21 / 61
3.藍のカップを満たすもの
(5)
しおりを挟む
「あら、旦那さま。お帰りなさい。お早いお戻りですね」
「よかった……。もう実家に戻ってしまったかと心配していたんだ」
「まあ、スカイさまがそんな情けないお顔をするなんて、結婚してほしいと泣きついてきた時以来のことですわね」
ブルーベルの顔を見るなり床にへたり込んだ夫を見て、ブルーベルはくすくすと小さく笑ってみせた。久しぶりに「旦那さま」ではなく、「スカイさま」と名前で呼ばれたスカイは、喜ぶどころか顔を真っ青にする。
「せっかくですから、お茶をご一緒しませんこと? 今日は久しぶりに気分が良くて。込み入った話もできそうな気がいたしますの」
「ブルーベル? 込み入った話とは一体なんのことだい?」
「嫌ですわ。最近では毎日、王都で評判のパティスリーに出かけていらっしゃるとか。そこの若奥さまと懇ろだと周囲では大層評判ですのよ?」
「なっ、何を!」
「堂々と妾を囲うのであれば、ようやく平民の石女に見切りをつけて、それなりの名家のご令嬢との再婚をすることにしたのかもしれないなんて噂も耳にする始末でして。そろそろ、出ていく日時の相談をさせていただきたいと思って、お待ちしておりましたの。もうすぐ結婚記念日ですし、離縁をするのであれば結婚記念日を迎える前に手続きを行ったほうが良いのでしょうね。ちょうど良い区切りですもの」
口から泡を吹いて倒れてしまいそうな夫を前にして、ブルーベルは今までずっと我慢していたことの馬鹿馬鹿しさに、大声で笑い出したい気分だった。なんだ、簡単なことではないか。もっと早く、こうやって素直に話をしておけばよかった。ただそれだけだったのだ。
「ブルーベルは、僕を疑うのか。いや、そんな突拍子もない噂を君が信じるなんて。まさか君には誰か他に好きな男が?」
「あらあら、言うに事欠いて浮気を疑われるとは。それならば心配はご無用ですわ。神殿で宣誓してもかまいませんわよ」
神の名の元に自らの潔白を証明する――偽りを述べればたちまち天罰を受ける――神殿での儀式を提案すれば、ブルーベルの夫は必死で首を横に振った。
「じゃあ、どうして出ていくなんて言うんだ。君は僕のことを嫌いになってしまったのか?」
「嫌いになるも何も、私のことを先に嫌いになったのはあなたではありませんか。二言目には『忙しい』ばかり。何を聞いても、『君の好きなようにしてくれてかまわないよ』だなんて、馬鹿にするのもいい加減にしていただきたいわ」
ブルーベルの言葉に、スカイはどんどんしょげていく。妻を放置してよその女にうつつを抜かす夫の姿などどこにもなかった。
「よかった……。もう実家に戻ってしまったかと心配していたんだ」
「まあ、スカイさまがそんな情けないお顔をするなんて、結婚してほしいと泣きついてきた時以来のことですわね」
ブルーベルの顔を見るなり床にへたり込んだ夫を見て、ブルーベルはくすくすと小さく笑ってみせた。久しぶりに「旦那さま」ではなく、「スカイさま」と名前で呼ばれたスカイは、喜ぶどころか顔を真っ青にする。
「せっかくですから、お茶をご一緒しませんこと? 今日は久しぶりに気分が良くて。込み入った話もできそうな気がいたしますの」
「ブルーベル? 込み入った話とは一体なんのことだい?」
「嫌ですわ。最近では毎日、王都で評判のパティスリーに出かけていらっしゃるとか。そこの若奥さまと懇ろだと周囲では大層評判ですのよ?」
「なっ、何を!」
「堂々と妾を囲うのであれば、ようやく平民の石女に見切りをつけて、それなりの名家のご令嬢との再婚をすることにしたのかもしれないなんて噂も耳にする始末でして。そろそろ、出ていく日時の相談をさせていただきたいと思って、お待ちしておりましたの。もうすぐ結婚記念日ですし、離縁をするのであれば結婚記念日を迎える前に手続きを行ったほうが良いのでしょうね。ちょうど良い区切りですもの」
口から泡を吹いて倒れてしまいそうな夫を前にして、ブルーベルは今までずっと我慢していたことの馬鹿馬鹿しさに、大声で笑い出したい気分だった。なんだ、簡単なことではないか。もっと早く、こうやって素直に話をしておけばよかった。ただそれだけだったのだ。
「ブルーベルは、僕を疑うのか。いや、そんな突拍子もない噂を君が信じるなんて。まさか君には誰か他に好きな男が?」
「あらあら、言うに事欠いて浮気を疑われるとは。それならば心配はご無用ですわ。神殿で宣誓してもかまいませんわよ」
神の名の元に自らの潔白を証明する――偽りを述べればたちまち天罰を受ける――神殿での儀式を提案すれば、ブルーベルの夫は必死で首を横に振った。
「じゃあ、どうして出ていくなんて言うんだ。君は僕のことを嫌いになってしまったのか?」
「嫌いになるも何も、私のことを先に嫌いになったのはあなたではありませんか。二言目には『忙しい』ばかり。何を聞いても、『君の好きなようにしてくれてかまわないよ』だなんて、馬鹿にするのもいい加減にしていただきたいわ」
ブルーベルの言葉に、スカイはどんどんしょげていく。妻を放置してよその女にうつつを抜かす夫の姿などどこにもなかった。
101
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
ルヴェを侮辱した義妹は宮廷を追放されました ― 王妃クシェは最高の名誉職です ―
鷹 綾
恋愛
モンフォール公爵家の嫡女アデルは、王宮で王妃クシェという名誉職を務めていた。
王妃の就寝の儀礼で寝間着を差し出す――ただそれだけの役目。
しかしそれは、王妃の私室に入ることを許された宮廷で最も名誉ある地位の一つだった。
かつてアデルは王太子の婚約者だったが、側室の娘である義妹カミーユが甘い言葉で王太子を誘惑。
婚約は奪われ、アデルは宮廷で静かにクシェの役目を続けることになる。
だがある日、義妹は新たに与えられた王妃の朝の儀礼――ルヴェを聞いて嘲笑した。
「王妃の着替え係?そんなのメイドの仕事でしょう」
その一言で宮廷は凍りつく。
ルヴェとクシェは、王や王妃の私室に入ることを許された最高の名誉職。
それを侮辱することは、王妃そのものを侮辱することと同じだった。
結果――
義妹は婚約破棄。
王太子は儀礼軽視を理由に廃太子。
そして義妹は宮廷から追放される。
すべてを失った義妹は、やがて姉の地位を奪おうと画策するが――。
一方、王妃の最側近として静かに宮廷に立つアデル。
クシェという「王妃に最も近い名誉職」が、やがて王国の運命を動かしていく。
これは、宮廷儀礼を知らなかった者が転落し、
その意味を理解していた者が静かに勝つ物語。
婚約破棄された宰相です。 正直、婚約者も宰相も辞めたかったので丁度よかったです
鍛高譚
恋愛
内容紹介
「婚約破棄だ! そして宰相もクビだ!」
王宮の舞踏会で突然そう宣言したのは、女性問題を繰り返す問題王太子ユリウス。
婚約者であり王国宰相でもあるレティシアは、静かに答えた。
「かしこまりました」
――正直、本当に辞めたかったので。
これまで王太子の女性問題の後始末、慰謝料交渉、教会対応、社交界の火消し……
すべて押し付けられていたレティシアは、婚約も宰相職もあっさり辞任。
そしてその瞬間――
王宮が止まった。
料理人が動かない。
書類が処理されない。
伝令がいない。
ついにはトイレの汚物回収まで止まり、王宮は大混乱。
さらに王太子の新たな女性問題が発覚し、教会は激怒。
噂は王都中に広がり、王宮は完全に統治不能に。
そしてついに――
教会・貴族・王家が下した決断は、
「王太子廃嫡」
そして。
「レティシア、女王即位」
婚約破棄して宰相をクビにした結果、
王宮を止めてしまった元王太子の末路とは――?
これは、婚約破棄された宰相が女王になるまでの
完全自業自得ざまぁ物語。
公爵家の家政を10年回した私が出ていったら、3ヶ月で領地が破綻しました
歩人
ファンタジー
エレナは公爵家に嫁いで10年、夫は愛人に入れ込み、義母には「家政婦代わり」と
罵られた。だが領地の財務も、商会との交渉も、使用人の管理も、全部エレナが
やっていた。ある日、義母から「あなたの代わりなんていくらでもいる」と言われ、
エレナは静かに離縁届を出した。「では、代わりの方にお任せください」
辺境の町で小さな商会を開いたエレナ。10年間の実務経験は伊達ではなかった。
商会はたちまち繁盛する。一方、エレナがいなくなった公爵家は3ヶ月で経営破綻。
元夫が「戻ってこい」と泣きつくが——
「お断りです。あと、10年分の未払い給金を請求いたしますね」
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…
ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。
一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。
そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。
読んでいただけると嬉しいです。
2/26 番外編を投稿しました。
読んでいただけると嬉しいです。
思っていたよりずっとたくさん読んでいただいていてとても嬉しいです。
とてもとてもありがとうございます!!
「『お前の取り柄は計算だけだ』と笑った公爵家が、私を追い出した翌月に財政破綻した件」
歩人
ファンタジー
公爵家に嫁いだ伯爵令嬢フリーダは、10年間「帳簿係」として蔑まれ続けた。
夫は愛人に夢中、義母は「地味な嫁」と見下す。しかし前世で公認会計士だった
フリーダは、密かに公爵家の財政を立て直し、資産を3倍にしていた。離縁を
突きつけられたフリーダは、一言も抗わず去る。——翌月、公爵家は財政破綻した。
「戻ってきてくれ」と跪く元夫に、王家財務顧問となったフリーダは微笑む。
「申し訳ございません。もう私は、公爵家の帳簿係ではありませんので」
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる