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「この料理を作った方を、こちらに呼んでいただきたい」

 厨房にいたアンナは、首を傾げた。なぜならここは、騎士団に付設された食堂。貴族が利用するようなら高級店ならいざ知らず、わざわざ料理人に挨拶を求めるような人間などいない。それがしたっぱの、アンナ相手ならなおさらだ。

「騎士さま、何かお料理に不備でもあり……きゃっ」

 呼び出されたアンナは、挨拶の途中でたまらず悲鳴をあげた。いきなり両手を拘束されるなんて予想外だ。男のてのひらは、かたく驚くほど熱い。

「あなたには、『惚れ薬により、市中を混乱させた魔女』という疑いがかけられている。このままご同行願おう」
「『惚れ薬を作った魔女』、ですか?」 

 もちろんアンナには、惚れ薬なるものを作った記憶などない。ずっと前から気になっていた常連客に手を握ってもらえたというのに、色っぽい話どころか人生最大の危機を迎えていて、アンナは思わず泣きたくなった。

(嘘でしょう)

 男の台詞を待っていたかのように、食堂内にいた騎士たちが立ち上がった。見知った顔のはずが、急に知らないひとに思えてくる。体の震えが止まらない。

(いつもお料理を残さず食べてくれていたのは、犯罪者として観察されていたからかしら……)

 綺麗に完食された皿が、いっそうらめしい。アンナの目から涙がこぼれ落ちる直前、厨房から料理長たちが飛び出してきた。

「これは何かの間違いです! この娘は、悪いことなんて何ひとつやっちゃいません!」
「そうですとも。惚れ薬なんて作れるなら、楽して金を稼げるってもんでしょう! なんでわざわざ、騎士団の食堂なんかで働く必要があるんです!」
「……わかっている。あくまで事情を聞くだけだ」

 騎士に歯向かって、よいことなんてひとつもない。アンナは、必死で声をつむいだ。

「みなさん、ありがとうございます。大丈夫ですから、心配しないで」

 そしてそっと頭を下げると、おとなしく騎士たちとともに食堂を出た。
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