王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠

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 翌日の休日出勤は、怪我人も急病人もなく、本当に穏やかなものだった。お昼が過ぎる頃までは。

 荒々しく医務室の扉を開いたのは、大柄な男性。彼は威圧感たっぷりに私を怒鳴りつけてきた。

「娘は遅番だ、休日出勤だと家をしょっちゅう留守にしている。この職場の勤務形態はどうなっているんだ!」
「ど、どちらさまでしょうか」

 恐る恐る問いかければ、鋭い眼光で睨み付けられる。

「なるほど、お前がうちの娘に仕事を押しつけている不届きものか。恥を知れ!」
「あの、お言葉ですが……」
「謝罪もなしに、言い訳か!」
「いえ、その」
「声が小さい! 責任者を呼べ!」

 さらにひどく大声をあげられて、思わず身がすくむ。まくしたてる話の内容を聞く限り、男性は先輩の親御さんのようだけれど、話を聞いてもらうことは難しそうだ。

「これは、一体何の騒ぎだ」
「お前がこの医務室の責任者か」

 びりびりと鼓膜が震える。硬直した私に気がついていたのか、ウィリアムさまは私と先輩の父親との間に割り込んでくれた。

「わたしは、騎士団の第二部隊長を勤めております。医務室で、何かございましたか」
「うちの娘がここに勤めているが、ここ最近、遅番に休日出勤で職場に縛られている。どうなっているのだ」
「つまり、働き方や人員の配置の仕方がおかしいのではないかということですね」
「そういうことだ」

 ウィリアムさまが、棚からとあるファイルを取り出していた。

「ご覧ください。こちらが勤務表ですが、ご息女は今月はまだ一度も遅番や休日出勤をしておりません」
「そんな、バカな!」
「その代わりに、いつ医務室を訪ねても、こちらの彼女はここにいました。騎士団の日誌には、医務室を利用した人間の名前も記載しております。何かあれば、彼らを呼んで証言をとってもらっても構いません」

 肩を落とした男性に向かって、ウィリアムさまが何かを言い含めている。そこへ、渦中の先輩が飛び込んできた。

「す、すみません、父が勝手に……」

 謝罪を口にした先輩に対して、先輩の父親が呆れたように吐き捨てた。

「嘘までついて、一体お前は何を考えている。やはり、女が学をつけ働いたところで何のためにもならんな。いっそ退職も視野に入れたほうがよいな」
「そんな、お父さま!」

 先輩が悲鳴をあげる。私はどうしても黙って見ていることができなくて、先輩に小声で話しかけた。

「このまま隠しても、よいことなんてありません。どうぞ、今こそお父さまと腹を割って話し合ってください」
「な、何を……」
「昨日、先輩のことを見かけました。街の大通りで」

 うなだれたままの先輩は、手で顔をおおったままだ。私の声は聞こえなかったはずだが、先輩の父親が忌々しそうに吐き捨てた。

「おおかた、あの男と会っていたのだろうが。何度言われたようと、わしの答えは変わらん。騎士を諦め、文官になるようなへたれた男となど、結婚は許さんと言ったはずだ。まったく、あの男もあの家も、いい加減に諦めればよいものを」
「お父さま、痛い、お止めください」

 そのまま、物のように娘である先輩を引きずろうとしていたが、ウィリアムさまによってその腕を軽くひねりあげられていた。

「くっ、貴様、何をする!」
「これは失礼。女性への扱いとは思えず、つい手が出てしまいました」
「娘であれば、父親に従って当然だ」

 居直る彼に向かって、ウィリアムさまがゆっくりと噛んで言い含める。

「我々が武で国を支えるように、文官のみなさまは知で国を支えております。他方を不当に貶め、もう一方を褒め称えたところで誰が喜ぶでしょうか」
「だが、この話はもう終わったことなのだ。娘とその男との婚約は、すでにに解消されている」

 先輩が下を向いたまま、涙を流している。その手はお腹をかばうように、そっと当てられていて……。私は、先輩の変化の理由に思い当たった。

「父親であるあなたがそのような態度だったからこそ、仕事を口実にするしかなかったのではありませんか。いっそ駆け落ちでもなさったほうが、幸せになれるかもしれませんね。先輩もおかわいそう」

 私の言葉に、彼の顔がどす黒くなった。そのまま手近な棚を蹴飛ばしたせいで、薬棚からたくさんのものが床に散乱する。

「仕方がありません。医務室内で損害が出た以上、これからお相手とともに、騎士団の事務室内で話し合いをしていただきます。同意していただけないようでしたら、それなりの対応をさせていただくことになりますが」

 ウィリアムさまの言葉に、彼も落ち着きを取り戻す。この辺り、腐っても貴族なのだなあと私は感心してしまった。

「助言感謝する」

 一言だけ絞り出すと、彼は先輩を連れてさっさとこの部屋を出ていこうとした。それにウィリアムさまが待ったをかける。

「何かお忘れではありませんか?」
「は?」
「出勤の件は誤解だったわけです。彼女へ、どうぞ謝罪を」

 ウィリアムさまは先輩の父親と見つめあう。そして、先に目をそらしたのは先輩の父親のほうだった。

「お嬢さん、本当に申し訳なかった」
「わかってくださったのであればかまいません。どうぞ、しっかりと納得いくまで話し合われてください」

 私の言葉に彼は鼻を鳴らすだけだったが、私は気にならなかった。私のためにウィリアムさまが怒ってくださった。それだけで十分だったのだ。

 ふたりが医務室を出ていってから、今まで見たことのない怖い顔のウィリアムさまに叱られた。

「どうして、あんなことを言ったんだ。激高したあの男に、あなたが殴られる可能性だってあったんだぞ」
「むしろ、それを狙っていたんです。王宮内で暴力沙汰が起きれば、先輩の件もうやむやにできないはず。いっそ大勢の知るところになれば、結婚への道もこじ開けられるのではないかと」

 先輩のことを、お腹に宿った命を人知れず処置されることが恐ろしかった。貴族は体面を重んじることを知っていたから。どちらがよりスキャンダルとなるのか、私にはわからない。それでも今すぐ式をあげることができれば、少なくとも先輩たちは幸せな家族になれると私は信じている。

「どうしてそこまで……。いや、あなたはそういう女性だったな」

 安心したせいか、突然震え始めた体を抱き締められる。ぽろりとこぼれた涙は、ウィリアムさまの手によってぬぐわれた。

 肩をすくめて笑ったウィリアムさまが、私の頭を撫でた。

「あなたがどれだけ真剣に仕事に取り組んでいるか、わたしはわかっているつもりだ」
「ウィリアムさま……」
「けれど、その真面目さで傷ついてほしくないのだ。きっとあなたの性分は変えられないだろう。だったら、これからもどうか隣であなたのことを見守らせてほしい」

 そのまま触れられた彼の唇は、一緒に食べたマリトッツォよりも柔らかくて甘いものだった。
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