐息に目元がじわりと熱くなる。

「殿下はわたしが手ほどきしたくなるほどの武人です。そもそも思いがなければ手合わせはしても手ほどきまではいたしません。殿下は間違いなくわたしが唯一と思う存在。このディエイガー・グレモンティが愛してやまないお方です」

 熱烈な囁きに耳までカッと熱くなった。

「はいはい、相変わらず仲がよろしいことで。それは大変喜ばしいことですが独り身の前でイチャイチャしないでくれませんかね」
「おまえも伴侶を得ればいいだろう」
「そう簡単に見つかるか! ったく、女神を手に入れた途端に余裕を滲ませやがって……」
「ひがむな」
「ひがんでませんよ」
「まぁ飲め」
「だからひがんでないし寂しくもありませんって」

 あれこれ言い合いながら二人が酒を注ぎ合っている。そうした関係を羨ましく思いながら、それとは違う将軍との繋がりを実感し胸が熱くなった。

(わたしは将軍の唯一なのか)

 もちろん自分にとって将軍は唯一無二の存在だ。将軍も自分をそう思ってくれているのだと思うと心が沸き立つような気がした。

(早く将軍の背中を任せてもらえるような武人になりたい)

 以前からそう思ってきたが、その気持ちがますます強くなった。右手をグッと握り締める。この手で将軍を守りたい。将軍と対等な存在になりたい。改めてそう決意しつつ、グラスに半分ほど残っていた酒を気持ちよくクイッとあおった。
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