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「これは、何度見てもやはり……」
「ご要望にお応えしたまでです」
「まあ、その通りだが」
夜市に立ったとあるテントの中。ラザラスは、テーブルの上に置かれた飲み物を前に苦笑する。「惚れ薬」の製作を依頼されたアンナが作ったものは、どろりととろみのある赤紫の飲み物だった。ところどころに浮かぶ黒い粒々が、さらにこの飲み物を毒々しくみせている。
「試行錯誤したぶん、評判は上々です」
「ああ、だがこれほど安易に、得体の知れない『惚れ薬』にみなが手を出しているのかと思うと、頭が痛くなる」
「ですから、これは『惚れ薬』ではありません。あくまで、恋を叶える『おまじない』です。ちなみにこの色合いも『可愛い』と評判なんですよ」
「これが、可愛いのか。女性の『可愛い』は、難しいな……」
アンナはラザラスに「惚れ薬」を作ることはできないと正直に告げ、代わりに特製ドリンクを作ってみせた。それは、この数日でラザラスの期待以上の反響を呼んでいる。夜間だけの販売にも関わらず、連日客が押し寄せていた。
「これは、偽の『惚れ薬』の一件がかなり広まっている影響でしょうか?」
「いや、単にアンナの才能だろう。アンナの代わりに店に立った女性団員では、うまくいかなかったのだから」
「私は料理の説明に慣れているだけです」
「『恋占いの得意な占い師』として、堂に入っていたぞ。アンナは、ひとの心をつかむ才能があるんだな」
(恋をしているから、恋占いにすがる気持ちがわかるんです)
からかわれたアンナは、肩をすくめながら続けた。
「騎士さまのおかげでもあるんですよ。あなたが私の側にずっといらっしゃるので、『おまじない』の信憑性が上がってしまって」
「あくまで警護のためだ」
「残念ながらみなさん、そうは思っていらっしゃらないみたいです。私なんかに、ラザラスさまがのぼせ上がるはずもないのに」
「……はない」
「何かおっしゃいましたか。なんだかお疲れのように見えますが」
「……そんなことはない」
珍しく口ごもるラザラスを前に首をひねっていたアンナが、ぱっと顔を明るくした。
「もしかして、お昼を抜いてしまいましたか? 『腹が減っては戦はできぬ』と言いますし、よろしければ、こちらを召し上がってみますか? もう少しで店じまいですから、それまでの繋ぎにはなるでしょう」
「ちなみに、『惚れ薬』としての効能は?」
「心配ですか?」
「まさか、『惚れ薬』なんて俺には意味がない」
ラザラスはグラスを受けとると、一気に流し込む。見事な飲みっぷりだ。
「意外といけるな」
「いくつかの果物を組み合わせていますからね。飲みやすい味に仕上がっていると思います。色合いは、魔女らしさとやらを追及したんですよ」
(本当に惚れ薬の力があればいいのに)
惚れ薬なんて効かないと一蹴されたことを少しだけ悔しく思いながら、アンナが説明する。
「吹き出物が消えた、ウエストが細くなった、意中の相手と結ばれたと評判だが。どういう仕掛けだ?」
「ドラゴンフルーツは、女性の美しさを引き出すと言われています。胡散臭い『惚れ薬』よりもずっと効果的かもしれませんね」
栄養満点なスムージーを飲むことで、種々のトラブルが改善。その結果、本人たちの意識も変わり、食事などの質が向上したのだろう。内側から綺麗になったことで、人間関係にも影響が及んだと思われた。
「相手へのゆさぶりとしても有効だろう」
「そろそろ動いてくるでしょうか」
ラザラスは、不意に真顔で呟いた。
「この作戦に、あなたをひっぱりこんだのは失敗だったのかもしれない」
「今さらどうして」
「わかっている。だが、あなたを逃がすという選択肢もあったのに。それをせずに、あえて協力を求めたのは俺だ」
「そういえば、お礼を言っていませんでしたね。助けてくださって、ありがとうございます」
(本当に優しいひとだわ。ただの顔馴染みに、ここまで心を砕いてくれるなんて)
「いや、俺のせいで目をつけられた可能性だって」
「私を保護した時点で、相手側に喧嘩を売ったようなものなのでしょう? それならば、隠れていても仕方がありません。むしろ逃げれば、これ幸いとばかりに殺されていたはず。こちらに後ろ暗い部分はないのですから、堂々としていればいいのです」
(もしも失敗したとしても、最後にあなたと一緒にこうやって過ごせたから。私は、満足なんです)
アンナは、まっすぐラザラスを見つめた。根負けして目をそらしたのは、やはりラザラスの方だった。
「あなたには敵わないな。気がついているだろうと思うが、我々第二部隊が面と向かって抗議できない、あるいは抗議しても却下される相手だっている。今回の件も恐らくは……」
「それ以上は、いけません」
この国の王族や一部の高位貴族は、魔法が使える。誰が聞いているかわからない状態で、決定的な言葉を使ってはならない。それが明らかに黒である場合でも。そのために、ラザラスとアンナは、回りくどい手を使って相手をおびき寄せているのだから。
(王族を敵に回しても、私を守ってくれた。それだけでもう十分)
「あなたが傷つくのは嫌なんだ」
「大丈夫です。私は騎士さまを信じていますら。心配なら指切りでもしましょうか。この件が片付いたら、腕によりをかけてごはんを作りますから、お腹いっぱい食べましょうね」
「それなら、あなたの故郷の料理を食べてみたい」
ふたりの指がからめられたかに思われたそのとき、テントに人影が飛び込んできた。
「お客さま。もうすぐ、店じまいの時間でして」
「うるさい、邪魔をするな!」
ラザラスの言葉に言い返したのは、「おまじない」には興味のなさそうな屈強な男。彼はアンナの手を無理矢理つかむと、なにごとかを唱えた。またたくまに、まぶしい光がテント内に満ちる。
「転移陣か!」
「騎士さま?」
「必ず助けにいく。約束する、待っていてくれ!」
「……はい、信じています」
アンナがラザラスに向かって伸ばした手は、互いの指先をかすめただけで、すぐに見えなくなった。
「ご要望にお応えしたまでです」
「まあ、その通りだが」
夜市に立ったとあるテントの中。ラザラスは、テーブルの上に置かれた飲み物を前に苦笑する。「惚れ薬」の製作を依頼されたアンナが作ったものは、どろりととろみのある赤紫の飲み物だった。ところどころに浮かぶ黒い粒々が、さらにこの飲み物を毒々しくみせている。
「試行錯誤したぶん、評判は上々です」
「ああ、だがこれほど安易に、得体の知れない『惚れ薬』にみなが手を出しているのかと思うと、頭が痛くなる」
「ですから、これは『惚れ薬』ではありません。あくまで、恋を叶える『おまじない』です。ちなみにこの色合いも『可愛い』と評判なんですよ」
「これが、可愛いのか。女性の『可愛い』は、難しいな……」
アンナはラザラスに「惚れ薬」を作ることはできないと正直に告げ、代わりに特製ドリンクを作ってみせた。それは、この数日でラザラスの期待以上の反響を呼んでいる。夜間だけの販売にも関わらず、連日客が押し寄せていた。
「これは、偽の『惚れ薬』の一件がかなり広まっている影響でしょうか?」
「いや、単にアンナの才能だろう。アンナの代わりに店に立った女性団員では、うまくいかなかったのだから」
「私は料理の説明に慣れているだけです」
「『恋占いの得意な占い師』として、堂に入っていたぞ。アンナは、ひとの心をつかむ才能があるんだな」
(恋をしているから、恋占いにすがる気持ちがわかるんです)
からかわれたアンナは、肩をすくめながら続けた。
「騎士さまのおかげでもあるんですよ。あなたが私の側にずっといらっしゃるので、『おまじない』の信憑性が上がってしまって」
「あくまで警護のためだ」
「残念ながらみなさん、そうは思っていらっしゃらないみたいです。私なんかに、ラザラスさまがのぼせ上がるはずもないのに」
「……はない」
「何かおっしゃいましたか。なんだかお疲れのように見えますが」
「……そんなことはない」
珍しく口ごもるラザラスを前に首をひねっていたアンナが、ぱっと顔を明るくした。
「もしかして、お昼を抜いてしまいましたか? 『腹が減っては戦はできぬ』と言いますし、よろしければ、こちらを召し上がってみますか? もう少しで店じまいですから、それまでの繋ぎにはなるでしょう」
「ちなみに、『惚れ薬』としての効能は?」
「心配ですか?」
「まさか、『惚れ薬』なんて俺には意味がない」
ラザラスはグラスを受けとると、一気に流し込む。見事な飲みっぷりだ。
「意外といけるな」
「いくつかの果物を組み合わせていますからね。飲みやすい味に仕上がっていると思います。色合いは、魔女らしさとやらを追及したんですよ」
(本当に惚れ薬の力があればいいのに)
惚れ薬なんて効かないと一蹴されたことを少しだけ悔しく思いながら、アンナが説明する。
「吹き出物が消えた、ウエストが細くなった、意中の相手と結ばれたと評判だが。どういう仕掛けだ?」
「ドラゴンフルーツは、女性の美しさを引き出すと言われています。胡散臭い『惚れ薬』よりもずっと効果的かもしれませんね」
栄養満点なスムージーを飲むことで、種々のトラブルが改善。その結果、本人たちの意識も変わり、食事などの質が向上したのだろう。内側から綺麗になったことで、人間関係にも影響が及んだと思われた。
「相手へのゆさぶりとしても有効だろう」
「そろそろ動いてくるでしょうか」
ラザラスは、不意に真顔で呟いた。
「この作戦に、あなたをひっぱりこんだのは失敗だったのかもしれない」
「今さらどうして」
「わかっている。だが、あなたを逃がすという選択肢もあったのに。それをせずに、あえて協力を求めたのは俺だ」
「そういえば、お礼を言っていませんでしたね。助けてくださって、ありがとうございます」
(本当に優しいひとだわ。ただの顔馴染みに、ここまで心を砕いてくれるなんて)
「いや、俺のせいで目をつけられた可能性だって」
「私を保護した時点で、相手側に喧嘩を売ったようなものなのでしょう? それならば、隠れていても仕方がありません。むしろ逃げれば、これ幸いとばかりに殺されていたはず。こちらに後ろ暗い部分はないのですから、堂々としていればいいのです」
(もしも失敗したとしても、最後にあなたと一緒にこうやって過ごせたから。私は、満足なんです)
アンナは、まっすぐラザラスを見つめた。根負けして目をそらしたのは、やはりラザラスの方だった。
「あなたには敵わないな。気がついているだろうと思うが、我々第二部隊が面と向かって抗議できない、あるいは抗議しても却下される相手だっている。今回の件も恐らくは……」
「それ以上は、いけません」
この国の王族や一部の高位貴族は、魔法が使える。誰が聞いているかわからない状態で、決定的な言葉を使ってはならない。それが明らかに黒である場合でも。そのために、ラザラスとアンナは、回りくどい手を使って相手をおびき寄せているのだから。
(王族を敵に回しても、私を守ってくれた。それだけでもう十分)
「あなたが傷つくのは嫌なんだ」
「大丈夫です。私は騎士さまを信じていますら。心配なら指切りでもしましょうか。この件が片付いたら、腕によりをかけてごはんを作りますから、お腹いっぱい食べましょうね」
「それなら、あなたの故郷の料理を食べてみたい」
ふたりの指がからめられたかに思われたそのとき、テントに人影が飛び込んできた。
「お客さま。もうすぐ、店じまいの時間でして」
「うるさい、邪魔をするな!」
ラザラスの言葉に言い返したのは、「おまじない」には興味のなさそうな屈強な男。彼はアンナの手を無理矢理つかむと、なにごとかを唱えた。またたくまに、まぶしい光がテント内に満ちる。
「転移陣か!」
「騎士さま?」
「必ず助けにいく。約束する、待っていてくれ!」
「……はい、信じています」
アンナがラザラスに向かって伸ばした手は、互いの指先をかすめただけで、すぐに見えなくなった。
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