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(19)三川内焼き-4
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「懐かしいものを見つけて、つい」
「こがんとあったね?(こんなもの、あったかな?)」
「すみません、ちょうどいいお皿がなくて。これ、私が用意したものです」
「あれだけ長い間探して見つからなかったのに、まさかここで出会うなんて」
お客さまは、ハンカチで涙をぬぐいながら話し始めた。
「わたしね、お嫁に来るときにいろいろ持ってきたものがあるのよ。そのうちのひとつが、この三川内焼のカップとお皿のセットだったの」
三川内焼と波佐見焼は長崎の有名なやきものだ。献上品とされていたこともあるし、海外にコーヒー碗やワインカップなどを輸出していたことでも有名である。
良家のお嬢さんの嫁入り道具だったということは、この桐箱の中に入っていたやきものは、貴重な名工の作と呼ばれるものだったに違いない。落としたり、割ったりしなくてよかったと安心した。
「ほら、ここに唐子の模様があるでしょう。これはね、子孫繁栄を願うもので、三川内焼を代表する文様なのよ」
女性が愛しそうに唐子を撫でる。だが、待ってほしい。そんな大事な品物が、どうしてお届けものとしてわたしに預けられることになってしまったのか? 大体、長年探していたというのはどういう意味なのだろう。
「一時期、会社がうまくいかなったときがあって。たくさんのものを手放したのよ。これもそうね。好事家に高く引き取ってもらったと聞いているわ」
「そがんこつもあったね(そんなこともあったね)」
「おかげさまでその後、会社は無事に持ち直したわ。でも夫はこのやきものを手放したことを悔やんでいたみたいなの。最近になって急に骨董屋に通い始めては同じものがないか探しているらしいの」
「奥さまの大切な嫁入り道具ですものね」
「違うわよ。嫁入り道具として持ってきた子孫繁栄の三河内焼。それを手放したから祟られて子宝に恵まれなかったとでも思っているんでしょう。家業は甥っ子が継いでくれることになったけれど、甥っ子まで後継ぎに恵まれなかったら大変だと思っているのだわ。馬鹿みたい」
握られたハンカチにぎゅっと皺が入る。突然降ってわいてきた昼ドラ並みの内容に言葉が出ない。ありえないとは言えない。だがどことなくしっくりこなかった。
あの楽しそうな唐子たちが、この綺麗なお客さまを泣かせるためにお届けものを依頼したとはとても思えない。そう思ったのは、部長も同じだったらしい。
「あんた、なんばいいよっとね。あんひとが、そがんことかんがゆうわけなかろうもん(あなたは何を言っているのか。あのひとが、そんなことを考えるわけがないだろう)」
「でも……」
「はあ、もうせからしか。あんた、もうかえらんね。ちゃんとはなしばせんね。そいがよか(まったくもう、面倒くさい。あなたはもう帰りなさい。それから、ちゃんと話をしたほうがいい。それが一番だ)」
「あなたも、そう思うの?」
「えっ、あの、ちょ、ちょっとお待ちください!」
尋ねられて、思わずたじろいでしまう。こんな修羅場に、ぽっと出の私が何を言えるというのか。私はお客さまに出していたコーヒーとシースケーキを慌てて下げると、給湯室に飛びこんだ。たぶん私ができることはこれだけだ。
冷蔵庫に残っていた余分なシースケーキと、お客さまに出していた手つかずのシースケーキをまとめて手近なケースに入れ、急いでコーヒーカップと小皿を洗う。水気を切りカップと小皿を桐箱におさめたら、ケーキの入ったケースと一緒にエコバッグに詰めた。
やっぱりケーキをひとつ多めに頼んだのは正しかったんだ。応接室に舞い戻り、お節介だと思いつつもお客さまに差し出す。
「このお皿とカップ、それからシースケーキをお持ち帰りください。それから、ゆっくりご主人とお話されるとよいと思います」
「あのやきものは、今はあなたのものなのでしょう?」
「あれはあなたにお届けするために私が預かっていただけだと思います。今日お会いできたのも、そのためだったかと」
普通に考えて、そんなことを言われた怪しむものだと思う。タダほど怖いものはない。けれど、彼女は私の話を馬鹿にすることはなかった。
社長夫人として夫を支え、会社を切り盛りしてきた女性だからこそ、目に見えない何かを感じ取ることに長けていたのかもしれない。荷物を受け取り、静かに目を伏せる。
「……これを見たら、夫は何て言うかしら。わたしたち、何か変わるのかしら」
「どがんもこがんもなか。そがんいうてなんもせんのが、おいはいっちょんすかん(どうもこうもない。そういうことばかり言って結局何もしないというのは、僕はすごく好きじゃないな)」
「部長!」
「いいえ、その通りね。ありがとう。来たばかりで申し訳ないけれど、本日は失礼させていただくわね」
そそくさと帰るお客さまを見送り、部長に頭を下げる。
「私が用意したお皿のせいで、すみません」
「そがんきにせんちゃよか。どうせまたあしたにはきなっけん(そんな風に気にしないでいいよ。どうせまた明日にはいらっしゃるから)」
「そうでしょうか」
「あがんはぶてるとこば、おいがみてどがんすっとね(あんな風に拗ねるところを、僕が見てもしょうがないでしょ)」
「確かに、寂しいとか怒っているという気持ちは旦那さまに直接伝えたほうがよさそうです」
たぶん先ほどのお客さまのご主人は、すごく不器用なひとなのだろう。唐子たちから預かったお届けものと甘いシースケーキが、ふたりの仲を取り持ってくれるといいなと思った。
「こがんとあったね?(こんなもの、あったかな?)」
「すみません、ちょうどいいお皿がなくて。これ、私が用意したものです」
「あれだけ長い間探して見つからなかったのに、まさかここで出会うなんて」
お客さまは、ハンカチで涙をぬぐいながら話し始めた。
「わたしね、お嫁に来るときにいろいろ持ってきたものがあるのよ。そのうちのひとつが、この三川内焼のカップとお皿のセットだったの」
三川内焼と波佐見焼は長崎の有名なやきものだ。献上品とされていたこともあるし、海外にコーヒー碗やワインカップなどを輸出していたことでも有名である。
良家のお嬢さんの嫁入り道具だったということは、この桐箱の中に入っていたやきものは、貴重な名工の作と呼ばれるものだったに違いない。落としたり、割ったりしなくてよかったと安心した。
「ほら、ここに唐子の模様があるでしょう。これはね、子孫繁栄を願うもので、三川内焼を代表する文様なのよ」
女性が愛しそうに唐子を撫でる。だが、待ってほしい。そんな大事な品物が、どうしてお届けものとしてわたしに預けられることになってしまったのか? 大体、長年探していたというのはどういう意味なのだろう。
「一時期、会社がうまくいかなったときがあって。たくさんのものを手放したのよ。これもそうね。好事家に高く引き取ってもらったと聞いているわ」
「そがんこつもあったね(そんなこともあったね)」
「おかげさまでその後、会社は無事に持ち直したわ。でも夫はこのやきものを手放したことを悔やんでいたみたいなの。最近になって急に骨董屋に通い始めては同じものがないか探しているらしいの」
「奥さまの大切な嫁入り道具ですものね」
「違うわよ。嫁入り道具として持ってきた子孫繁栄の三河内焼。それを手放したから祟られて子宝に恵まれなかったとでも思っているんでしょう。家業は甥っ子が継いでくれることになったけれど、甥っ子まで後継ぎに恵まれなかったら大変だと思っているのだわ。馬鹿みたい」
握られたハンカチにぎゅっと皺が入る。突然降ってわいてきた昼ドラ並みの内容に言葉が出ない。ありえないとは言えない。だがどことなくしっくりこなかった。
あの楽しそうな唐子たちが、この綺麗なお客さまを泣かせるためにお届けものを依頼したとはとても思えない。そう思ったのは、部長も同じだったらしい。
「あんた、なんばいいよっとね。あんひとが、そがんことかんがゆうわけなかろうもん(あなたは何を言っているのか。あのひとが、そんなことを考えるわけがないだろう)」
「でも……」
「はあ、もうせからしか。あんた、もうかえらんね。ちゃんとはなしばせんね。そいがよか(まったくもう、面倒くさい。あなたはもう帰りなさい。それから、ちゃんと話をしたほうがいい。それが一番だ)」
「あなたも、そう思うの?」
「えっ、あの、ちょ、ちょっとお待ちください!」
尋ねられて、思わずたじろいでしまう。こんな修羅場に、ぽっと出の私が何を言えるというのか。私はお客さまに出していたコーヒーとシースケーキを慌てて下げると、給湯室に飛びこんだ。たぶん私ができることはこれだけだ。
冷蔵庫に残っていた余分なシースケーキと、お客さまに出していた手つかずのシースケーキをまとめて手近なケースに入れ、急いでコーヒーカップと小皿を洗う。水気を切りカップと小皿を桐箱におさめたら、ケーキの入ったケースと一緒にエコバッグに詰めた。
やっぱりケーキをひとつ多めに頼んだのは正しかったんだ。応接室に舞い戻り、お節介だと思いつつもお客さまに差し出す。
「このお皿とカップ、それからシースケーキをお持ち帰りください。それから、ゆっくりご主人とお話されるとよいと思います」
「あのやきものは、今はあなたのものなのでしょう?」
「あれはあなたにお届けするために私が預かっていただけだと思います。今日お会いできたのも、そのためだったかと」
普通に考えて、そんなことを言われた怪しむものだと思う。タダほど怖いものはない。けれど、彼女は私の話を馬鹿にすることはなかった。
社長夫人として夫を支え、会社を切り盛りしてきた女性だからこそ、目に見えない何かを感じ取ることに長けていたのかもしれない。荷物を受け取り、静かに目を伏せる。
「……これを見たら、夫は何て言うかしら。わたしたち、何か変わるのかしら」
「どがんもこがんもなか。そがんいうてなんもせんのが、おいはいっちょんすかん(どうもこうもない。そういうことばかり言って結局何もしないというのは、僕はすごく好きじゃないな)」
「部長!」
「いいえ、その通りね。ありがとう。来たばかりで申し訳ないけれど、本日は失礼させていただくわね」
そそくさと帰るお客さまを見送り、部長に頭を下げる。
「私が用意したお皿のせいで、すみません」
「そがんきにせんちゃよか。どうせまたあしたにはきなっけん(そんな風に気にしないでいいよ。どうせまた明日にはいらっしゃるから)」
「そうでしょうか」
「あがんはぶてるとこば、おいがみてどがんすっとね(あんな風に拗ねるところを、僕が見てもしょうがないでしょ)」
「確かに、寂しいとか怒っているという気持ちは旦那さまに直接伝えたほうがよさそうです」
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