【完結】死に戻りの悪役令嬢は拗らせ王子の護衛執事に溺愛される 〜ループの果てに〜

春風悠里

文字の大きさ
21 / 32

21.酒場

しおりを挟む
 そうして簡単な買い出しも終えて、私が連れてきてもらったのは酒場だ。一番イグニスが出入りしている場所に行きたいとお願いした。

 王宮の護衛仲間がいつも利用していて、安全な場所だという。イグニスもオフの時にたまに寄るとか。

 そう……ここはオフの場所。見たり聞いたりしたことを外に出さないのは暗黙のルールらしい。実際、他の貴族の護衛やらなんやら知った顔があるけど、チラリとこちらを見てからあえて知らないふりをしてくれている。

「もう一度確認しますけど、酒は飲んだことがあるんですよね」
「ええ。ほんの少し前、十八歳になった時に多少は飲んでおいた方がいいと先輩に詰所で飲まされたわ」
「……仕事場で何やってるんですかね」
「私はオフだったもの。他の皆は幼い頃から嗜んでるみたいね」
「毒も酒も耐性があった方がいいので鍛えられるんですよ」
「……それで死んだらどうするのよ」
「どうもしない。その人の寿命だったってことですよ。私たちは使い捨てだ。あなたとは違う」

 またそれね。

「カクテルにします?」
「ビールにするわ。ワインしか飲んだことがないの」
「それならこのオレンジビールはどうですか。オレンジとマンダリンとブラッドオレンジの三種のオレンジビールです。もしくは、爽やかな酸味が特徴のさくらんぼビールもお勧めですね」
「お勧めって……女性と来たりするの」
「なんでわざわざ。来るわけがないですよ、面倒くさい」
「そう……。なら、その二種類頼んで」
「はい。つまみも適当に頼んでおきますね」

 慣れているわね。
 そういえば、夜にイグニスがいない時もある。任務があるのかなと思ったけど、こっそりここに来る日もあったのかもしれない。

 オフの日に関して、互いに干渉することはないしね。

「では乾杯しますか」
「イグニスはウォッカなのね」
「何を飲んでも酔わないですけどね。純度の高いウォッカなら多少は。あなたは飲んだら駄目ですよ」
「そんなに私に気を遣わないで」
「遣いますよ。はい、乾杯しましょう」

 高いグラスではないので割れない。乾杯で初めてグラスとグラスをカンと合わせたかもしれない。

「ねぇ、ここにはよく来るわけ?」
「たまにですよ」
「いつ来てるの? 夜?」
「適当です」

 そういえば、私とイグニスが同時にオフで部屋で一緒に過ごしたことが一度もない。夜寝る時にしか一緒にならない。

「もしかして私を避けたい時?」
「避けてませんよ」

 ソーセージもピザケーゼもシュニッツェルも美味しい。オレンジビールも喉越しがいい。

「今までなぜか気づかなかったわ。そういえば避けられているわね、私」
「避けていないと言ってるでしょう」
「なんで避けるのよ」
「避けてません。いつも一緒に寝ているでしょう」

 な……!
 ここ、同業者がいっぱいいるのに!
 今、一瞬視線が集まったわよ!

「に、任務みたいなものでしょう……」

 実際今もプライベート訓練はされている。殺気にはもう飛び起きられるので、気配も殺気も消してもらいながら彼が武器を手に持った瞬間に起きる訓練だ。

 私的特訓のために一緒に寝起きしていると皆に知られていたのは前のループの時。今は知っている人はほとんどいない。

「そうですよね、あなたは任務のために誰とでも寝られる」
「あんたね……! 任務のために夜に潜むことができるってことでしょうが」
「そうですね。任務で誰かを守るために夜、じっとしておくことはできる」
「そうよ」

 ミセル様と同じ部屋で寝ていたという噂はあの時広まったものの、護衛していただけだろうと今は認識されている。学園で、私の鍛錬場でのアレを見た貴族たちがそう解釈したようだ。訳知り顔で吹聴しているらしい。ナイフも戻ってきた。私の実力として、ナイフの穴はそのままらしい。

 きな臭い噂がある時は実際護衛体制も強化されるし、その一種だと思われたようだ。
 
「どうして貴族なのに、あんなに忠誠を誓えるんですか」

 しゃべりながらもバカスカ飲むわね。全然顔色が変わらないけど。

 うーん、今度はどれを飲もうかな。

「貴族なんて線引きはいいかげんにやめて」
「貴族ですから。イチゴのビアカクテルはいかがです」
「なら、それで。本当に嫌なの。仲間外れにされている気分よ」
「線引きはしますよ。あなたが護衛職についたことを理由に家から勘当されるのを待ってる奴だっていますよ。線引きしておかないと、変なのに狙われます」
「な、なによ、変なのって……」

 そもそもこんな変わり種、狙う奴なんているとは思えない。

「イグニス侍従長ってば~、なにさっきから喧嘩しちゃってるんですか~」

 うわ。出来上がってる知り合いが……。
 顔真っ赤じゃない。酒に強いんじゃなかったの、護衛は。知り合いの貴族の護衛の一人だ。夜会の警備中にもよく見る。

「うるさいですね。近寄らないでくださいよ」
「ナタリー主任、飲んでます~?」
「飲んでるわよ」

 鬱陶しいわね。
 
「ナタリー主任、実は大人気ですよ~。ほらぁ、綺麗で可愛い令嬢ちゃんがさぁ、一生懸命ご主人様に尽くすってもう男にはたまらないって言うかさぁって、いてててて!」

 私の肩に手を回した瞬間に、イグニスに腕をひねられたわね。

「どこかに行ってください。とにかくナタリー、実はこんなのがいっぱいいるんですよ」
「そ、そう……」

 武器を振り回す令嬢の何がいいのか分からないけど。

「痛いですって、もう。ナタリー主任と男の侍従が任務で一緒に行動できないようにイグニス侍従長とミセル様が結託していると、もっぱらの噂ですよ~。そこんとこどうなんです~?」
「もう一回、ひねられたいです?」
「ナタリー主任、今度俺とも酒を一緒にって、いてててて!」
「酔ってないでしょう、あなた。酔ったふりをしてナタリーに触らないでください」

 酔っていないのか。
 顔を赤くする技術もあるのかな。

「も~、分かりましたよ。ナタリー主任はいつもピリピリした雰囲気をまとっているので話しかけにくいんですが、酔っていると少し違いますね」
「そう?」
「もっと話したいって男連中みんな思ってますよ。たまには話しかけていいですか?」
「駄目です。彼女は侯爵令嬢ですよ。おいそれと近づかないでください」
「同業者じゃないですか~」
「駄目です」

 全然男の侍従と打ち解けられないと思ったらそんな理由があったのか。

 いや、私の性格によるところが大きいだろうけど。

「ミセル様の采配だったのね……」
「ナタリー主任の忠誠心も元からの護衛に負けず劣らずらしいですね~」
「……私の血の一滴まで全部ミセル様のものよ。あの方のために生きて死ぬの」

 それなら、ループも怖くない。たとえもう一度ループしたところで、きっと同じように信じてもらえる。

「あ~、やっぱり噂通りですね~」
「……でも、今は私の恋人ですよ」
「は?」
「私の恋人です。彼女は立派な護衛ですが私の恋人です。もう行きますよ、ナタリー」
「え、ええ」

 あの人、呆然としちゃってるけどいいのかな。それに、どこに行くのよ……。

 恋人呼びはなんだろう。ミセル様がパルフィにそう言っていたし、公言しておくべきことなのかしら。

 分からないまま、もうすっかり夜になった王都の街を手を繋がれたまま足早に連れていかれた。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢はおねぇ執事の溺愛に気付かない

As-me.com
恋愛
完結しました。 自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生したと気付いたセリィナは悪役令嬢の悲惨なエンディングを思い出し、絶望して人間不信に陥った。 そんな中で、家族すらも信じられなくなっていたセリィナが唯一信じられるのは専属執事のライルだけだった。 ゲームには存在しないはずのライルは“おねぇ”だけど優しくて強くて……いつしかセリィナの特別な人になるのだった。 そしてセリィナは、いつしかライルに振り向いて欲しいと想いを募らせるようになるのだが……。 周りから見れば一目瞭然でも、セリィナだけが気付かないのである。 ※こちらは「悪役令嬢とおねぇ執事」のリメイク版になります。基本の話はほとんど同じですが、所々変える予定です。 こちらが完結したら前の作品は消すかもしれませんのでご注意下さい。 ゆっくり亀更新です。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。 そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。 ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。 イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。 ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。 いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。 離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。 「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」 予想外の溺愛が始まってしまう! (世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!

逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子

ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。 (その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!) 期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?

六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」 前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。 ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを! その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。 「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」 「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」 (…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?) 自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。 あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか! 絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。 それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。 「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」 氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。 冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。 「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」 その日から私の運命は激変! 「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」 皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!? その頃、王宮では――。 「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」 「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」 などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。 悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?

ぽんぽこ狸
恋愛
 仕事帰りのある日、居眠り運転をしていたトラックにはねられて死んでしまった主人公。次に目を覚ますとなにやら暗くジメジメした場所で、自分に仕えているというヴィンスという男の子と二人きり。  彼から話を聞いているうちに、なぜかその話に既視感を覚えて、確認すると昔読んだことのある児童向けの小説『ララの魔法書!』の世界だった。  その中でも悪役令嬢である、クラリスにどうやら成り代わってしまったらしい。  混乱しつつも話をきていくとすでに原作はクラリスが幽閉されることによって終結しているようで愕然としているさなか、クラリスを見限り原作の主人公であるララとくっついた王子ローレンスが、訪ねてきて━━━━?!    原作のさらに奥深くで動いていた思惑、魔法玉(まほうぎょく)の謎、そして原作の男主人公だった完璧な王子様の本性。そのどれもに翻弄されながら、なんとか生きる一手を見出す、学園ファンタジー!  ローレンスの性格が割とやばめですが、それ以外にもダークな要素強めな主人公と恋愛?をする、キャラが二人ほど、登場します。世界観が殺伐としているので重い描写も多いです。読者さまが色々な意味でドキドキしてくれるような作品を目指して頑張りますので、よろしくお願いいたします。  完結しました!最後の一章分は遂行していた分がたまっていたのと、話が込み合っているので一気に二十万文字ぐらい上げました。きちんと納得できる結末にできたと思います。ありがとうございました。

処理中です...