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5.めっきとガラス玉の願い
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「リリィ、久しぶりだね。俺だよ、アッシュだよ」
一年中雪に閉ざされているものの、天候には少しずつ違いがある知らずの森。先日まではまるで春の訪れを感じさせるほどに日差しがあったというのに、今日はちらちらと舞い落ちる雪とひどい曇天に気持ちもどこか下向きになりそうだ。窓からぼんやりと外を眺めていたリリィは、ノックもなく扉を開け放った訪問者を前に、あからさまに眉を寄せていた。
「再会を喜ぶどころか、挨拶の返事もなく家族を睨みつけるなんて感心しないな」
無言で扉を閉めようとしたが、男は扉の隙間から無理矢理身体をねじ込んでくる。引き下がる気はないらしい。へらへらとした態度で笑いかけてくる男を前に、リリィはますます不機嫌そうな表情になった。なぜならこの軽薄そのものな男は、かつてのリリィの婚約者であり、今は異母妹の婚約者である男爵令息だったのだから。
***
リリィは歴史だけは長い田舎伯爵家の生まれだ。伯爵家の子どもは、リリィと異母妹のみ。嫡男のいない家では、その家の娘が婿を取って伯爵家を継ぐことなる。歴史はあるが金のない伯爵家の入り婿に選ばれたのは、金はあるが歴史のない成金男爵家の三男坊。政治的な意味でちょうどつり合いのとれた婚約だった。
だがリリィは、自分が伯爵家の女当主になることはないだろうと予測していた。何せ父親である伯爵は異母妹を溺愛している。異母妹の母親である継母も、血の繋がらない娘と同居するよりも、実の娘と暮らすことを望むだろう。リリィを嫁に出すことにしておけば、政略結婚の駒にすることもできるし、持参金を用意せずにリリィを困らせることだってできる。リリィを飼い殺しにできる機会を継母が逃すとは思えなかった。
何より異母妹は、リリィの物であれば何でも欲しがるような娘だ。異母妹とリリィでは、髪色や瞳の色がまったく異なる。つまりは似合うドレスやアクセサリーだって異なるのだが、それでも異母妹は面白いようにリリィのすべてを取り上げていった。
そんな異母妹の前に、リリィの婚約者として見目麗しい男が婚約者として用意されたのだ。異母妹が欲しがらないはずがなかった。どうせなら最初から異母妹と婚約させておけばよかっただろうに、なぜかリリィの父親は男をリリィと婚約させた。結局のところ、異母妹の手練手管によって、あっという間に婚約者は異母妹のものになったのだけれど。
いくら元婚約者への恋心などないとはいえ、自分を虐げる家族の元で奴隷として生きたいとは思わない。貴族籍を抜けて神殿入りすることで、目の前の男との縁もすっぱり切れたと思っていたのに、どうしてこんなところで出会う羽目になるのだろうか。
どうせ今回も、ろくな相談もとい願いではないのだろう。肩をすくめたくなったが、それでもアッシュは知らずの森に辿り着くことができた、選ばれし客人だ。リリィは嫌々ながら、アッシュに対して「ようこそお越しくださいました」と言葉を絞り出したのだった。
一年中雪に閉ざされているものの、天候には少しずつ違いがある知らずの森。先日まではまるで春の訪れを感じさせるほどに日差しがあったというのに、今日はちらちらと舞い落ちる雪とひどい曇天に気持ちもどこか下向きになりそうだ。窓からぼんやりと外を眺めていたリリィは、ノックもなく扉を開け放った訪問者を前に、あからさまに眉を寄せていた。
「再会を喜ぶどころか、挨拶の返事もなく家族を睨みつけるなんて感心しないな」
無言で扉を閉めようとしたが、男は扉の隙間から無理矢理身体をねじ込んでくる。引き下がる気はないらしい。へらへらとした態度で笑いかけてくる男を前に、リリィはますます不機嫌そうな表情になった。なぜならこの軽薄そのものな男は、かつてのリリィの婚約者であり、今は異母妹の婚約者である男爵令息だったのだから。
***
リリィは歴史だけは長い田舎伯爵家の生まれだ。伯爵家の子どもは、リリィと異母妹のみ。嫡男のいない家では、その家の娘が婿を取って伯爵家を継ぐことなる。歴史はあるが金のない伯爵家の入り婿に選ばれたのは、金はあるが歴史のない成金男爵家の三男坊。政治的な意味でちょうどつり合いのとれた婚約だった。
だがリリィは、自分が伯爵家の女当主になることはないだろうと予測していた。何せ父親である伯爵は異母妹を溺愛している。異母妹の母親である継母も、血の繋がらない娘と同居するよりも、実の娘と暮らすことを望むだろう。リリィを嫁に出すことにしておけば、政略結婚の駒にすることもできるし、持参金を用意せずにリリィを困らせることだってできる。リリィを飼い殺しにできる機会を継母が逃すとは思えなかった。
何より異母妹は、リリィの物であれば何でも欲しがるような娘だ。異母妹とリリィでは、髪色や瞳の色がまったく異なる。つまりは似合うドレスやアクセサリーだって異なるのだが、それでも異母妹は面白いようにリリィのすべてを取り上げていった。
そんな異母妹の前に、リリィの婚約者として見目麗しい男が婚約者として用意されたのだ。異母妹が欲しがらないはずがなかった。どうせなら最初から異母妹と婚約させておけばよかっただろうに、なぜかリリィの父親は男をリリィと婚約させた。結局のところ、異母妹の手練手管によって、あっという間に婚約者は異母妹のものになったのだけれど。
いくら元婚約者への恋心などないとはいえ、自分を虐げる家族の元で奴隷として生きたいとは思わない。貴族籍を抜けて神殿入りすることで、目の前の男との縁もすっぱり切れたと思っていたのに、どうしてこんなところで出会う羽目になるのだろうか。
どうせ今回も、ろくな相談もとい願いではないのだろう。肩をすくめたくなったが、それでもアッシュは知らずの森に辿り着くことができた、選ばれし客人だ。リリィは嫌々ながら、アッシュに対して「ようこそお越しくださいました」と言葉を絞り出したのだった。
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