愛するひとの幸せのためなら、涙を隠して身を引いてみせる。それが女というものでございます。殿下、後生ですから私のことを忘れないでくださいませ。

石河 翠

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 私の気持ちなんて知りもしないジョシュアが、七不思議を指折り数えていく。

「僕が見つけたのは、六つだけなんだけれど」
「七つ目まで知ってしまうと不幸が訪れるとかいうものね。まあ、迷信なんだけど」
「迷信という根拠は?」
「世代によって流行り廃りがあるのよ。全部合わせると七つなんて軽く超えちゃうわ。それに幽霊の正体見たり枯れ尾花ってね」

 七不思議というのは面白い。時期や聞く相手によって、内容に少しずつ変化が表れる。さて、どんな話が聞けるかしら。

「一つ目は、音楽室のピアノ。誰もいないはずの校舎で、誰かがピアノを弾いているのを聞いた生徒がたくさんいる」
「ああ、アガサのことね。彼女はいつも放課後に音楽室でピアノを弾いているから」
「知り合いなのかい?」
「ええ、ちょっとしたね」
「誰が弾いているかわからないだけで、怪異扱いになってしまったということか」
「よかったら、好みの楽譜を贈ってあげて。本人がいなくても、音楽室に置いておけば翌日には練習を始めるはずだから」

 最近はアガサのピアノを耳にする機会が減っていたからちょうどよかったわ。またいろんな曲を弾いて、彼女のことが話題になるといいのだけれど。

「二つ目は、美術室の描き足される油絵」
「実際に描き足しているだけなのに、何の問題があるの?」
「これも実在の生徒なのか」
「オードリーはひとつの作品をじっくり仕上げるタイプなのよ」
「気が長いにもほどがある」

 確かにそうね。普通なら、あんなに長い時間ひとつの絵に向き合うことは難しいかも。それも愛ゆえにということかしら。

「三つ目は、踊り場にある大鏡。見知らぬ少女が映り込むらしい」
「バーバラね」
「話の流れでおそらく人間なのだろうとは思っていたが。そのバーバラとやらは、何を目的にそんなことを?」
「せっかくなら、七不思議らしい七不思議を作ってやるって張り切っていたの」
「なんと傍迷惑な」

 とはいえ、彼女が張り切っていたずらをしかけているからこそ、しっかり噂となっているわけで。やっぱり認知されるためには、アピールが必要なのよね。

「四つ目は、訓練所の暗黒騎士。ぼんやり油を売っていると、恐ろしげな甲冑を着た騎士に追いかけられるらしい」
「カミラのことね。彼女、将来の夢が女騎士だったの。運動部の生徒が通りかかると、つい追いかけてしまうそうなの」
「せめて甲冑を脱げ!」
「甲冑は彼女の好みではないらしいわ」
「先祖代々の品ということか。見るたびに装飾が増えていっていると聞く。あまり重くすると関節への負担が酷いから危険だと伝えてくれ」

 私が身につけたら重くて動けなくなりそう。思わず手首や膝といった関節部分を撫でていると、ジョシュアに首を傾げられた。年を取ったら、関節にくるらしいわよ。知らないけど。

「五つ目は、告白に成功する桜の木」
「ジョシュアが知りたい七不思議ね」
「な、何の話だ」
「恥ずかしがらなくてもいいのよ。とはいえ、本当に好きなひとがいるのなら、桜の木の下での告白はオススメしないわ」
「やはり呪いが?」
「あそこ、葉桜の季節でなくても毛虫が大量発生しているの。恋愛成就どころか初恋が消え失せること間違いなしよ」
「……なるほど。心に留めておこう」

 あら、告白目的ではないということ? 戸惑う私をよそに、ジョシュアが一瞬だけ口ごもり、一息に吐き出した。

「六つ目は、卒業パーティーの婚約破棄。僕が一番知りたいのは、この件なんだ」
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