偽聖女として断罪追放された元令嬢は、知らずの森の番人代理として働くことになりました

石河 翠

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1.雪深き知らずの森

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 あるいは何か大きな魔術を行使し、その後魔力を回復させるまでの間、身体を休ませるという使い方をすることはある。だがしかし森の番人ともあろうお方が、命の危機に瀕するほどの大災害があっただろうか。リリィたち母娘が対処した魔獣の異常発生ほどの大災害は、リリィの知る限り近年では発生していないはずなのだが。そこまで考えたとき、ずきりと頭が痛んだ。崩れ落ちそうになり、思わず白狼に抱き着いた。ふわふわとした毛皮から、お日さまのような匂いがしている。白狼に触れていると、頭痛が少しだけ和らぐような気がした。

「……森の番人さまは、一体どうして眠り続けていらっしゃるのでしょう」
「さあてね。案外、くだらぬ理由かもしれぬぞ」
「くだらない理由ですか?」

 白狼が笑うように大きな口を開けた。真っ赤な舌がゆらゆらと揺れている。

「そなたにも覚えがあるのではないか。このまま生きていてもどうしようもないと思ったことがないとは言わせぬぞ?」
「森の番人さまがそうおっしゃったのでしょうか」
「さあな。だが、そう思っても仕方あるまい。何せ、女と年寄りをためらいもなく殺そうとする騎士がいるような世の中だ。建国当初から国を守ってきたとはいえ、そろそろ見切りをつけてもおかしくはなかろう」

 やはり知らずの森の番人は、初代国王の友人であった白の魔術師そのひとらしい。友人の大切な国だったから守っていたはずだ。それなのに、その役目を「うんざりした」なんていう理由だけで投げ出したりするものだろうか。違和感が残る。

「あるいはもっと馬鹿馬鹿しい理由かもしれぬな」
「馬鹿馬鹿しい理由?」
「そもそも、そなたは森の番人と知り合いという訳ではあるまい。ならば、森の番人にそこまで心を砕く必要などないだろう。むしろ森の番人がこのまま死ねば、この男の財産はそなたが受け取ることも可能になるはずだ。訳ありのそなたには、都合が良いのではないか?」
「私はどさくさに紛れて、屋敷の乗っ取りをするつもりはありません!」
「それでは、どうするのだ?」

 番人を起こさなければならない。なぜか無性にそう思えて仕方がないのだ。もとより、リリィにはここ以外に身を寄せる場所がない。だから勝手ながら、リリィは自分の希望をまとめて叶えることにした。

「決めました。私、森の番人さまが目覚められるまで、勝手ながらこちらに住まわせていただきます」
「……そなた、番人の代理人になるつもりか?」
「ああ、確かに森の番人さまが眠りについていらっしゃる以上、お家の管理なども必要ですものね。わかりました。僭越ながら私でできることでしたら、代理を務めさせていただきます」

 にこりと微笑んだリリィの腕輪に、白狼ががっしりとした前足をのせた。

「その心意気、なかなかのものではないか。それでは、そなたに任せるとしよう」

 涼やかな音とともにどこからか現れた銀色の文字列は、リリィの腕輪の上をするすると這っていきそのまま腕輪に吸い込まれてしまった。少しだけ、腕輪の宝玉の色と輝きが強まったような気がする。

「これは一体?」
「森の番人の代理を務めるのであろう? 代理人として活動するにあたって必要な権限と魔力を融通したまでのこと」
「もしかして、代理人として働くことは意外と大変なことなのでしょうか?」
「どうであろうな。だが、そなたならばやりがいを感じられるやもしれん。困っている人々の悩みを解決するだけの簡単なお仕事だ」

 そういうわけでリリィは、ひょんな成り行きで知らずの森の番人代理として暮らすことになったのである。
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