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「今でも魔女狩りってあるんですね」

 意外にも手荒く扱われることなどないまま、連れてこられたのは騎士団の詰め所。ぽつりと呟いたアンナに、男が小さく首を振った。

「まさか」

 きっぱりと断言されて、アンナは小首を傾げた。そもそも返答があると思って聞いたわけでもない。ただのひとりごとのつもりだったのだから。どうやら騎士団にも、いろいろと事情があるらしい。

「先ほどは突然申し訳なかった。か弱い未婚女性の手を握りしめる形になったことを改めて謝罪したい」
「……いいえ、それが騎士さまのお仕事ですから」

 アンナを怖がらせないようにするためか、男はひざまずいて話し始めた。こんなときだというのに、見惚れてしまった自分が恥ずかしい。

(お話の中の王子さまみたい)

「俺はラザラス。騎士団の第二部隊の部隊長をつとめている」
「存じ上げております」

 居丈高ではなく、あくまで紳士的。状況を考えれば、アンナのこの待遇は破格のものだろう。

「俺たちは、あなたが犯人だなんて思っていない。だからどうか、我々にご協力いただけないだろうか」
「……お話を聞かせてください」

(魔女狩りではないの?)

 即答しないことは最初から予想していたのか、ラザラスが顔をしかめることはなかった。

「食堂内でも少し触れた通り、王都では『惚れ薬』なるものが出回っている」
「『惚れ薬』なんて、本当にあるのでしょうか?」
「わからん。しかし、現実に『惚れ薬』と称されるもののせいで、多くの揉め事が発生している。貴族どころか、王族にまで影響が出るほどに」

 挙げられた内容を聞いて、アンナは軽く目をみはった。

「それで、犯人として私の名があがったのですね」
「ああ。騎士団付設の食堂に奇妙な料理を出す少女がいると」

 アンナは唇をとがらせた。「奇妙」と言われるのは心外だが、確かに一般的ではない料理を出した記憶はある。

「たったそれだけで、疑われてしまうなんて」
「先ほど店で出されたものといい、確かに珍しいものには違いない」
「お味は問題なかったでしょう?」
「ただし、異質だ」
「王都で使われていないだけで、地方や他国では一般的な素材なんて山のようにあります。私の地元なんて、それこそ何でも食べますよ。安価で量があり、味も美味しい。そんな無茶な要求に対応するために、日々努力していたんです」
「確かに、前の食堂はひどいものだった」

 アンナが食堂で働き始める前の食事内容を思い出したのだろう、ラザラスの顔がゆがんだ。

「俺を含め、平民出身の団員たちはあなたの作った料理に文句などない」
「お貴族さまは、許せなかったみたいですね」
「何がなんでも、平民出身の団員には不味いものを食べさせたい人間というのがいるんだ」
「馬鹿馬鹿しいです。お腹が空いていて、どうやって有事に力を出すのですか。あげく意趣返しに、惚れ薬を作って売りさばいたことにされるなんて」
「おかしな話だと思う。だが……」
「無罪放免というわけにもいかない?」
「その通りだ。俺の力では、あなたを逃がしてやることができない」
「冤罪だとわかっていても?」
「……すまない。第二部隊の管理下に置くという形で、あなたを保護するので精一杯だ」

(だから、わざと目立つように食堂で私を捕まえた? 私のために?)

 自分のために、彼らが頑張ってくれたのだとわかり、胸がじんわりとあたたかくなった。自分が好きになった相手は、やっぱり弱いものを見捨てるような人間ではなかったのだ。

「わかりました。できる限り頑張らせていただきます。騎士さま、よろしくお願いいたします」
「俺のことはラザラスと呼んでほしい」
「そんな、騎士さまに向かって恐れ多い」
「ラザラス」
「……ラザラスさま」
「じゃあ、とりあえずそれで」
「ラザラスさまは、私に何をお求めなのでしょうか?」

 得意なことは、料理くらいなものだ。この状況で何ができると言うのだろう。

「あなたには、『惚れ薬』を作ってもらいたいのだ」

 ラザラスの言葉に、アンナは目をしばたかせた。
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