変装して本を読んでいたら、婚約者さまにナンパされました。髪を染めただけなのに気がつかない浮気男からは、がっつり慰謝料をせしめてやりますわ!

石河 翠

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「そこの綺麗なお姉さん。今から俺たちとお茶しない?」
「すみません、急いでおりますので」
「そんなこと言わずにさあ」
「申し訳ありませんが、この手を離してください」

 半泣きでヴィンセントさまの元から逃げ出した私は、あっさりとガラの悪い男性陣に捕まってしまいました。

 無我夢中で走っているうちに、下町でもあまり治安の良くない場所に来てしまったようです。鮮やかな髪色をしていますが、それは所詮まがいもの。魔力なしの自分では、魔法で自分の身を守ることさえできません。

 思い通りにならないことに苛立ちを覚えたのでしょう。男のひとりにすごまれました。握られた手に力が込められ、ぎりぎりと痛みます。

「ブスのくせに気取ってんじゃねえぞ」

 でもそのブスに声をかけたのは、あなたたちですよね? なんて言えば頬を打たれたあげく、酷い目に遭うのでしょう。そうです、どうせ私はブスなんですよ。こんなときだというのに、私の心にいじけ虫が出てきました。

 私が顔だけではなく、性格まで卑屈なブスでなければ、婚約者さまが手当たり次第に女性に声をかけることもなかったのでしょうか。

 あれだけ愛の言葉を疑い、逃げ回っていたくせに、本当は愛されたかったなんてお笑い草。もっとちゃんと向き合えば良かったのに……。今さらそんなことを嘆いてもあとの祭りなのですが。

 怖くて、苦しくて。ぽろりと涙がこぼれます。そのとき。

「彼女から、離れろ!」

 ふわりと甘い匂いに包み込まれるのと同時に何かが私の中から引き抜かれました。間髪を入れず、目の前の男たちがどかんと爆発します。え、爆発? 季節外れの花火のようにふたりが空へと飛んでいきました。

「……ヴィンセントさま」
「僕の可愛いひとを泣かせるとは、死ぬ覚悟はできているんだろうな?」
「あの、私が泣いていたのは、どちらかと言えばあなたのせいです……」
「なんてことだ。つまり、死なねばならないのは僕のほうだったのか!」

 いや、そんなわけないでしょう。と言いますか、家屋の向こう側でぴくぴく死にかけの黒光りするあの虫みたいに動いているあのひとたち、大丈夫ですか? これ以上攻撃したら過剰防衛になりそうなので、速やかに警らの皆さんをお呼びしたいのですが。

 暴漢を引き渡すにはどうしたらいいかと眺めていれば、ヴィンセントさまにぎゅっと抱きしめられました。なんて手の早いかたなのかしら! まだ婚約者である私だって、抱き締められたことなどないのに! ナンパした女性を体を張って助けたあげく、こんな破廉恥な!

「パメラ、出かけるときにはもう少し気をつけて。心配で僕の身がもたないよ」
「普段はもうちょっと気をつけています! だいたい私のことを襲う物好きなんていないと思うじゃありませんか……うん?」

 あれ、あれれ?

「いつ、私がパメラだと?」
「パメラはパメラだが。パメラがパメラでなかったときがあるのか?」
「そういう哲学的な答えは求めていないくてですね。ほら、この髪の色を見て何か言いたいことはありませんか?」
「ああ、世紀の大発見だよ。もとても可愛らしいことがよくわかった」

 うそ、でしょう? 宮廷魔道士であるヴィンセントさまが、髪色を変えられるという重大発見をスルー? さらには私のことをべた褒め? いえいえ、騙されてはいけません。このまま結婚して、合法的に実験動物にするおつもりかもしれませんし!
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