愛して欲しいと言えたなら

zonbitan

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再会

再会・・・その15

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ドアを開けて降りてきた雪子が、そのまま裕子の方へ歩いてくるのかと思ったら、
車の後ろ側を回って運転席の方へ歩いて行く。
ちょうど雪子が運転席の近くまで歩いて行くと運転席のドアが開いた。
裕子の鼓動が、指の先まで伝ってきたのか、指先が震え始めた。

それも、そのはずである・・・。
今から30年以上も前に恋人だったその相手が、今、裕子の目の前にいるのである。
そして、その相手は、間違いなく、開いたドアから降りてくるのだから。
落ち着けと自分に言い聞かせても、それは無理な話なのである。

だったはずである・・・。ほんの数秒前までは、確かに胸の鼓動が高鳴っていたはずである。
運転席のドアが閉まるまでは、間違いなく、裕子は動揺を隠せないほどだったのに、
ドアが閉まったその先に現れた二つの影が、街灯の灯りの中から浮かび上がってきた時、
裕子は、たった今まで高鳴っていたはずの胸の鼓動が静かに引いていくのと同時に、
なんともいえない、可笑しくも、嬉しい微笑みに変わっていくのだった。

ホントに困った子なんだから、雪子って・・・。ドアが閉まった時、映った裕子の視線の先には
夏樹の腕に絡みつくように身体をよせている雪子が嬉しそうに微笑んでいた。
なんども言うけど、私だって夏樹さんと付き合ってた頃があるんだからね。まったく、もう~。
そんな何ともいえない複雑な心境の中にいる裕子に懐かしい声が届いてきた。

「裕子か・・・?」

その声は裕子が知っている、あの頃と同じ夏樹の優しい声である。

「ふーちゃんがね、裕子がここで待ってるはずだって言ってたんだよ」

あっ・・・あっ・・・あのね・・・。私だって自分の声を夏樹さんの届けたいのよ。
返事をするタイミングを雪子に横取りされてしまった裕子は、夏樹の方に向かって軽く会釈をするしかなかった。

ってか、マジで女の人なんだけど・・・。
声は聞こえど夏樹さんはいったい何処へ・・・?だわ・・・。

「ほら、ふーちゃんだって分かんないでしょ?」

いや、あの。だから、私にも話をさせて・・・。

「もう~、裕子ったら、なに照れてるのよ!」

あ~も~・・・違うでしょう===が!

声を出すタイミングを失った裕子の方へ夏樹が歩き出した。
いや・・・夏樹と雪子が・・・である。
5㍍・・・4㍍・・・3㍍・・・これが裕子にとっては夏樹との35年ぶりの再会である。

「あたしの思ってた通り。裕子は、素敵な女性になってたわね」

「えっ・・・?」

素敵な女性になってたと言われても、この場合、私はなんて言葉を返したらいいの?
だって、私の目の前にいるのは夏樹さんではなくて知らない女の人にしか見えないし。
いえ、確かに夏樹さんに間違いないはずだけど・・・でもね。

この場合って「夏樹さんも綺麗になっていたんですね?」って言うわけ?
それとも、「夏樹さんは男性から女性になっていたんですね?」って言ったらいいわけ?
ってか、雪子?いくらなんでもそんなに絡みつくのはやめなさいってば!

まったく雪子ったら、これが数日前に50歳になった人妻の姿とは思えないわ・・・。
もし、雪子の旦那が、こんな雪子の姿を見たら何て言うかしら・・・ホントにもう~。

「裕子・・・」

「はい・・・」

夏樹さんの言葉に思わず「はい」と、返事をしてしまったじゃないのよ。
あ~も~・・・私ったら、やっぱり、まだ緊張してるんだわ。

「寒くない・・・?」

「あっ・・・うん・・・」

あ~っダメ・・・ダメだわ!私ったら、もう・・・どうしたらいいの?

「おいで・・・」

夏樹の言葉に自然に右足が前に出て、そして、左足が前に出て、そして、また右足が前に出てしまう。
それなのに、裕子の視界に映るのは、夏樹の履いている黒っぽいロングスカートの裾である。

「ほら!裕子、顔を見せて!」

夏樹の言葉に魅かれるように顔を上げた裕子の目に映ったのは、
あの頃のまま、いつも裕子を見ていた頃と変わらない優しい目をして微笑む夏樹の顔だった。

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