婚約者から悪役令嬢と呼ばれた公爵令嬢は、初恋相手を手に入れるために完璧な淑女を目指した。

石河 翠

文字の大きさ
7 / 9

(7)

しおりを挟む
「アンジェラ、貴様、僕を嵌めたのか!」
「嵌めただなんて、人聞きの悪い。ですが、国王陛下からご説明があったにもかかわらず、いつまでも婚約解消に納得していただけなかったのですから、仕方がありませんわ」

 結局例のお茶会が終わっても、王太子との婚約は解消できなかった。どれだけ説明されたところで、アンジェラたちと異なる常識の世界に生きている人間には、理解できなかったのだ。結局、王太子とかのご令嬢は蟄居が命じられた。爵位だけ与えてどこかの寒村に封じなかったのは、周囲への迷惑を考慮した結果だ。

 あのような周囲に毒ばかりを撒き続ける人間を田舎に放逐するのは、向こうの土地の人間に対して喧嘩を売るようなものだ。流刑地扱いされれば、彼らも気分がよくないだろう。それならば、平民扱いで閉じ込めておくのが一番いい。きっと彼らは、自分たちがどれだけ恵まれているのか最期まで理解できないのだろうけれど。

 もはや「断ち物」は終わった。そう不意に気が付いたのは、アンジェラの口内に大好きなお菓子の味が広がったからだ。カルロと一緒に食べた、彼の故郷の甘味。果物の風味豊かな、たっぷりのジャムを挟んだあのクッキーの味わい。あまりの懐かしさにめまいがした。

 アンジェラは少しだけ勘違いをしていた。「断ち物」は、アンジェラから「甘味」を食べることをやめさせるものではなかった。神はもっと端的にアンジェラから対価を受け取っていた。あの日以来、アンジェラは甘味を認知することができなかったのである。

 それが、いきなり思い出されたのだ。これは、神からの許しが出たのだと思ってよいのではないだろうか。アンジェラの家族は、彼女が辺境伯領の三男坊に好意を寄せていることを知っている。その男が、王都で商会を営んでいることも、王太子から不当な圧力をかけられていたことも。何せ、彼女は少しずつ彼に近づいてここぞという時に手を差し伸べたのだから。

 カルロという名前しか知らなかったアンジェラだったが、本人を探すのはそれほど難しくはなかった。何せ無理矢理誓約を結べるほどに、魔力の質と量が釣り合っているのだ。それだけの魔力を持っているとなれば、ある程度の高位貴族の血筋に間違いない。その上、王太子が田舎としてあれだけ下に見ているということは、国防の要かあるいは国家の食糧庫が領地なのではないかと想像がついた。それだけの重要拠点を田舎と言い切る王太子のうかつさには怖気立つというものだ。

「おじいさま、本日のお出かけですが、ご一緒してもよろしいですか」
「うむ。天使のおねだりだ。儂が断れようはずもない。だが、相手の男がお前に相応しいか、よく見定めねばならん」
「おじいさま、今まで手を組んでお仕事をなさっていたではありませんか。今さらですわ」
「それはそれ、これはこれだ」
「もう、おじいさまったら」

 きっとカルロは驚くだろう。十年間も恋焦がれた自分と違って、カルロはアンジェラと別れてから数ヶ月程度しか経っていないはずだ。その上、彼にとっては自分は保護すべき子どもであって、女として見られたことなどいなかった。けれど、手に入れたいものがあるのならば、立ち上がるしかないことをアンジェラは既に知っている。恋する女はどこまでも強くなれるのだ。

「さあ、カルロ。待っていてくださいませ。私、あなたのことを口説き落としてみせますから!」

 ようやっと手に入れられる甘い甘い、カルロとの時間。そして久方ぶりのあの懐かしい甘味が食べられるに違いないことを期待して、うっとりとアンジェラは瞳を閉じた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

あなたをずっと、愛していたのに 〜氷の公爵令嬢は、王子の言葉では溶かされない~

柴野
恋愛
「アナベル・メリーエ。君との婚約を破棄するッ!」  王子を一途に想い続けていた公爵令嬢アナベルは、冤罪による婚約破棄宣言を受けて、全てを諦めた。  ――だってあなたといられない世界だなんて、私には必要ありませんから。  愛していた人に裏切られ、氷に身を閉ざした公爵令嬢。  王子が深く後悔し、泣いて謝罪したところで止まった彼女の時が再び動き出すことはない。  アナベルの氷はいかにして溶けるのか。王子の贖罪の物語。 ※オールハッピーエンドというわけではありませんが、作者的にはハピエンです。 ※小説家になろうにも重複投稿しています。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話

ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。 リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。 婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。 どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。 死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて…… ※正常な人があまりいない話です。

(完結)その女は誰ですか?ーーあなたの婚約者はこの私ですが・・・・・・

青空一夏
恋愛
私はシーグ侯爵家のイルヤ。ビドは私の婚約者でとても真面目で純粋な人よ。でも、隣国に留学している彼に会いに行った私はそこで思いがけない光景に出くわす。 なんとそこには私を名乗る女がいたの。これってどういうこと? 婚約者の裏切りにざまぁします。コメディ風味。 ※この小説は独自の世界観で書いておりますので一切史実には基づきません。 ※ゆるふわ設定のご都合主義です。 ※元サヤはありません。

冷たかった夫が別人のように豹変した

京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。 ざまぁ。ゆるゆる設定

振られたから諦めるつもりだったのに…

しゃーりん
恋愛
伯爵令嬢ヴィッテは公爵令息ディートに告白して振られた。 自分の意に沿わない婚約を結ぶ前のダメ元での告白だった。 その後、相手しか得のない婚約を結ぶことになった。 一方、ディートは告白からヴィッテを目で追うようになって…   婚約を解消したいヴィッテとヴィッテが気になりだしたディートのお話です。

誤解されて1年間妻と会うことを禁止された。

しゃーりん
恋愛
3か月前、ようやく愛する人アイリーンと結婚できたジョルジュ。 幸せ真っただ中だったが、ある理由により友人に唆されて高級娼館に行くことになる。 その現場を妻アイリーンに見られていることを知らずに。 実家に帰ったまま戻ってこない妻を迎えに行くと、会わせてもらえない。 やがて、娼館に行ったことがアイリーンにバレていることを知った。 妻の家族には娼館に行った経緯と理由を纏めてこいと言われ、それを見てアイリーンがどう判断するかは1年後に決まると言われた。つまり1年間会えないということ。 絶望しながらも思い出しながら経緯を書き記すと疑問点が浮かぶ。 なんでこんなことになったのかと原因を調べていくうちに自分たち夫婦に対する嫌がらせと離婚させることが目的だったとわかるお話です。

処理中です...