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中編 愛の深まりと婚約
58.月日の経過
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やる気をだした私は、翌日にレイモンドと一緒に今後の予定を立てた。
必須なのが、綺麗な字を書くこととダンスの二つだ。貴族の女性となると手紙を書く仕事がいずれ多くなるらしい。それから、紅茶の銘柄や有名な画家の名前といった最低限の知識とマナーの習得。嗜みとしては、ヴァイオリンとピアノを二年である程度弾けるようになること。他にも軽く歌唱と絵画がある。
そのあたりはできなくてもいいけど……とは言っていた。ただ、他の貴族と会った際にそういった話題になると、経験すらしていなければ「その程度を嗜む余裕もないのか」と地方全体を心の中で馬鹿にはされるらしい。
レイモンド自身はこの領地の印象も背負っているから必須だと苦笑いしていた。
そういえば、中学生の時に先生から「君たちは学校の印象を背負っているんだ」と夏休み前に言われたことがある。悪いことをすると、あそこは酷い中学校だと思われてしまうと。羽目を外さずに休みを過ごしなさいという内容だった。
記憶喪失ってことにしているし貴族の嗜みもほどほどでいいとは言われたけれど、それなりに経験はしておきたい。
同じ理由で、料理をしたことがあるのも言わない方がいいし、言うのなら趣味であることを強調しないと料理人すら満足に雇えないのかと思われるから気を付けないといけないらしい。
常識も含めて覚えることはたくさんある。
土日以外の午前中はレイモンドに会わないことも多くなりそうだ。ダンスの練習には付き合いたがっていたけど、指導されている姿を見せるのは恥ずかしい。レイモンドとは定期的に練習の成果を見せるために踊るってことにしておいた。
……それも本当は、完全に上手くなってからの方がよかったけど。
午後にはレイモンドがいてくれる日に限られてはしまうけれど、魔法を特訓することに決めた。学園に受かる自信がほしい。彼のいない日や終わったあとの夕食までの時間は家庭教師から出された課題に取り組む。
私には才能があるらしい……のに、レイモンドほどの大きな何かは生み出せず、氷の場合はそれなりに大きかったけれど、やっぱりレイモンドには及ばなかった。
特に森ではなくて、この敷地内だとなぜかそうなってしまう。
どうしてかなと聞いたら、こう言っていた。
『大きな魔法を使えない人も多いのは、ヒヤッとした経験があるのも理由だと思っているんだ。力とは怖いもの。簡単に怪我をしてしまう。魔法を使うのが怖い、わずかなその思いがストッパーになる。異世界から来た君にはヒヤッとした経験が少なく、また自分でかけるブレーキ以上に願いを叶えたくなってしまう存在でもあるから、最初からそれなりに大きな力を扱えるけどね』
そして、私の耳の側で力強くこう囁いた。
『もう一度、城を覆うほどの氷を空高くに生み出したいと願ってみて。水の分子が結合し、動かなくなるのを想像してね。消せなくなろうが水に変化しようが、そのまま落ちてしまおうが……俺が必ずなんとかする』
その一言で、とんでもないものが生み出せた。完全にレイモンドを信じているようで、恥ずかしい。
騎士団を含めて敷地内の人たちにも、たまに空に何かを生み出して消すとは話を通してくれていたらしい。
……ま、いきなりあんなものが出現したら、驚くもんね。
さすがに大きなものを遠くに生み出すことは難しく、杖を使って天まで氷を走らせたうえで広げるようなイメージで展開する。杖は飛ぶ時以外なくてもいいのではと最初の頃は思ったけれど、必要性を実感した。
目下の課題は……やっぱり魔法に対する反応速度と微細な調整かな。
窓の鍵に使われるような真鍮のネジ締り錠を空中に浮かせながら動かして差し込むだけのことができない。それなら自室でも練習できるので、まるで知恵の輪を解くように毎日空いた時間にチャレンジしている。
こういったことができる人がいるということは、当然家に入り放題、盗難し放題になってしまう。やはりそれに対応した、持ち出せないように床に根を張るようなタイプの金庫もあるそうだ。錠前も魔道具だとか。
ファンタジー世界は、よりいっそう犯罪対応が大変だ……。
それ以外にも小さな魔物の浄化も練習した。ここでは人を見ると襲ってくるのを魔獣と呼んで、そうでないのを魔物と区分けしているようだ。どちらも色は黒で浄化すると消える。ただし、魔物を浄化しても魔石は残らないのが特徴だ。形も毛虫や団子虫のようなのばかりで、これらはその辺に自然発生してしまう。一般市民でも浄化できるし害もあまりないものの、近くにある植物の成長はやや阻害されるらしい。
生きながら体の一部を分断するとその部分は浄化しても残り、それらを利用する魔道具もあるとか。
――そうして約三週間が過ぎた。
久しぶりに私たちは「サンクローバーの家」に遊びに来た。帰りは外で適当に昼食を食べようと言われているし、少し緊張する。
だって、ね。一ヶ月おきくらいにするって言われたもんね。
そのあとにデートとか……するのかな。
必須なのが、綺麗な字を書くこととダンスの二つだ。貴族の女性となると手紙を書く仕事がいずれ多くなるらしい。それから、紅茶の銘柄や有名な画家の名前といった最低限の知識とマナーの習得。嗜みとしては、ヴァイオリンとピアノを二年である程度弾けるようになること。他にも軽く歌唱と絵画がある。
そのあたりはできなくてもいいけど……とは言っていた。ただ、他の貴族と会った際にそういった話題になると、経験すらしていなければ「その程度を嗜む余裕もないのか」と地方全体を心の中で馬鹿にはされるらしい。
レイモンド自身はこの領地の印象も背負っているから必須だと苦笑いしていた。
そういえば、中学生の時に先生から「君たちは学校の印象を背負っているんだ」と夏休み前に言われたことがある。悪いことをすると、あそこは酷い中学校だと思われてしまうと。羽目を外さずに休みを過ごしなさいという内容だった。
記憶喪失ってことにしているし貴族の嗜みもほどほどでいいとは言われたけれど、それなりに経験はしておきたい。
同じ理由で、料理をしたことがあるのも言わない方がいいし、言うのなら趣味であることを強調しないと料理人すら満足に雇えないのかと思われるから気を付けないといけないらしい。
常識も含めて覚えることはたくさんある。
土日以外の午前中はレイモンドに会わないことも多くなりそうだ。ダンスの練習には付き合いたがっていたけど、指導されている姿を見せるのは恥ずかしい。レイモンドとは定期的に練習の成果を見せるために踊るってことにしておいた。
……それも本当は、完全に上手くなってからの方がよかったけど。
午後にはレイモンドがいてくれる日に限られてはしまうけれど、魔法を特訓することに決めた。学園に受かる自信がほしい。彼のいない日や終わったあとの夕食までの時間は家庭教師から出された課題に取り組む。
私には才能があるらしい……のに、レイモンドほどの大きな何かは生み出せず、氷の場合はそれなりに大きかったけれど、やっぱりレイモンドには及ばなかった。
特に森ではなくて、この敷地内だとなぜかそうなってしまう。
どうしてかなと聞いたら、こう言っていた。
『大きな魔法を使えない人も多いのは、ヒヤッとした経験があるのも理由だと思っているんだ。力とは怖いもの。簡単に怪我をしてしまう。魔法を使うのが怖い、わずかなその思いがストッパーになる。異世界から来た君にはヒヤッとした経験が少なく、また自分でかけるブレーキ以上に願いを叶えたくなってしまう存在でもあるから、最初からそれなりに大きな力を扱えるけどね』
そして、私の耳の側で力強くこう囁いた。
『もう一度、城を覆うほどの氷を空高くに生み出したいと願ってみて。水の分子が結合し、動かなくなるのを想像してね。消せなくなろうが水に変化しようが、そのまま落ちてしまおうが……俺が必ずなんとかする』
その一言で、とんでもないものが生み出せた。完全にレイモンドを信じているようで、恥ずかしい。
騎士団を含めて敷地内の人たちにも、たまに空に何かを生み出して消すとは話を通してくれていたらしい。
……ま、いきなりあんなものが出現したら、驚くもんね。
さすがに大きなものを遠くに生み出すことは難しく、杖を使って天まで氷を走らせたうえで広げるようなイメージで展開する。杖は飛ぶ時以外なくてもいいのではと最初の頃は思ったけれど、必要性を実感した。
目下の課題は……やっぱり魔法に対する反応速度と微細な調整かな。
窓の鍵に使われるような真鍮のネジ締り錠を空中に浮かせながら動かして差し込むだけのことができない。それなら自室でも練習できるので、まるで知恵の輪を解くように毎日空いた時間にチャレンジしている。
こういったことができる人がいるということは、当然家に入り放題、盗難し放題になってしまう。やはりそれに対応した、持ち出せないように床に根を張るようなタイプの金庫もあるそうだ。錠前も魔道具だとか。
ファンタジー世界は、よりいっそう犯罪対応が大変だ……。
それ以外にも小さな魔物の浄化も練習した。ここでは人を見ると襲ってくるのを魔獣と呼んで、そうでないのを魔物と区分けしているようだ。どちらも色は黒で浄化すると消える。ただし、魔物を浄化しても魔石は残らないのが特徴だ。形も毛虫や団子虫のようなのばかりで、これらはその辺に自然発生してしまう。一般市民でも浄化できるし害もあまりないものの、近くにある植物の成長はやや阻害されるらしい。
生きながら体の一部を分断するとその部分は浄化しても残り、それらを利用する魔道具もあるとか。
――そうして約三週間が過ぎた。
久しぶりに私たちは「サンクローバーの家」に遊びに来た。帰りは外で適当に昼食を食べようと言われているし、少し緊張する。
だって、ね。一ヶ月おきくらいにするって言われたもんね。
そのあとにデートとか……するのかな。
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