愛して欲しいと言えたなら

zonbitan

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その手を離さないで

その手を離さないで・・・その8

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直美の視線の中で、夏樹のスプーン遊びの手が止まった。

「聞きたい・・・?」

いや・・・だから、何で分かるんですか?

「答えは簡単。あたしは、京子とのいがみ合いを早く終わらせて、雪子との新しい人生を送りたいのよ」

「夏樹さん?どうして、そんな嘘をつくんですか?」

不意に夏樹の視線が動いた。
それは、普通に考えれば、別に、気にするような仕草ではないのだが。
今の直美にとって、夏樹の、その何気ない仕草は、とても大きな驚きだった。

「夏樹さんは、京子とも、そして、雪子さんとも、やり直す気なんてないんでしょ?」

「あんたの買いかぶり過ぎよ。あたしは、そんなに良い人じゃないわよ!」

「さっき言いましたよね?自分には、もう不安定な時間しかないって?それって、どういう意味なんですか?」

「あたしだって、いつまでも、独り身ってわけにもいかないでしょ?」

「また、そうやって、すぐに、はぐらかそうとするんですね」

「そういうあんたは、いつから、そんなに急成長しちゃったの?」

「違いますよ。夏樹さんと会話をしていると自然に・・・だから、もう~違うでしょ?」

「あはは・・・あんたって、やっぱり面白いわね!」

 「そういう夏樹さんは、今日に限って話を逸らすんですね?」

「別に逸らしているわけじゃないわよ。ただ、京子には関係がないってだけよ」

「それって、どういう意味なんですか?」

「う~ん・・・ってか、今日のあんたは、随分と食い下がるわね?」

「夏樹さんと話していて、少しは、免疫力が付きましたから」

「可愛いわね。京子にも、今のあんたくらい可愛げがあったらよかったんだけど」

「可愛げって、京子と、私と、どこが違うんですか?」

「結婚生活が長くなると、だんだん馴れ馴れしくなっていくのよ」

 「京子がですか?」

「そうよ。あんたは、まだ、あたしの事をよく知らないから、どんなに生意気な事を言っても、どこか謙虚な気持ちがあるでしょ?」

「でも、それは・・・」

「長く夫婦やってればって?」

「ええ・・・普通はそうなんじゃなかと」

「でしょうね」

「だったら、別に」

「だったら、別に分かったような口をきいてもいいってわけ?」

「そういうわけじゃないけど・・・」

「あはは、やっぱり、あんたって可愛いわ!」

「また、そうやって・・・」

「あたしの言葉にカチンときたかと思えば、急にしおらしくなってみたり、でも、京子には、それがなかったの」

「京子にはなかった?」

「あの子はね、どこかで計算しているのよ。薄々は分かってはいたけどね」

「でも、それは、みんな、多かれ少なかれあると思いますよ。私だってそうですし」

「そうじゃないのよ。計算高になるところを履き違えているのよ」

「履き違えている?」

「普段は計算高でもいいの。でもね、計算高になってはいけない場面ってのもあるのよ」

「それは、どういう場面なんですか?」

「そうね、あたしとあんたが結婚してたとする、んで離婚を考えるような場面になったとする、でも、あんたは離婚よりも、もう一度、やり直したいと思っているとした時に、あんたは、そんな状況の中でも計算する?」

「そんな場面・・・ですか?」

「あっ、一つ足りなかったわね、そこに、損得勘定は入れないでね」

「損得勘定って離婚した時の事と、もし、離婚しない場合の時の損得勘定ですか?」

「そうよ。で、あたしが言いたいのは、お金の損得勘定じゃなくて、あんた自身の心の感情の方」

「心の感情の損得勘定・・・ですか?」

「ふふっ。ちょっと、難しかったかしら?」

「ええ・・・。私には、ちょっと・・・」

「あたしが、もう不安定な時間しがないって言ったのは、あたしが、自分で自分の終わりを探すかもしれないって話」

「えっ・・・?」

夏樹の意外な言葉に、というより、突然、どこからか飛び出してきたような言葉に驚くよりも
「何を、言ってるの?」という、疑問とも不思議ともとれるような受け止め方だった。

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