愛するひとの幸せのためなら、涙を隠して身を引いてみせる。それが女というものでございます。殿下、後生ですから私のことを忘れないでくださいませ。

石河 翠

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「プリムローズ。学園の校史がどこにあるか知らないかい」
「急にどうしたの?」
「ちょっと調べたいことがあってね」

 いつものように図書室で過ごしていた私は、友人であるジョシュアからの質問で顔を上げた。蔵書整理をする予定がつい本に夢中になっていたことに気がつく。日はすっかり傾いていた。彼に声をかけられなければ、真夜中になってしまっていたことだろう。

「学園の歴史が知りたいなら、学園長先生にお伺いしたらどうかしら。少なくとも、ここ数十年の出来事については誰よりも詳しいはずよ」
「学園長先生にはちょっと聞きづらいんだよ。僕が調べているのは、学園の七不思議に関することだからね」
「明日卒業するっていうひとが、一体何を調べているの」

 あまりの意外さに本を取り落とした。

 学生というのは、古今を問わず怖くて不思議な話が好きなもの。けれど、ジョシュアはとても現実的な少年だった。魔王や聖女という存在は伝説上の存在だと口にしてはばからない。魔力保持者も年々少なくなり、魔術が廃れかけている今となっては無理もない話なのかもしれないけれど。そんな彼が七不思議に興味を持つなんて。

「ジョシュア、あなたもやっぱり男の子。怖い話に興味があったのね」
「いや、そういうわけではないんだが」

 少しばかり歯切れの悪い返事。なるほど、七不思議の中には恋愛成就を謳ったものもあったはずだ。ジョシュアには好きなひとがいるのだろう。

「それなら図書室の女神と呼ばれるこの私が、お手伝いしてさしあげるわ」
「ありがとう。君に助けてもらえるなら百人力だよ」

 弾むようなジョシュアの声に、私はすぐさま後ろを向いた。目に飛び込んでくるのは窓の向こうにある満開の桜。二階にあるこの図書室にまで大きく枝を伸ばす学園のシンボル。桜は嫌いだ。この花が咲く頃は、いつだって別れの季節だから。

 彼は今、どんな顔をしているのだろう。好きなひとのことを想い、はにかみ頬を染めているのだろうか。

 彼と私が結ばれることなどないと最初からわかっていた。あまりにも無理がありすぎる。

 学園は、外の世界とは異なる秩序で成り立っている。けれど学園を卒業してしまえば、第二王子である彼と口をきく機会なんて二度とないだろう。

 だからつい提案してしまったのだ。七不思議を調べるなんてこと、やるべきではなかったのに。
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