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22.隠れ家
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「ここ、どこよ」
地味なつくりの建物だ。似たようなのがすぐ横にもある。二階建てではあるけれど、どう見ても単身向けで一階は狭い1LDKだ。
「隠れ家ですよ。王宮以外にも関係各所と連絡をとる場所はあった方がいい。ミセル様も場所は把握しています」
「私を避けたい時はここにいたの」
「避けてないと何度言ったら分かるんですか」
でも、お互いにオフの時にまったり過ごすとか、一度もないじゃない。
「ちょうどよかった。あなたに確認したいことがあったんですよ」
「そう」
確かにここで暮らしているという感じはしない。ところどころ埃をかぶっている。王宮の私室以上に必要最低限のものしか置いていない様子だ。
いきなり手を握られて、簡素なベッドの上に引き倒された。
上に乗っかられても危機感はまったく感じない。いつも一緒に寝ている。
「なによ」
「あなたのミセル様への忠誠心は、貴族としては異常だ」
「それがなに。いいことでしょう」
「ミセル様と本当に何もないんですか」
カッと顔に火が昇る。
他の誰が信じなくてもイグニスは信じていると思っていた。
「あると思うわけ」
「ミセル様は私に、あなたは全てを捧げてくれると言いました」
「え、ええ」
よくある私たちの会話の一つだ。
「ベッドの上でも何をしても全てを許してくれるのを確かめたと」
え……これ、ミセル様、イグニスを焚き付けたでしょう。今日買い出しに来る直前に焚き付けた可能性もあるわね。
もしかして……それで、やや不機嫌だった? あまりにデートっぽくなかったのも、そのせい?
「して、ませんよね?」
イグニスも焚きつけられた自覚があるらしい。ミセル様の言葉を疑っている。でも……絶対に違うとは信じきれないようだ。
「早く答えてください」
「どっちでもいいでしょう」
「して、ませんよね?」
視線だけで焼き殺されそうだ。
私は愛されているのかもしれない。こんな目をしてもらえるような価値のある存在になれたのかもしれない。
「また、泣いて……。どうして泣くんですか。虐められたわけでもない、貴族連中に何か言われたわけでもない。それなら……何かをされたからじゃないでしょうね」
「私は、ミセル様に頼まれたらなんだってするわ」
「どういう意味ですか」
「なんだってするのよ」
私は駆け引きができるタイプじゃない。
たぶん見透かされる。イグニスに何かをしてほしいって。恋人扱いしてほしいから、わざとこんなバレバレの嘘をついてるんだって見透かされる。
恥ずかしい。
涙が止まらない。あふれ出て、どうすることもできない。
「どうして、泣くんですか……」
「抱いてよ」
「……!」
イグニスが私の貴族としての価値を落とさないようにと大切にしてくれていることも分かってる。
「別に大したことじゃないでしょ。恋人なら抱いて」
「そ、れは……」
恥ずかしい。
どうせ見透かされるのに。
「好きな人としたい」
「…………」
「あんなの、大したことじゃない」
どうせ、イグニスはここでやめてしまう。どうせ、何もされない。
涙がもうずっと止まらなくて――。
「く……そっ」
イグニスが野獣のような顔をして、私の服を脱がせ始めた。
私相手にその気になってくれた……?
どうしたら経験者に見えるだろう。途中でやめないでと願いながら、こんなの慣れているわという顔をしてみせる。
すごくドキドキする。お願い。お願いだからやめないで。ここでやめられたら、たぶんもう女として立ち直れない。
「…………」
イグニスが途中で悩んでいる。
「やめるの? 興醒めだけど」
お願い。
お願いだから……。
「それなら、続きはあの方にしてもらうわ」
嫌い。
自分が大嫌い。
苛立ったようにイグニスが私を――。
「ねぇ、イグニス」
質素な部屋。
質素な天井。
こっちの方が落ち着く。
「もう一度やり直したなら、あなたにもっと愛してもらえるのかな……」
「……っ」
「もっと可愛い女の子になりたかった。あなたに可愛いって思ってもらえるような……」
痛みなんて慣れてる。
それなのに、どうして涙が止まらないのだろう。
地味なつくりの建物だ。似たようなのがすぐ横にもある。二階建てではあるけれど、どう見ても単身向けで一階は狭い1LDKだ。
「隠れ家ですよ。王宮以外にも関係各所と連絡をとる場所はあった方がいい。ミセル様も場所は把握しています」
「私を避けたい時はここにいたの」
「避けてないと何度言ったら分かるんですか」
でも、お互いにオフの時にまったり過ごすとか、一度もないじゃない。
「ちょうどよかった。あなたに確認したいことがあったんですよ」
「そう」
確かにここで暮らしているという感じはしない。ところどころ埃をかぶっている。王宮の私室以上に必要最低限のものしか置いていない様子だ。
いきなり手を握られて、簡素なベッドの上に引き倒された。
上に乗っかられても危機感はまったく感じない。いつも一緒に寝ている。
「なによ」
「あなたのミセル様への忠誠心は、貴族としては異常だ」
「それがなに。いいことでしょう」
「ミセル様と本当に何もないんですか」
カッと顔に火が昇る。
他の誰が信じなくてもイグニスは信じていると思っていた。
「あると思うわけ」
「ミセル様は私に、あなたは全てを捧げてくれると言いました」
「え、ええ」
よくある私たちの会話の一つだ。
「ベッドの上でも何をしても全てを許してくれるのを確かめたと」
え……これ、ミセル様、イグニスを焚き付けたでしょう。今日買い出しに来る直前に焚き付けた可能性もあるわね。
もしかして……それで、やや不機嫌だった? あまりにデートっぽくなかったのも、そのせい?
「して、ませんよね?」
イグニスも焚きつけられた自覚があるらしい。ミセル様の言葉を疑っている。でも……絶対に違うとは信じきれないようだ。
「早く答えてください」
「どっちでもいいでしょう」
「して、ませんよね?」
視線だけで焼き殺されそうだ。
私は愛されているのかもしれない。こんな目をしてもらえるような価値のある存在になれたのかもしれない。
「また、泣いて……。どうして泣くんですか。虐められたわけでもない、貴族連中に何か言われたわけでもない。それなら……何かをされたからじゃないでしょうね」
「私は、ミセル様に頼まれたらなんだってするわ」
「どういう意味ですか」
「なんだってするのよ」
私は駆け引きができるタイプじゃない。
たぶん見透かされる。イグニスに何かをしてほしいって。恋人扱いしてほしいから、わざとこんなバレバレの嘘をついてるんだって見透かされる。
恥ずかしい。
涙が止まらない。あふれ出て、どうすることもできない。
「どうして、泣くんですか……」
「抱いてよ」
「……!」
イグニスが私の貴族としての価値を落とさないようにと大切にしてくれていることも分かってる。
「別に大したことじゃないでしょ。恋人なら抱いて」
「そ、れは……」
恥ずかしい。
どうせ見透かされるのに。
「好きな人としたい」
「…………」
「あんなの、大したことじゃない」
どうせ、イグニスはここでやめてしまう。どうせ、何もされない。
涙がもうずっと止まらなくて――。
「く……そっ」
イグニスが野獣のような顔をして、私の服を脱がせ始めた。
私相手にその気になってくれた……?
どうしたら経験者に見えるだろう。途中でやめないでと願いながら、こんなの慣れているわという顔をしてみせる。
すごくドキドキする。お願い。お願いだからやめないで。ここでやめられたら、たぶんもう女として立ち直れない。
「…………」
イグニスが途中で悩んでいる。
「やめるの? 興醒めだけど」
お願い。
お願いだから……。
「それなら、続きはあの方にしてもらうわ」
嫌い。
自分が大嫌い。
苛立ったようにイグニスが私を――。
「ねぇ、イグニス」
質素な部屋。
質素な天井。
こっちの方が落ち着く。
「もう一度やり直したなら、あなたにもっと愛してもらえるのかな……」
「……っ」
「もっと可愛い女の子になりたかった。あなたに可愛いって思ってもらえるような……」
痛みなんて慣れてる。
それなのに、どうして涙が止まらないのだろう。
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