3 / 7
(3)
しおりを挟む
早くこいこい婚約破棄、がっぽり慰謝料! ノリノリでヴィンセントさまからのナンパをOKしていた時代が私にもありました。カフェに図書館、植物園。噴水のある広場に、大きな池のある公園。どこにいても、どんな格好をしていても、彼は私に声をかけてきます。なんという節操なし。
でも今さらながら私は思うのです。それってやっぱり、あんまりなのではないでしょうかと。
「どうしたんだい、運命のひと」
「運命ですか……」
何が「美しいひと」、「可愛いひと」、「運命のひと」ですか。もうこれは彼が女性に声をかけるときの呼び声に他ならないのですね。きっと「こんにちは」、「すみません」、「やあどうも」と同程度の意味しか持ち得ないものなのでしょう。ついつい、ため息がひとつこぼれ落ちます。
「何が君を悲しくさせるのかい。君が君である限り、僕の愛は永遠に君に捧げよう。その燃えるような紅い髪に誓って」
「……はあ、どうも」
イケメンにキザなセリフを言われて、気乗りしない返事をしているなんて不逞な野郎だとお思いのあなた。今すぐ私と立場を交換いたしましょう。この状況でクサいセリフをささやかれても、正直白目になるのをこらえるので精一杯ですよ。
「疲れているときには、これだよ」
「……ありがとうございます。綺麗な赤色ですね」
「君の紅の髪には叶わないよ」
まるで宝石のように綺麗な飴玉を口の中に放り込まれます。真っ赤な飴玉は、苺ともりんごとも異なる甘い味わいです。これ、どこの高級店舗で作られているんでしょうね。あっという間に口の中で溶けてしまうせいで、名残惜しさを感じてしまうほど。
きっとびっくりするくらいお高いんでしょう。そんなものを、ほいほい与えてしまうなんて。美味しいものをいただいたはずなのに、ますます頭が痛くなりました。
この間はちょうど緑色の飴をもらったんでしたっけ。その前は深い琥珀色。どちらのときも、やはり髪色にちなんだ愛の言葉をささやかれたのでした。
「世界樹の葉よりも美しいその緑の髪に愛を誓うよ」
「どんな蜂蜜よりも甘いその亜麻色の髪と永遠を紡ごう」
本当に嘘ばっかり。その場限りの愛の言葉なんて、もらわないほうがよっぽど幸せです。
「ごめんなさい。今日はもうこの辺で失礼いたします」
「そんな、愛しいひと!」
「……そんな風に呼ばないで!」
私の言葉にヴィンセントさまが目を丸くしているのが見えました。テキトーに遊ぶ相手なら、好みとか関係ないんですかね? 性別が女性ならなんでもよいのでしょうか? それならばなおのこと、婚約者は私でなくても良いのではありませんか。
火の日、私は髪を赤に染めていました。
水の日、私は髪を青に染めていました。
風の日、私は髪を緑に染めていました。
土の日、私は髪を茶に染めていました。
生まれもった髪色を変えることはできない。それがこの世界の常識です。ですから私たちは変わらぬ愛を、相手の髪色になぞらえて捧げます。
けれど彼はそれぞれ別の髪色を持つ私に対して、「運命のひと」とささやき、愛の誓いを捧げたのです。何股するつもりなんでしょうかね。しかも、その誰にも名前を聞いておりません。
気ままな浮気よりも、よほどタチが悪いのです。女心をもてあそぶなんて。
普通のひととは異なる私だからこそ、髪色への愛の誓いは何より大切なものでした。それをこの方は、なんでもない顔で破ってしまったのです。
清々しいまでに誠意がないことに呆れて、それからとてつもなく悲しくなってしまいました。
――僕の運命のひと。白雪よりも白く純粋なその髪に愛を誓おう――
あんな子どもだましの嘘を、後生大事に抱えていたことに気がつくなんて。ヴィンセントさまは、私以外の女にも簡単に愛の言葉をささやくのだと知ってしまったというのに、どんな顔で隣に立てばいいのでしょう。
でも今さらながら私は思うのです。それってやっぱり、あんまりなのではないでしょうかと。
「どうしたんだい、運命のひと」
「運命ですか……」
何が「美しいひと」、「可愛いひと」、「運命のひと」ですか。もうこれは彼が女性に声をかけるときの呼び声に他ならないのですね。きっと「こんにちは」、「すみません」、「やあどうも」と同程度の意味しか持ち得ないものなのでしょう。ついつい、ため息がひとつこぼれ落ちます。
「何が君を悲しくさせるのかい。君が君である限り、僕の愛は永遠に君に捧げよう。その燃えるような紅い髪に誓って」
「……はあ、どうも」
イケメンにキザなセリフを言われて、気乗りしない返事をしているなんて不逞な野郎だとお思いのあなた。今すぐ私と立場を交換いたしましょう。この状況でクサいセリフをささやかれても、正直白目になるのをこらえるので精一杯ですよ。
「疲れているときには、これだよ」
「……ありがとうございます。綺麗な赤色ですね」
「君の紅の髪には叶わないよ」
まるで宝石のように綺麗な飴玉を口の中に放り込まれます。真っ赤な飴玉は、苺ともりんごとも異なる甘い味わいです。これ、どこの高級店舗で作られているんでしょうね。あっという間に口の中で溶けてしまうせいで、名残惜しさを感じてしまうほど。
きっとびっくりするくらいお高いんでしょう。そんなものを、ほいほい与えてしまうなんて。美味しいものをいただいたはずなのに、ますます頭が痛くなりました。
この間はちょうど緑色の飴をもらったんでしたっけ。その前は深い琥珀色。どちらのときも、やはり髪色にちなんだ愛の言葉をささやかれたのでした。
「世界樹の葉よりも美しいその緑の髪に愛を誓うよ」
「どんな蜂蜜よりも甘いその亜麻色の髪と永遠を紡ごう」
本当に嘘ばっかり。その場限りの愛の言葉なんて、もらわないほうがよっぽど幸せです。
「ごめんなさい。今日はもうこの辺で失礼いたします」
「そんな、愛しいひと!」
「……そんな風に呼ばないで!」
私の言葉にヴィンセントさまが目を丸くしているのが見えました。テキトーに遊ぶ相手なら、好みとか関係ないんですかね? 性別が女性ならなんでもよいのでしょうか? それならばなおのこと、婚約者は私でなくても良いのではありませんか。
火の日、私は髪を赤に染めていました。
水の日、私は髪を青に染めていました。
風の日、私は髪を緑に染めていました。
土の日、私は髪を茶に染めていました。
生まれもった髪色を変えることはできない。それがこの世界の常識です。ですから私たちは変わらぬ愛を、相手の髪色になぞらえて捧げます。
けれど彼はそれぞれ別の髪色を持つ私に対して、「運命のひと」とささやき、愛の誓いを捧げたのです。何股するつもりなんでしょうかね。しかも、その誰にも名前を聞いておりません。
気ままな浮気よりも、よほどタチが悪いのです。女心をもてあそぶなんて。
普通のひととは異なる私だからこそ、髪色への愛の誓いは何より大切なものでした。それをこの方は、なんでもない顔で破ってしまったのです。
清々しいまでに誠意がないことに呆れて、それからとてつもなく悲しくなってしまいました。
――僕の運命のひと。白雪よりも白く純粋なその髪に愛を誓おう――
あんな子どもだましの嘘を、後生大事に抱えていたことに気がつくなんて。ヴィンセントさまは、私以外の女にも簡単に愛の言葉をささやくのだと知ってしまったというのに、どんな顔で隣に立てばいいのでしょう。
32
あなたにおすすめの小説
【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~
瀬里@SMARTOON8/31公開予定
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)
ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。
3歳年下のティーノ様だ。
本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。
行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。
なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。
もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。
そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。
全7話の短編です 完結確約です。
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中
婚約破棄ブームに乗ってみた結果、婚約者様が本性を現しました
ラム猫
恋愛
『最新のトレンドは、婚約破棄!
フィアンセに婚約破棄を提示して、相手の反応で本心を知ってみましょう。これにより、仲が深まったと答えたカップルは大勢います!
※結果がどうなろうと、我々は責任を負いません』
……という特設ページを親友から見せられたエレアノールは、なかなか距離の縮まらない婚約者が自分のことをどう思っているのかを知るためにも、この流行に乗ってみることにした。
彼が他の女性と仲良くしているところを目撃した今、彼と婚約破棄して身を引くのが正しいのかもしれないと、そう思いながら。
しかし実際に婚約破棄を提示してみると、彼は豹変して……!?
※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも投稿しています
白い結婚のはずが、騎士様の独占欲が強すぎます! すれ違いから始まる溺愛逆転劇
鍛高譚
恋愛
婚約破棄された令嬢リオナは、家の体面を守るため、幼なじみであり王国騎士でもあるカイルと「白い結婚」をすることになった。
お互い干渉しない、心も体も自由な結婚生活――そのはずだった。
……少なくとも、リオナはそう信じていた。
ところが結婚後、カイルの様子がおかしい。
距離を取るどころか、妙に優しくて、時に甘くて、そしてなぜか他の男性が近づくと怒る。
「お前は俺の妻だ。離れようなんて、思うなよ」
どうしてそんな顔をするのか、どうしてそんなに真剣に見つめてくるのか。
“白い結婚”のはずなのに、リオナの胸は日に日にざわついていく。
すれ違い、誤解、嫉妬。
そして社交界で起きた陰謀事件をきっかけに、カイルはとうとう本心を隠せなくなる。
「……ずっと好きだった。諦めるつもりなんてない」
そんなはずじゃなかったのに。
曖昧にしていたのは、むしろリオナのほうだった。
白い結婚から始まる、幼なじみ騎士の不器用で激しい独占欲。
鈍感な令嬢リオナが少しずつ自分の気持ちに気づいていく、溺愛逆転ラブストーリー。
「ゆっくりでいい。お前の歩幅に合わせる」
「……はい。私も、カイルと歩きたいです」
二人は“白い結婚”の先に、本当の夫婦を選んでいく――。
-
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
婚約者に値踏みされ続けた文官、堪忍袋の緒が切れたのでお別れしました。私は、私を尊重してくれる人を大切にします!
ささい
恋愛
王城で文官として働くリディア・フィアモントは、冷たい婚約者に評価されず疲弊していた。三度目の「婚約解消してもいい」の言葉に、ついに決断する。自由を得た彼女は、日々の書類仕事に誇りを取り戻し、誰かに頼られることの喜びを実感する。王城の仕事を支えつつ、自分らしい生活と自立を歩み始める物語。
ざまあは後悔する系( ^^) _旦~~
小説家になろうにも投稿しております。
婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話
ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。
リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。
婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。
どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。
死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて……
※正常な人があまりいない話です。
『白亜の誓いは泡沫の夢〜恋人のいる公爵様に嫁いだ令嬢の、切なくも甘い誤解の果て〜』
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢キャロルは、長年想いを寄せていた騎士爵の婚約者に、あっさり「愛する人ができた」と振られてしまう。
傷心のキャロルに救いの手を差し伸べたのは、貴族社会の頂点に立つ憧れの存在、冷徹と名高いアスベル公爵だった。
彼の熱烈な求婚を受け、夢のような結婚式を迎えるキャロル。しかし、式の直前、公爵に「公然の恋人」がいるという噂を聞き、すべてが政略結婚だと悟ってしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる