[連載版] 龍の望み、翡翠の夢

石河 翠

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7.求婚

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 訪れるものなど誰もいない、北の塔。処刑前の罪人つみびとが、最後の一夜を過ごす場所。明日、この西国の王は、断頭台の露と消える。美しい女の首が一つ、無情にも晒されることになるのだ。首から下の身体が男ではないと白日の下に晒すつもりなのか、それともこっそりと隠匿してしまうのか。処刑が終わったとして、先の王弟はどうするつもりであったのか、男は不審に思う。けれど詮無きことと、男は一蹴した。女に出会った春の日がそうであったように、来るべき時に合わせて身体を動かすまで。先の王弟の考えやこの国の行く末など男の知るところではなかった。

 冷たい床の上に女はいた。紅をさしたわけでもないというのに、薔薇のように鮮やかな唇。先ほどまで酷く泣いていたからか、女のまなじりもほんのりと紅い。それがまた絶妙に色香を感じさせて、男は目が離せなくなる。そして水蜜桃のようにむさぼりたくて堪らない柔らかそうな唇が、微かに動くのを男は窓の外から見た。 

 愛していると、女がそう確かに呟いたのを聞き、男は唇を噛んだ。ああ、そうだ。何と愚かなことか。己は知っていたではないか。浅ましくも劣情を抱いている美しい主人には、何を隠そう秘めた想い人がいるのだと。けれど、ほんの僅かではあったが、微かな望みを抱いていた。男の遺体を見て、女が泣きすがってはくれぬかと、傷ついてはくれぬかとそんな嗜虐的で下らぬことを期待する思いは確かにあったのだ。そうしてもしかしたら、女が男の差し出した手をとって逃げてはくれぬのではないかと、そんな淡い想いを抱いて男はこの北の塔へやってきた。

 知らず、錆びた鉄格子を握りしめ過ぎていたらしい。少しだけ傷んだ掌に気付き、男は己の未熟さを恥じた。このような仕方のない男の身体だが、愛しい主人を助ける為には必要な道具である。痛みで集中力を欠き、万一のことがあってはならぬ。男はきつく目を瞑り、一度だけ深く息を吸う。

 穏やかな顔で主人の前に出られるように。己の命に代えようとも、必ず貴女をお救い致しまする。貴女に選ばれた幸運な男とともに、必ず国の外へお連れする故、御安心召されよ。静かに誓う男の声は、女には届かない。ああ王は、何故泣き顔までもこんなに美しいのか。王の涙を舌で舐めあげてみれば、それは甘露のように美味なのではあるまいか。男は、王にここまで涙を流させた碌でなしを生涯許さないと誓う。と同時に、相手の男への嫉妬で目がくらむようであった。

 だから、男は自分の名を唐突に呼ばれ瞠目どうもくした。三日月のあの夜に、片恋の願掛けをする女の前に飛び出していった時と同じ失態を繰り返してしまったのだ。情けない男の前に、焦がれてやまない翡翠色の双眸があった。

 陛下と。ただ一言だけしか言えぬまま、男は塔の中へ滑り込んだ。月明かりに、ふわりと濃紺の装束が浮かび上がる。今度はうまく女を下敷きにすることだけは避けられたらしい。男は女の柔らかな肌に微かにしか触れなかったことを少しだけ残念に思いながら、けれど心の底で安心する。今ここで女を組み敷いてしまえば、きっと男は女の甘い蜜を吸い尽くすまで離してやることなど出来そうになかったのだから。

 声も出ぬほど驚いて、涼やかな瞳を大きくしたままの女。その瞳には驚き以上の喜びが溢れてはいないか。愛しさを滲ませてはいないか。或いは、己は少しばかり期待してもいいのやも知れぬ。男は一世一代の覚悟を決めた。

 力みすぎていたのか、唇を噛み締めていたらしい。ひんやりと冷たい主人あるじの優美な手が、それを戒めるように唇をなぞった。もはや王などではないとぽつりと呟いた女の、柔らかく甘い白い指先。思わずみたくなる衝動を抑え、男はゆっくりと微笑んだ。逃がさぬように、怯えさせぬように。

 側に仕え、その命に従うことを至上の喜びとさせてくれた掌中しょうちゅうの珠。数年来胸の内で温めていた言葉を、男はようやく告げることにした。今日伝えねば、永遠に伝えられぬ言葉だ。初めて会ったときから、国王が女だと気づいていた。この日までその言葉を飲み込んできたのは、ただ側にずっと仕え支えているだけで幸福だったからだ。逃げ場のない女を追い詰める真似などしたくはなかった。

 男は懐から小さな木箱を取り出す。飾りを施された繊細な品だ。男の動きは不思議なほど優雅で、育ちの良さを感じさせるものであった。東国からの流れ者で西国の身分を持たぬまま、王の側に仕えることを認められたのは王の一存故ではない。武人としての強さだけでなく、男は様々な学問にも造詣が深かった。

 西国の文化にこれほど精通し、高い教養を兼ね備えている東国人など類を見ないのではなかろうか。それこそ、東国の王族などでもない限り、お目にかかれないのではあるまいか。それが東国人の部下を見た西国の貴族たちの総意であった。男を煙たがっていた者でさえ、男の力を認めていたのだ。普段は人懐っこい笑顔を浮かべている男が、真剣な眼差しで女を見つめている。こうしてみると、男は存外に整った顔をしているのだ。

 男は名を名乗る。西国風ではなく、東国流の発音で己の名は『成龍チェンロン』だと囁いた。龍にるという意味だと気恥ずかしそうに話す。そのまま男は肩をすくめながら、東国の発音は西国の人間には難しいらしい。はなから諦めていたのだとこぼしてみせた。いちいち説明するのもわずらわしかったのだと。けれど、と男は言葉を区切る。金色の瞳が、ゆらりと燃えたぎる炎のように揺らめいた。月明かりだというのに強く輝くその瞳に、女は魅入られたようにただ静かに男を見つめている。

 貴女にだから、教えるのだと。ジェイド様にだけは本当の名前を呼んでほしい、これから先もずっと。それは間違えようもなく、男から女への求婚であった。光の加減によって、澄んだ泉のように深い青にも、濃い緑色にも見える美しい瞳がうるむ。男に言われた意味がわからぬほど、男の主人は愚鈍ではなかった。

 故郷くにでは、女の名前と同じ貴石のことを翡翠ひすいと呼ぶのだと男は言った。そのまま小箱から、翡翠の硬玉を掘り出した腕輪バングルを取り出す。それはあつらえたかのように、女の腕にすっぽりとおさまった。ひんやりとしてみえた濃緑の石は、長いこと懐に収められていたのか男の体温でほのかに温められていた。

 翡翠という言葉にはもうひとつ意味があるのだ。男は秘密を打ち明けるかのように女に語りかける。女の瞳と同じ色をした美しい青い鳥の名前なのだと。そこまで言ってから、男はそっと愛しい女を抱き寄せた。そのまま女にだけ聞こえる小さな声で囁く。

 己は大逆を働いた王のことなど何も知らぬ。ただかごの中に閉じ込められた翡翠かわせみを見つけて、外に出しただけなのだ。鳥は自由に生きるもの。当たり前のことをして、罪に問われることがあろうかと。そう言って可笑しそうに笑う男からは、確かに乾いた風の匂いがした。

 小さな嗚咽を漏らし始めた女を抱えて、男は悠々と外に出た。常人ならば気が遠くなるような高さの塔を軽々と降り始めた男に気づいて、陛下と呼ばれていた女は笑った。おぬしの前世は猿だったのやも知れぬな。そんないつもの軽口に、端正な顔を情けないものにしながら男は返事をする。

 故郷くにの母にも失敗だったと言われていたのだ。ちょろちょろ動き回って悪戯いたずら三昧の小猿に、大層な名前をつけすぎたと常々言われて育ったのだと不貞腐れてみせれば、男の胸に、愛しい女が可愛らしく頬を摺り寄せてみせた。

 闇夜に鮮やかな炎の花が咲いた。年が明けたのだ。新年を祝う人々の歓声が、この北の塔にまで響いてくる。街は酷い人混みであろう。それだからこそ、姿を紛れさせるには好都合だと男は笑う。男は腕の中の女を一際大事そうに抱え直した。

 西の国の連中はめでたい奴らばかりだと内心呆れながら、男は先へ進む。西国は、稀代の王を失ったのだ。大国を細い腕で纏め上げていた女がいなくなれば、この国がどのような道を辿るか考えるまでもなかった。東国街の連中は賢い。同胞たちにはすでにある程度の内情を知らせてある。いずれ適当な判断を下すだろう。目下、男にとって大事なのはこの女一人。男と女のことだけであれば、どのような場所でも不自由のない暮らしをさせてやる自信が男にはあった。ようやく手に入れた女との蜜月を思って、男はひっそりと笑った。



 冷たく輝く夜の星に手が届きそうな高い塔の中で、囚われの麗人がひとつため息をついていた。肩までで切りそろえられたつややかな黒髪が一筋、はらりとこぼれる。白磁の肌も、襟元まできっちりとしめられた朱色の服も何もかも薄汚れてしまっている。男物の服の裾から見える手足は華奢で、ひどく頼りない。食事は与えられだが、全く喉を通らなかった。鏡はなくとも、頬を触れば女は自身の顔がすっかりこけてしまったことを知る。けれど小さな格子窓から空を眺めるその姿は、国王としての威厳と気品に満ちていることを女は知らない。

 男の姿が見えた時、女は遂に気が触れたのだと思った。あまりにも恋しすぎて、男の幻を見ているのだと。今夜もまた男は、東国の装束と無骨な剣を身につけ女の元を訪れた。天の国にいる者は、生前と同じものを身に纏うのかと思って女は可笑しく思う。女の国では、天に住まうものたちは皆白の薄布を身にまとい、黄金の竪琴を与えられると聞いていたから。

 けれど、微かに男の肌が女に触れた時、気づいたのだ。この男は、幻ではないのだと。温かい血の通った生者であるのだと。何故か言葉が詰まる。男が陛下と自分のことを呼ぶのを聞いて、もはや王などではないと可愛らしくない答えしか返せなかった。言いたいことは山ほどあった。何故と聞きたいこともたくさんあった。けれど、生きた男に会えたその喜びで、女の胸ははちきれそうだったのだ。

 愛しくて愛しくて、だからこそ男を逃がそうと思った。どうせ我が身は助からぬ。共に逃げることなど出来るはずがない。下手をすれば、せっかく生きて会えた男が再びあの肉塊になってしまう。そう、心に決めておいたはずなのに、男の甘い言葉は女の心の鎧を次々に剥いでいく。

 初めて男に名前を呼ばれた時の喜びは、一体何に例えれば良いものだろう。これほどの快感を女は知らない。頑なに女の名を呼ぶことのなかった男が、今己の名を呼んだ。そしてまた、男の正式な名を女に呼んで欲しいのだという。婚姻に頼ることなくまつりごとを取り仕切ってきた有能な男装の麗人は、初めて囁かれた求婚の言葉に頬が赤くなるのを感じていた。

 求婚の証に男から贈られたのは、自分の名と同じ貴石を用いた腕輪バングルだった。透き通るような緑が美しいその石は、只人に渡すような品ではないことは一目でわかる。一体どれほど大枚をはたいたものやら。やはりよく似合う、そう男は満足気に笑って、不意に真剣な眼差しで女を見つめるのだ。男の表情一つ一つが、女の心をとろけさせているのだと知りもしないで。

 男は乾いた風の匂いがする。それは男が何物にも縛られない、自由を愛するものだからだろうか。その癖己のような厄介事を引き受けてくれるのだという。優しくて愛おしい、自分だけの男。男の故郷である東国は果てしなく遠い国だけれど、龍の名を持つこの男とであれば、女は何処へだって行けるような気がするのだ。そう先ほどまで見ていた短い夢のように。男も言っていたではないか。女の名は、鳥を意味する名でもあるのだと。女は見上げているばかりであった空を、天高く翔けることができるような気がした。

 ご母堂様には感謝せねばならん。空を駆けめぐる龍だったからこそ、小さな翡翠かわせみの鳴き声にも気づいてくれたのだから。そう女が言えば、男は愛おしそうに女を見つめる。そのまままるで空を飛ぶ生き物と同じように、男は軽々と宙を舞うのだ。

 ふわりふわりと、男は危なげなく空を飛ぶように駆けて行く。この逃避行の果てがどうなるかはわからなくとも、なぜか心は明るかった。夜空に浮かぶ丸い月を横目で見ながら、女はこれから先の未来に想いを馳せる。女人にょにんとして諦めていた甘い生活を夢見ても良いのだろうか。優しい夫に、可愛らしい子どもたち、小さな白い犬、夕餉ゆうげを作る髪の長い自分……。縁遠いものとして描いていた夢物語。うっすらと頬を染めながら目を閉じた後、男装の麗人はあでやかに微笑んだ。 
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