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アンネマリーは聖女だ。この国ではごくたまに、神々の加護を持った人間が生まれてくる。彼らは神殿に入り、聖人、聖女として国家の安寧のために働くのだ。そのため基本的に、聖人や聖女は大変尊敬されており、王族とも対等の地位にいるのである。
だが、もちろんこれはあくまで基本的な話。高位貴族の聖人・聖女と、平民の聖人・聖女では周囲の反応は異なる上、聖人・聖女同士の争いなど日常茶飯事なのだった。
さらに言うなら、与えられる加護の内容でもその扱いは変わってくる。そして、アンネマリーに与えられた加護は、「片付け」だ。「治癒」でも「結界」でも「武運」でもなく、「片付け」。なんだそれ、と神官たちが首を傾げたのは有名な話である。
ちなみに加護自体は確かにあるらしく、汚城やら魔王城やらの呼び声も高かったとある地方の古城をあっという間にぴかぴかにしたこともあるし、雪崩を起こしそうだった魔術塔の各魔術師たちの汚部屋を、研究成果に影響が出ないようにしつつ整理整頓したこともある。ちょっとばかり加護の名前が格好良くないというだけで、便利な加護ではあるのだ。
だが辺境から来た地味な容姿の聖女で、加護は「片付け」。もともと馬鹿にされそうな要素が満載だというのに、恥ずかしげもなく王太子に声をかける姿から、王都の高位貴族出身の聖女たちからは大層嫌われていた。聖女はみな等しく王族の婚約者候補とみなされているからこそ、聖女同士の争いは激しいのだ。
「あら、『片付け』の聖女さま。今日はもうお城でのお仕事は終了かしら?」
「ええ、『治癒』の聖女さま。薬草保管庫はすっきり整理整頓できましたわ。医務室の在庫整理もできましたので、『治癒』の聖女さまのお付きの薬師の皆さまにも、お喜びいただけるかと思います」
ちなみに今日のお仕事は、嫌がらせのように薬草がぐっちゃぐちゃに入り混じっていた薬草保管庫の片づけだった。「治癒」の聖女は性格が悪いので、「治癒」の聖女への嫌がらせで保管庫内が荒らされていたのか、「治癒」の聖女が被害者アピールをするために保管庫内を身内に荒らさせたのか。その辺りはよくわからないし、興味もない。「片付け」の聖女は、どんな時でも粛々と片付けに勤しむだけなのだ。深々と頭を下げるアンネマリーを「治癒」の聖女がにらみつける。
「あれだけ乱雑になっていたのに、本当に仕分けできたの? あなたが間違っていたせいで、薬作りが失敗して、病人や怪我人に何かあったらどうするおつもり?」
「問題ないですわ! 加護は精霊王さまが与えてくださった特別なもの。いくらぱっと見ショボいとはいえ、加護持ちの私が『片付け』で失敗することなどありません。そして、『治癒』の聖女さまの薬師さまが薬作りに失敗することもありません。ですよね?」
アンネマリーはにこにこと、「治癒」の聖女ご一行に笑いかける。本当に心から精霊王の力と加護を信じているのがよくわかる、底抜けに明るい――だがしかし王都のご令嬢たちからはバカっぽいと評される――笑み。けれど、彼女の発言は無邪気だからこそ「治癒」の聖女を黙らせた。
令嬢バトルあるいはマウント合戦のごとき、「もし万が一薬作りで何かあっても、てめえんとこの加護なしの薬師がポカやっただけだかんな。こっちに責任転嫁すんなよ、わかったかボケ」という副音声を聞き取ってしまったのだ。田舎貴族のへっぽこ聖女が、そんな当て擦りを言えるものか? 「治癒」の聖女は首を傾げる。
「え、あなた、今、なんと?」
「あ、『治癒』の聖女さま、私、めっちゃお手洗いに行きたくて。すみません、次はお腹がすっきりしている時に、たくさんおしゃべりしましょうね!」
「なんて、はしたない! さっさとその口を閉じて立ち去りなさい!」
「すみませ~ん。それじゃあまた!」
すったかたかと「片付け」の聖女は、軽やかに走り抜ける。もちろん腹痛とは無縁で、鋼鉄の胃袋を持つアンネマリーは、神殿の自室で蜂蜜をたっぷりかけたパンケーキをおやつに食べて英気を養ったのだった。
だが、もちろんこれはあくまで基本的な話。高位貴族の聖人・聖女と、平民の聖人・聖女では周囲の反応は異なる上、聖人・聖女同士の争いなど日常茶飯事なのだった。
さらに言うなら、与えられる加護の内容でもその扱いは変わってくる。そして、アンネマリーに与えられた加護は、「片付け」だ。「治癒」でも「結界」でも「武運」でもなく、「片付け」。なんだそれ、と神官たちが首を傾げたのは有名な話である。
ちなみに加護自体は確かにあるらしく、汚城やら魔王城やらの呼び声も高かったとある地方の古城をあっという間にぴかぴかにしたこともあるし、雪崩を起こしそうだった魔術塔の各魔術師たちの汚部屋を、研究成果に影響が出ないようにしつつ整理整頓したこともある。ちょっとばかり加護の名前が格好良くないというだけで、便利な加護ではあるのだ。
だが辺境から来た地味な容姿の聖女で、加護は「片付け」。もともと馬鹿にされそうな要素が満載だというのに、恥ずかしげもなく王太子に声をかける姿から、王都の高位貴族出身の聖女たちからは大層嫌われていた。聖女はみな等しく王族の婚約者候補とみなされているからこそ、聖女同士の争いは激しいのだ。
「あら、『片付け』の聖女さま。今日はもうお城でのお仕事は終了かしら?」
「ええ、『治癒』の聖女さま。薬草保管庫はすっきり整理整頓できましたわ。医務室の在庫整理もできましたので、『治癒』の聖女さまのお付きの薬師の皆さまにも、お喜びいただけるかと思います」
ちなみに今日のお仕事は、嫌がらせのように薬草がぐっちゃぐちゃに入り混じっていた薬草保管庫の片づけだった。「治癒」の聖女は性格が悪いので、「治癒」の聖女への嫌がらせで保管庫内が荒らされていたのか、「治癒」の聖女が被害者アピールをするために保管庫内を身内に荒らさせたのか。その辺りはよくわからないし、興味もない。「片付け」の聖女は、どんな時でも粛々と片付けに勤しむだけなのだ。深々と頭を下げるアンネマリーを「治癒」の聖女がにらみつける。
「あれだけ乱雑になっていたのに、本当に仕分けできたの? あなたが間違っていたせいで、薬作りが失敗して、病人や怪我人に何かあったらどうするおつもり?」
「問題ないですわ! 加護は精霊王さまが与えてくださった特別なもの。いくらぱっと見ショボいとはいえ、加護持ちの私が『片付け』で失敗することなどありません。そして、『治癒』の聖女さまの薬師さまが薬作りに失敗することもありません。ですよね?」
アンネマリーはにこにこと、「治癒」の聖女ご一行に笑いかける。本当に心から精霊王の力と加護を信じているのがよくわかる、底抜けに明るい――だがしかし王都のご令嬢たちからはバカっぽいと評される――笑み。けれど、彼女の発言は無邪気だからこそ「治癒」の聖女を黙らせた。
令嬢バトルあるいはマウント合戦のごとき、「もし万が一薬作りで何かあっても、てめえんとこの加護なしの薬師がポカやっただけだかんな。こっちに責任転嫁すんなよ、わかったかボケ」という副音声を聞き取ってしまったのだ。田舎貴族のへっぽこ聖女が、そんな当て擦りを言えるものか? 「治癒」の聖女は首を傾げる。
「え、あなた、今、なんと?」
「あ、『治癒』の聖女さま、私、めっちゃお手洗いに行きたくて。すみません、次はお腹がすっきりしている時に、たくさんおしゃべりしましょうね!」
「なんて、はしたない! さっさとその口を閉じて立ち去りなさい!」
「すみませ~ん。それじゃあまた!」
すったかたかと「片付け」の聖女は、軽やかに走り抜ける。もちろん腹痛とは無縁で、鋼鉄の胃袋を持つアンネマリーは、神殿の自室で蜂蜜をたっぷりかけたパンケーキをおやつに食べて英気を養ったのだった。
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