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(26)桃珊瑚-6
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一緒に帰れないとわかってべそをかく私のことを、猫が一生懸命なだめている。ふにふにとした肉球を触らせてくれているのだ。特別出血大サービスだと考えてもいいだろう。
『約束をしましょう。次に会えたら、ちゃんと僕の元に戻ってきてください』
『……わかった。ゆびきりげんまんだね』
『猫には難しいですね。もっと確かなものをあげましょう。なくさないで、大事にしてくださいね』
『これ、なあに?』
『目印みたいなものですよ』
そうして渡されていたのが、今まさに私の耳で揺れている桃珊瑚だった。このピアス、元々はこんな経緯でもらったものだったの? 当時はやっぱりイヤリングだったらしい。まあ、この時耳にピアスホールは開いていなかったのだから当然か。
『えー、かわいくない。わたし、ピンクいろがいいなあ』
『でも、力の純度で言うとこれが一番なんです。心臓の血を固めたようなものですよ。高純度なんです』
『これ、ちをかためたの。やだなあ、こわい』
『こ、怖いですって。それは物の例えであって』
『ねえ、ピンクいろ、なあい?』
『なくはないですけれど……』
『わあ、ねこちゃんのおててとおんなじいろだ。かわいい』
『可愛いですか』
『うん、かわいい。だいすき。だいじにするね』
『本当ですか、約束ですよ、ちゃんと大事にしてくださいね。大事にしてくれなきゃ、化けて出ますからね』
『ひとの子の成長は早い。心配せずとも、すぐに時は満ちる』
猫は器用に、私の耳にイヤリングをつけてくれた。どうやってとは、聞かぬが花なのだろう。耳で揺れるピアスに触れるのと、くらりとめまいが襲ってくるのは同時だった。はっと前を向けば、真昼間の花月のお庭に戻っている。かぎしっぽの猫は、朔夜さんの姿に戻っている。幼かった私も、すっかり大人だ。先ほどまでみた景色のせいだろうか、妙に朔夜さんの歩き方が猫っぽい気がしてならない。
「にゃあ」
耳元で囁かれて、びくりと肩が跳ねる。わざとだ、絶対にわざとだ。自分の顔面偏差値が高いことをわかっていてやっているよ、このひと。ひとというくくりでいいのか、よくわからないけれど。
「お待たせしました。あなたの猫ちゃんですよ」
「自分でちゃんづけって、どうかと思います」
「僕の正体を思い出したのに、逃げないんですね」
「だって、朔夜さんは朔夜さんでしょう」
私の返事に、朔夜さんは満足そうに喉を鳴らした。今まであやかし坂に招かれてお届けもの屋さんをしていたのも、あのときの約束のせいなのだろう。それにしても、「お届けものやさん」という回答で、ここまでややこしいことが起きているのだ。うっかり変な答えを返していたら一体どうなっていたのか。急に背筋が冷えた。
庭見世の日。迷子になって泣いていたのを発見された後に、祖母にこっぴどく叱られたのは、勝手にうろうろしていた挙句迷子になったからではなかったのかもしれない。祖母はもしかしたら、私と猫と狐とのやり取りを知っていたのではないだろうか。今さらながらにそのことに思い当たり、どきりとする。祖母の家に住みたいと伝えたときに伝えられた条件と、祖母の言葉が思い起こされる。
――よかね、ちゃんとせんねよ?(いい、ちゃんとしなさいよ?)――
――あんたは、なんもわかっとらんけん(あなたは、なんにもわかっていないのだから)――
今まではあやかし坂でのやり取りを都合よく忘れていたのでぐちぐち言われることはなかったけれど、現在は状況を再認識してしまっている。もしかしたら、今さらながらに祖母に叱り飛ばされるのではないか。そんな恐ろしい予感に震える私の手を、朔夜さんがそっと温めてくれた。
「時間です。とりあえず、お部屋に戻りましょう」
「えーと、朔夜さんはここで何を見せたかったんですか?」
「ちゃんと思い出してほしかっただけですよ」
「それだけ?」
「本当はそろそろお嫁さんになってもらいたかったんですけれどねえ」
「い、いきなりですか! もう少し段階ってものがあるんじゃないんですか!」
「ほら、こんな風に言うだろうなあってことはわかっていますから。でものんびりしていると、横からかっさらわれそうになるとよくわかったので。これからはもっとアピールしようと思いまして」
「アピールっていうか、釘を刺されたような?」
私の返事に、少しだけ拗ねたように頬を膨らませる。はあ、イケメンは怒った顔もイケメンなんですね。あやかし、恐るべし。
「だって僕は約束を守って、地道に人間の世界で働いているのに、清香さんときたら僕との約束を忘れて東京に行っちゃうし、それだけにとどまらず合コンに行ったり、猫カフェに行ったり、浮気三昧じゃないですか」
「合コンと猫カフェって同レベルの行動なんだ」
「悪い虫を追い払うの、なかなか大変だったんですよ」
なるほど、私がモテなかったことにも一応理由があったらしい。えーと、これは愛されているってことでよいのでしょうかね?
「とはいえ、食事の準備ができるようですから。この後のことは、まず食事を楽しんでから考えましょう」
「気が長いんですね」
「僕が生まれてから長い間経ちました。あなたと出会ってからももうずいぶん待ちました。今さら食事の時間程度待ったところで、何も変わりませんよ。大丈夫です。絶対に僕のことを好きにさせて見せますから」
いや、そんな宣言されなくてももう結構あなたのこと、好きなんですけれどね?
今までの朔夜さんが、どれだけ普通を装っていたのか今さらながらに見せつけられる。猫かぶりをやめた朔夜さんは、色気ましましの微笑みとともに私のおでこにキスをした。
『約束をしましょう。次に会えたら、ちゃんと僕の元に戻ってきてください』
『……わかった。ゆびきりげんまんだね』
『猫には難しいですね。もっと確かなものをあげましょう。なくさないで、大事にしてくださいね』
『これ、なあに?』
『目印みたいなものですよ』
そうして渡されていたのが、今まさに私の耳で揺れている桃珊瑚だった。このピアス、元々はこんな経緯でもらったものだったの? 当時はやっぱりイヤリングだったらしい。まあ、この時耳にピアスホールは開いていなかったのだから当然か。
『えー、かわいくない。わたし、ピンクいろがいいなあ』
『でも、力の純度で言うとこれが一番なんです。心臓の血を固めたようなものですよ。高純度なんです』
『これ、ちをかためたの。やだなあ、こわい』
『こ、怖いですって。それは物の例えであって』
『ねえ、ピンクいろ、なあい?』
『なくはないですけれど……』
『わあ、ねこちゃんのおててとおんなじいろだ。かわいい』
『可愛いですか』
『うん、かわいい。だいすき。だいじにするね』
『本当ですか、約束ですよ、ちゃんと大事にしてくださいね。大事にしてくれなきゃ、化けて出ますからね』
『ひとの子の成長は早い。心配せずとも、すぐに時は満ちる』
猫は器用に、私の耳にイヤリングをつけてくれた。どうやってとは、聞かぬが花なのだろう。耳で揺れるピアスに触れるのと、くらりとめまいが襲ってくるのは同時だった。はっと前を向けば、真昼間の花月のお庭に戻っている。かぎしっぽの猫は、朔夜さんの姿に戻っている。幼かった私も、すっかり大人だ。先ほどまでみた景色のせいだろうか、妙に朔夜さんの歩き方が猫っぽい気がしてならない。
「にゃあ」
耳元で囁かれて、びくりと肩が跳ねる。わざとだ、絶対にわざとだ。自分の顔面偏差値が高いことをわかっていてやっているよ、このひと。ひとというくくりでいいのか、よくわからないけれど。
「お待たせしました。あなたの猫ちゃんですよ」
「自分でちゃんづけって、どうかと思います」
「僕の正体を思い出したのに、逃げないんですね」
「だって、朔夜さんは朔夜さんでしょう」
私の返事に、朔夜さんは満足そうに喉を鳴らした。今まであやかし坂に招かれてお届けもの屋さんをしていたのも、あのときの約束のせいなのだろう。それにしても、「お届けものやさん」という回答で、ここまでややこしいことが起きているのだ。うっかり変な答えを返していたら一体どうなっていたのか。急に背筋が冷えた。
庭見世の日。迷子になって泣いていたのを発見された後に、祖母にこっぴどく叱られたのは、勝手にうろうろしていた挙句迷子になったからではなかったのかもしれない。祖母はもしかしたら、私と猫と狐とのやり取りを知っていたのではないだろうか。今さらながらにそのことに思い当たり、どきりとする。祖母の家に住みたいと伝えたときに伝えられた条件と、祖母の言葉が思い起こされる。
――よかね、ちゃんとせんねよ?(いい、ちゃんとしなさいよ?)――
――あんたは、なんもわかっとらんけん(あなたは、なんにもわかっていないのだから)――
今まではあやかし坂でのやり取りを都合よく忘れていたのでぐちぐち言われることはなかったけれど、現在は状況を再認識してしまっている。もしかしたら、今さらながらに祖母に叱り飛ばされるのではないか。そんな恐ろしい予感に震える私の手を、朔夜さんがそっと温めてくれた。
「時間です。とりあえず、お部屋に戻りましょう」
「えーと、朔夜さんはここで何を見せたかったんですか?」
「ちゃんと思い出してほしかっただけですよ」
「それだけ?」
「本当はそろそろお嫁さんになってもらいたかったんですけれどねえ」
「い、いきなりですか! もう少し段階ってものがあるんじゃないんですか!」
「ほら、こんな風に言うだろうなあってことはわかっていますから。でものんびりしていると、横からかっさらわれそうになるとよくわかったので。これからはもっとアピールしようと思いまして」
「アピールっていうか、釘を刺されたような?」
私の返事に、少しだけ拗ねたように頬を膨らませる。はあ、イケメンは怒った顔もイケメンなんですね。あやかし、恐るべし。
「だって僕は約束を守って、地道に人間の世界で働いているのに、清香さんときたら僕との約束を忘れて東京に行っちゃうし、それだけにとどまらず合コンに行ったり、猫カフェに行ったり、浮気三昧じゃないですか」
「合コンと猫カフェって同レベルの行動なんだ」
「悪い虫を追い払うの、なかなか大変だったんですよ」
なるほど、私がモテなかったことにも一応理由があったらしい。えーと、これは愛されているってことでよいのでしょうかね?
「とはいえ、食事の準備ができるようですから。この後のことは、まず食事を楽しんでから考えましょう」
「気が長いんですね」
「僕が生まれてから長い間経ちました。あなたと出会ってからももうずいぶん待ちました。今さら食事の時間程度待ったところで、何も変わりませんよ。大丈夫です。絶対に僕のことを好きにさせて見せますから」
いや、そんな宣言されなくてももう結構あなたのこと、好きなんですけれどね?
今までの朔夜さんが、どれだけ普通を装っていたのか今さらながらに見せつけられる。猫かぶりをやめた朔夜さんは、色気ましましの微笑みとともに私のおでこにキスをした。
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