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 モニカは稀代の毒婦と言われている。

「まあ、またよ。どうして殿方というのは、あんな女性を好むのかしら」
「独身も既婚者もお構い無し。本当に品のないことね」

 社交界に広がったモニカの評判は散々なものだ。「愛人稼業」に「男好き」。けれど、その蔑称をまるで爵位のように大切に受け取りながら、モニカは微笑んでみせる。自分を罵る女性たちを、まるで慈しむように。

「まあ、皆さま。そんな顔をなさらないでください。可愛らしいお顔が台無しですよ。わたしのことなど、羽虫と思って笑って流していればよいのです。怒っているばかりでは、男性陣の心は離れていくだけ。男というものは馬鹿な生き物なのです。いつもにこにこと微笑み、ときどきよろめいて涙の一粒でもこぼしてやればあなたがたの思うがまま」
「あなたがそれをおっしゃるの? 今に痛い目を見ることになるわよ」
「ご忠告感謝します」

 そんなやりとりをいたるところで繰り返してきたモニカの今回のターゲットは、おしどり夫婦で有名なとある高位貴族の男だ。なんでも、男の方が一回り年下の妻に惚れ込んでの結婚だったのだとか。困窮していた彼女の実家に、ずいぶんと援助もしたらしい。

 とはいえ結婚以来、彼の妻はさっぱり表舞台に出てこない。社交が苦手という妻の想いを尊重し、彼はひとりで夜会などに参加しているからだ。そのため、子どもが生まれるのもそう遠いことではないだろうという話まで出ている。

「愛妻家でいらっしゃるのですね」
「妻が嫌がることはしたくなくてね。甘やかしていると周囲には言われてしまうが、妻が可愛くて仕方がないんだ」

 普通に考えれば、そんな愛妻家の男性に近寄ったところで旨味などない。けれど、モニカにはある種の確信があった。

「侯爵さまのように素敵な方に大切にされて、奥さまがうらやましいです。わたしなど、いつも殿方に騙されてばかりで……。結婚の約束をしていただいたはずが、恋人どころか妾以下の扱い。侯爵さまのような方に巡り会うには、どうしたらよいのでしょう」

 しなやかにしたたかに、けれど決して押しつけがましくならないように。美しい猫型の獣のように、モニカは男にさりげなく擦り寄り、男の妻の「」という名目で屋敷の中に入り込むことに成功した。

「まあ、ここが奥さまのお部屋なのですか?」
「ああ、妻はワガママでね。そこが可愛いところでもあるんだが、もっと素直になるように、君に協力してもらいたいんだ」
「まあ、もちろんです」
「ああ、助かったよ。、こんなことは頼めないからね」
「そうでしょうね。まさか愛妻家で有名な紳士が、奥さまを虐げているなんて、誰が思うでしょう」
「人聞きの悪いことを言うのはやめてもらたいな。あくまでこれは、しつけだよ」
「わかっておりますとも。それでは、奥さまの『話し相手』としてしっかり働かせていただきます」

 そうしてモニカは、物置のような陰気な小部屋に閉じ込められていたアデレイドと毎日お茶の時間をともに過ごすようになったのだった。
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